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サード・フォース  作者: 寺田 蕗
5/13

夜の酒場で情報収集

ケモノの国の王都クリニエールは朝靄の底に沈んでいる。路傍の猫もねむりこけている早朝に、わたしたちは北を目指して急いでいた。ようやくある民家の前に止まる一台の馬車を見つけ、わたしたちは正体を隠してそのボロ馬車に乗りこんだ。






「ノースフォレスト地区までとは、そりゃまた遠いね!」


馬が疾走しながらいななく。


「お金は弾むわよ。なるべく急いでちょうだい」

「スピードなら任してくれよ。早すぎてひっくり返っても知らねぇよ!」


馬車はガタゴトと激しく揺れ、わたしたちの体は飛び跳ねていた。


するとルーファウスが馬たちに聞こえぬよう声を落として言った。


「お金、足りますか? レオナさまどうせ一銭ももってないでしょう。言っときますが私はこれだけしか持ち合わせてないですよ」


いつもルーファウスが腰に下げている巾着の中を見たわたしはーー


「......値段交渉をがんばりましょう」


力なくそう言った。








移動に丸一日を費やしたが、知の塔のあるノースフォレスト地区まではまだ遠い。日が暮れたため、わたしたちは馬たちに休んでもらい、繁華街の安宿で一泊することにした。


わたしたちが借りた部屋は、簡易ベッドが一つある以外家具は何もなく殺風景だ(二人部屋は空きが無かった)。そのベッドに寝そべってみると、ミシミシと軋み、硬い。窓を開けると、夜なのに騒々しい音楽や動物たちの声が聞こえてくる。城とは大違いのせまくるしい部屋にいると、気がめいりそうだ。


「ねえ、ルー。一階にあった酒場に行ってみましょうよ」

「......レオナさま、今日は明日に備えてもう寝ましょう。明日も一日中移動で疲れることでしょうから。ささ、ベッドへどうぞ」


ルーファウスはわたしをベッドへと押しやる。わたしは足を踏んばって抵抗した。


「い、や、よ! 夜の酒場は民たちの交流の場でしょう。たくさん情報も集まるはずだわ。お父さまのことやかの国の情報が知りたいの!」

「ダメったらダメです」


ルーファウスは抵抗するわたしをひょいと簡単に抱えてベッドの上に投げた。そして暴れるわたしにブランケットをぐるぐる巻くと「ではよい夢を」と言う。


「やだってば! なぜダメなの?!」

「なぜってそりゃあ、酔っぱらった獣が大勢いるんですよ? それもオスばかり!」

「わたしもう子どもじゃないのよ? 今日で成人したんだから! そんなの大丈夫よ」

「たしかに大人ですが、あなたは今まで城を出たことがない! 外の世界のことを知らなすぎるのです。......男というものがどういうものかも」


次の瞬間、ベッドの上でぐるぐる巻きにされたわたしの目の前数センチの距離に、ルーファウスの顔があった。たくましい腕がわたしの動きを封じる。思わず動揺し、どこを見ていればいいのか分からず目が泳いでしまうが、わたしは強気をよそおって言った。


「......わたし、もう子どもじゃないわ。外の世界のことだって、知っていかなくちゃ。今までの自分のままじゃいられないのよ。わたしはもう、城という安全な鳥籠を出てしまったのだから。お父さまとお母さまのそばには、いられないのだから......」


泣きそうになった。お父さまとお母さまのことは考えないようにしていたのに、思い出させるから。二人はいつ殺されてもおかしくない状況だ。


「お二方は、きっと無事です。......それに、無理に自分を変える必要は、ないと思います。こうして私があなたのそばにいる限り、安心して守られてください」


ルーファウスの生あたたかい吐息が首をくすぐる。わたしは動けなかった。


「あなたは変わらず、あなたのままでいて。ダメな部分があったっていいんです」


わたしの頬を優しく撫でて、諭すように言う。




......いつものルーファウスと、あまりに違いすぎるーー! めちゃめちゃにハートを揺さぶられて動揺したわたしは、思ってもいない言葉を放った。


「......ぶっ、無礼よ、王女に許可なく触れるなんてっ......!!」

「なぜそんなこと言うんですか? 自分は私に思いきり抱きついてくるのに、ずるいです」

「だってあなたはただの護衛で、わたしには身分がーー」

「......そうですね。私はあなたのただの護衛ですから、何者からもあなたを守ります。どんな危険からも、敵兵からも、酔っぱらったオス共からも。......だから、行きましょう」

「......え、酒場に行っていいの?」

「私があなたを見張っていればいいだけの話でした」


ルーファウスはわたしから離れると、はぁ、とひとつため息をついた。


「いつものように私が譲歩してさしあげます」


ルーファウスはひどい呆れ顔だ。


「......ありがとう、守ると言ってくれて」

「それが私の仕事ですからね」

「わたし、無理して変わらなくていいのね。もっと強く賢くなりたいと思っていたけど、あなたがずっとそばにいて助けてくれるものね」


わたしはシーツの上で少し座り直してから、ルーファウスの頬にキスした。


「ルー、大好きよ。わたしはまだあなたに依存していたいの」


するとかれの顔は、面白いようにみるみる赤く染まっていく。ーーこんなに照れてるルーファウス、見たことない!! ルーファウスのニセモノじゃないかと思うほど、普段とのギャップがありすぎた。


まっ赤な顔をしたまま、かれは口を開いた。


「今、()()、依存していたいと言いましたね? ......ほかの男と結婚したら私への愛情は消えるということですか」


拗ねたようにそう言う。ーーか、可愛いッ! いつもはクールなお澄ましルーファウスが、かわいいッ!


わたしは何とか平静をよそおって言った。


「やっぱり、政略結婚だとしても夫になったらその方を好きになるよう努力すべきじゃない? 一生を添い遂げるのだから」

「......そこは賢くいらっしゃるのですね」

「嫌味に聞こえるんだけど」


わたしは何だかムカついたのでルーファウスの胸板を力をこめてぼこぼこ叩いた。


「痛いんですけど、レオナさま」

「このくらい何でもないでしょ。......わたしはきっと苦しむわ。あなたへの想いと夫への忠誠心のあいだで」


王女と、その護衛人。わたしたちは結ばれることはないという、絶望的なまでに揺るぎない事実。


「......じゃあわたし先に行ってるわよ」


言ってはいけないことを言ってしまった気がして、そそくさとドアをくぐりせまくるしい部屋を出た。







酒場は繁盛しているようだ。アルコールと獣くさい匂いに満ちている。わたしはとりわけ盛りあがっているカウンターテーブルに場所を取った。隣の席の、太くて立派な角を持った毛むくじゃらのバイソンの周りには、小バエがぶんぶんと飛び回っている。かれはわたしをちらりと見たが、また視線を戻しジョッキを一杯豪快にあおった。


そのときルーファウスが追いついてきたかと思うと、わたしは抱えられひとつ隣の席に移された。そして自分はバイソンとわたしのあいだに陣取った。


「何か果実のジュースと、ビールを一杯」


ルーファウスがノロジカのバーテンダーに声をかけると、かれは言った。


「あんたら初めて見る顔だ。......あんた、かの国の兵士じゃないだろうね」

「まさか。ただの旅の者だ。この剣は護身用に持っているものでね」

「そうか。いや、疑うのも仕方なしと思ってくれよ。この現状じゃあね」

「分かっている。昨夜の噂はひどいものだ。かの国に我らの城を攻められたと聞く」


この店の者たちとカウンターの客たちは盛りあがっていたが、途端に静まった。ルーファウスの言葉を聞いたバイソンが地を這うような低い声で言った。


「そうさ。我らの城は制圧されたのだ。現実として認めたくはないがな」

「王と王妃は無事なのか?」

「今はまだ人質として生かされているようだ」

「おいおいそんな言い方するなよ! ライオネルさまが人質だなんて......」


一匹で三席分を取っている、バイソンよりさらに巨体のカバが言った。わたしは出されたモモの果汁をちびちび飲みながら、話を聞いていた。いつのまにかルーファウスはこの場にいる動物たちから情報を引き出している。


「王は何とひきかえに生かされているというのだ」

「そりゃあ我らの姫さまさ! 姫さまはあの夜なんと、かの国の兵士から逃げおおせたという噂だ」

「そうさ。ヒトのやつらは王女の足跡を追っているらしいが、王女は今も、夜の闇に紛れていると」

「つまり、もしかしたら姫さまがオレたちの近くで身を隠しているかもしれないということさ」

「お一人でさぞ不安に震えていらっしゃることだろう」


そう言うとカウンターの真ん中に座るバッファローはジョッキを空にして叫んだ。


「ミゲル、もう一杯くれ! 酒を飲まないとやってられないからな」


すると向こうの端にいるハイエナが口を開いた。


「なあ、ヒトのやつらは王女に懸賞金をかけたって本当か? そういうお触れを出したって噂が......」

「まさかおまえ見つけたらかの国に姫さまを突き出すつもりか?!」

「い、いや......。分かってるのは年は十六で獅子王とニンゲンの王妃の子だからハーフだってことだけだろ? どんな顔してるかも知らねえし、見つけっこないさ......」

「オレは自分の国の姫さまを敵国に突き出すなんてマネできねえよ」

「でも、オレたちの金でおよそ三千万レオンだぞ」


動物たちはわたしの話題で論争を始めてしまった。


ーーとにかく大事なのは、わたしが捕まらないかぎりお父さまとお母さまは無事ということだ。


「お嬢さん、流れ者か?」


するとわたしの隣の椅子に誰かが座った。声をかけられたので振り向くと、珍しくも、ヒトの男性だった。


「そうよ。北へ向かっているの」

「いや、ここらへんで見かけない顔だからさあ。......それにしても、あんた可愛いし、ちんまりしててかよわそうな感じ、おれの好みどストライク。今夜おれと、どう?」


いきなりストレートな誘い文句を放った男は、まるで猫のように気だるげで、かつ虎のように荒っぽい感じを纏っていた。服の間からたくましい胸板が覗く、ボサボサの髪に黒い眼帯の目立つ男は、片目を隠していても分かる整った顔をあからさまにニヤつかせている。


「このは今夜、私と一緒なので」


そのとき、ルーファウスが会話に割って入ってくれた。


「そうなの。ボーイフレンドと一緒だから、ごめんなさい」

「あらま、残念〜! ......おいそこの、おれにウイスキーをくれ、フラれ酒だ」

「それから、貴方見た目に騙されてますよ。かのじょは貴方の言うようなタイプの女性じゃありませんから」


ルーファウスはいつも一言余計だ。


「......けれどあなたのようなかっこいい殿方に誘われて光栄よ。あなたのようなひと、女性が放っておかないでしょう」

「まあね〜。普段は何もしなくても女は寄ってくるんだが、今夜はあんたみたいなむすめに出会っちゃったからついね。......ところで、おれはジェフ。あんたは?」

「レオナよ」

「レオナ、名前もキュートだ」

「ありがとう。嬉しいわ」


ジェフはウイスキーをもらって一口豪快にあおると、わたしをじろじろとあからさまに上から下まで眺め回す。


「ホント、いい女だねえ。......そのチョーカーもかわいい顔に似合ってるけど、身なりとはそぐわねえな。すごく高価そうだ」


ーーそりゃあ、国宝だからだ。


「おれは女の好むものには詳しくてね。そのチョーカーの宝石は、ダイヤモンドでもクリスタルでもなく、『人魚の涙』だ。......王族のシンボルで、その跡継ぎに代々受け継がれているもの」


ーー何故知っているの? そこらへんの民たちは知り得ない事実。わたしたち王家に近しい、ある程度身分ある者しか知らない事実だった。


「あんたは一体、誰だ?」


ジェフはすべて知っているというように、わたしの反応を待ってニヤリと口角を上げた。完全に面白がっている。ひそかに近付かれ、チェックメイトされた気分。


「姫さま、ここを去りますよ」


焦った顔をしたルーファウスにそう耳打ちされた。ここで逃げるということは、かれの言葉が当たっていると認めてしまうことになるような気がしたが、慌てたわたしは「急用を思い出した」と適当すぎる言い訳を残して、促されるまま席を立った。







わたしたちは勘定を払ってそそくさと酒場から自分たちの部屋に逃げ帰った。ルーファウスはドアを後ろ手に閉めると低い声で言った。


「レオナ様、そのチョーカーを外してください」

「......これのせいで素性がバレそうになったから?」

「そうです。城を脱出したときは緊急事態でしたからお金もほとんど持ってきていませんし、今日の宿代さえ足りないじゃないですか。だから、それを売りましょう」

「......いやよ」

「ですが、高く買ってもらえそうなものはそれぐらいしかありませんし、また同じようなことがあったらどうするつもりですか? ......万事解決したら、また買い戻せばいいじゃないですか」

「いや」


わたしは頑なに首を振った。


「......なぜそれほど拒否するのですか」

「これは、わたしが生まれたときに授かった、お父さまとお母さまのむすめだという証だから。......今、両親の存在を感じることのできるものはこれだけなの。絶対に手放したくないわ。今回見破られたのは、マグレよ」

「ではこれから資金面はどうするおつもりで?」

「わたしが何とかするから、心配しなくていいわ」

「何とかって、そんな適当な......」

「大丈夫よ。宿代なら、明日の明け方、まだみなが寝ている頃にトンズラすればいいことよ」

「それが一国の王女の言うことですか」


ルーファウスは呆れ顔で言った。


「すべてわたしに任せなさい」

「そうですか。ではあなたに従いますので、今度は私の言うことも聞いてください。......明日早起きするのでしたら、今日はもうヤンチャはやめにして寝ますよ」


その夜はもうルーファウスの言う通りにすることにして、わたしは床に入った。

ここまで読んでくれたあなた様ありがとう!

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