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サード・フォース  作者: 寺田 蕗
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ケモノの国は宴の盛り

スコールが止んだ。あたりは湿った土や葉の匂いに包まれている。じめじめとした湿気と、焚火のもうもうとした熱気が混じり合い、緑はますます香り立つ。


ここはもはやジャングルと化している、レオポルド城の庭園である。鬱蒼と草木が生い茂り、伸び放題である。庭園に響きわたるは、ドンドコドンドコ打ち鳴らされる太鼓のリズム。その爆音が、そびえ立つレオポルド城を揺らす。


この庭園で、今宵、戴冠式の前夜祭が催されている。


この前夜祭の参加者は、選ばれし、高貴な動物たち。みながこの国の上流階級に属している。南の密林からは、トラ、ゴリラ、サル、ゾウなど。西の砂漠からは、ヘビ、ラクダ、カメレオン、トカゲなど。北の森からは、ワシ、クマ、キツネ、ウサギなど。かれらはこのめでたき夜に種族を超えて集結し、天高く燃ゆる焚火を囲んで、ケモノの国に伝わる伝統の踊りをしている。ヒトの国の人々からは、野蛮で、粗野で、下品だと言われるこの踊りだが、かれらはいにしえから伝わるこの舞踊に誇りを持ち、体毛を振り乱し踊っている。燃えさかる炎がつくる獣たちの影が、大きな輪となって生きいきと踊り狂う。ちなみに、かれらの頭の中で鳴り響く音楽は、それぞれの嗜好であり異なっている。


そしてこのめでたき夜の主役はわたし、レオナ・レオポルドだ。動物ばかりのこの場で、わたしは間違いなく浮いている。


わたしの体は、かれらと異なりヒトの姿をしている。正確に言えば、ライオンのみみと、おっぽを持っているが、それ以外は人間だ。近頃はヒトの国との交流が進み、ヒトへの偏見は少なくなってきてはいるが、それでもかれらを忌みきらう動物はいまだ存在する。


「レオナ、楽しんでいるかい?」


散ってゆく火花をながめながら、しめった切株きりかぶに座り休憩していたわたしのそばにいらっしゃったのは、わたしのお父さまでありこの国を統べる王、ライオネル・レオポルド。わたしの父王は獅子である。炎を反射して赤々と燃えるたてがみを靡かせて、きらりと知的に光るまなこでわたしを見る。わたしは答えた。


「ちっとも楽しくありませんわ。今宵はアレがそばにいないので、退屈していたところです」


わたしがため息をひとつつくと、お父さまが呆れたように言う。


「おまえは明日、16になる。じきに縁談をまとめねばならぬのだ。今までのようにあまりルーファウスにべったりだと、婿となるものも居心地がわるかろう」


そして、お父さまはわたしに釘を刺す。


「ルーファウスは、ただの護衛ガードマンだ。そのことを忘れぬよう」

「......はい、お父様」


ーーそんなこと、分かってるもん。


「ライオネル王、ごぶさたでございます」


そのとき、カモシカの夫婦がお父さまに挨拶にやってきた。




お父さまはいつもたくさんの動物に囲まれている。




わたしはかれらに紹介される前に、この場からこっそりと逃走した。宴の中心となっている焚火から離れ、静寂の冴える森林へと入れば、動物たちの姿は消えた。




わたしはまだ、世の中に顔を知られていない。明朝、わたしは世間に公表される。きっと明日からは、この国の王女として生まれ変わらなくてはならないのだ。この国では16才が成人と見なされる。明日から、公務や政務に勤しむことになるだろう。




その前にやっておきたいことはたくさんあったが、一国の姫という立場から結局実現することはなかった。


例えば、ケモノの国全土を旅するとか。さらにさらに冒険して、ヒトの国を旅するとか。


そう、近頃ヒトの国で発明されたという蒸気機関車に乗って、世界中を旅するのだ。たくさんの出会いがあるだろう。もしかしたら、美男子とのロマンスだってーー。




そのとき妄想にいそしんでいたわたしは、前方不注意のせいで誰かと衝突してしまった。


とっさに謝罪しようと、顔をあげたそのときーー。






あたり一面が、真の夜になった。






焚火の火が突然消えたのだ。夜明けまで宴は続くはずなのにーー。


雨あがりの雲がかった空のせいで、月の光もなく、あたりは真暗闇に包まれる。何も見えない。動物たちの混乱の鳴き声が遠くでしている。


「ルー......」


かれはどこにいるのだろうか。いつもそばに仕えている護衛がいないし、どうして火が消えたのか分からない。


不安に襲われた、そのときーー。







一時は、暗闇のなかで何をされたのか分からなかった。


けれど次の瞬間、わたしは何者かの腕のなかに抱かれていることに気が付いた。先程ぶつかった動物かもしれない。


動揺しているといきなり耳元で、かれは囁いた。





「レオナ・レオポルド姫。」


名前を呼ばれ、どきりとした。


ーーわたしの素性は家族と身近な側近しか知らないはずだが、この声に聞き覚えがない。


「あなたは誰......?」


そう呟くと、地を這うような声が、誘うように告げた。


「私はケモノの国の王家が『滅びしもの』を匿っている事実を知る者だ。この事実を暴かれたくなければ、十三番牢の『秘密の部屋』へ来い」






囁かれた言葉の内容と、何者かに抱きしめられているこの状況に当惑するいとまもないまま、突然相手の体は離れていった。




まもなくして、再びあたりは明るくなった。


遠くで、焚火が再び燃えはじめている。







ーー今のは一体何だったのーー?





「レオナさま、ご無事でしたか?!」


聞き慣れたかれの声がした。振り返るとそこにはルーファウスの姿があり、わたしは安堵した。焦ったような顔をしてわたしの元に駆けこんできたかれは、王女専属の護衛。かれはわたしが物心ついた頃からわたしのそばにいて、わたしの身に傷ひとつ付かぬよう守護している。


「レオナさま、申し訳ありませんでした。今宵は王妃の護衛を兼任していたもので、注意が行き届かず......」

「わたしなら何も無かったわ。お母さまも大丈夫なの?」


ーー何となく、いま聞いたことは喋ってはいけない気がして、普段通りを装った。


「お母さまはご無事ですが......。姫さま、本当ですか? 本当に誰かに何かされませんでしたか? 一瞬真暗闇になりましたから、お姿がまったく見えなくなって......」


「姿が見えなくなって」? お母さまの護衛をしつつも、焚火が燃えているあいだはわたしのことをずっと遠くから見守ってくれていたということだろうか?




ーー放ったらかしにされたと思っていたのに。






「レオナさま......困ります......」


わたしはいつのまにかルーファウスに抱きついていた。思いきり背のびをして、かれのあごのあたりにキスをする。


「ずっと見守ってくれていたのね。気にかけてくれて、わたしは幸せよ」


コオロギの鳴き声がする以外は静かな森のなかで抱き合うわたしたちは、主従関係とはズレていた。もう一度キスしたいと思って背のびすると、手がふってきて顔面をぐぐぐと押しかえされる。ーーえ?


「どうかご勘弁を......」


ルーファウスはそう言って顔を背けた。


「レオナさまを見ていたのは、それが私の仕事だからです。私は職務として仕方なくあなたのことを見ているだけなのに勘違いされては困ります。私はただの護衛人にすぎず、あなたはこの国の第一王女なのですよ? いい加減ご自覚なさいますよう」


ルーファウスお得意のお説教。わたしのキスに対して本当に何の感情もないみたい。


「......何言われたって、わたしの気持ちは揺るがないわ。だってあなたが大好きで仕方ないんだもの。冷たく突き放してもムダなんだからね!」


わたしはビシ!とルーファウスの顔を指差して言い放ったがーー。


ルーファウスはまるで何事も無かったかのようにわたしの手を払った。そして真面目な顔で言う。


「とにかく姫さま、今宵は何だか、どことなくいやな予感がするのです。いまからは私のそばを離れないでくださいますよう。付いてきてください」


そう言ってくるりと背を向け歩きはじめるルーファウス。わたしの言葉は完全スルーだ。


ーーもうッ、つれないんだからぁ! でもそんなところも好き! 付いてっちゃうわ!!




ルーファウスに付いてお父さまとお母さまのもとへ向かうあいだ、わたしはあの言葉の意味を頭の中でぐるぐると考えていた。『滅びしもの』とは何? 本当に地下の十三番牢に隠し部屋など存在するのだろうか?


もしかしたら悪戯か何かかもしれないけれど、ミステリアスな物語が始まりそうな予感に心躍る自分もいたのは確かだ。

最後まで読んでくれたあなた様ありがとう♡

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