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契約

思えば、優香と付き合い始めたのが、彼女が短大への進学を間近に控えた高三の夏だったからもうかれこれ2年半付き合っていることになる。


その間に何度か大きな喧嘩をして、別れ話に発展しかけたことも何度かある。


やっぱり、育ってきた環境が違う以上、価値観にもやっぱり相違があって意見が対立することもあったし、自分を取り巻く環境や友人関係の変化に伴うストレスだったり、原因はいくつもある。


でも、それでもお互いを必要としていたから、お互いに妥協したり譲り合ったりして今までこうして恋人関係を続けてくることができた。


この世の中には完璧な人間なんか存在しないわけで、誰だって多かれ少なかれ欠点を抱えている。


一緒にいる時間が長くなればなるほどそういう醜い面が見えてきたりもするわけで、僕もこの2年半の付き合いで優香の欠点を幾つも知ったし、優香もまたそうだろう。


結局のところ、そういった欠点全てを知った上でそれでも一緒にいたいと思えるかということが大事で、僕の結論はすでに出ている。そして多分、優香も同じ結論に至っているだろうと思う。


無意識のうちに優香の顔をじっと見つめていたようで、優香が首を傾げる。


「どうしたの?」


「ん、あ、いや。優香と付き合い始めた時はまだ高校生だったのに、明日で大学卒業なんだよなってちょっとしみじみしてたわけ」


「賢斗だって、あの頃はまだ入社1年目でスーツが全然板についてなかったのに、今は入社3年目のスーツの似合うベテラン社員になってるじゃない。時間が経つのは早いんだよ。このままじゃ、あたしもあっという間におばさんになっちゃう」


「……」


聞きようによっては意味深にも取れる優香の言葉に思わず口をつぐんでしまい、そのままなんとなく会話が途切れて、不自然な沈黙が降りる。


なんだか最近、お互いにそれを意識し始めていて、でもちょっと気恥ずかしくて、どう切り出すかタイミングを計りかねて言葉だけが上滑りしてしまっている感がある。


でも、きっと今なら切り出しても大丈夫。そんな気がした。


「あ、あのさ優香」


「はい」


空気を敏感に感じ取ったのか、優香が居ずまいを正す。


「俺もこの春でまたちょっと月給上がったしさ、今の狭いぼろアパートを引き払ってもうちょっと広くて綺麗なアパートに移ろうかなって思ってるんだ。駅の近くにさ、新しく建った2LDKの物件があるんだけど……」


「知ってる。あのお洒落なセパレート型のアパートでしょ」


「そう。それでさ、2LDKなんて俺一人じゃどう考えても広すぎるっていうか、二人だったらちょうどいいかな、とか思うわけで」


「そうだね。あたしもそう思うな」


「正直、今の給料で二人でやっていくとなると少し切り詰めなくちゃいけないかなとは思うんだけど」


「外食ばかりだとお金がすぐなくなっちゃうけど、こまめに料理すればかなり節約できるよ。お昼もコンビニや社員食堂のかわりにお弁当を持っていくようにしたらだいぶ安上がりだしね。……ああ、そういえばあたしって母子家庭が長いから貧乏にも家事にも慣れてたりするかも」


しれっとそんなことを言いながら意味ありげな流し目をする優香。ここまでお膳立てされて言わなかったらそれこそ別れ話を切り出されかねない。


僕は優香の目をまっすぐに見つめて言った。


「じゃあさ、優香。結婚しようか」


優香が満面の笑みでうなずく。


「うん。結婚しよ、賢斗」


根回しが完全に済んでいる会議のように、もうすでにお互いに結論の出ている話だったから、あまりにもあっさりとしたものだった。


僕が申し込み、優香が受諾する。ただそれだけの、でも決して避けては通れないやりとり。


僕と優香は、これからの人生の間続く契約を交わした。







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