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裏曜日  作者: 若ハゲ
4/6

サイカイ/光明(?)

 再開した学校の空気は重い。いや、日和がそう感じているだけかもしれない。なにせ、今現在おそらく学内でもっとも気が沈んでいるのは日和だ。その真なる理由を知るものは日和以外には存在しないことも相まって、自縄自縛の悪循環に陥ってしまっている。事故後は親友の陽菜はおろか、両親をはじめとした家族でさえもまともに口をきいていない。会話をするとうっかり予知のことを漏らしてしまうのではないかという自身に対する疑念がこびりついている。ただでさえ得体のしれない『デジャヴ様』なんていうものが自分を悩ませているのに、そのうえで予知者だなんだと囃し立てられたり怯えられたりするのは避けたい。確かに、妄言だと一蹴してくれればそれで済む話ではある。日和以外の人物がこの予知を突然体験し、それを他人に語ったとしたら、話を聞いたその他人たちは笑い飛ばしたとに気分転換でもしようと提案してくれただろう。しかしこと日和についてはそう簡単にはいかない。デジャヴのことを知っている者には当然打ち明けることはできない上に、人の口には戸が立てられないのだ、事情を知らぬ者に話したとしてもどこからか事情を知るものに伝わるのは時間の問題で、つまるところ打ち明けられる人物というのは皆無である。周囲は事故から気持ちを切り替え始めている。取り沙汰されなくなる日も近いだろう。授業は今日もつつがなく進行する。日和の意識は授業には一切向いていない。あるのは自分への恐怖と疑念のみであった。


 事故当日から落ち込んでいる、加えて人に関わろうとせず拒絶する様子さえ見せている日和を陽菜は心配していた。普段から人の輪の中心にいるような人物ではないが、勉強のことをはじめいろいろと相談を受けていたため誰かと一緒にいることが多かったはずなのだが、それが全くない。受験期だから、と息巻いて真面目に受けていた授業にも気が入っておらず、課題すらまともにやってこないときた。ここまで普段と違うとさすがに誰であっても何かあったかのかと思わざるを得ない。それが学校内では一番近くにいた存在である陽菜にとってはなおさらだ。そんな心配もむなしく、日和に話しかけることは躊躇われ、頑張って話しかけたとしても「ごめん」「ほっといて」など短い拒絶の言葉が返ってくるだけだった。

 学校側もいつも熱心に授業を受けている日和がこんな体たらくであることについては思うところがあったが、事故の通報者であり唯一電車が崩落に飲まれたのを目撃した人物であることを警察を通して認識していたのでしばらくは様子を見ることにしていた。無論このまま続くのであれば何かしらの対策を講じる必要があるとも。事情が事情なのは理解するがいつまでも特別扱いはしないと至極全うな方針を、日和を含む事故によって調子を崩したり塞ぎこんでしまったりした生徒を対象に休学期間に立てていた。三年生にとっては授業の内容もだいぶ終盤に近づき、受験対策と並行して数をこなさなければいけない時期になってきている。気合いを入れている他の生徒の妨げになってはならないと、いずれ集会を開くか各クラスの担任が告げる等がされるだろう。

 おそらく、もっとも心配しているのは家族だろう。デジャヴのことで発狂したときも心配をしたが、今回のことはそれとはまた別種である。発狂したときはため込んだものを吐き出すがごとく、口を挟む暇もないほどにまくし立てた日和が、今回は口を開きすらしない。何も言ってくれなければ何を考えているか欠片すら分からない。まるで死人の世話をするようだ。ほとんど相槌を打つことでしか返答が返ってこない日和に、腫物に触るかのように接する生活をしていた。



「黒北先生……?」

「ん? ……春日井さんか、久しぶりだね。五年ぶりくらい……だったかな?」


 学校再開からさらに数日後、特に理由もなく公園の近くを歩いていた日和はかつて自分を診断した黒北を見つけた。思わず声をかけてしまったのはそこにいるのが意外だったからだろうか、それとも誰かに話を聞いてもらいたいという思いが自分の考えているよりも大きかったのかはよく分からなかった。もし後者だとしたらよほど参っていたのだろう。


「春日井さん、見た感じかなり切羽詰まっているというかなんというか、自棄でも起こしそうな雰囲気だけど、なにかあった?」

 

 日和の今の状況を黒北はそう言った。どうもなにも事情を知らない人から見るとそんな空気を醸しているらしい。……そう、事情を知らない。それも、日和のデジャヴについておおよそ日和以外のだれよりも正確に把握しているだろう人物がだ。おそらくこの人になら話しても拡散はされないという思いが日和の頭をよぎる。成熟しきっていないたかだか高校生の心には今回の出来事と抱えている内容はあまりにも重い。誰にも話さないとなると軋んで軋んで、壊れてしまうだろう。話してもいいのだろうか、と揺れる。


「なにか辛いことがあったんですね?話すだけでも楽になると思いますが私では力不足ですか?」


 少しおどけたように提言してくる。弱り切ったところにこの甘言、以前に診察してもらったことがなければ揺らがなかっただろうが、そのおかげでせき止めていた感情が制御しきれなくなり、泣きながら、つっかえながら事情を黒北に話した。事故のことと、あの予知めいたデジャヴに近い現象のことについて。


「……そっか、大変だったね。 少しは落ち着いたかい?」

「はい、だいぶ楽になりました」


 泣きはらして真っ赤になった目をハンカチで押さえつつ答える。自身で思っていた以上に参っていたようで、ところどころつっかえながら時間をかけて抱えていたものを吐き出した。うまくしゃべれなくなるたびに黒北は日和の背中をさすってあやしたり、水を差しだしたりして落ち着かせようとしていた。その甲斐あってか、幾分日和の顔色はよくなったように見える。



「予知、か……。デジャヴはその予知の雛型だった、ということになるのかな」

「デジャヴが雛型、ですか? それってどういう……」

「おっとごめんごめん、ついこの間まで超能力の研究に携わっててね。それに近いなって思ったんだ」

「超能力ですか。テレビで捜査協力してる人なんかは見たことがありますけど、その類ですか?」

「んー、そんな感じかな。ほんとはテレビでやってるような超能力は眉唾だと思ってるんだけどね」

「研究対象なのに、ですか?」

「研究なんてそんなものだよ。特に超能力なんて曖昧なものが対象なんだ、否定から入るわけじゃないけど猜疑心は持っておかないと先入観にやられる。疑いすぎても支障をきたすから難しいところなんだけど」


 超能力。必死すぎてその考えに至らなかった日和は、なるほどストンとその単語が自分の中に落ち着いたことを認識した。人の身で起こすことのできる現象でありながら現代科学では説明することができない超常的現象。予知ともなればそれに分類するに十分足りるだろう。事故について頭に流れ込んできた際に体調を崩したのは無意識のうちに防衛本能が働いた結果だろうかと思案する。


「超能力の研究が難しいことはもう一つあって、それは確実に人の手によって行使されている力である、ということなんだ」


 黒北の言を日和はすぐには理解することができず、顔をしかめる。研究者という人種の特徴なのだろうか、専門用語をまくし立てたり難解な言い回しを好んだりするものがわりあい多いような気がする。もちろんその分野に明るくない者に対しては分かりやすくかみ砕いて説明する者もいるのだろうが、目の前の黒北の言い回しと偏見が相まってそう思えてしまう。


「うんとね、春日井さんは勉強がやたら手につかない日があったりとか、逆に何をやってもうまくいく日とか、経験したことないかな?」

「……確かに、そういうことはありますけど」


 わずかに経験を振り返り、一拍おいてか答える。


「超能力もそれと同じってこと。いいかい、人間には調子ってものがある。調子に乗ってるとかそういう意味ではなくて、やる気とか、モチベーションとか、コンディションとか、とにかくその類。スポーツだと調子が悪いことが続いたりするとスランプとかって言われるよね? そんな感じで、人間の出せる力には波がある。超能力も一緒で、上手く使える日、使えない日があるし、ましてや今からあなたの力を調査しますよ、私たちは信じてないけど、みたいな態度で囲まれたら本来だせる力も出せなくなるし、出せても出したくなっちゃうよね」

「なんとなく、わかる気がします」


 例えば、黒北の言の中にもあったスポーツは心の具合がダイレクトに響いてくるものだ。緊張、という視点で考えるのならば音楽系のコンクールなんかもそうだろう。健康な体にこそ健康な心は宿るというように、人間の体と心はかなり深い位置でリンクしていて、お互いがお互いを引っ張るっとこがしばしば起こる。肉体の限界は近いが気力で乗り切るなんてものは心が体を引っ張る例であり、とりあえずで始めた作業がだんだんと気が乗ってきて集中しだすというのは体が心を引っ張る例である。黒北の言った自身に対し疑念を持った者に囲まれるというのは、圧迫面接と考えれば近いものが想像できるだろうか。


「加えて超能力者自身がなぜその力を行使できているのかについて理解が及んでいないことがほとんどであることも一因だね。神に与えられたから行使できるのだ、なんて宣う輩もいるけど、こと科学の場ではそれを根拠にするのはいささか難しい。そんな色々と厄介な力を、君は持っている、発現してしまっていると僕は思うんだ」

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