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チート使いの聖戦  作者: はんげしょう
飛龍と騎士とチートと異世界と。
1/7

招待コード

この世には、チートというものは存在しない、それはゲームの中の話だけである。

 現実でチートが使えたならば、そのすべてが思い通りにいくのなら、どんなに楽であろう。

 時は2017.だったと思う。

 まぁそんなことはどうでもいいだろう。

 今からする話はこの世界など全然関係ないのだから。

 僕は高校デビューに失敗した、もとい高校デビューをする気さえなかった。たぶん。

 高一のときは期待しなくもなかったが、やはり高校という場に慣れるべきだろうと大人しく過ごした。

 高二のはじめ、ラノベやギャルゲのようにハーレムを作ることを目標にしていこうと考えていたが、すでに教室に僕の居場所は少なく、女の子たちは決まった他の男とじゃれ合っている。

 僕の甘い青春はこうして幕を閉じたのであった。

 高三になったら本気出す。

 とも思っていたりもするが、どうせ高三になったところで状況は改善されないだろうと。

 家庭には普通に両親もいるし、女の子と同棲なんて言う理想も叶えられそうにないわけで、唯一の救いとしては、可愛い妹がいることくらい。

 僕はこの妹に夢抱いているが、最近の彼女の僕への対応に頭を悩ませている。前まではおんぶすると喜んだ彼女も今となってはセクハラだとか変態だとか言う罵声を浴びせてくるようになった。ツンデレさんかな?という風に思えばましになることを最近思いついた。

 家には母が専業主婦として常にいる。休日も平日もポテチを片手に録画してあるドラマを横になってみる生活をしている。それでも家事はきちんとしてくれている。

 母は時に厳しく時に優しく僕ら兄妹に接し、どの家庭にもあるような愛情をもらっている。少しロマンチストな部分もあるのだが。

 父は専業でサラリーマンをしている。冴えない男だ。父は僕らに何も感じずに、ただひたすら仕事をこなし家庭を切り盛りしている。ロボットみたいな人間だ。僕はこんな人間にはなりたくない。無口である彼はまるで学校での僕のように思えてきて、僕もいずれはこうなってしまうのではないかと危惧している。恐らく父は何の変哲もない退屈な人生を過ごしてきたのであろう。

 無表情で、必要なことだけをこなす父が何故こんなロマンチストな母親と結婚できたのであるかが生涯の疑問である。

 そのことを母親に聞くと、

 「んー、私がお姫様で、彼が王子様だから?みたいな?」

 というようにはぐらかされてしまった。そんな?がもう高校生の子供に通じるかっての。

 父親に同じことを聞くと、

 「必要なまでに結婚しただけだ」

 と答える始末。冷たいなぁ。

 そして僕は普通にこの世に生を受け、小川智也というごく普通の名前を付けられ育てられてきた。あだ名はトモヤンや、トモである。そう呼ばれていたのは小学生までだが。

 先ほども述べたように僕に親友と呼べるような友達はいない。少しばかりゲームの話をする程度の友達ならいないこともないが、まだ親友と呼べるほどの間柄ではない。

 僕はぼっちだ。「青春とは、嘘であり、悪である。」この言葉をあるアニメで聞いた時にはとても共感した。青春というものは、全学生に公平に与えられるものだと思っている人がいるかもしれない。答えはノーだ。ぼっちで一人高校生活を迎え、終わる生活も青春だと定義されては困る。そんなもの幻想でしかない。青春を謳歌する者は目の前にあるものすべてが青春なんだろう。僕にはこういった連中が目障りでしかないようにな。青春なんてものは幻想だ。そんなもの最初からありゃしない。結論を言おう。

 青春を謳歌する愚か者ども、砕け散れ。

 青春なんぞはひと時の思い出でしかないし、正直言っていらない。きっと。

 学校なんてただの監禁施設に過ぎないのだ。僕はこうした考えによって孤立を深めていった。

 それに、家族からも孤立しかけている僕は、もうどうすることもできない周囲の環境に叩きのめされ。ゲームやアニメの二次元に逃避するのであった。

 最近のおすすめは異世界ものである。異世界に行き、そこで美少女を救い、心を掴んでハーレムを作るというものだ。

 異世界に転生したというだけで自分は特別な存在として周りにちやほやされ、何もしなくても女の子たちは寄ってくるのではないかと。

 異世界なら、現実世界での自分と違った自分を新たにやり直せるのではないか、とか日々妄想を膨らませたり。

 まぁそんなにうまい話が転がり込んでくるはずもなく、もうすぐ高二も終わりを迎えようとしている二月のことである。

 3日に一回しか学校に行かないという怠惰一直線な生活スタイルを送っていた僕はゲーム三昧であった。今日は気分転換に昔のゲームでもしようかな、って気分だ。長く使っていなかったおもちゃ箱を引っ張り出しては、中をごちゃごちゃと探し始めた。そこで、僕は旧世代の二つ画面があるゲーム機を見つけた。

子供の時は、周りの人間のほとんどがポカモンとかのゲームをしていて友達も多かったものだ。ゲームというものが僕らの友情の懸け橋として存在していたのだが、中学に上がった途端、部活動にいそしむ「元」友人が増え始め、僕と少数の帰宅部の人間が取り残された。

 周りは部活動の話や恋愛の話で溢れ、『あの部活の○○先輩と・・・』とか誰だよとか思いながら聞き流していた。

 非常にくだらん。僕の自業自得だと言われればそれで終わってしまうのだが、僕には何の価値もない情報を垂れ流している周囲の声が騒音に思えてくるのである。

僕はそんなことを思い出しつつゲーム機の電源をつけようとするが、カセットを入れるところ、正式な名称は知らないが、そこから何かが飛び出していることを発見する。

「なんだこれ」

僕はゲーム機片手に過去の記憶を巡らせる。

3秒くらい静止した後に思い出した。

「ああ、チートのか」

そう。

 小学生のころ、僕は他の友達に負けないようにチートを使っていたのであった。

 チートを使って、あるモンスターにふしぎなまもりと言う特定のモンスターにしかありえない特性を他のモンスターに移植して最強のモンスターにして友達に配布したり、あるレースゲームでアイテムを使っても減らないようにして、一位だけを爆発させるアイテムを連射したりと。やりたい放題やっていた。

 周りの友達とそんなことをしては笑っていた楽しい日々だった。

 そのときは僕という存在が必要とされている気がしたのだ。

 でも、今考えると友人が必要にしていたのは僕ではなくチートだったのではないかと思うようになった。

 現にこうして友人はかなり減っている。

 だが、小学生の僕はそうして周りにアドバンテージを取り、自慢をしまくっていたんだろう。チートという卑怯な手段で。

 僕はチートの機械が刺さったままゲーム機を起動した。

当時の僕に、そしてチートというものに興味がわいたからだ。

当時のまま何一つ変わっていない画面が映し出され、チートコード一覧が表示される。

・お金MAX

・経験値999999

・ダメージ受けない

・Bボタンで空を飛べる

・地形無視

・エンカウントなし

・全ステータスMAX

・SELECTで隠し要素全開放

といった文字が白い画面に描かれる。

 コードの横にはチェックボックスがあり、どのコードをゲームに反映させるかというのを選べる仕組みである。

 いくつかのチェックボックスにチェックを入れ、ゲームを開始させる。

 無事に起動したようだ。

 昔は起動するときにフリーズすることもあったため、遊ぶのに時間がかかったものだ。

 5年ぶりくらいに起動したゲーム。

 プレイ時間は237時間と、当時の盛り上がりを彷彿させる数字だった。

 もちろん全クリしている上に、すでに最強装備などは集め終わっていた。

 入手に必要なボスは倒したことすらないのに。

「少しモンスターでも狩るか」

最後にセーブしていた場所から当時を思い出しながら移動する。

適当にモンスターのいるエリアに出て、戦闘が始まるのを待つ。

しばらくウロウロしていると戦闘が始まった。

昔見たままのキャラが襲い掛かってくるが、昔の自分とは違うんだよ、という謎の優越感を味わいつつ一匹ずつワンパンしていく。

圧倒的な力の前で敵はなすすべもなく死んでいく。

久々に気分がいい。

今度は地形無視を試してみる。

木や柵をすりぬけ、ずっと真っ直ぐに進む。同じ景色がずっと続いた後、黒いエリアに出る。この黒いエリアは、マップ外の世界で、よく友人に『ここ知ってる???』とわざとらしく聞き、自慢していたことを思い出す。

 昔の秘密基地は5年たっても変わらない。昔はよく黒いエリアを自分の秘密基地にして、友達とのマルチプレイでのかくれんぼで絶対に見つからなかったりとズルいことをしていた。

 僕が一番好きだったのがその、地形無視のコードである。

ゲームで定められた場所に縛られず、好きなとこに、好きなように移動できるからである。

 味方の離脱イベントなどを強制的に遠回りして回避したり、目の前を通ると戦闘が開始するような状況で壁の中を通ることによって無視したり。

 特定のアイテムを取りに行くダンジョン的なマップにて、ボスモンスターの後ろにあるアイテムを壁越しに不正に入手したりと、その無法感がたまらなかった。

 子供の時のことを思い返すと、ゲーム内のNPCが律儀にこちらを待ち構えているのをこちらが無視するというシチュエーションがかなり好きだった。

 言葉で表すことが難しいが、現実で例えれば、先生に呼び出されるというイベントがあったとする。そこで他に呼び出された人間は律儀にそれに従って説教を受ける中、自分だけは行かなくてもそのイベントをクリアしたことになっている的な。

「楽をできる」に通じた快楽なのかもしれないし、「他人を見下す」という点も入っている気がする。

 そんな風に、一瞬で自分を強者へと変えてくれるチートは、僕にはなくてはならないものだった。

 一通りチートで遊び終わったら、夕食のカップラーメンをすすりながら次に遊ぶゲームを探すために再び散らかったおもちゃ箱を漁る。

 チートの快楽に再び捕らわれてしまった僕はその夜、昔のゲームをチートで遊び尽くした。

 時計の針がてっぺんを指す頃、突然自室のドアが勢いよく開かれた。

 ニヤニヤ笑いながら旧型のゲームを遊ぶ姿を妹に見られてしまった。

 すぐに扉は勢いよく閉められ、ドォォーンという音を境に静寂が始まった。

 そしてようやく自我が戻る。

 僕はなぜこんな昔のゲームをして楽しんでいたのだろうと。後悔交じりの感情に包まれながら、その日は寝床についた。

 

 次の日の朝、妹が僕を見る目がさらに鋭くなっているように感じた。

 ツンデレ成分が増したのかな???

 いつお兄ちゃんにデレてくれるのかなぁ??

 朝食をすませた後、制服を着てお気に入りの毛糸の帽子をかぶり、学校に行く準備をする。

「いってきまー」

「いってらっしゃい」

いつも通りの朝を迎える。母親による見送りを受けて僕は出かける。

………………とでも思ったか?

 玄関から出た後、庭を回って自宅の裏口から再び家に入り、母親に見つからないように自室へ向かうのだ。自室のドアを開けると、さっき脱いだばかりのパジャマが散乱している。

 さっき脱いだばかりなので、まだ生暖かい。

 手早くパジャマに着替えなおし、昨日と同じように昔のゲーム機に手を伸ばす。

 「さて、今日は何をどういじるかなぁ」

 ゲーム機を起動させ、毎日のように伸びをする。

 チートコードを選ぶ画面にてウキウキしていた刹那。

 『ねぇ』

 「!?」

 幻聴かな?

いきなり旧世代のゲームをし始めたから環境の変化に体が追い付かなかったというのか。それとも何年も放置したゲーム機の怨念…?そんなまさか。

 『ねぇねぇ、君はズルが好きかい?』

 「は」

 今度ははっきりと聞こえた。

 この耳で。

 まるで部屋の全方位から迫ってくるような声だった。

 でもこんなことありえるわけがない。ラノベでもあるまいし。

 触らぬ神に祟りなしだ!無視しよう、はい無視~。

 『ねぇってば、ねぇ』

 「はい無視~」

 『聞こえてるじゃん!』

 「さて、ゲームスタートっと」

 童心に帰ってしまっていたため、口に出してしまったが断じてその声を認めたわけじゃない!絶対だぞ???チクるなよ。

 さっきのズルという単語が気になるが、そんなことは忘れてゲームに熱中することにしよう。きっとかかわると面倒な気がした。だが、声が聞こえるとゲームを集中してプレイできないかもしれない。

 あ、そうだイヤホンすればいいか。

 『おーぃ・・・』

 きちんと謎の声はフェードアウト処理されたようだ。

 我ながらナイスアイデア。そしてイヤホンを開発した人ナイス。

 これがイヤホンが呪いに打ち勝つ瞬間である。

 これで気になるお部屋の呪いもすっきり!イヤホンをしながらゲームに取り掛かる。

 『頭に直接語り掛けてみる』

 「!????」

 今度はイヤホンをしても聞こえるようになった。

 イヤホンが呪いに打ち負けた瞬間である。

 なんなんだ、なんなんだこれは!

 僕に対する嫌がらせか!僕何も悪いことしてないよ!きっと絶対。

 『もう一度言うよ?君は、ズルが好きかい?』

 ますます脳の髄までスーッと入ってくる声。

 エロボイスならいいけど、こんな迷惑ボイスはお断りだ。

 僕に何の恨みがあってこんなイタズラを。迷惑極まりない!

 このままではろくにゲームを楽しむことはできないな。

 「よ~し今日はひとっ走りするかぁ」

 『聞こえてるんでしょ?ねぇ、教えて 教えてよ その答えを』

 僕の中には誰がいるっていうんだよ。気味が悪い。

 今日はゲームをするよりもこの呪いの声とおさらばすることのほうが大事に思えた。

 外に出て、とにかくこのゲームから離れよう。

 きっとこのゲームを始めたことが引き金になってるんだ。

 まず思いついたのは学校へ行くこと。

 ここに行けばゲームとは関わりもないので安全のはず。

 だが、今出ても遅刻で気まずくなるということを思い出し、次の候補を考える。

 「そうだ、河原にいこう」

 『ねぇってばねぇ!』

 とりあえずここと学校じゃなかったらどこでもよかった。

 後付けした理由としては、河原ならゲームと離れられるし、自然という神が作りしものがあるから、厄払い的な?

 

 あ、厄払いなら神社にいけばいいか。

 

 呪いの声の主に少し揺さぶりをかけてみよう。脅したら状況が一変するかもしれない。

 「今年そういえば初詣行ってないなぁ、厄年かもしれないから厄払いしてもらわないと」

 『ひどいなぁ、私はオバケじゃないよ?天使だよ』

 「天使でも祓ってもらうかぁ」

 『そんな!?』

 効果があるようだ。

 よし、神社で決定だ。学校の裏に神社があることを思い出した。

 さっき脱いだばかりの制服にパパッと着替え、帽子をかぶり、急ぎ家を出る。

 「いってきm・・・っぶねぇ」

 さっき学校に行った設定なんだった。

 危ない。危うく二度目の「いってきます」をしてしまうとこだった。そんなの僕のドッペルゲンガーがいるのかと家族に疑われてしまう。

 家を出るとき、「いってらっしゃい」とそのあとに聞こえた気がした。

 確かに母親の声だった気がするが、この時はこれも幻聴なんだと片づけてしまった。

 もしかしたら今までのこともバレていたのかもしれない。

 『いいお母さんだね』

 「…」

 うちの母は普通の母だ。

 本当に、普通の。

 母とは昔ゲームなどを一緒にして遊んでもらっていたが、最近はそういうことはしなくなった。僕は当時子供だったが、手加減するつもりはないらしく、僕は当然のように母親に負けていた。大人げないといえば大人げないのだが、僕は手加減されて相手にされるのが気にくわなかったこともあり、当時は負けて悔しいとしか思わなかった。

 それ以外に母との際立った思い出もないわけで、彼女が何を考えているかなんてまだ生まれて10年ちょいの僕には完全にはわからない。

 もしもの話だが、何か隠していることがあるのかもしれない。

 僕以外の人間のことなんて、家族でさえわからないものだ。

 『ねぇ、どこに行ってるの?ねぇ?』

 再び幻聴が脳に響いた。

 幻聴を華麗にスルーしつつ学校もとい神社へと足を急がせる。

 早くこの厄病天使とおさらばしなければ、こっちまで気が狂いそうだ。

 手遅れになる前に…

 『ねぇねぇ、後ろ。』

 「ん?うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」

 僕の背後にはコンクリートの地面から頭の半分だけが生えている女の子がいた。

 髪の毛の両側にツインテールらしきものが生えていることがわかる。

 この世のものとは思えない美少女の素質がある子だ。

 きっとこのあたりで事故に遭って死んだ女の子の霊が僕にとり憑いたのではないかと推測した。

 

  これはヤバい。いや、マジで。

 

 目の前に姿を現すだなんて相当強い怨念をこの世に残して死んでいったに違いない。

 僕が呪い殺されてしまう可能性もあるわけで、涙目になりながら神社へと急ぐ。

 『なに泣いてるの?』

 目にタマネギが入っただけだ。見慣れた通学路を猛ダッシュする。

 周囲の目からすると遅刻しそうな学生が走っているように見えるわけだが事情が違う。

 これは深刻なことだ。遅刻どころではない。途中すれ違った人と肩を何度かぶつけた。

 ぶつかったDQNに一度絡まれて腹パンされたりした。

 「クソッ、お前みたいな雑魚にかまってる暇はないんだよ」

 捨て台詞を相手が去った後に言う。

 『大丈夫?wwww』

 幽霊の声が僕を煽る。バカにしやがって…。

 それでも僕は走り続けた。息を切らしながら走っていると、目の前に例の幽霊が出てきた。

 『そんなに走っても無駄だよ?』

 「ぎょえええええええええええええ!」

 心拍数がさらに上がる。こいつから逃げるために入ったこともない路地裏に入る。

 隠れればいいのだ。うまく捲ければいいのだが。

 看板やごみ箱など邪魔なものが多く、入ってから後悔した。

 『だから無駄だって』

 建物と看板をすり抜けて奴が現れる。

 「!!」

 マジでヤバいヤバい。

 どうしてもこの幽霊から逃げ切りたい僕は路地から引き返し、元の道へと戻る。

 僕は必死に走っていたせいで何も考えずに最短ルートを進んでいた。

 それは学校の校門の前を堂々と素通りしなければならないルートだった。

 しかし、いや、当然なのか、ちょうど学校の校門の前を通りかかったところを、運悪く教師に捕まえられた。

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 「何を訳のわからないことを言っている!お前はここの生徒だろうが!」

 「放せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 「うおっ」

 俺を捕まえていた教師の腕を振りほどき、再び神社のほうへと走る。

 どいつもこいつも僕の邪魔ばっかりしやがって!

 この世界のすべてが僕の敵のように思えてきた。実際、僕に味方なんていない。

 学校の前を素通りとはいかなかったが何とか抜けることができた。計画通り。

 そのまま勢いを殺さずに神社へとまっしぐら。

 神社の長い階段の前まで来たとき。階段の上からジャージ姿の集団が現れる。

 (しまったサッカー部の朝練か…!)

 僕は重大なミスを犯していた。サッカー部とかいう女子とつるむのに恰好な典型的なクラブの人間が朝ここをうろついていることなんて僕の知っていることではなかった。

 いや、知らなかったのではない、興味がなかったから記憶を切り捨てたまでだ。

 すると、先頭を走っている顧問がこちらを視認した。これはマズイ。

 「よう、小川ぁ」

 「お、おはようございます先生」

 「学校はこっちじゃぁないぞぉ」

 「あは・・・はは」

 「はっはー、ここで会ったのも何かの縁、俺がぁかついでいってぇやろぉ」

 そのままマッチョな顔見知りの体育教師に捕まり、学校へと担がれていくのであった。

 畜生!!こいつ次会ったら後ろからジャージに小石入れてやる。

 走ってきたため、遅刻はしなかったものの、教員の腕を振り切って逃走したことについて昼休みに呼び出しを食らった。僕は神社に忘れ物を取りに行こうとした、と適当にごまかしておいた。それでも軽いお説教を食らったのは気に食わなかった。

 学校とかいう監禁施設に閉じ込められること7時間。

 いつも通り僕は一人で影を薄くして授業をやり過ごした。3時間目は体育だったので、あの教師に会ったが、小石を入れようと後ろから近づくと、突然振り向かれ、その剛腕をか弱い僕の頭にぶつけられる顛末。もうやだよこの人生。

 時計は16時を指している。

 やっと、やっと解放される…。

 僕の脳内に響くこの声はさっき見た女の子のもので間違いないらしい。

 テレパシーっぽい迷惑ボイスはなくなったが、授業中に隣に現れては僕のノートを意図的に机から落とし周囲からの目線を俺に集めさせる嫌がらせをして来たり、愉快な歌を僕のカバンのあたりで歌い始め着信音だと誤解されて携帯を没収させられたり(そのあと説教食らって返してもらえた)と陰湿な嫌がらせを繰り返してきた。

 昼休み、呼び出されているはずの僕の弁当のおかずが1個、2個と不自然に消失する現象を視認した人間がいたらしく、クラスメイトの間で少し話題になっていた。

 僕がイジメられているわけではないのでご安心を。みんな僕なんかに興味がないのだ。

 「あいつ幽霊とかついてんじゃない?」

 「私も聞いた、弁当のところから白い手が伸びてきたんだって。」

 「え~ウソ~幽霊とかほんとにいるの?ありえないでしょ」

 「それが見たっていう人が何人もいるんだもん。あいつに近づかないほうがいいよ」

 「呪われるぅ」

 「触らぬ神に祟りなしってな」

 「「「あはははははは」」」

 不愉快な会話だ。僕が神にされている点を除いては。

 え?本当にイジめられてないかって?そんなまさか。

 他にも教室にいるはずのない幼女が見えたとの証言も得ている。

 ここで一つ疑問ができた。他の人間にもこの幽霊が見えるということ。

 つまりは、僕だけに見えているわけじゃない。

 少し安心した。自分の気が狂ってああいうものが見えていたんだというわけじゃないこと。もしかしたら周りの人間が狂ってるのかもしれないという説もあるんだが、まぁそれは気休めにはならない。

 ここで状況の整理。

 僕のノートを机から落とした時、あいつは僕の隣に一瞬現れ、無表情で口だけ笑いながらノートを落としたとたんに無言で姿を消した。

 天使というよりはクソガキ幽霊のような印象だ。

 携帯の着信音紛いの歌を歌ったときは、僕のカバンのあたりから音源が聞こえた。これはおそらく僕のカバンに憑依っぽいことをしたんだと思う。

 このままコイツに憑かれたままだとはロクなことがないことはもう目に見えている。

 そんな未来は嫌だ!僕が変えてやる!その幻聴をぶち壊す!

 終わりのHRが終わると、僕は学校を出ると、足早に神社へと向かった。

 神社の前の階段は僕にはとても長くつらいものだった、運動不足を極めた僕だが幽霊を祓うために頑張って登った。

 もう一生来ないぞ、ここ。

 小走りで登っていると、さっきの女の子が突然俺の顔の横に現れた。

 今度ははっきり見える。

 10歳くらいの幼女で、紅色の整ったツインテールを揺らしている。

 顔が僕と同じ位置にあるということは身長だけが高い童顔少女かと思ったが、驚くべきことに宙を浮いていた。ワーオ!

 驚きと恐怖心により、さらに心拍数が上がり、登ることがさらにハードになってしまった。

 あいつのことは見ないようにしようと心掛けながら登ることにしよう。

 しかし、息を切らしながら登る最中に、変顔しながら

 『ファイト!』

 

 『あと一息!』

 

 『がんばれ!』

 と励ましてくるのにはイラついた。

 幼女は宙を浮いて僕の隣をスーッと平行移動するようについてくるように移動した。

 完璧に化け物だ。この化け物、今から自分が祓われることも知らないで、今に見てろよ。

 神社の鳥居をくぐり、神主がいそうな建物を見つける。そこへ小走りで向かい、おみくじ売り場にいた巫女さんに声をかける。

 「あの、すいません」

 「何か御用でしょうか」

 「お祓いをしてもらいたいのですが」

 「はい、少しお待ちを」

 というと、巫女さんは建物の奥に姿を消した。

 僕は今か今かと待った。待ち時間は2分ほどだったが、僕にはそれより長く感じられた。

 しばらくたって戻ってきた巫女さんの次の言葉は驚くべきものだった。

 「えっと、お祓いをされるのはどちらのお方ですか?」

 「え?」

 「えっと、そちらの妹さんではないのですか?」

 妹だと?僕の妹なら今頃中学のほうで部活をしているはずだ。

 もしかしてお兄ちゃんが好きすぎて付いてきちゃったとか?

 もしやと思って後ろを振り返ると、そこには幼女がいた。

 「は??」

 「えへん」

 なんだこの幼女は…。そこ威張るところなのか?よくわからないやつだ。

 「あのー、どちらのお方でしょうかー」

 「この子が見えるんですか?」

 「そりゃもうはっきりと」

 「こいつ幽霊なんですよ!さっきなんか宙を浮いたり、壁にめり込んだり!」

 「そんなまさかぁ、幽霊なんかいるわけないじゃありませんか」

 さっきまでお祓いしようとしていた巫女じゃないか!

 …っとツッコみたいのは山々だがあえてここは受け流す。

 「ひどーい、(あん)ちゃんが私を亡き者にしてくる~」

 「おい、言い方ひどい!間違ってないかもだけど」

 「コホン、霊的な何かも感じませんし、何かの見間違いでは?」

 「そんな!と、とにかく神主さんを呼んでください!」

 「少しお待ちください」

 また建物の奥へと巫女は消え、しばらくすると建物の裏から白装束の、偉そうに髭を伸ばしたおじいさんが出てきた。あれが神主だろう。

 「お待たせしました、私がここの神主、榊原と申します。」

 「あ、はい」

 「話は伺っています、こちらで話しましょう。」

 場所を移すらしい。

 除霊をするというよりは会議室という感じの和風の部屋だった。

 椅子が4つあったので、神主さんの反対に僕。その隣に幽霊という構図で座った。

 「あの、この女の子、見えてるんですよね?」

 「はい、はっきりと」

 「そりゃそうだよ、幽霊じゃないもん」

 「僕はこいつが宙を浮いたり、壁にめり込んだりするところを何度も見ているんですが。」

 「はぁ」

 神主のじいさんは僕を信じるつもりがないようだ。

 「とにかく、こいつと一緒にいるのは命が危険だと思うんですね」

 「私には普通のかわいい女の子に見えますなぁ」

 「かわいいだって!やっふ!」

 「うるせぇ」

 「お嬢ちゃん、歳はいくつかい?」

 優しそうにクソガキに話しかけるクソジジィの図。

 「えっとねー、1,2,3,4,5,6,7,8、…わかんない!」

 「なんで数えた!」

 「おやおや」

 「えへへー」

 「お嬢ちゃん、自分がどこから来たかとかは、わからないかい?」

 「私はね~、お兄ちゃんを迎えに来たんだぁ」

 「は?」

 「どこへ連れていくつもりなんだい?」

 これで地獄とか言われたら…

 ヤバいマジ怖いやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 

 「それは、秘密」

 「そうかい、それなら仕方ないねぇ」

 秘密とか怖い怖いマジ怖い。

 さっきから冷汗が止まらない。

 迎えに来ただなんてただものじゃないこと確定だ。

 「んーとね、(あん)ちゃんが答えてくれれば、教えるかな」

 「答えるって?」

 「さっきから言ってるんだけどね、無視するんだよ」

 神主がこちらを睨んでくる。

 おいおい、依頼主は僕だぞ?金払ってないけど。

 「もう一度、言うね。(あん)ちゃんはズルが好きかい?」

 神主の目がさらに鋭く僕に刺さる。

 僕、ナニモワルイコトシテナイ!

 ブルブル、僕、わるいにんげんじゃないよ!

 「…答えられますかな?」

 

 しばらくの沈黙の後、僕は口を渋々開いた。

 

 

 

 

 「あ、は、はい…。確かに、現実でズルとかできたらいいな、とは思います、はい。」

 神主にめっちゃ犯罪者を見る目で見られてる、やばいやばい。

 「よし、素質ありっと」

 「は?」

 謎の採用フラグが立つ。

 え?僕スカウトされたの?この幼女、ドラフト会議の人なのかな?

 「今から(あん)ちゃんを地獄の果てまで地の果てまで!お連れします!」

 僕の先程の心配が的中してしまった。スカウトはスカウトでも地獄にスカウトだなんて聞いたこともないぞ!お断りだ!いやだ!死にたくない!

 「私も長年生きてきてこんなことは初めてですよ、地獄ってどんなところなんだろうなぁ。おめでとうございます」

 神主もなぜか安心したようにため息をつく。

 え、僕売られたの?嘘だろ?相談したの僕だぞ?

 なんで、ねぇ、なんでだよッ!!

 「お前、閻魔の使いか何かかよ…!」

 「いいや、何度も言ったように、天使だよ!」

 わざとらしく舌を出して笑うクソ天使。

 絵柄的にはいいかもしれないが、実際僕を地獄に道連れにするつもりだ。

 こんなやつに捕まってたまるかッ。

 「僕は、」

 「「僕は?」」

 「まだ死にたくないんだーッ!!」

 会議室のドアを押し破り、逃走を図る。

 冬の寒い空気が肌に触れるがそんなことどうでもいい。

 今日走るのは何度目だ…。

 疲れたままの体で持つとは思えないが、何事もチャレンジだ。

 挑戦しなければ、何も始まらないっていうし。

 不慣れな足取りで神社の階段を一気に駆け降りる。

 当然幽霊は浮遊しながら猛スピードで追ってきた。

 「ねぇ待ってよ、いろいろ誤解してるよ!」

 「うるせぇ!僕はまだこの素晴らしい世界に祝福をもたらさないといけないんだ!」

 「さっきまで学校行こうとしなかった人が言える口なのかな」

 「ほっとけ!」

 少し取り乱してしまったが、僕は悪い人間じゃないよ。

 きっとたぶん絶対。

 神社の階段を駆け下り、僕は行く当てもなく走り続けた。

 自分がどこをどう走ったかわからない、とにかく無我夢中で走り続けた。

 生き残りたい、生き残りたい、まだ生きていたくなる。

 生き残ることだけを考えて走り続けた。

 ただ、途中息が切れてベンチに座ってたことは言わないでおこう。

 しかし、いくら逃げても天使っぽい幽霊は追ってくる。

 逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても逃げても。

 

 「ニゲラレナイ」

 「ぐぎゃああああああああああああああああ!!!!!!心の声を読むなァッ!!」

 「だってぇ、無駄なあがきをずっとする(あん)ちゃんが面白すぎて、ねぇ」

 「ぐ…」

 小学生相手におちょくられるのは本当に不快で仕方がない。

 僕は高校生、あいつは子供。

 なぜ僕はこいつに後れを取るような事態に陥っているのか。

 「お前、ズルくね?」

 「えー???何がぁ???」

 「壁すり抜けたり宙に浮いたりって完全にチートじゃないか」

 「そうだよ?何か問題でも?」

 そうだ。僕とこいつの違いは完全に能力の差だ。僕が必死に走る中で、こいつは何も努力せずに簡単に僕を追い詰めた。まるでこれは僕が昨日やってたのと同じ、チートそのものだ。

 「大ありだよ!大体なんでそんなことが現実で通用するんだよ!幽霊なんかいるわけないし!」

 「いるかいないかは別として、私は幽霊じゃないよ。ましてや閻魔の使いでもない。聞きたい?」

 こいつの情報がほしい。もしかすると引きはがせる手掛かりが得られるかもしれない。

 今のところ何の情報を持っていない僕にとっては喉から手が出るほどほしいものである。

 「…(ゴクリ)。」

 「わ・た・し・は・ね」

 「…(ゴクリ)」

 「ね」

 「…(ゴクリ)。」

 「ね」

 「もう飲み込む唾がねぇよ!早く言えよ!!」

 「もう、せっかちさんなんだからぁ」

 なんなんだこのクソガキ、まともに喋る気あるんか?

 「コイツうぜぇ…」

 「私はね、天使なんだよ。」

 「それさっき聞いた」

 「さっきまでのは、私が美少女的な意味で天使ってことなんだよ!」

 「知るか!てか自分で美少女言うな!」

 「これだからドーテーは。」

 「殺すぞ」

 触れてはいけないことに触れたな。子供だからって容赦はせんぞ。

 「はいはい、もういいからそういうの」

 「おま…。」

 呆れて言葉が途切れてしまった。

 しかし今まで一度も彼女の言うことをまともに聞いたことがなかったな。

 聞いてみるという選択肢もあるということに今気づいた。

 「それで、何が言いたいの?」

 「お前の話聞いてやるから、大人しくしろ」

 「大人しくしないで逃げたのはどちらでしょうね」

 「ぐ…」

 「よろしい。では私の自己紹介から。」

 「天使とか言ったらぶっ転ばす。」

 「お姉さん血の気の盛んな殿方は嫌いじゃなくてよ」

 「いいから続けろ」

 「私の名前はコード:02」

 「こーどぜろつー?」

 おかしな名前だ。まるでこの世のものとは思えない。変人さんかな?

 「そう、お察しの通り私はこの世の人間ではないよ」

 また先を読まれた屈辱。気にせずに続ける。

 「幽霊だろ」

 「ノンノン、私はかわいい天使のん!」

 目を半開きにして口を三角にして天使っぽい幽霊はこう言った。

 「幽霊じゃないのん!死んだわけじゃないのん」

 「じゃあなんなのん」

 「この世界とは違う世界から来たんだよ。後その口調、やめたほうがいいですよ」

 「お前が始めたんやろが!」

 「あなたと私じゃ価値(バリュー)が違いますので。」

 インテリっぽいポーズをとる幼女。うぜぇ。

 「うっせぇ。全否定はできんが。で、さっきから口調変わりすぎだろ」

 「これが私のキャラですので」

 「キャラが全然立ってないぞ、あやふやなキャラなんか人気出るわけないんだ」

 「コホン、続きを言うよ?」

 素直に言うこと聞いたがこれはメタい。メタすぎる。

 「私は御覧の通り能力を持っているんだよ」

 「死んで幽霊になる能力か」

 「違う!君もよく知ってるあれだよ!」

 「マジック?」

 「違う違う、地形無視ってやつだよ」

 「地形無視…!」

 それは昨日僕が旧世代のゲーム機で使ったチートコードそのものだった。

 まさか僕が使っていたチートを逆に使われるとは思いもしなかった。てか普通思うかよそんなもん。

 確かにこいつのやっていることはどれもそのチートコードでできることだ。だが…。

 「じゃあお前が空を飛んでいるのはどう説明する」

 「君がやっていたゲームは2Dにしか進めない簡単なゲーム、それだと当然進めるのはもともと存在する地面の縦と横のみ。当り前じゃないのかな?今、ここ現実(リアル)。ここには縦横のほかに上下というものも存在する。自由に移動できて当然」

 確かにそうだ。

 僕のやっていたゲームは縦横にしか進めない、そもそも地形無視という概念自体が縦横に限られた話ではないということだ。

 「なるほど。で、お前は物を透過する力を持っていると。」

 「そうだね、それであってるよ。」

 「で、そのチート天使様が僕に何の用?」

 「そうそう、それを言いたかったんだよ。君は選ばれたんだよ、うちの神様に」

 「どういう意味だ」

 唐突な発言に驚いたが、今更いろいろ見せられた事もあってあいつの言うことを鵜?みにするしかなかった。

 「ズルが好きな人間を集めるように言われてねぇ、最初に目に留まったのが兄ちゃん、君だったという訳さ」

 「集めて何をするつもりなんだ」

 「そこから先は言えない、まだ来てもらってないから。情報を流されるわけにもいかないからね。『ごくひにんむ』ってやつだよ」

 何なんだよ一々気に障る喋り方だ。

 「そういえばさっき地獄の果てとか言ってたな、あれはお断りだぞ。死ぬのは嫌だ」

 「まさかまさかぁ、少し目をつむってもらうだけで一瞬で着くよ」

 「目をつむってる間にグサリとかないのか」

 「ははっ、その手があったかぁ」

 「こいつ殺すつもりだ!」

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 「うそぴょん」

 「はぁ、脅かしやがって。」

 危うく心臓が止まりかけた。先ほどの自分の発言で命が削られてしまうとはな…。

 「ごめんなぁ、面白すぎて、つい。でも、兄ちゃんが心配してるようなことは何も起こらないよ、ただ、この世界とバイバイするというだけ。」

 「それって」

 「そう、私の世界に来て!兄ちゃん!」

 「異世界か!」

 突然の異世界発言に興奮してしまう僕。これはこれはこれは、来たんじゃね。

 「兄ちゃんからすればそうかもね、で、来る?来ないのならここ一年の記憶ごと消しちゃうけど」

 「はっ??一年ってほぼ関係ないじゃないか!おかしいだろ、ここ一日でいいだろ」

 「私『ひみつしゅぎ』なんで。漏洩がないようにしないといけないんだよ」

 「一年はやりすぎだろ。…でも、行けばいいんだろ?」

 「うん!来てくれるよね?もう帰ってこれないかもだけど」

 そんなこと承知だ!この現実にもう未練はない!ツンデレの妹への希望以外は!

 「行くぞ!僕は異世界に!」

 「いい?もうこの世界に未練はない?」

 「僕は本気だ、ただ」

 「ただ?」

 「最後に家族に置手紙くらい書いておかないとね」

 「そんなこともあろうかと、私が代筆しといたよ」

 「は??お前何かいた!」

 「『先立つ不孝な息子をお許しください』って」

 「お前それ僕が自殺したみたいじゃないか!」

 「てへっ」

 余計な真似しやがって…。僕がこの世界から逃げて自殺したみたいじゃないか!

 え?異世界に行くことは逃げるんじゃない、新しいスタートを切るんだよ。

 まぁ、後は野となれ山となれっていうでしょ。

 この世界と僕の縁は切り離されるわけだし、もうどうでもいいや!

 とにかく僕は異世界に行ってやり直すんだ!

 異世界に行けばハーレムエンドが待ってるぜ!

 「ズルは急げだ!早速行っちゃうよ!」

 「おう!って…なんで僕の足を掴んでる?」

 「何って、こうやって移動するから。」

 なんと02は僕の足にしがみつき、そのまま体を地面へと吸い込ませていく。

 え、こんな移動法?地形無視っぽいけどインパクトに欠ける。

 すると不思議なことに掴まれていた僕の足もコンクリートの地面に吸い込まれていく。次第に目線が低くなり、完全に吸い込まれてしまった。

 その途端に視界が変わる。ドラ〇もんのタイムマシンンのような亜空間が目の前に広がった。

 随分とテカテカしている世界だということだけ覚えている。

 それにしても地面に引き込まれるのって怪談で聞いたことあるような…。

 「気味悪いこの移動法何とかならないのか」

 「魔法陣で移動できるけど面白味がないでしょ」

 「最初からそっちにしてよ!」

 亜空間の中、僕は02に玩具にされた。

 足を掴まれたままぶんぶん回されたり、一瞬手を離されて漂流しかけたりと、ずいぶん危ない目にあった。

 だけどもうすぐそこまで迫っている異世界ライフに期待を寄せる僕は常に紳士的な対応をした。

 「もうすぐつくよ!」

 その声を最後に、02の声が聞こえなくなった。

 しばらくしてから、亜空間から出ると、目の前が真っ暗になった。



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