如月の事件簿1
少しぬるめのシャワーを浴びながら、頭の中を整理する。
何故、我が家のソファーに若手俳優が座っているのであろう。今日の私は一切ミスは犯していないと思う。そう、私は。
「きさらぎちゃーん」
髪を乾かしていると無邪気な声が聞こえる。この声の主、葛城 将平は、今をときめく若手俳優である。
若手といっても私さえ知りえている俳優なのだから、映画、ドラマ、CMと引っ張りだこになっている人間だ。
なのに、なぜそれがうちのソファーに座っているのか。ほんの少し、酒が残る頭で整理しても自分の反省点は見つからない。
すべてはこの猫みたいな顔で笑っている男が悪いのだ、と信じたい。
「なんでしょうか。ちなみに私は朝6時半に家を出ますので、それより前におかえりください。では、おやすみな」
「いやいやいや、なんでそんな事務連絡みたいな感じになってんの?!あとこの時期だから毛布1枚くらいは貸してくんね?!!」
家にあげてやっただけでも図々しいのにどこまでも失礼なやつだ。と口に出しそうになったが、チッという舌打ちだけで済んだ。
「いや今、舌打ちしたよね?え?きさらぎちゃんそんなキャラ??」
「すみません。明日も仕事なので寝させてください。毛布はこれ使えハゲ。あ、おやすみなさい。」
「ハゲって言ったーーーー!!!?」
毛布を投げつけ、電気を消して私はベッドに潜り込んだ。
2メートル間が空いたソファーからはもぞもぞと音がする。うるさい。
眠りにつく前にもう一度、頭を整理する。
この厄介な展開は昨日の夜中に幕を開けた。春にしては妙に冷え込んでいたせいで、夜中に一度目を覚ましてしまったのだ。
時間を確認するためにスマホを見ると珍しく企業からでないメッセージが送られてきていた。
峯田 真由華
中学時代の同級生。そう、友達ではなく、同級生。1年に数回、男が絡むと連絡してくる同級生だ。
案の定、合コンのお誘い。
しかも翌日、7時から。
人数が揃わず自分よりレベルが下な友達リストの最終手段として誘ってきたことがバレバレな時間帯と誘い方。なんでこんなにもこの人は思いやりというものがないんだろう。
そんなことを感じながらも本人に注意することもなく、縁を切ることもない私はまた最悪な人間なのだけど。
明日は金曜日だけど、翌日土曜日が月に一度の定例出勤日となっていることだけを伝え一次会には顔を出せることを返信し、また眠りについた。
一次会で帰った方が真由華にとっても好都合だろうし。
あの子帰っちゃったごめんねー!とか言って男に擦り寄るんだろうな。
そんなことをひがみっぽく考えながら再度眠りに落ち、区役所で黙々と仕事をこなし、少しの残業をした。そこからがいけなかった。
上司の愚痴に付き合わされ、気付いたら6時半。無理やり話を切り上げて、急いだところで待ち合わせのお店の前に着いたのは約束の7時を20分過ぎたころだった。
やっちまった、、。
遅刻していくなんて、一瞬でも全員が目を向ける時間が長めにとられてしまうというのに。
嫌な予想は、がっつり的中。
「あ、おっつかれー!!」
という真由華の声とともに、他3人の目線がギロっとこちらを捉える。
そして男子2人は、がっかり顔。真由華によく似た女子は少しの笑み。
はーぁ。この人の視線って幾つになったら傷つかないようになるんだろう。クールとか、おとなしいって言われるけど、心の中じゃ常にいろんな感情が渦巻いてることなんて一生誰にも悟られず生きていくんだろうな。
「この子、如月!私の中学の同級生だから27歳だよー♡で、今は公務員さん!めっちゃいい子だからよろしくー!!」
勝手に自己紹介を済ませてくれ、私は生ビールをオーダーする。一応、という感じでみんなが乾杯をしてくれたあと、私よりさらに遅刻者がいることが伝えられた。
確かに男子がまだ2人しかいない。名前も聞き流してしまった。
真由華にあうのは5ヶ月ぶりだが、また趣味が少し変わったようで化粧が若干ながらナチュラルになっている。あいかわらずの巨乳っぷりでそれを惜しげもなくさらけ出す自信。感嘆します。
真由華の隣の女子は、楓と名乗りスレンダーで美しい系。ロングの黒髪が印象的でモデルさんみたいだ。真由華の同僚らしい。納得。それにしても銀行員さんてみんな綺麗なのね。
そんな風に人間観察をしながら、4人の会話を聞いて適当に相槌を打っていると8時近くになり、男Aに動きあり。
「あいつ来たらしいから迎え行ってくるわ!」と席を立つ。
同時に真由華と楓の目が輝いた気がした。
そして1分後、さっきまで寂しく開いていた私の目の前の席に葛城将平が存在していた。
「ちーす!葛城です!まあ楽しくのもー!」
ひゃー!と女子2人が黄色い声。なんか男AとB、かわいそうだな。と笑いそうになる。
その後もいたって普通の合コンらしく出身地やら趣味やら自分の周りのおもしろ話やらの会話を行い、適当に時間が過ぎて行く。私は話さないけれど。
ただただお酒が好きな私にとっては、適当につけたラジオ番組を聴きながら飲んでいるのと変わらない毎度の合コン。
違和感としては、本当にラジオ番組から聞こえて来る葛城将平の声が混ざっていることくらい。さらには前を向けばご本人。
金曜日の夜ということもあり、9時を過ぎると律儀にお会計の催促がやって来た。
ここは、女子力の高いお姉さん2人がうまいことやってくれて女子はたタダそうです。ありがとう、ただ酒。
お店を出て真由華に声をかけると、とてつもなく上機嫌なのか珍しく「ありがとうね。また飲もう」なんて言ってくる。
うんただ酒の時は誘ってね。
と、心で返しながら、楽しそうな5人組に背を向ける。家まではそんなに遠くない。明日は早いけど酔いを覚ますためにも歩いて帰ろうか、と1時間弱の散歩を心に決めた。
桜が散り、緑が多くなってきた川沿いを歩く。珍しく鼻歌でも歌ってしまいそうなほど、気持ちのいい夜。
そっか。お仕事以外の人と飲むのがなかなかに久しぶりだったのか。と気づいて自分に嘲笑してしまう。
なんだか急に気怠くなって、やっぱりタクシーに乗ろうとした時だった。
「きさらぎちゃーん」
私の名前と、聞き覚えのある声と。寂しさ極まって幻聴を聞いてしまったのか。重症だ。やっぱ、タクシー捕まえよう。と、道路を見るとフードを被った怪しい影が近づいてくる。そしてもう一度、
「きさらぎちゃん、でしょ?」と。
「足早くてびっくりしたよ。え、しかもヒール?!まじかよ。アスリートかよ?!」
「あの、なんですか?」
「え?あれ?俺。さっきまで一緒に飲んでた」
「あ、はい。わかってます。なぜ、ここにいるんですか?罰ゲームですか?」
「は?!罰ゲームってなんの?!」
「何かこう、じゃんけんで負けた人あいつのこと騙してくる、とかそういう悪趣味なやつ」
昔よく真由華に仕組まれた。悪気なくキャッキャと笑っていた中学生の頃の小さないじめ。
「は?!きさらぎちゃん大丈夫?ネガティブ?!」
「あ、はい。ネガティブですけど。用がないなら今から帰るところなんで。では。あ、今日は楽しかったです。さよなら。」
と、別れの挨拶をしたのにそいつは自然にタクシーに乗り込んできた。歩いて帰ればよかったのか。走ればよかったのか。心のどこかでこの人を邪険にできない私がいたのか。
結局、マンションの前で押し問答したが、「こんなとこ撮られたら大変でしょ?俺の立場に免じて!ね!」
という自分で言うのもあれだけど、人の良さに付け込まれる形でのこのこと玄関に招き入れてしまったのだ。
「あの、なんでここにいるんですか」
「きさらぎちゃんが玄関まで招いてくれたから」
「違います。なんで二次会じゃなくてここにいるんですか」
「きさらぎちゃんがさみしそうだったから?
なんちゃって〜!」
ああ、心が折れそうです。
こういうタイプの自分の自信があるタイプの人間との対峙の仕方が私一切わからないのに。そもそもこういう人種が苦手なのに。いや。どちらかというと、どちらかと言わなくても嫌いなのに。
「あれ?泣きそうな顔してるけど?ねえ、とりあえず、家の中いれてよー、ここまできたらいいでしょー。俺、今日朝四時から撮影だったから眠くてさ。」
もう、どうとでもなれ。知らない、こんなやつ。
玄関での仁王立ちはやめ、この人類の存在を無視することに決めた。スタスタと居間に行き、バック置き、手を洗う。
「おじゃましますだよー」
能天気な声は聞かない。聞こえない。マイペーススイッチオン。
「きさらぎちゃん、厚かましいこと重々承知なんだけど、お茶くれ。」
「勝手にしてください」
怒ってますオーラを出しながら、明日の弁当の仕込みを始める。いただきまーす、とともにゴキュっと喉がなる音が聞こえてくるけど、無視。無視。ご飯を炊いて、煮物の野菜を切って、卵焼きも作っておこう。
後ろでは、居間をうろつく人類の気配を感じるが無視無視無視。いざとなれば、真由華でもよべば喜んで連れて帰ってくれるだろう。
そこで、ふと思い出した。真由華からの合コンレポ。まだ流石に届いてないかもしれないが。一応携帯チェック。
毎度、合コンが終わるたびに今日の愚痴や自分のモテエピソードを送りつけてくる真由華嬢。
ひそかにそれを翌日の楽しみにしている性格の歪んだ私がいる。
一件の新着メッセージ。
ーー 二次会カラオケなう(-_-)
というテンションの低そうな書き出しから始まった文章。今日はやたらと早いレポートじゃないか。そうか、葛城将平が帰ったことでもうやる気がなくなってるのか、って。え?
「あの、葛城将平さん。あなた、仕事が入ったんじゃないんですか?」
「あれ?ネタバレ早〜」
「もしかして、カラオケ嫌いなんですか?」
「は?!え?!いや、得意ではないけどさ。もーとりあえずあの場は疲れたから抜けてきたの!でも1人も寂しいじゃん?!」
「他に女なんかいっぱいいるでしょうよ」
あ、本音が出てしまった。今まで後ろを向きながらの会話だったけど、少し怖くなって葛城将平の顔を見ると真っ直ぐこちらを見ている。はぁ、役者さんてすごいね。まるで映画を観ているようです。
「きさらぎちゃんは女の子としてみてないよ!なんか、ペットって感じ?」
「は?!」
真っ直ぐだった目を急に気持ち悪いほど、綻ばせて笑うその人はやっぱりどうやっても私が関わるべき人ではないと思った。表情が見えない。笑ってるのに、少しの恐怖さえ感じる。
「ま、そういうわけでさ。癒し的なそういう意味で。なんとなーくだけど、そんな気がしたから自分の直感信じてついてきたわけよ」
と、無邪気にVサインを私に向ける。
「もう、よくわかんないんで。私は私の生活しますんで。ごめんなさい。」
本当に意味不明だ。
「じゃあ、俺も適当に過ごさせていただくー」
いや、帰れよ。心の中で冷静に突っ込んでしまいました。そんなわけで、弁当の仕込みをし終えた私は、シャワーを浴び、布団に入り、今に至ると。
そしてなにやら葛城将平は未だうちに存在していると。本気で意味不明な状態です。
起きたらこれが全部全部夢でありますように。おやすみなさい。




