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サード・フォース  作者: 寺田 蕗
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お姫さまの着せかえあそび

肌触りの心地いいソファでウトウトと舟を漕いでいたが、ルーファウスの話し声がわたしを微睡みからだんだんと覚醒させていった。


「それは本当なのですか? 本当に、かの国が......」

「本当でさあ。やつらはヒトの国の軍隊『黒鷲の羽搏』を名乗っていて、レオポルド城の前には今、かの国の旗が掲げられているそうでさあ」

「城は、かの国に占領されたということですか......」


その言葉に、頭がまっしろになる。


何度か開戦の危機はあったものの、それを乗り越え、あの大戦以降千年間保たれた両国の和平が昨夜、崩れ去った。かの国の身勝手によって。結局かれらはわたしたちの恵み豊かな土地がほしくてたまらないのだ。わが国を占領統治する気だ。


「お父さまは無事なの?! お母さまは?!」

「まだ殺されてはいないという噂でさあね」


噂ーー。本当に存命でいらっしゃるのだろうか。城に戻ってお父さまに会って確かめたいが、どうやらいまの話を鑑みるとそれは叶わない。


「レオナさま、聞いておられたのですか......」

「こちらの方はどなた? 紹介してちょうだい」

「この帽子屋の店主、ビル・ウェリントン氏です」

「お初にお目にかかりまさあ、レオナ姫」


ビル・ウェリントン氏は中年の白豚だった。前足でわたしの手を取ると、甲にキスをする。


わたしの素性がバレてしまっているのは、きっとーー。


「やはりこの耳と尾を出したままなのは賢明ではないわね」

「出しておらずとも私には分かりまさあね。私はライオネルさまの忠実なしもべなんでさあ。今から二十年前、ライオネルさまの側近として働いていまして、辞めて家業を継いだ今も昔の仲間から情報が流れてくるんです」

「かれは帽子屋を営みながら、この城への隠し通路の番人をしているそうです」


つまり王家の関係者ということだ。城の現状を教えてもらえて助かるがーー。


「城には戻れないし、ここにも長くはいられないわね......」

「かの国はレオナさまを今このときも探していることでしょう」

「......これからどうすればいいの」


ピンチのときこそ気丈に振るまい、打開策を見つけるのが国を統べるもののあるべき姿のはずなのに、情けなくもわたしは声が震えそうになるのを抑えるので精一杯だった。


「ひとまず、私たちを匿ってくれそうな方のところに避難しましょう。レオポルド家と縁がある方のところに......」


そんなわたしをよそに、いつも冷静沈着なルーファウスがそう提案した。


「それなら、グノーシスさまのもとに行くのがいい」


ウェリントン氏が言った。


「大昔、ライオネルさまが玉座についてまもないころに、王はグノーシスさまに恩恵をお与えなさったんでさあ」

「グノーシス? 聞いたことがないわ」

「国の北端、いわゆる北の森と呼ばれるノースフォレスト地区にある『知の塔』の管理人でさあ」

「知の塔なら知っているわ。この国だけでなくかの国を合わせても最大の蔵書数を有する図書館ね。この地域で文明が起こった頃から存在する施設。そこのおさなの?」

「そうでさあ。大昔、まだグノーシスさまがレオポルド城で召使いとして働いていたころに、かれの生まれたばかりのご子息が流行り病にかかったんでさあ。そのときライオネル王はこの国いち腕のよい医者をやり、治療費をすべて出したんでさあ。それからグノーシスさまはライオネルさまにますますの忠義を尽くすようになったと」

「そういえば私もそのような話、聞いたことがあります。王にはかつて特別に目をかけた召使いがいて、身分を超えた間柄があったと」

「そんなことがあったのね。わたしは自分が生まれる前のお父さまのことは何も知らないようだわ」


知の塔の管理人グノーシス。お父さまはかれを贔屓して可愛がっていたようだ。どのような方だろう。


「他にいい案が浮かびませんし、グノーシスさまのもとに避難すべきと私は思います」

「同感よ。血族の者たちはお父様の地位を虎視眈々と狙っているし、王家には味方のようでいて敵のような者も多いわ。けれどその方なら信用できそうね」

「そうと決まれば早めに出立したほうがよいでしょう。いつ追手が来るか分かりません」

「そうね、城から離れましょう」


まさかわたしにレオポルド城を離れる日が訪れるなんて。それもこの国の北端まで、ルーファウスと旅をするなんて。


「まさかその格好で行く気じゃあないでしょうね」


ウェリントン氏の言葉に今の自分の状況を思い出した。わたしは昨夜、寝間着でベッドから抜け出してそのままだ。


「洋服が必要でさあね。私のじゃ男ものだし少し大きいでしょうから、私の息子のを借りるといい」

「恩に着るわ、ビル」

「え、息子さんのですか? 娘じゃなくて?」

「うちの息子は身なりにとても気を遣うやつで、ヒトの国の王都からわざわざ洋服を仕入れてくるんでさあ。それも女ものまで」

「お洋服が好きなのね」

「まあね。じゃあ息子の部屋に案内しまさあ。ついてきてくだせえ」







ウェリントン氏に付いて店の階段を上がると、かれは二階のもっとも奥の部屋のドアを開けた。ーーノックもせずに。


「ミッチェル、そろそろ起きなせえ。......って、また()()を連れこんでるのか」

「父さん! 部屋に入るときはノックしてって言ったでしょう?!」


ウェリントン氏の背後から部屋のなかを覗き見ると、その一室は、一言で表現するならばまさに「混沌カオス」だ。どこから何をどう描写すればいいのか迷ってしまう。


まず、ベッドの上では一匹の豚がウェリントン氏の声に飛び起きたところだった。それも一糸纏わぬ姿で(動物といえど現代ではみな服を着て街を歩いている)。そしてその衝撃でもう一匹の豚がベッドから床にドシンと転がり落ちた。何事だというように目をパチクリさせている。かれのほうは服は着ているがぽよぽよの腹が出ていた。


そして、部屋の壁を覆いつくすように、たくさんの洋服が掛けられていてほの暗いのが異色だった。それもすべて、何というか、不思議な服ばかりだった。


「ウェリントンさん! お邪魔してます!」

「やあ、イアン。それよりミッチェル、早く服を着なせえ」

「ホンット、ボクの部屋にノックもしないで入ってきて命令しないでくれる?! 言われなくても着るし! 父さんのおかげで最悪な目覚めだよ、ってまだ五時じゃん!! ホンットどうかしてる、こんな時間にボクに何の用なの?! 用によってはボク、父さんのお気に入りの帽子こっそり質に入れちゃうよ!......って、その子だれ?」


弾丸トークを炸裂させるミッチェルはわたしの好奇の視線に気づいてしまったようだ。わたしはまじまじとかれに見つめられてしまった。


「この子は、まあ、その......旅の方だ。ミッチェル、おまえに頼みたいんだが、この子に至急服を貸してあげ「かっわいいぃーーー!!!」

「え?」


素ッ裸の「ミッチェル」がありあまる勢いで駆け寄ってきた。ウェリントン氏を押しのけ、かれの背後にいたわたしの両手を掴んだかと思うと、わたしの目の前にはかれの鼻のドアップがあった。


「何この子?! 金髪ベリーショートヘアのそばかす美少女?! 地上に舞いおりた天使! キュート! パーフェクトゥ!!」

「?!」


わたしはかれのテンションに圧倒されていた。


「きみ、名前はなんていうの?」

「れ、レオナよ」

「レオナ、きみハーフなんだね! やっぱり異種の血が混ざると美人ができあがるっていうのは本当「少し離れて。それと服を着ていただけますか?」


ルーファウスがミッチェルとわたしを引き離した。


「ボーイフレンド? 名前は?」

「......ルーファウス」

「じゃあルーって呼ぶね。男前だ、やるねレオナ〜!」

「言っときますがボーイフレンドではありません。ただの旅の連れです」


ルーファウスは一言余計だ。


「ミッチェル? 恋人の存在忘れてない?」

「イアン! あぁごめん、どれほどの美少女だってきみには勝てないさ! ボクのマイ・トレジャー!」

「あぁ僕のミッチェル!」


二匹はわたしたちの眼前でひしと抱き合った。


ーー何だか一方的にフラれた気分?


「やめなせえ、人前で恥ずかしい」

「うるさいなあ、父さんは!......それで、レオナはボクの服を借りたいって?」


イアンと抱き合ったままのミッチェルが聞いた。


そうだ、早く出立の準備をしなければ、敵が来るかもしれない。


「そうなの。何でもいいから服を貸してもらえると助かるのだけど......」

「何でもいいわけないじゃん!!」


突如、ミッチェルが大声を出した。


「こんなに美しいモデルがボクのもとに舞いおりてきたんだ! さあファッションショーを始めよう! キミに魔法をかけてあげる!」


ミッチェルは全裸のまま、パチンとウインクしてみせた。







わたしたちは『ウェリントンの帽子屋』の二階にある一室にいる。


「気にいったのはある?」


ようやく服を着たミッチェルがわたしに問うた。


「ミッチェル、あなた洋服が本当に、好きなのね」


城へドレスを持ってやってくる出張の仕立て屋しか知らないわたしは、街の洋服屋はこんな感じなのかな、と想像した。


部屋に飾られた洋服は独特なデザインばかり。これは着ることのできるものなのかしら?と思うものまで。タキシードや軍服などわたしの馴染みのあるものから、太ももというよりお尻まで見えてしまいそうなキワどいスリット入りのロングドレス、エキゾチックな民族風の羽織もの、アシンメトリーデザインのシャツ、キラキラ光る素材のミニスカート、それから道化師の着るような奇抜な服まで多種多様に揃っている。服だけでなく、ハイヒールやブーツなどの靴のコレクションや、大粒の宝石の光るイヤリングやネックレスなどのアクセサリー、バッグ、それからカツラまで何でもある。


「ボクの自慢のワードローブさ」

「素敵ね。わたし、これが気にいったわ!」


クールなジャガード素材のワイドパンツだ。いつもドレスや民族衣装ばかり着ているから、都会的な格好いいパンツが履いてみたかった。


「う〜ん、それもいいけど......」


ミッチェルの反応はあまり良ろしくない。何故?


「レオナさま、私にも理解できることですが、小柄なレオナ様にはパンツよりスカートが似合います。例えばこれとか」


ーーチビなの気にしているのに。


ルーファウスは水玉柄のワンピースを手に取って、わたしの体に合わせた。たしかにパフスリーブでかわいらしいけれど。


「ボーイフレンドはキュートなのが好きだってさ。たしかに女の子はもっと足を出していいと思うよ。足を見せてみて」


わたしはネグリジェを捲ってみせた。


「うむ、美脚でよろしい」

「レオナさま、やはりワンピースはやめてパンツにしましょうか」


ルーファウスはわたしの手を掴んでネグリジェの裾を下げさせた。


ーー自分からこのワンピースがいいって言ったのに。


「まあ自分が好きなものを着るのがイチバンなんだけど、きみたちこれから旅をするんでしょ? それなら、動きやすい服がいいよね」


ミッチェルはたくさんの洋服のなかからパパッと服を取り合わせ、わたしの体に合わせた。


「これなんかどう?」


それはシンプルな白のティーシャツと、所々破れたところのあるショートデニムパンツ、そして白いスニーカーだった。


「レオナは顔が派手だから、引き算してエフォートレスなファッションもいいね。ブロンドのベリーショートと焼けた肌には、白Tシャツにデニムがイチバン」


たしかに、動きやすそうなスタイルだ。


「これ、気に入ったわ。着てみてもいい?」

「もちろん。隣の部屋で着がえてきな」


さっそくその二着を持って隣の部屋に駆けこんだ。


寝間着から着がえて、戻るとーー。


「わあ、イケてるぅ〜!」

「とても似合ってまさあ」


イアンとウェリントン氏が手を叩いて褒めてくれた。


「......うん、サイズ感もぴったりだし、キミの高級感のあるチョーカーがそのスタイルならアクセントになるね。ぜんぶ持っていって」

「本当にありがとう、ミッチェル」


いつかこの服たちを返しに、またきっとこの帽子屋へ戻って来よう。


「ルーファウス、どうかしら? あなたのガールフレンドが変身したのよ、何か言ってちょうだい」


さっきから黙っていたルーファウスに声をかけると、かれはごにょごにょと何かを呟いた。


「......姫は何着たって可愛いことくらい知ってますし」

「え、今何て?」

「服なんてどうでもいいからそろそろ出発しましょうと言ったんです」

「照れ隠しね、分かってるわ」


何事も前向きに捉えておこうではないか。




わたしたちは階段をおりた。ミッチェルとイアンがじゃれ合いながら話していたとき、ウェリントン氏が耳打ちした。


「その耳も隠したほうがいいでしょう」


そして、店内のたくさんの帽子からひとつを取ると、わたしにかぶせた。


「私からの餞別でさあ」

「あっ、麦わら帽子?......やりすぎ感あるけど、まあいっか」


それに気付いたミッチェルが言った。


「ありがとう、ミスター・ウェリントン」


うっかりしていた。尾はショートパンツにしまって隠しているが、耳が丸出しだった。けれどこれをかぶればニンゲンのふりができる。


そしてわたしとルーファウスは、玄関口に立った。ーー旅立ちのときだ。


ミッチェルが尋ねた。


「ところで旅の目的地はどこなの?」

「まずは知の塔を目指すわ」

「ウェ〜、ボクには縁のないところだわぁ。本の虫の集まるところじゃん」

「そりゃあ長旅になるね。健康にはちゃんと気をつけて。元気がいちばん大事だよ!」


ミッチェルが苦い顔をしていると、イアンがそう言ってくれた。ルーファウスが口を開く。


「みなさん本当にありがとうございました。ご厚意感謝いたします」

「いつか旅を終えたら、服と帽子を返しにここに必ず戻ってくるわ」

「ボクはきみに全部あげるつもりなんだけどな。でも、また遊びに来てくれたら嬉しいよ」

「この帽子屋がますます繁盛することを祈っているわ。ミッチェルとイアン、お幸せにね!」

「ありがとう、レオナ。旅を楽しんでね!」

「いつか戻ってくるの待ってるよ!」


手を振ってお別れしながら、まだみなの寝静まる、朝靄のかかったメインストリートを歩く。ーー北を目指して。




「......どうか、ご無事でいてくだせえ」


ウェリントン氏の呟きは、わたしたちにはもう聞こえなかった。

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