パジャマで逃走
ルーファウスはわたしを担いで走る。どこに繋がっているかも定かではない道を。わたしはそれなりに重いはずなのに、さすがはケモノの国いちの護衛人。風のように走る、走る、走る! 侵略者たちから逃げるために。
わたしはかなりのスピードと振動に酔いそうになりながら言った。
「さっきの、動物じゃなかったわね!」
「そうですね。ヒトの国のならず者が徒党を組んだのでしょうか。まさか、ヒトの国の正規軍が我々の城を襲うわけはないでしょうから」
「残りはわたしだけだと言っていたわ。城はもう制圧されてしまったのかしら。城のみんなは......」
「......それは、我々の騎士たちを信じましょう」
細長く続く隠し通路を走っていると、突然、行き止まりにぶつかった。わたしはルーファウスの肩から下ろされ着地する。
「どうやらここを上がれということらしいですね」
「え? どうやって?」
「ここに梯子があります。地上に繋がっている」
灯が無いためわたしには何も見えないが、ルーファウスには行き止まりの壁に梯子がかかっているのが見えるらしい。
「私が先に行って敵がいないか確認してきます。レオナさまはそこにいてください」
暗闇でルーファウスの動く気配がする。言われた通りその場で動かずにいると、突然、月の光が降り注いだようにあたりに灯がさした。梯子を天辺まで登って天井の扉を開けているルーファウスの姿が現れ、わたしは安堵した。
ルーファウスは梯子を登りきって地上へ消えてゆく。
来た道から追手が来ないか気になりながら待機していると、ルーファウスが天井から頭だけ覗かせた。
「どうやら危険は無いようです。来てください」
わたしは梯子に手をかけ慎重に登った。この梯子の先はどうなっているのだろうか。本当に秘密部屋があるのだろうか。
伸ばされたルーファウスの手を借りて、まもなくわたしは地上に出た。
「ここは......、帽子屋?」
真夜中なので暗いが、確かにそうだ、帽子屋だ。狭い店のようだが、所狭しとたくさんの帽子が店内にディスプレイされている。中折れ帽に、つば広の帽子、ベレー帽やハンチング、シルクハットなど様々な種類のものがたくさん確認できる。わたしたちはその店のすみに置かれた大きな鏡の前に出た。
「そのようですね。城から数キロメートル離れているでしょうか。......夜街を出歩くのは危険ですから、夜が明けるまでここにいましょう」
「......分かったわ。今夜はここで身を隠しましょう」
城の外のことはよく知らないから、ルーファウスに従おう。
ーーここは秘密部屋には見えないし、そんな部屋はどこにも存在しないということだろうか。わたしは誰なのかも分からない男に何らかの理由でここへ誘きだされたということ? でも、わたしたちはかれのおかげで侵略者たちから逃げおおすことができたのかもしれないーー。
「レオナさま、ここにソファがあります。お借りしてください」
「わたし、とても寝れそうにないわ。ルーが使って」
「あなたには明日のために休息が必要です」
するとルーファウスはいきなりわたしの体に両腕を回し、ひょいと軽く抱きかかえた。男性の首元の匂いを吸いこんでしまい心臓が鳴る。落とされないようにかれにひしと抱きついている自分がいるのも恥ずかしい。そのままソファまで運ばれ、ゆっくりとふかふかのそこに降ろされる。
「私が番をしますから、姫さまは休んでください」
ルーファウスはそう言って離れていった。
ちょっと世話焼きが過ぎるところも、好き。大好きだーー。
そういえば、わたしはルーファウスに真剣な愛の告白をしたというのに、完全にそれは無かったことにされている。
それならば、もう一度思い出させてやる!!
「ルーファウス」
小窓から外を見張っていたかれは、ふり向いた。
さて、何て言えばこの気持ちが伝わるんだろう。ルーファウスはわたしの知る誰よりも優しさを持っていて、わたしは誰よりもあなたに感謝していて、愛情を感じていて、あなたがそばにいないと調子が出ないの。
「レオナさま?」
かれは名前を呼んでおいて何も言わないわたしに首をかしげる。ーーかれを見ていると苦しくなる。心臓がキュッと縮む。
「わたし、あなたのことが好きよ」
「......あまりそういうことを言い過ぎると、軽い女性だと思われますよ」
ーー的を得た言葉だ。わたしの懲りないハートを深くエグった。
ルーファウスはやはりわたしの気持ちは嬉しくないのだろうか。メスに好きだと言われて嬉しくないオスはいないってお母さまに教わったのに。勇気を出して言ったのに。
もうやけくそだ。わたしはソファから立ち上がった。
「こんなことはあなたにしか言わないわ。まだ分かってくれないなら何度でも言ってあげる。好きよ、ルーが好き。いつもあなたのこと考えてる。好き。大好きよ。愛してる!」
わたしは真剣に気持ちを伝えているというのに、ルーファウスは片手で顔をバッと覆い隠したかと思うと、くるりとわたしに背を向けた。
「......ルー......」
ーーショックで立ち直れそうにない。
すると低い声が聞こえてきた。
「......私はレオナさまとは決して結ばれない立場にありますし、それに私はそこらへんのどこにでもいるような男ですから、つい疑ってしまいますね。なのでもう一度言っていただけますか?」
ーーこ、こここれは、ついに来たチャンスでは?!
「ルーが好きよ! お父さまよりもお母さまよりも、もちろんチャールズ・ボールドウィンよりもあなたが大好き!」
「......。」
心をフルオープンにして言ったのに、ルーファウスは背を向けたままわたしの告白の連続技に無言だ。あんまりだ。ただ、店内の帽子をひとつ手に取ったかと思うと、くるくると指先で回しはじめた。かれは何がしたいのだと思っていると、ようやく口を開いた。
「......一体私のどんなところが?」
「そ、そうね......。う〜んと......」
と、突然言われると難しい。
「え、すぐ出ないんですか?」
「言葉で表現するのが難しいだけよ! ......そうね、あなたの顔が好き」
「かっ、顔?」
「そう。何か考え事してるときのちょっと虚ろな横顔とか、少し口角をあげるだけの遠慮がちな微笑みとか超レアだし、そういう表情にめぐりあうたびに興奮するの! それにあなたの榛色の目も優しげで好きよ。それに面倒見がいいところとか、相談に乗ってほしいときに的を得た助言をしてくれるところとか、そういうところにいちいち魅かれてしまって「も、もう結構です」
話を途中で遮ったかと思うと、ルーファウスは「はああぁぁぁ......」と、それはそれは深いため息をついた。
こんなに褒めているというのに、なぜ? すごい傷つく。
そしてさらにもう一度、大袈裟なため息をつく。
「はあぁぁ〜。.........クソ可愛い」
「え?」
「......この帽子のことです。あぁ〜、かわいいですねぇ〜、この帽子リボンがついてるじゃないですか。レオナさまに似合うんじゃないですか?」
「......そんなのわたしの趣味じゃないわ」
こんなに真面目にストレートに気持ちを伝えているというのに、ルーファウスはーー。
「もういい、ルーなんか!!」
わたしはソファで丸まってふて寝することにした。
「ルーは何にもわかってない。ルーには何にも伝わらない。ルーの分からずや」
ルーファウスに聞こえるように精一杯ぼやいていると、かれは自分の上着を脱ぎ、ソファのほうに寄ってきてわたしの身体に掛けた。
「おやすみなさい、レオナさま」
そうは言われても、いつも使っているベッドではないし、お父さまとお母さまのことが気がかりで、なかなかその夜は寝つけなかった。
ここまで読んでくれたあなた様ありがとう♡