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サード・フォース  作者: 寺田 蕗
6/13

夜盗、参上

獣たちが夜を楽しんでいるなか、わたしはベッドの上で大人しくブランケットにくるまって丸くなっていた。明日は夜明け前に出発しなければならないため眠りたいのが、なかなか寝つけない。お父さまとお母さまは今もヒトの国に捕らえられているのだ。心配で、不安だった。


ベッドがひとつしか無いため、ルーファウスは床の上でこちらに背を向けて横になっている。わたしはおもむろにベッドから降り、音を立てないよう注意してルーファウスに近付いた。かれの顔を覗きこんでみると、月明かりに照らされた無防備な寝顔を見ることができた。かすかな寝息も聞こえる。わたしはかれの背後に寝そべって大きな背中に抱きつき、寝つけるか試してみることにした。


毎晩抱いて寝ているアレックス(くまのぬいぐるみ)よりもビッグサイズで全くモフモフではないが、軍服に染みこんだルーファウスの匂いをかぐと安心感を感じる。床は埃っぽくとても固いが、一人で眠れない夜を過ごすよりはましだ。


ルーファウスのうなじに顔をうずめているとじきにウトウトしてきて、夢のなかにすべり落ちようとしていたのだが、突然、腕に抱いていたものが動いたのを感じ取った。目が覚めて何が起きたか確認すると、ルーファウスは少し離れたところでまた丸くなっている。なぜ少しだけ移動したのか、という疑問とともにわたしも移動して再びかれの背中にくっつく。


しかし、ルーファウスは数秒後また動きはじめ、今度は部屋のすみで丸くなった。わたしもすかさず移動する。しかし、今回はルーファウスがもう動けないように強力にしがみついた。


しばらくして、もう動かないようだと安堵し腕の力をゆるめると、声がした。


「......私をアレックスの代わりにするのはおやめくださいませんか」

「イヤ。くっついてるほうが安心して眠れるの」

「......私のほうはあなたに抱きつかれていると眠れないんですけど」

「どうしてよ」


そう聞くとルーファウスは沈黙した。答えを待っていると、かれはようやく口を開いた。


「そ、それは......」

「それは?」

「......それはだって、き、緊張するから......」






わたしがその言葉を脳内で消化しようとしていたそのとき、ドアのノック音が部屋に響いた。ルーファウスはわたしの拘束からするりと抜け出て音のほうへ向かった。すぐにドアは開けずに、外の気配を伺っている。ーー場は急変した。剣呑な空気が流れはじめる。外からの動きがないため、ルーファウスがドアを開けようとノブに触れた瞬間、それは起きた。




「ルー!!」


ドア越しに振りかざされた刃の切先が、ルーファウスの脇腹をそれて月夜に光っていた。驚く間もなくドアから生えた刃は一瞬で引き抜かれ、二度目の攻撃に襲われた。大剣がルーファウスの肩をギリギリのところでそれている。


「レオナさま、下がっていてください」


ルーファウスがドアを豪快に蹴ると、ドアは外れ大きな音を立てて倒れた。しかし、その向こうは暗闇が広がり、誰の姿も見えない。


ルーファウスは警戒しつつ廊下へ足を踏み出そうとしている。その一歩の生んだ床の軋む音が、戦闘開始の合図だった。


突如、暗闇から大剣が振りかざされた。ルーファウスは身軽によけ、自身の剣で攻撃をかわす。


姿を現した敵は、女性だった。180cm以上あるかというほどタッパがある。特徴的だったのは、モフモフそうなネコみみと、長いしっぽと、それから服に隠された巨乳......。動物とヒトのハーフだ。そして、ハッとするほどの超絶美人。


重い剣のぶつかり合う金属音が部屋に響く。防御から攻撃に転じるときの、無駄のない流れるような動きに殺気を感じる。互いに相手のくりだす次の攻撃を読むため、感覚を極限まで研ぎ澄ましている。わたしは目の前の戦闘に圧倒され、同時に魅入られていた。危機感は無かった。ルーファウスが負けるわけがない。時間の問題だ。




だんだんとルーファウスが敵を押していく。わたしはただそのバトルに魅入られていたのだがーー。






「ぃよっこいしょ〜、と」


突然背後から、場違いなほど気の抜けた声がした。ふり向くと、開かれた窓の外から大きな手がにゅっと現れ、窓枠を掴んだ。ーー二人目の侵入者。女の仲間か? ここは三階だというのに、どうやってここへ?


窓の外の夜空には美しい満月が輝いていて、窓枠に足をかけて侵入してくるヒトの男性のシルエットをくっきりと浮かび上がらせている。そして部屋に降り立つシルエットが、こう宣言した。


「夜盗、参上♫」


男の影は、わたしにゆっくりと近付いてくる。唯一の逃げ道である部屋のドアは二人が塞いでおり、わたしはゆっくり後ずさることしかできない。


「......レオナ、迎えにきた」


その瞬間に誰なのか分かった。ーー先程酒場で会ったばかりの眼帯男、ジェフ。


「レオナさま、逃げてください!」


ルーファウスは大剣の女に背を向けられないのだ。助けにはこれない。


「来ないで、お願いよ」


わたしは懇願した。ジェフはわたしの正体を勘付いていて、わたしには懸賞金がかけられている。もしジェフに捕まって、かれがヒトの国にわたしの身柄を差し出したら、わが国は終わりだ。


「迎えにきたって言っただろ?」


何とか逃げようとしたが、圧倒的にジェフのほうが早かった。ずいと距離をつめられたかと思うと、わたしの体は宙に浮いていた。


まるで荷物か何かのように、わたしは肩に担がれていた。


「いや、離して!!」


精一杯暴れるが、男の力は強い。ジェフは窓から再び夜の街へ出ようとしている。外を見ると屋根からロープが垂れ下がっており、これでここまで侵入したのだと分かった。ジェフはまたこれを使って下まで降りるかと思ったのだがーー。


「悪りぃ、ちーっと怖いかもしんねぇけど」

「......っレオナさま!!」


ジェフの言葉に悪い予感はしたが、現実は予感よりさらに上を行く。ジェフが突然手を離したのだ。つまり、わたしは三階からまっ逆さまに落下していた。






今日は何という日だ、城にこもっているのでは一生体験できない経験をしている、と言えば聞こえはいいがーー。


死ぬ、と悟ったが、落下は一瞬だった。ーー衝撃は予想より痛くなく、誰かに受け止められたのだと感じた。


「......大丈夫か? お嬢さん」


見上げると、もじゃもじゃの黒い毛をした大きなクマが、つぶらな瞳でわたしの顔をのぞいていた。


「こんなことされたの、初めてよ! それも落とすとも言わずいきなりだなんて!」

「そうだろうよ。おれも初めてだ、落ちてくる人間をキャッチする仕事なんて」

「でも小遣い稼ぎにはなるだろ? ありがとな、オリバー」


ジェフはロープを使って降りてきた。わたしは咄嗟に逃げようとしたがクマ(オリバー)に止められ、いとも簡単にジェフに引き渡される。


「いやよ、離して!」

「いやだね。レオナは大人しくおれに攫われんの」


ジェフは暴れるわたしを担いで、夜のきらびやかなネオン街を駆け抜ける。










ジェフが後ろ手で扉を閉めると、わたしを肩からおろし、解放した。


「お姫さま、おれたちのアジトへようこそ」

「このボロがアジト? 笑えるわね」


ちいさな納屋だ。月と星たちの光が、あちこちにある板のすき間から射しこんでいて、干し草の匂いがする。


「牛たちがまだ人間たちにこき使われてた時代のシロモノだ」


わたしはジェフに攫われてこの納屋へたどり着いた。かれはわたしを敵国の王に売りとばす気だ。わたしは話しながら逃げる機会を伺っていた。


「わたしを攫ったのは、やっぱり懸賞金目的? それとも何か政治的な意思があって?」

「そんなんどっちでもねえよ」


ジェフはそう答えると、突然距離を詰めて意味ありげにわたしの瞳をのぞきこんでくる。一歩退くと、また一歩距離を詰めてくる。背に固いものが当たり、わたしは壁においこまれていた。逃げようと試みるも、両腕をつかまれて押さえこまれる。痛い。


ジェフは黒目に何かを宿している。それはめらめら燃えさかる炎のようであり、刺激のつよすぎる劇物のようであり、わたしは逃げる気力をそがれて目を伏せた。


「あんたを攫ったのは、カネのためでも王家を転覆させるためでもねえ。あんたに興味があるからさ」


顎をくいと上げられ、目を合わすことを強いられる。睨みつけてやるのが精一杯だ。ジェフは満足げに目を細めた。


「勝気なオンナは好きだよ」


ジェフはわたしの帽子に手を伸ばし、それを取った。獣の耳があらわになってしまう。ジェフはそれをまじまじと観察している。そして吐息まじりの声で、言った。


「獅子らしい崇高な精神を併せもつヒト......。それがあんただ」

「......何言ってるのかわからないわ」


耳に触れられた。執拗に触り、感触を確かめている。くすぐったい。


「動物とヒトのハーフは、マニアの間では獣人じゅうじんと呼ばれてる」


そしてわたしのみじかい髪に鼻を埋めた。しばらく匂いを嗅いでいたかと思うと、それはだんだんと下へおりてきて、額へ、頬へ、首筋へ、鎖骨へーー。わたしは身震いした。


「獣人は獣より理性をもち、ヒトより本能で生きている。......神秘的な融合だ」


わたしの体に顔を埋め、恍惚とした表情。かれはいま、毒々しいエクスタシーのなかにいる。


「あなたはその『獣人』フリークってわけ? 変態ね」

「獣人しか好きになれないやつは少なくないぜ。みんな隠してるだけだ。ヒトの国の王都には『首輪をはめられた伯爵』っていう獣人クラブもあって、いつも繁盛してるくらいさ」

「シュミの悪い店ね」


そう貶しても、ジェフには効かないらしい。かれはわたしを諭すように言った。


「......おれはあんたと二人きりで話がしたかっただけだ。ヒトの国の連中にあんたを売りとばす気はねえよ」


気だるげな手つきで頬を愛撫される。


「話以上のことしてるじゃない。......どっちにしろ、早くここから逃げたほうがよさそうね」

「おれがあんたを逃してあげると思う?」

「あなたの欲望にばかり付き合ってられないもの。ほら、足音が聞こえてくる。......かなり飛ばしてるようね」


わたしがそう言うのが早いか、ドアは爆音とともに破壊された。


「っレオナさま......?!」


そこにわたしの専属護衛が立っていた。いや、この光景を見て、立ち尽くしているというほうが正しい。


「来るのが遅いわよ、ルー」

「その方から離れろ、盗賊」


ルーファウスはわたしが今まで聞いたことのないようなドスの効いた声で唸った。


「怖っ! 離れる、いますぐ離れるよ」


そのとき、ルーファウスが来てくれて安心していたわたしは、隙をつかれた。ジェフはそう言いながら、言葉とは裏腹にわたしの唇を乱暴に奪った。


「貴様ッ......!」


その刹那、ルーファウスは剣を抜いてわたしたちとの距離を詰めたかと思うとジェフの首元にそのきっ先を当てていた。


「待って待って! ごめんって! おれに戦闘力ねぇから! ルビー早く来て、ご主人様がピンチなんだけど〜?」

「その減らず口を叩けないようにしてやる」


きっ先が皮膚に食いこんで、刃に一筋の血が伝っている。わたしは慌てた。


「ルー、やめなさい!」

「......今はあなたの命令を聞く気になれません」

「殺生する必要はないわ!」


わたしの言葉にも耳を貸さない。血の量がだんだんと増えていく。


「ルー、やめて......」

「ジェフリーさま!!」


そのとき先程の女剣士が現れた。そしてルーファウスは気がそがれたのか、首元に当てていた剣を下げた。わたしは胸をなでおろす。


「ジェフリーさまの御身を傷つけたな......! 大罪をその身をもって償え!」


ルビーというらしいその『獣人』の女性は大剣を振りかざしたが、ルーファウスは動きを読んでいて攻撃をするりと交わした。そして戦闘が再開される。


再び金属音が響くなか、ジェフはわたしに言った。


「おれの可愛いしもべだよ」

「あのハーフのかのじょのこと?」

「いや、そうだけど、ルビーは獣人じゃない。フェイクの猫耳としっぽをつけてるだけさ」

「えっ、あれ偽物なの? ......それってもしかして、あなたの好みの女性になるためにってこと?」

「そうさ。ルビーはおれが死ねって言えば死ぬような女だ」

「でもあなたの相棒でしょ? かのじょのこと大事にしなきゃだめよ」

「......もちろん、言われずとも」


ジェフに鼻で笑われた。


「ルビー、ずらかるぞ!」


するとルビーが駆けよっていったジェフを守りながら後退する。ボロ納屋を去ろうというとき、ジェフが言った。


「レオナ、何か手に入れたいものがあったら、そのときはおれを呼べよ!」




そう言い残し、風変わりな二人組の夜盗は闇夜へと紛れた。

ここまで読んでくださったあなた様、ありがとう!

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