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チート使いの聖戦  作者: はんげしょう
飛龍と騎士とチートと異世界と。
2/7

救援コード

日差しが強い、目が覚めると、そこは一面の砂漠だった。

僕だけが砂漠に取り残されているような形だ。

 さっきまで僕の足を持って亜空間の中で振り回していた幼女の姿もない。

 「おーい、02」

 返事がない、ただの無人のようだ。

 自分が拉致しといてなんなんだよ、お客人は丁重におもてなししないといけないんじゃないのか。

 あいつのポジションはどうせナビキャラだろうし、開幕からいないってことはないはずで。もしいなかったとしても異世界補正とやらでなんとでもなるはずさ。

 僕の持論としては異世界は人生イージーモード一直線。着いてしまった時点でこっちのものだ。

 だが、だだっ広い砂漠に僕一人だけ取り残され、さっきまでおさらばしたかった幼女がいないという状況でも心細くなってくる。

 「眩しいな…。しかしなんで砂漠」

 普通異世界転生した主人公って、町の中や近くか、草原みたいな比較的安全な場所に現れるもんじゃないのか。働け異世界補正。

 僕に至っては何もない砂漠、砂と強い日差しの二つしか見えない。

 とりあえず自分が持ち歩いていたカバンの中に何か使えるものがないか思い出す。

 ・折り畳み傘

 ・スマホ

 ・化学のノート

 ・筆箱とその中の消しゴム、シャーペン、赤ペン、蛍光ペン(緑)、スティックのり

 ・おにぎりを買ったコンビニのレシート

 ・鞄の底にたまった埃

 ・充電コードと持ち運び充電器

 ・前のテストのカンペ

 ・自宅のカギ

  があったはず。

 中身をさらに確認しようと鞄に触れようとするが、触れられない。

 どういうことか、感触がない。

 確かにそこに自分の通学に使う鞄があるはずなのだ。

 3日に一回しか使わないけど。

 砂漠で幻覚が見えるなんて話はよく聞く。

 幻聴の次は幻覚か。

 そうだとしたらこのリアルな暑さは何なのだろう。

 さっきまでは冬の寒い中にいたというのに。

 まさか夢オチで風邪ひいてたってだけというオチはやめてくださいマジで。

 自分の周りを見渡すと、さっきまで着ていた学校の制服が散乱していた。

 なぜかパンツまで散らばっている。え、異世界いきなりハードすぎませんか?

 「キャーーーーーーーーーーッ」

 一人の野太い悲鳴が砂漠に響き渡る。なぜかよくわからないけど僕、全裸でした。

 全裸の人間が一人砂漠のど真ん中で立っているというシチュエーションは変態でしかないわけで、どうにか服を集めようとするが、触れられない、当然持てない。

 手が衣服を透けてしまう。そこで先ほどの天使っぽい幽霊を思い出す。

 もしかしてこれは地形無視なのではないか、と。

 地形無視で服が着れないなんて!律儀に無視しすぎだろ!なんなんだこの世界!そしてなぜ僕が02の能力を持っているのかという疑問も浮かぶ。

 あいつはどうなったんだ。僕はこれからどうしたらいい。

 全裸のままここで野垂れ死ぬなんて嫌だ!

 僕はそんなことのために異世界にやってきたわけじゃないぞ!

 ああ、さっきまでの疲れがどっと押し寄せてくる。

 「異世界に来た途端、こんなところで死ぬのか…」

 眠ってしまえば、楽になれるんだろうなぁ。

 もう、どうでもいいやと思いつつ。

 砂のベッドに横たわり、僕は深い眠りについた。


 目が覚めると、そこは一面の砂漠だった。

 場所変わってねぇ、救援も来てねぇ!ハードすぎる!でも生きてる!

 昼とは違って夜に景色が変わっている。

 一面が暗くなっており、遠くがよく見えない。

 しかし強い日差しがなくなったため涼しくて動きやすい。

 動くなら今だ。

 落ち着きを取り戻し、僕はもう一度服を着ることにチャレンジしようとする。

 しかし辺りが暗くてどこに服が散らばっているかまともにわかりやしない。

 とりあえず枕にしていて近くに置いてあった鞄に何が入ってるか見ようということで、鞄を開くことにチャレンジする。

 チャックに触れると、今度は感触があった。

 行ける。チャックを全開にすると、中には何故か外出用の服一式が入っていた。

 「こんなの入れた覚えはないんだが…」

 コートとズボン、そしてTシャツとパンツ、靴下までもが完備されていた。

 とにかく今の全裸という状況を打開したい僕はそれらに着替えることにした。

 鞄には他に、スマホと、おにぎりのレシート、そして家の鍵しか入っていなかった。

 謎に用意されていた初期装備を装備した僕は移動を開始する。

 途中に散乱していた帽子だけを見つけ、それをかぶって再出発。砂漠に服を投棄したところで問題にはならないだろう。砂漠だが、夜なので少し肌寒い。

 しばらく歩くと提灯のような光が複数あるのが見えた。もしかして人か!

 「助けてください!道に迷ってしまって!」

 できるだけ大声を出してみるが、思うように声が出ない。

 日頃あまり喋らないせいか。

 しかし、光がこちらに向かってどんどん大きくなってくることがわかる。

 気付いてくれたんだ!僕はやっと安堵する。言語も通じるようだ。

 「こっちです!」

 光が近づいてくるのは分かったが、不穏な鳴き声も聞こえた。

 「ガルルルルルルルル…」

 「!」

 こいつは人じゃない!獣っぽい鳴き声が僕に野生を感じさせる。

 とっさにスマホのライトを光のある方向に照らす。

 その姿が見えた刹那、その生き物は僕に向かって飛び掛かってきた。

 「うわあああああああああああああああ」

 避けようとしてももう遅い。生き物は僕に爪を立てながら襲い掛かっていた。

 「グァルルルルルル!!」

 い、生きてる…?確かに腹部に目掛けて飛び掛かってきたはずだ。本来ならそのまま押し倒されて肉を貪られているはずである。

 だが現に僕はこうして立っている。

 「これが、僕の、能力ちから?」

 僕は押し倒されなかった。

 生き物は僕の腹部を透過して、そのまま通り過ぎていった。

 僕は確信した。僕の能力は、地形無視なんだと。

 地形無視だけではない。物や生き物も透過できる能力だ。

 「ふふふ、ヅゥフフフフフフフ」

 にやけが止まらない。

 強い!強すぎるぞこの能力ちから!

 これがあれば何でもできる気がする!僕は絶対無敵の存在だ。

 生き物は一匹ではなかった。

 その目から光を出しているため、目で見えるだけで数えるのもめんどくさいほど無数の光がある。きっと群れだと推定した。

 再び落ち着きながらスマホのライトを点灯させ、生き物を照らす。

 オオカミだ。

 オオカミが僕を取り囲んでいるらしい。

 普通ならどうしようもない状況。でも僕は違う!僕には能力ちからがある。

 「さぁお前ら、食いたければ僕を押し倒してみるんだな。」

 「ガルルルルルルル!」

 今度は一斉に襲い掛かってきた。

 本来なら僕にあたるはずの飛び掛かりも僕には当たらず、僕を透過して仲間同士の頭をぶつける羽目になるんだから。

 驚き戸惑うオオカミ達。

 これだよ!これが見たかった!

 次第にオオカミたちは仲間内の内戦を始めた。

 自分達同士で攻撃しあったため、チームワークが崩れてしまったんだろう。

 僕はそんなオオカミたちの内戦を楽しく傍から見させてもらった。

 何匹かオオカミが死んだ。

 僕は勝ったんだ…フフフ

 「ハーハッハッハッハッハッハ!」

 高らかに砂漠の中で一人笑う。勝者である実感が湧いてくる。

 飯をまだ食っていなかった僕は死んだオオカミの肉をいただこうと近づいた。

 他の仲間のオオカミは僕に近づいてこなかった。

 オオカミの肉は臭かった。食える気がしない。

 僕はオオカミを無視して先を目指した。

 まっすぐさっき歩いていたのと同じ方角へ再びまっすぐ歩いた。しばらく歩いて疲れたので、そのまま倒れるように眠りについた。


 目が覚めると、そこは一面の砂漠だった。

 今度は朝だ。日差しが砂漠の砂を照らしている。

 僕はちゃんと服を着ていることを確認し、再び歩く作業を始めた。

 しばらく進むとラクダらしき動物に乗って移動する人間が遠くにいるのが見えた。

 「おぉぉぉーい!!っ、げふんげふん」

 大声を出すのに慣れていないため、喉を痛めてしまった。

 友達とカラオケなんか行ったことがない僕にとっては、声を出す機会なんか最低限の会話程度だ。ましてや大声なんて出したことないのではないか。

 オオカミと違い、遠くにいた人は気付かずに行ってしまった。

 何度も呼びかけるが一向に振り向く気配すらない。

 「ま、待ってくれ」

 その思いも虚しく届くことはなかった。

 仕方ないのでその人が行った方向にまたまっすぐ進むことにした。

 「あづ~い、しぬ~」

 「あ“あ~死にそ~」

 「水ぅぅぅぅ」

 「のどかわいたはらへったー」

 チート能力を手に入れてもこんな所で死にそうになるというこの異世界のハードっぷりはやばい。足が壊れそうだ。僕はもう疲れたよ、パトラッシュ。

 もうどれくらい歩いただろうか、ずっと足だけを動かしていたため、意識が朦朧としてきた。

 途中、眠りそうになると足が砂にとらわれる感覚になったりして意識を取り戻した。

 もう少し進んだら眠ろう。と決めた直後に、進行方向前方に村らしきものがあるのが見えた。

 村という希望を前に、元気を取り戻し、歩くスピードを速め、村へと向かう。村に着いた頃にはもう夕暮れ時になっていた。

 西洋風のRPGによくありそうな村だ。

 石造りの家が多い印象だ。だが一部の地面は整備されておらず砂のままである。

 村に入ると、村人らしき男性がお決まりのセリフを投げかけてくれた。

 「こんにちは旅人さん、ここはテティの町だよ」

 「ミズゥゥゥゥゥ」

 「!ちょっと大丈夫ですか?いけない、これは重傷だ。そこの水飲み場まで担がせてください」

 「あぁ…お願いします」

 僕はその村人もとい町人の好意に甘え、肩に体重をかけようとして、町の広場のあたりで意識を失った。

 「ああ…」

 「えっ確かに肩に掛けたはずなんだが」

 町人は僕がすり抜けてしまったことに不思議を感じたらしい。

 それは当然のリアクションだろう。

 目の前にいるはずの人間に触れられなかったのだから。

 「えっと旅人さん、しっかりしてください」

 僕は失神していた。熱中症のような症状だろう。それに普段あまり使わない足をフル稼働してきたせいで足はもう棒のように固まっていた。

 町人のおじさんは僕を揺さぶろうとするが触れられない。

 しかも、体の半分が地面に埋まっている状況だったらしい。

 「これはまいったなぁ、幽霊の旅人さんは初めてだぁ」

 そう言い残すと町人のおじさんは自分の家へと帰っていった。

 他にも待ち人は僕の前を通ったが、見て見ぬふりをしたり、遠くで噂をしたりしていた。

 「あの、食べ物を」

 「飲み物を…」

 と言っても誰も僕に関わろうとしない。これは僕に元いた世界を彷彿させるものだった。

 前いた世界でも、こんな感じだったな…。このまま変わらずに一生を終えるのか…。

 僕は絶望の渦中の中にいた。もうどうでもいいや、誰も僕なんかに構ってくれやしない。

 異世界もまた一つの世界。僕だけに甘いはずがない。

 その日は色々と考えていると意識が遠のいていった。


 

 気づいたら朝になっていた。

 この町二日目の朝をこうして迎えたわけだが、僕は町の中で一人倒れたままだった。

 体力は少し回復しているが、ひどい痛みに襲われ、手足を動かすことさえできなかった。

 目を開けると、子供が2、3人。僕の顔を覗いていた。

 「うお!こいつ起きたぞ!」

 「ほんとだ!動いた!」

 「こいつ蹴っても起きなかったんだ。どんだけボケてんだろ」

 「「「なははははは」」」

 こいつら…。??りつける元気もなく、横たわって耳を傾けることしかできなかった。

 「こいつの顔に落書きしようぜ!」

 「「さんせー!!」」

 「俺、ペン持ってるぞ」

 「何書こうかなー」

 「まずはぐるぐるでしょ!ほっぺに!」

 「そうだな!」

 クソ、俺はこの世界でもガキにおちょくられるのか。

 この世界のガキはどうなってんだ。教育がなっておらん。

 クソガキがペンを俺につけようとする。しかし当然当たらない。

 「あれ?こいつどうなってんだ?」

 「「どうした?書けよ早く」」

 「お前もやってみろ、書けないぞ」

 ペンをほかのクソガキに手渡すも、そいつも当然書けなかった。

 そうしていると、背後から突然声が。

 「あんたたち!そんなイタズラはやめなさい!神様に叱られるわよ!」

 「「げぇ!ペティのババァだ!逃げろ!」」

 クソガキ3人は去っていった。入れ替わりにおばさんが近づいてきた。

 「すみませんねぇ旅人さん。あの子たちを許してやってください」

 軽くうなづくと、おばさんは硬貨を僕の前に置いた。

 「少ないけれど、これでお宿をお取りになさって」

 この異世界も捨てたもんじゃないと思った。

 しばらくすると雨が降り出した。

 周囲が砂漠でもちゃんと降るんだな。

 僕は顔を通して流れてきた雨水を少し飲むことができた。

 足はもう動かすことができないほど疲れているので、かろうじて動く手で目の前に穴を掘って水たまりを作った。これで水を少し貯蓄することができる。

 それから僕はその穴にたまった水を犬のように舐めた。

 眠くなると、おばさんにもらった硬貨をポケットに入れた後、体力を消費しないように眠りについた。


 爆音で目が覚めた。夜だというのに辺りが騒がしい。

 何かが爆発した音らしい。

 地面も揺れて半分埋まっていた僕の体も地面から飛び出した。

 振動が僕の体を刺激する。激痛が体中に走る。

 「ぐ…」

 痛みをこらえながら周囲の状況を探る。

 大きな翼が空を舞っているのが見えた。

 町人の一人がこう叫んだ。

 「竜だ!竜が現れたぞ!!」

 ここからでも見える背の高い建物にいる男が高らかに銅鑼を鳴らす。

 町中はパニックになり、町人は我先と次々に地下室へと非難していく。

 「逃げろ!巻き込まれるぞ!」

 「女子供が先だ!早くしろ!」

 大勢の人間によって何度も踏まれたが、ちゃんと地形無視が働き感触がなかったのには助かった。

 どうやらこの世界にはドラゴンがいるらしい。

 ファンタジー感が出てきたが、町の広場で置物と化している僕には何もできない。

 竜が近くの砂漠で暴れまわっているようだった。

 その揺れがこの町にまで伝わってくるのだからさぞ強大な存在なんだろう。

 いつか戦うことになるんだろうか。

 町から人が消え、広場にただ一人僕だけが取り残された。

 それから、周囲の砂が遠くから一気に押し寄せてきたりした。まるで砂が波を起こしているように。その砂は町を砂嵐として襲った。

 その砂は僕にも甚大な被害を与えた。

 目の前に掘っていた水たまりの水を吸い上げてしまった。手を前に回して砂の侵入を防いだが、全部は防ぎきれず、湿った砂利と化した穴を見ながら僕は落胆するしかなかった。

 穴の水はなくなってしまい、穴の深さは最初の半分ほどになった。

 そのまま動けないままじっとしていると、広場からすぐそこの果物屋の果物が運良くこちらに転がってきた。

 昼に掘った水たまりのための穴にホールインワンし、手を使わずにでも、かじれる態勢に食料が自らやってきたのだ。

 僕はその果物にかじりついた。

 とても酸っぱい!グレープフルーツのような柑橘系に似た味がする。

 しかし久々の食料としては悪くはないものだった。

 とにかく食えれば何でもいい。

 今ならオオカミの肉だって食えそうだ。

 そうして僕はその日を飢えから凌いだ。

 後から聞いた話だと、ドラゴンは砂漠で巣穴探しをしているらしい。

 ある季節になると、繁殖期を迎え、砂漠で暴れまわっては砂をまき散らしているという。過去にはドラゴンに襲われたという人間もいるらしい。

 だが、それとこれとは別。

 僕はドラゴンのおかげで飯にありつけたのでドラゴンに感謝した。

 「ごちそうさまでした」


 次の日、ドラゴンによる地震に遭った町は復興を始めた。

 砂の整備作業から行われ、砂かきが騎士団の兵士によって行われている。

 町人たちは店舗の修理やらの作業で、町中が忙しそうな雰囲気だ。

 僕は昨日の食糧のおかげで少しましになったため、置物から地縛霊へとシフトチェンジした。

 足も動く、手も動くことがこんなに幸せだなんて。

 しかし起き上がれるほど力があるわけではない。

 手と足だけをじたばたさせている状態である。昨日のクソガキ達がまたやってきて、

 「うわ、ゴキブリだ!きっも」

 「手と足だけ動かして何がしたいんだろ」

 というご感想をいただいた。

 そしてこの日は僕の周りにもう一つ変化が起きていた。

 献花がなされていたのである。僕は犠牲者かよ!

 僕の周りが花畑になっていたのだから天国に来てしまったものだと驚いた。

 町の様子からして昼間ごろ、町に変化が起きた。

 いつもより民衆が騒がしい。

 なんと町の人間たちが町の門の前で集まっていた。

 何が起きたんだろうという好奇心もあるが、自分はこの場所を離れることはできない。

 町の人の声を聴く限り、どうやら皇女様と呼ばれる人がこの町にいらしたようだった。

 「皇女様がお通りだ!皆の衆、道を開けよ!」

 皇女様の近衛兵のリーダーらしき女騎士が声を上げる。

 民衆はそれに従い次々と道を開け始めた、皇女様御一行の姿が僕からでも見えるようになった。

 「ん?なんだ、あそこで行き倒れている奴は?」

 やべ、動けないからどうしようもないが、とにかく邪魔にならないように退く努力をしている所だけでも見せないと。

 僕は頑張って手足をじたばたする。

 「な…なんてはしたない男だ!その男を引っ張り上げろ!きっと酔いつぶれている」

 逆効果だったようだ。

 確かにゴキブリのような動きをしていれば気持ち悪い。

 兵士数人が女騎士の指示に従ってこちらに向かって歩いてきた。

 彼らは僕の周りの献花を一つにまとめ、少し離れたところに置くと、障害物(僕)の撤去作業に入る。

 兵士数人が僕を持ち上げようとするが、ナマコを持った時のように何度も持ち上げては落とすことを繰り返す。

 そのたびに僕は地面に顔面を強打している。痛い。

 「いだだだだだだだだ」

 「こいつ喋りました、意識があります」

 「おい、お前、大丈夫か?歩けるか?」

 女騎士が僕を心配してくれる。だが僕に歩く力なんてない。

 「無理です、無理です。もう歩けません」

 兵士たちによる運搬作業によってさらに僕は痛めつけれれていった。

 ある角度まで僕を持ち上げようとすると、僕がすり抜けるように手から落ちるようだった。きっと能力が中途半端にかかっているんだ。

 兵士たちがこの植物人間に頭を悩ませていると、後ろの馬車らしき荷台からドレスを着た女の子が下りてきた。

 桃色の髪の毛にサイドポニー。額には王家の証のような宝石付きのサークレットをしている、俗にいう美少女だった。

 少し見とれてしまったが、おそらくあれが皇女様だろう。

 「何があったのですか?」

 兵士の一人に皇女様が問う。

 「この男が道の真ん中に倒れていて、どかそうにも持ち上げた途端に手から抜け落ちてしまうのです。」

 皇女様の表情が変わる。

 何か思いついたような顔をして僕の方へ近づいてきてからこう言った。

 「もしやそこのお方、私たちの王様ではありませんか?」

 「へ?」

 僕と同じリアクションをしたものがほかに数人いた。

 僕が王様という突然の信じられないワードの前に僕は固まるしかなかった。

 もともと動けないんだが。

 驚いたのは近衛兵のリーダーと思わしきあの女騎士も例外ではなかった。

 「皇女様、なぜあのようなゴキブリ男が王様だというんです?!」

 「しいていうなら、女の勘っていうものですわね」

 「は、はぁ」

 呆れたように女騎士は僕の方をもう一度見る。

 「それに、あの顔立ち。そして、私たちの国にはないあの衣装、そして何よりあの…」

 「皇女様がそうおっしゃられるのであればそうなのかもしれないですし、彼を一度城に連行して話を聞きましょう」

 話がまとまったようだ。だが残念だな、僕はここを動くことができない。

 能力が不完全という欠点のせいで自分の力でしか立てない上に、僕は体力を回復するための食料を獲得する手段を持っていないという負のスパイラルの渦中にいる。

 食料をくれたとしても数日かかるだろう。

 「あの」

 「は、はい」

 突然皇女様が僕の顔を覗き込んできた。こんな下賤の者の顔を覗くなんてなぁ。

 僕は驚き、緊張していた。

 「立てますでしょうか」

 「い、今立ちます!」

 しかし腕に力が入らない。ダメみたいだ。皇女様の前で恥はかきたくなかったんだが、こればかりはどうしようもなかった。

 「お手をお取りください」

 皇女様の手を持とうとするが、持てない。

 さっきまで兵士の手には少しだが触れられたのに。

 何度もリトライするが、最後まで触れることはできなかった。

 それから皇女様は、何かを考えて思いついたみたいだ。

 皇女様はそのことをリーダーっぽい女騎士にあることを伝えた。

 「荷台とスコップを持ってこい!」

 「「はっ」」

 なぜに荷台とスコップ?そのチョイスがいまいちわからなかったが、兵士たちが作業を始めてからわかった。

 「この男の周りの土だけを掘れ」

 「「はっ」」

 兵士たちが僕の周りの土をえぐり取っていく異様な光景が目に入る。

 たまに土も目に入った。こすることも辛いので目をパチパチして我慢している。

 僕の体の下にある土の下に担架っぽい荷台の布を滑り込ませる。

 そうしてその布を兵士たちは持ち上げた。

 すると僕の体は土を透過し、布も透過した。掘られた穴のさらに下に落ちてしまった。

 皇女様はまた考える。

 また女騎士に耳打ちした後、今度は女騎士が兵士の中から魔法使いっぽい装束の者を4人引っ張り出してきた。

 「転移魔法展開!」

 女騎士が叫ぶと魔導士たちの手から閃光が迸る。

 魔法を見れるなんて異世界来てよかったぁぁ。

 魔導士たちが呪文らしきものを唱え終わると僕の周りの土だけがごっそり円形に無くなっていた。

 「ダメです、魔法が効きません」

 「僕はもうだめだ、こんな仕事辞めてやる!」

 「早く帰りたい」

 後ろの二人、やる気なさすぎだろ。

 皇女様が腕を組む。

 他にいろいろ考えてくれているらしい。

 この後他に魔法をいくつも試したが、どれも僕に効果が発揮されなかった。

 「皇女様、なぜ王にこだわるのですか?王がなくても我々が戦います」

 「それは…でも、この方をみすみす放ったままにするんですか?」

 「皇女様は忙しいのです、この町に来たのだって竜が来たという連絡を受けてお見舞いをするというお仕事であって」

 「その仕事もします、そして私はこの方も助けます。人一人救えなくて何が皇女ですか」

 「皇女様…」

 「なんと素晴らしいお方でしょう」

 「尊敬します!」

 民衆や兵士から声が聞こえる。みんなに愛されているんだなぁ。

 「あの、僕ならあと一日くらい休めば、何とかなるかもしれません。恐縮ですが食べ物と飲み物をいただけませんか」

 「えぇ、えぇ!もちろんですとも!アイリア、今日は私はここに留まります」

 「わかりました。城の方へは私の方から電報を飛ばしておきます」

 「皆様も、お手伝いしていただけますか?」

 「はい!皇女様がそうおっしゃるのなら!」

 「喜んでお手伝いさせていただきます!」

 「私も何かできることないかな?」

 「俺も」

 「俺も!」

 民衆が皆、俺を助けてくれることになった。

 皇女様が来る前までは見向きもしなかったのに。手のひら返しやがって。

 おっと、いい話なんだった、今のは忘れよう。

 それにしても、皇女様への皆の愛は計り知れない力が感じられた。

 きっとこの国はいい国なんだろうなぁ。

 「ごめんなさいね、いきなりのことで混乱していらっしゃるかもしれませんが、後で、詳しくお話ししますね」

 「は、はい」


 その晩、僕は大層な食事にありつくことができた。

 復興の手伝いと、その後のちょっとした復興祭が町では催され、兵士や町民が肩を並べて笑っている。まぁ僕はずっと床ペロ状態なんだが。

 それでも皇女様が直々にお椀にスープを入れて持ってきてくれた。

 この辺りの町では、お祝いの時に闇鍋のようなものを作るのが伝統らしい。

 何が入っているのか聞いたが、言ってくれたのは巨大レンコンという具材の一つだけ。

 巨大レンコンは体の疲れを一気にいやす滋養効果付きの高級食材らしい。

 他にも聞こうとしたが、この闇鍋に入っている具材全てを知ると一年間腹痛に悩まされるという呪いがあるそうだ。

 土地には土地の風習があるんだなぁと感じた。

 ということは皇女様も具材の全ては知らないのであろう。

 「お口を開けてください、これを食べればおそらく一日で元気が出るはずです」

 「ほうへへは?(こうですか?)」

 僕は口を開けて皇女様に『あーん』をしてもらっている。

 周りの民衆たちの視線が僕に対して厳しい。

 僕を睨む男兵士から、キャーキャー言っている女子、恨めしそうにこちらを見てくる男町民が僕らの周りに集まっていた。

 それにしても、皇女様がなぜここまでしてくれるのかと思いつつ、口を開けるが、スプーンから口に落ちるはずが口をすり抜けて地面にこぼれてしまった。

 スープの熱さだけはすり抜けるときに感じた。

 「熱っ」

 「あ!ごめんなさい!私が下手なばかりに!」

 「いへいへ、ほふおへえへふはは(いえいえ、僕のせいですから)」

 「私がいると、失敗してしまうみたいですね、誰か変わっていただけますか?」

 すると民衆の中から一人のマッチョなおっさんが手を挙げた。

 「私がやるわぁ」

 うわ、しゃべり方からして不穏な予感しかしない!

 「ぐぇぇ」

 思わず声に出てしまったが誰にも聞こえていなかったようだ。

 そうこうしているうちに皇女様からお椀とスプーンを受け取ったマッチョは僕に近づいてきた。

 よく見ると彼はサッカー部の顧問とよく似ている。

 ただ、顔を見てみると付けまつげやら、アイシャドウやら、口紅やらと明らかにあっち系を匂わせる風格だった。

 「うふっ、いい子ね、オネェさんが食べさせてあ・げ・る」

 「ぎんにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 人生で一番大きな声を上げた瞬間だった。

 「さて、お口を開けて~ほらほらぁん、開けないと食べれないじゃない」

 「・・・」

 死んだふりをした。

 「お気の毒に…」

 「あの酒場のマスターは一度始まったら止まらないらしいぜ」

 「あいつ死んだな。ってかもう幽霊か!」

 「「はっはっはっはっは」」

 くそぅ、しかも顔見知りの体育教師の影と重なってさらに拒絶したくなってくる。

 ガブッ

 僕は口を一瞬だけ開けてスプーンにかみつきスープをすすった。

 「あらぁん、よく食べる子ねぇ。よく食べる子はオネェさん好きよぉ?」

 なんだかんだ言ってちゃんと食べさせてくれたのだが。この後は、ご期待されてているであろうような災難は僕に降りかからなかった。いい人じゃないか。だからといって決して僕がホモというわけではない。決してだ。

 「オネェさん、君のこと気に行っちゃった。また何かあればうちの酒場に来て頂戴」

 「は、はい」

 いい人だが接し辛いなぁ、ああいうタイプの人は。

 無事に食事を済ませた僕は、しばらくじっとしていた。お祭りももう終わりらしく、町の女性たちが後片付けを始めていた。

 男は酔いつぶれてその辺で寝ていたり千鳥足で帰路に就く者までいた。

 「おめぇの気持ちがわかるような気ィするわ、はっはっはっは」

 というように酔った町民に絡まれたこともあった。僕はこいつらのように酔いつぶれて動けないんじゃない。同じにしてもらうのも腹が立つ。

 さらにそいつは僕を見て見ぬ振りしたりよからぬ噂を流したりしていた張本人だったので、腹が立ってかろうじて動く足で足を引っかけてやった。

 ざまぁみやがれ。そのあと動けない僕はボコられたわけだが。

 賑わいが完全に失せ、空のてっぺんに月が出たころ、僕は眠りにつこうかと目を閉じようとしたときに、皇女様が現れた。

 「こんばんは、先ほどは忙しくてあまりこちらに来ることができませんでした」

 皇女様はパジャマだった。肌が透けて見えるエロティックな服装だ。

 「なぜこんな所へ?外は寒いですよ」

 「あなただって、同じじゃないですか」

 「僕はいいんですよ、慣れてますから」

 昨日までは僕は服しか着ていない状態で寒かったが今日は違う。

 ちゃんと毛皮の毛布まで用意されている。

 「皇女様のおかげで助かりました。動けるようになったら改めてお礼をさせてください。」

 「いえいえ、すべて私がしたくてやったことですから。それと、皇女様という言い方はあまり好まないので…えっと」

 「殿下?」

 「そういうのじゃなくて、名前で呼んでもらいたいのです。」

 「すいません、僕、あなたのお名前も知らないので…」

 「そ、そうでした!私はラピュア・オリハルカ。この国の第一皇女です。」

 「どちらがお名前ですか?ラピュアさん?オリハルカさん?」

 「ラピュアの方です。オリハルカはこの国の名前なのです。」

 「なるほど。では、ラピュアさんで」

 「さん、もいりません。私のことは呼び捨てで結構です。」

 「じゃあ、ラピュア」

 「はいっ」

 しばらく二人で照れ笑いあった。

 いい雰囲気だ。リア充ってこんな感じなんだろうか。

 それにしても突然皇女様…じゃなかったラピュアをラピュアと呼び捨てにするのは僕にはとてもできない。なんというか、友達が少ない僕にとってこういった呼び方は苦手である。

 呼ばれる分にはいいのだが、とても呼ぶのは辛いことだ。ましてやさっき会ったばかりのお偉いさんを呼び捨てだなんて。キャラ的にも呼び捨てにすべきキャラじゃない。

 「ごめん、やっぱりラピュア…っていう風に呼び捨てするのは僕には難しいみたいだ」

 「そうですか。では、あだ名を考えてください!」

 うわっ、もっとハードな課題だ。

 昔のギャグマンガなら目が飛び出るくらいのリアクションができそうだ。

 当然そんなこともできるはずもない。逆に事態が悪化しているように感じた。

 そういう意味で言ったわけじゃないんだな…。

 「えっと、そうじゃなくて…いきなり皇女様を呼び捨てだなんて馴れ馴れしいというか、呼びにくいというか、とりあえずラピュアさんでいいですか?」

 「そ、そうですよね。いきなり変なことを言ってすみませんでした。」

 彼女は少し残念そうに肩を落とす。

 「いや、これは僕が悪いんだ。今までの僕の生き方が」

 「いえいえ、私が無理を言ったせいでこんな思いにさせてしまって」

 「いやいや、これは僕が悪いですよ」

 「私ですよ」

 二人して自分のせいで言い張る会話。そして笑いあう二人。

 よかった、皇女様が笑ってくれた。

 「もし気が変わったらいつでも、ラピュアと呼んでください」

 「はいっ」

 いつになるかわからないけど。

 少なくとももっと親密になってからじゃないと。

 「えっと、あなたのお名前は何というのですか?」

 「僕は、小川智也といいます」

 「オガワトモヤ?短いお名前!」

 「そうですか?」

 「ええ。私の世界ではみんな長いお名前なんですよ。えっと、トモヤでよろしいですか?」

 「はい。トモヤでお願いします」

 「トモヤ…いい名前ですね。」

 「いえいえ、至って普通の名前ですよ」

 「ここでは珍しいのです」

 「そりゃそうか」

 二人でまた笑い合う。

 「あの、トモヤ」

 「?」

 「えっと…私と、と、友達になってください!」

 皇女様は照れながら僕に友達になるよう言ってきた。かわいい。

 「は、はい!喜んで!」

 こんな誘い、断る理由がないじゃない。

 ネトゲならかわいいキャラでも、突然友達申請が来れば即お断りだが、状況が違う。これはリアルだ。ちゃんと女の子と友達になれる日が来るとは。女の子だと思ってネトゲでフレンドになったネカマに色々財産を貢がされたトラウマがある。

 家族以外の女の子とまともに喋ったことがない僕でさえこうなれる異世界ってば最高!来てよかった!これから僕は青春を謳歌するぞ!

 あっはっは!

 「私違う世界の方と知り合うのは初めてで、とてもワクワクしてるんです。もしよろしければ、あなたの世界のお話聞かせてもらっても?」

 興奮した口調で皇女様は、僕の方へ輝いた瞳を向けてくる。

 「えぇ。かまいません。こんな僕のつまらない話でよければ。あと、僕が違う世界から来たことを知っているんですね」

 「もちろんでs…そうでした、私としたことが。まだこの世界のことを何も知っておられませんでしたね。すいません、私、興奮してしまって。つい忘れてしまっていました。私も説明の準備ができていませんが、今ある知識だけで頑張って説明しますね!」

 そう言うと、皇女様はどこからか黒板を引きずってきて説明を始めた。

 「ここが私たちの国、オリハルカ。国土の8割が砂漠で、皇帝が私の父君、オリハルカ9世なのです。」

 皇女様はお世辞でうまいというしかないような絵を描き始め、それを自分の国だと紹介する。まぁ情報量に乏しい僕はそれを鵜?みにするしかないわけだが。

 「質問、いいかな?」

 気づけば口調までラフになっていた。これが愛の力のなせる業か。

 「はい、どうぞ」

 「君の父君が皇帝なのに、なぜ僕は王なんだい?」

 「私たちの国は、私たち皇族が、先祖代々皇位を継いできました。私の父で9代目に当たるそうです。私が言うのもなんですが、国民の皆さんも私たち皇族を愛してくださっています。国民の皆さんのご好意により、私たちは皇族であり続けることを、」

 「そうなのか、でもそれじゃなくて、その前の話がしたい。僕は何故君たちの王なんだ?」

 そこが一番知りたい。この世界で僕はどういう役割を与えられたのかを。

 「一番の理由は、あなたが他の世界から来たということ、魔術が聞かなかったり不思議な点が多かったりと合点が行きました」

 「僕に魔術は一切効かないのか」

 これは強いな。思ってもいなかった能力だ。

 「こればかりはやってみないとわかりませんが」

 「そして、あなたのその上着の紋章。古い本で昔見たことがあるのです」

 これは僕の母が昔使っていたというコートだ。代々受け継がれてきたものだから大切に使いなさい、と言われた覚えがある。外出自体が少ない僕は主にゲームを買いに行くときに使っていたのだが。

 「このコートが?」

 「見間違えかもしれません、ただ似ているだけなので」

 ロゴマークなんて被ることもあるだろうし。僕の世界とこの世界じゃ商標の問題とかにはならないだろう。

 「そして、僕が王になったら何をしなければいけないんだ?」

 改めて僕の使命を聞き直す。

 「聞いていないのですか?神が選びし6人の勇者にはコードと呼ばれる物が与えられると。その導きに従って6人の王は争い、神を目指すのです」

 おいおい、それ初耳だぞ、僕の他に5人もこの世界に来ているということか。

 それで戦うだって?冗談じゃない、そんなために異世界に来たわけじゃない。

 しかもコードって何だよ。一つ心当たりがなくもないが、一応聞いておこう。

 「えっと、コードってのはどんな物?」

 「神が選んだ王に力を与えるものだとか。一人一つずつ最初に与えられるそうです。形はこう、こんな形だと思います」

 皇女様は手で四角形を作り、身振り手振り頑張って教えてくれた。表していたのは、たぶん立方体のことだと思う。心当たりの幼女とは別のものなんだろうか。

 先ほどのコートとコードでかけているとか?

 ラピュアさん、そんなものでは座布団あげられませんよ。

 「僕、見たことないんだけど。(見たとしたら幼女だけど)」

 「そんな……。この世界に来られた時とか、落としたりしませんでしたか?」

 そんなものを見たこともないし、聞いたこともない。

 「それがないと、あなたは死んでしまうかもしれません」

 「えっ」

 ここにきて死んでしまうのか…せっかくいい感じになれたのに…。

 「私も詳しいことはわかりませんが、コードを無くした王は突然木っ端みじんに吹き飛んだといわれています。本当にあったかは確かじゃありませんが」

 「ま、まじか」

 怖すぎるだろ…そんなことに僕はなりたくない。

 「確かじゃありませんが」

 「まじか」

 「本当かはわかりませんよ?」

 必死に元気づけようとしてくれるのがわかる。

 「まずはコードを探さなくてはいけないかもしれませんね、もし他の王の手に渡ったら…」

 「マズいのか?」

 「そりゃぁもう!王同士は敵ですから!何されるかわかりませんよ!前の戦争では刺客が送られたりしたとも聞いています」

 すんげぇハードだな異世界!

 「あなたは私たちの国の王として、戦争で最前線に立ってもらうことになるかもしれません。その時は…」

 「僕が出るのか?」

 「はい。王には特別な力が神から与えられると聞いています。トモヤの不思議な力もそれに通づる所がありますし。」

 まじか、王ってば兵士をただ使うものだと。

 僕が出て戦って僕が死んでは元も子もない。

 「あいにく僕は戦争が嫌いでね。お力になれないかもしれない。王になんて向いてないんだよ」

 王様なんかやりたくない。戦争なんかやりたくない。

 僕はこの世界で普通に暮らして生きていきたいだけなんだ。

 この特別な力は、僕のイージーライフのためにあるものだ。

 面倒なことに巻き込まれたくない。

 「私だって、戦争なんてしたくありませんよ……でも、戦争に負けたことを想像すると…」

 「この国がなくなるかもしれないと」

 「それだけではありません、国民の皆さんまで危険にさらしてしまうことになりかねないのです」

 確かに、戦争をしたくなくても一方が仕掛けてくれば戦争は始まる。

 そして遅れを取ることにもなる。

 戦争をしない。じゃなくてしたくないように相手に思わせればいい。

 そのために必要なのが。

 ―――圧倒的な力の差だ

 チートと同じで、圧倒的な力の前では普通の敵はなすすべもない。しかしその能力は六王全員が持っているとのこと。他の王の能力がどうなのかは知らないが、相手に戦争をしたくないと思わせるような在り方をしなければならない。

 「僕、王様、やるよ」

 実は断り切れなかったなんて言えない。

 こんなにかわいいお姫様の頼みだもの。断られた時のセリフなんか聞きたくなかった。

 「本当ですか!ありがとうトモヤ!あなたに出会えて本当に良かった!」

 皇女様が僕に抱き付こうとするが、すり抜けてしまう。

 僕の決断への報いがもう現れた。触れられぬ思いは痛みをも吸い上げる。

 それでもその態勢を皇女様、いや、ラピュアは崩さなかった。

 「あの、僕には地形無視と呼ばれる能力が宿っています。」

 「だいたい見ていてわかりました。」

 「だったら」

 「触れさせてください、あなたの、存在に。」

 触れられなくても、僕はここにいる。僕も抱きしめたいが未だに床ペロ状態である。

 「あなたにはこれから辛いことがたくさん待っているかもしれません。ですが、私が少しでも心の支えになれたらなって。夢見すぎでしょうか」

 「いいや、夢を見させてもらうのはこちらのほうだよ。僕はもともと何もなかったんだ。こっちにこれて、新しくやり直せて、かわいい皇女様とお友達になれて、せっかくだから王様もやっちゃおうかなっていう勢いさ」

 少しかっこつけてみたがキザすぎたかなぁと少し後悔する。

 「トモヤったら」

 ラピュアも笑ってくれて安心した。彼女の眼には涙が浮かんでいたのだが、そっとしておこう。

 「トモヤが王なら私も安心です」

 「なんでだい?僕は頼りないし、まだ君とも出会ったばかりだしとても信用できる人間じゃないと思うけど」

 「もう、現実的なこと言わないでください、そしてトモヤのことは信用してます。友達ですもの」

 「友達、か」

 「はい、私たちはもう友達!フレンドです」

 「私たちならフレンズだぞ」

 二人で笑う。そしてしばらく他愛もない話をした。

 「そろそろ私、宿に戻らないとアイリアに怒られてしまいます。今日は久々に楽しかったです、ありがとう、おやすみなさい」

 アイリアとはあの女騎士のことだろう。

 「おやすみ、ラピュア」

 「っ!!!おやすみなさいっ!」

 そう言うとラピュアは嬉しそうに小走りで宿のほうへと戻っていった。

 勢いでラピュアと呼び捨てにしてしまったが、少しずつ慣らしていけばいいかな。

 少なくとも僕の心の中ではラピュアと呼ぶ練習をしておこう。

 それにしても、こんな体験ができるとは思わなかった。異世界ってイージーだなぁ。

 簡単に皇女様とお友達になれるんだから。

 友達というと、僕にはきちんとした友達がいなかったのかもしれない。

 もしかするとラピュアこそが最初の真の友達なのかもしれない。

 今日はラピュアと呼び捨てにできるよう練習しよう。僕は自分を変えるんだ。

 そのために僕は嫌いだったリア充たちのように、リア充ぶらなければならない。

 「ラピュアたんhshs、ラピュアたんhshs」

 おっといけない、ネットでの癖が。

 「ラピュア、ラピュア…」

 ラピュアのためにも、そして自分自身のためにも。僕は何としても今まで放置して廃れたコミュニケーション力を埋め合わせなければならない。

 とにかくその日の夜中、僕の頭の中は花畑ならぬ、ラピュア畑だ。

 たくさんのラピュアに囲まれて膝枕されたり愛でられたりと、色々な妄想を膨らませていた。これで僕はもうラピュアマスターだ!

 駄目だ、これでは眠れない。他のことを考えなければ。

 それから興奮を抑えるため、しばらく考えた。

 王になるってあの場の勢いで言ってしまったが大丈夫なんだろうか。

 非常にめんどくさい事なんじゃないか。

 気分転換に王になった時のメリット(推測)を考えてみた。

 ・ハーレム作りが簡単

 ・国中の美少女が僕のもとへ集まる。

 ・王というだけでモテモテ

 ・ラピュアとお近づきになれる

 ・他の国の美少女も集まるかも

 ・仕事的にイージーライフ

 ・一生安定

 ・王ってかっこいい

 ・なんでもできるかも

 ・衣食住がすべて国民の血税

 うん、素晴らしいことばかりだ。

 浮かれていた僕は、デメリットを考えずに眠りに落ちた。

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