追憶の花
優香の選んだ勿忘草のストラップを買ってその場で彼女にプレゼントし、そのままカフェの方に入ってランチにすることにした。
注文を待つ間、すっかり元気になった彼女は、テーブルの下でなにやらごそごそとやっていた。
「何してるの？」
僕が尋ねると優香は自分のスマホを僕の目の前に差し出した。
「じゃんっ！ 早速つけてみました」
一つのスマホに一つのストラップというのが優香の自分ルールであり、ワインレッドの彼女のスマホからはさっきまで付いていたストラップが外され、代わりに今買ったばかりの勿忘草のストラップだけが揺れている。でも、たった一つでもそれは確かな存在感でもってそこに在った。
「お、やっぱりいいね。優香のスマホはデザインが大人っぽいから、このストラップもよく似合ってるよ」
「でしょお！ やっぱりあたしの目に狂いはなかった」
「さすが優香」
「へっへっへ」
と、そこへすっかり馴染みの店員がトレーに注文の軽食を載せて運んでくる。
店員らしからぬ豪奢なドレスに身を包み、軽くウェーブがかった銀色の髪と銀色の瞳をもつ、まるで人形のような美少女。
外見年齢は１７、８歳ぐらいに見えるが、その落ち着いた雰囲気は僕らより上にすら感じられる不思議な少女だ。
奥の厨房には他の従業員もいるらしいが、いつも店に立って客の相手をするのは彼女で、エステルというのがその名だ。
エステルは手馴れた様子でテーブルの上に皿を置きながら、優香の手のスマホに目を留める。
「あら、優香さん。さっそく付けてくださいましたの？」
「だって、せっかく彼氏が買ってくれたんだからすぐ付けたかったんだもん」
「うふふ。優香さんのスマホにとってもよくお似合いですわ」
「でしょー！！ ちょっと地味かなとも思ったんだけど、実際に付けてみたら思いのほかしっくりきてびっくりしちゃった。この勿忘草の象嵌細工、ほんとに素敵」
ケータイをかかげてうっとりと言う優香にエステルが上品にくすくすと笑う。
「その勿忘草の象嵌細工は『追憶の花』と申しますの。オーナーがスペインのダマクス象嵌の工房で学んできた技術の粋を注ぎ込んだ自信作ですのよ」
エステルの言葉に優香の目がキラリと光る。
「ねえ、これにはどんな秘密があるの？」
「うふふ、それは内緒ですの。では、ごゆっくり」
優香の追求をさらりとかわしてエステルが厨房に戻っていく。そんな彼女に向かって優香が舌を出す。
「エステルちゃん、いけずぅ！」
「いったい、なんの話をしてるんだ？」
話の流れが読めずに僕が訊ねると、優香がとっておきの話を披露する時の顔をした。
「この店はね、知る人ぞ知る、女の子の間では結構有名な店なの」
