一限目 とある日常の授業
僕はこの丘が大好きだ。
ここの丘に吹く爽やかな風が僕達の背中を後押ししてくれる。気の弱かった僕にとってここは大事な場所だ。
そして僕は好きな子をその丘に連れ出して、一番大きくおもちゃのような街の広がる頂上へと連れていった。
少し緑がかった瞳、長い黒髪がその風とともに共鳴しているかのように靡いている。そして彼女の手が僕の手を握る。
手の先には茶髪でシャイで引っ込み思案な僕が赤面して立ち尽くしている。
そんな僕の顔を覗こうとした時に、僕は彼女を抱きしめた。小学五年生にとってハグというものはそれなりに刺激のある行為だった。
そして彼女を肩にへと手を滑らせて僕は彼女にある約束をした。
「いつかまたあったらーーーー」
僕の声は爽やかなはずの風に思い切りかき消された。
(ちゃんと聞こえたの、、かな。)
赤面に自信なさげな顔を下に向けた。
すると彼女が僕の手をまた握りなおす。さっきよりも力強く、まるで捕まえられたかのような。
ドキドキがおさまらない。こんな感情になったのは初めてではないが、このドキドキは初めてのものだ。
すると彼女は僕にいつもの明るい顔を向けた。
「じゃあいつかまた会えたらーーーー」
またその言葉は風にかき消される。だがしっかりと聞き取れた。一言一句として間違えずに。
この時に僕はあることに気づいた。
そうか。これが ー恋する感情ー なのか。
ここは私立海明学園高校。
まだまだ設立されたばかりの新学校。校舎は綺麗に整えられ中庭も丁寧にデザインされている。池は最先端技術を走っていて濁る気配をどこからともなく感じさせない。
もう設立されてから三年が経つが風紀だって乱れたことが一度もない。ある意味完璧な学校ではあるが、その割に対して人気な高校ではないのだ。学力的にはまあまあの成績、行事の盛り上がり方も凡々、突沸している面が一つもない。特に特徴もない。
まさに超普通の高校なのだ。
この物語の主人公である神川 颯は茶髪低身長ながらも現在数学の授業を受けている。
、、、はずだった。
颯は数学の宿題を家に忘れたので授業に参加できなかった。もはや宿題をやってこなかっただけで授業に参加できないのはかなり鬼畜であった。先生には飽きるほど説教されるし挙句の果てには廊下に立たされる。
このクラスの担任の先生が現在数学の授業を行っている。高身長でいつでも寝れそうな目、のんびりとした雰囲気だが気はただのドS。
先生曰く、宿題などを忘れた生徒はとりあえず廊下に立たせて授業が終わり次第様子を確認。
そこで血液が下に溜まりすぎて倒れている生徒、もしくは足がプルプルしながらも先生を睨みつけてくる生徒の様子を見て、ニタニタしながら「ねぇ、今どんな気持ち?辛かった?そうだよね辛かったよね可哀想に(笑)君が宿題を忘れるのが悪いんだよ?ほら、早く謝りなよ。どうかこんな惨めで非力で宿題を忘れてしまった私をお許しくださいませ雅哉様。と涙ぐみながら土下座しろ!早く!その哀れな表情を俺に見せてくれよ!!アハハハハ!!!」と生徒が本当に行動に移し、哀れな表情を見せてくれる生徒をニンマリとして見つめて楽しんでいる。
というか教育委員会に訴えればこんなやつすぐにどこかへと飛ばされるだろう。だがそれはそれで後に生徒が逆襲をした時の先生の哀れな表情を拝むことが出来ないので教育委員会には言わない。
そう。颯も若干S気質の持ち主なのだ。
今日も宿題を忘れた颯はこっそりと教室のドアを開けて、そろっと自分の机に戻ろうとする。
「おい神川。いつ俺が戻っていいと言った?」
だがそれをこのドSは見逃さない。神川は何事も無かったかのように自分の席に置いてあるカバンに手を突っ込み、とある薄い四角い形をした電子機器を取り出して廊下へと戻ろうとする。
「先生、暇なんで携帯持っていってもいいですよね?」なんて聞いてみると
「いいぞ。その代わり今度の作文二倍にしてやるからな。」
と、言われながらも颯は作文二倍の道を行く。
なんだよ。そんな高校教師みたいに怒らなくてもいいじゃねーか。まあ、実際高校教師だけどさ。昔の気弱な少年は嘘のように気の強い少年へと変わっていた。
「あー。なんか楽しいことねぇかなぁ、、」
などと退屈そうな笑みを浮かべ、綺麗に整備された中庭を見つめ考えていると颯の前をたまたま通りかかった女子生徒がぶつかってきた。
ドサッ!
「あ、すみません。ついよそ見をしてしまい、、」
ん?なんだなんなんだこの感じは!!
はっ、!もしやこれは運命!!俺とこの娘がここでぶつかり俺がさりげなく荷物を持ってあげると「あ、ありがとう、、ございます///」なんて言ってくれるやつじゃねーの!?そうしてこの出来事をきっかけに恋へと落ちていきその先に待つのは・・・
こうして運命の赤い糸で結ばれたと思っていた
颯は小さく咳払いをしていつもの声の数倍イケボで言葉をかける。
「あぁ、すまない。重そうだな。俺が少し手伝ってやろ、、うか?」
彼女に言葉をかけ終えそうになった時俺はその娘に違和感を覚えていた。
あれ?なにか懐かしいな。昔、会ったことのあるような、、?いや、まさか気のせいだろ、、
やはり、、
やはりこれは運命だったのか!!
なんてまださっきの妄想を続けている颯を彼女はまるで変な物に遭遇したような目で見つめていた。
「あ、あの、、」
「うん?なんだろうか??」
「もしかして、、、」
次に彼女が発した言葉は、、
「は、颯、、くん?」
お?え??
俺の名前を、、知っている?
もはや理解できない。この学校に昔の知り合いは誰もいなかったはず。
颯は止まりそうな思考を必死にまわし続けた。
「え、えっと、」
戸惑いながら口だけが考えるより早く自分勝手に動いてしまう。
まずいな。なにか話題を持ち出さないと、、話題、話題、。。
あ、そういえばこの子の名前聞いてなかったな。名案だな!とばかりに颯の口はにこやかにサラサラと動き出す。
「君の名前は?」
すると彼女は颯に不審感を抱きながらも自分の名前を口からはき出す。
「凛果。 高橋 凛果。」
凛果という名前には覚えがあったが残念、、
名字は俺の知っている子の名字ではなかったのだ。あれ?んじゃあなんで名前知ってるんだろう?
次いでとばかりに颯は話を続ける。
「あのー?俺の名前をなんで知ってるの?
もしかして秘密組織からデータを持ってきて独自に俺のことを調べ上げ、お見合いしたいなっ!とか言ってくれていたのかなぁ!?そして今その超本人とご対面したから興奮しちゃってオドオドしているのかなぁ?いつでも大歓迎パーティーするよ!?お肉もポテトもなんでもつけちゃうよ!?」
言い終えた瞬間に颯の顔が青ざめる。
言いすぎた。全て言い終えて気づいたが長々と妄想をしすぎたな。とか思いながら颯はその子の前で息を荒らしていた。
「お、お見合いとかパーティーとかは私は知らん。」
もはや凛果の顔はまるで穢らわしいものでも見るかのような目をしていた。
あー、そっかー。知らないかぁ、、ん?
なんか口調おかしくなって、、、
「だが!この私!氷帝アスラに対してなんたる言葉をかけるのだ!!」
氷帝、、?もしかしてお偉いさんだった?
だったらなおさらお見合いをしようよ!!
すると凛果は右手を大きく広げ顔に近づける。
「そして秘密組織がバレてしまった以上、、貴様を生かして置くにはいけないのでな、闇の炎に抱かれて消えろぉぉぉ!!!」
ちょっと待て!!そのセリフって
ダークフレ◯ムマスターのセリフだよねっ!?
てか氷帝のくせに闇の炎を使うって滅多にないだろ!氷帝なら氷技だけ使ってろよ!?
「凛果、、?落ち着いて??」
「アスラと呼び捨てするなぁぁ!!」
「してないよ!?凛果って言ったんだよ?アスラとは言ってないよ?一文字もあってないからね!?」
聞き間違いもいいところだ。氷帝アスラって名前、一体どこで作ったんだよ。
すると凛果は颯にポケットに入っていた一つのジャックナイフを向けた。
「秘密組織のこと、知っているのだろう?さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか」
凛果の本気すぎる目に思わず肩をすくめる。
「あの、冗談なんだけど、、?」
「お前ら!!うるさいぞ!!場所考えろ!!!」
教室で授業をしていたドSが大きな声を出して今の流れを一瞬で消し去った。
あ、そういえば今って授業中だったな。
キーンコーンカーン
終わりのチャイムが鳴りようやく颯は教室に戻ることができた。
凛果も急いで教室へと戻る。
はぁ、、
今日からしばらく疲れそうだ、、、。
授業という名の暇な時間が終わり教室に戻るとなにやら笑顔でこちらを見ている友達がいた。
今どきな感じの髪型、黒髪で前髪は長め、身長もそこそこの男子生徒 獅童 達也。俺のことをよく知っている小学校からの友達だ。
「どうだった?今日の廊下は??」
今日も煽るようにニタニタとした顔を颯に向ける。
「どうだった、て言われても、、」
まさかこいつの前で氷帝アスラに出会ったなんて言えるはずもない。しかも幼馴染と下の名前が一緒だったから正直あの時は焦っていた。
「、、、うん。今日も廊下は平和だった。」
真顔で達也の目を見つめる。完全に何かを隠している時の顔だと達也が勘付く。
「なんだよ今の間。なんかあったのか?」
あ、まずい。このままでは危険だ、。何か言い訳を考えてここを過ごさないと。えっと、、。
「そ、そうだ!達也!!お前まだ昼飯買ってねぇだろ!?ほら!早く買いに行けよ!!頼むから行って!ほんと頼むって!!」
「行かねーよ。まだ2時間目終わったばっかだぞ。」
そりゃそうだ。2時間目終わった直後に食堂までダッシュする奴なんて見たことないからな。
あ、でも1人いたな。中学の時の先生で「食堂は戦場よ」が口癖の奴いたなぁ。食堂のカレーパンが好きだからって1時間目をサボってまで買いに行ってたな。
開いてるわけなくて結局昼休憩に若干顔をはずかしめながら買いに行ってたわ。
などとつまらない思い出に浸っていると女子生徒の声がドアの方から聞こえてくる。
「すみませーん。神川くんいますかー?」
「なんだよ葵?この時間に来るなんて珍しいこともあるもんだな。」
こいつは中学からの仲で現在この学校の生徒会長を務めている2年A組の柴田 葵だ。
「いやー!またいいの撮れたからさぁ!!見る?見たいって??仕方ないなぁ!!」
いや、見たくないと言っても無駄なことは承知の上だ。だからといって葵が止まるわけが無い。
でも、、
「見てみてこの子!!めっちゃ可愛くない!?このオドオドしてる感じがもうたまんないのよ!!あぁ!可愛いよぉ可愛いよぉ!!抱きしめちゃいたいよぉ!!
男の娘最高ぉぉぉ!!!」
こいつの言う男の娘のためだけに作られた秘蔵ブロマイドコレクションをいちいち自慢するのはやめてほしかった。
顔もスタイルもいいし面倒見がよくて普段はお淑やかで可愛い女の子なのに。
こいつ、、今よだれ垂れ流しながら目をキラキラさせてやがる。
「それでそれで!この子のことをさ明日追いかけてみようと思うんだ!!一緒にどうかな!?共に夢を追いかけて願いを叶えよう!!」
どうかな!?じゃねーよ!!道連れにするなよ!
追いかけるってストーカーじゃねーか!!しかも夢を追いかけて願いを叶えるってなんだ!お前は何になりたいんだよ!!
とある高校の生徒会長が幼い小学生らしき男子児童をストーカー、、
もはやそれは犯罪物であった。
「お前のストーカー行為には参加しない。絶対に参加しない。」
その言葉に葵の表情が変わる。もはや書き表せないほど酷い顔だった。
「うわ、ブロマイドじゃん、、。柴田、、お前趣味悪すぎないか、。」
お。完全に空気になっていたから忘れていたが達也もいたんだったっけ?
「えへへー//.羨ましいでしょ!?欲しいでしょ!?」
一つ言うが、、
絶対にいらねーよ!!誰が欲しがるんだよ!!ゴミみたいな目で睨まれて終わりだろうが!!
あーもう!
「なんで俺の周りにはまともな奴がいないんだぁ!」
「あ、そう。俺、、まともじゃないんだ。そっか。そうなんだな、、分かったよ」
達也が颯の言葉に顔を曇らせる。
達也。誤解だ。すまない。それは俺が悪い。お前はまともだって言い忘れていたよ。
キーンコーンカーンコーン
「あ!チャイム鳴った!じゃあね!達也くん!颯くん!!」
と言いながら葵は走って教室に帰っていく。
「おい颯。次の授業、、、やばいぞ。」
達也は青ざめた顔で颯を見つめる。イマイチ達也の言葉を理解できていない。
え?次の授業って、、、、、。
あ。
「体育じゃん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
体育の授業に遅れたバツっていうのにはどこか納得いくけどさ、、なんでグラウンドの真ん中でブリッジしとかなきゃいけねーんだよ!!
数分前〜
「颯早く着替えろ!チャイム鳴ってから結構経ってるぞ!!」
「今終わった!急げ!!」
状況を理解した二人は大急ぎで荷物を抱え、体育の授業の行われているグラウンドへと急ぐ。
くそー、あの会長のせいで完全に遅刻じゃねーか!!
あれ?そういやぁ俺らC組の教室って男子の更衣室になっていたはず、、
まさかあの会長、、男子が着替えている真っ只中で
ブロマイドの自慢してたのか!しかも目をキラキラさせながら!!あいつ、、やり手だな。
なんて思いがら二人は汗だらけになりつつもグラウンドに到着した。
当然のごとく
「獅童!神川!なに遅れてんだ!!さっさとグラウンド走ってこい!!」
体育の先生のお怒りをしっかりと喰らった。
グラウンドを走り終え授業開始の挨拶をすると
「よし。授業を始める前に宿題集めるから前の奴は並べてもってこい」
先生からの指示が入る。
この学校ではすべての教科において宿題が出される。
しかし体育の宿題を出されるのはおそらくこの学校だけだろう。他の学校の生徒に聞いてみても「体育って宿題でなくね?」と驚きの目を向けられるだけだ。ら
みんながゴソゴソと宿題を集めている中で颯がオドオドしている。
「え、、宿題なんかやってないって、、なぁ達也、。」
と呼んでみたけど達也は颯の方を向きとんでもない笑顔で宿題を前の奴に渡していた。
くそっ!なんで持ってきてるんだよ!!
「よーし、、ん?おい神川。お前宿題やってこなかったんだな?」
先生は颯をギラリと睨みながら質問してきた。
もはや俺の選択肢は2つ。はい。かYES.の2つだ。結局は正直にはいと答えてまた怒られた。
ここで上部に時間軸が戻る。宿題を忘れたバツとしてグラウンドの真ん中まで移動させられて
「神川。授業が終わるまでそこでブリッジしてろ。
ブリッジしすぎて顔面が真っ赤になって鼻血噴き出すくらいブリッジしてろ。」
先生のさらりと鬼畜発言。俺は指示通り何の疑いもなくただただブリッジをしていた。
別にするまではいいのだが今日の体育の授業はサッカーだ。グラウンドの真ん中はサッカーコートのど真ん中でもある。
これ、絶対怪我するやつじゃん。
すると校舎側の方に立っている先生の口元あたりからピーと笛がなり試合が始まった。
みんなが一斉にボールを置いて颯を思い切り蹴り始める。笑顔でとてもイキイキしている。
「待って?なんで蹴られ、、ちょ!痛い!!膝蹴んな!!ガチで痛いって!!俺ボールじゃないの分かってて蹴ってるだろ!?」
なんとかしろよ!おい先生!!
助けを求めようと先生の方を見てみた。だが先生は一番イラつく距離で颯をバカにしている目でこちらを見てケラケラ笑っているのだ。
笑ってないで少しは助けたらどうなんだよ!生徒が蹴られているところを見て笑う先生がどこにいるんだよ!!これ親が見たら黙っちゃいねーぞ!!!
結局このまま授業終了時間まで蹴られ続け地獄の体育(拷問)の授業が終わった。
この後の授業は怖いほど何事もなく時間が過ぎた。
ー放課後ー
何気なく帰りの準備をしていると教室のドアからまた女子生徒の声が聞こえてきた。
「颯くーん!!」
聞こえてきたのはやはりショタ好き会長さんの声だった。
「ちょっと!無視しないでよ!!うわでた、、知らないふりしてよう。みたいな顔で無視しないでよ!!」
うわーん。と嘘泣きをする葵を無視して準備を進める。まあ、今はブロマイドを持ってないし。仕方ない。話を聞いてやるか。と颯はため息をつきながら葵の方へと向かい用件を確認する。
「来週の中間テストなんだけど!お願い!また今回も赤点から救ってください!!」
そう。このショタ好き生徒会長の葵は理科と数学がグロいレベルで苦手だった。てことでテスト前になると
いつも葵の家で勉強会をしている。
颯は少し頭を掻きながら葵を見つめる。
「しゃーね。また手伝ってやるよ。達也。お前も来いよ」
突然のフリに達也も驚く。
「え?俺もしかして巻き添え喰らってる?」
よし。巻き添えも完了したし
「そんじゃ学校終わったら直で葵の家集合な。」
こうして俺達にとっていつもの放課後の勉強会が始まった。