第九十二話 一方その頃
「ごおおおおおけえええええええ」
「んにゃああああ」
「きゅー」
優人と従魔の契約を結んだ使い魔三匹は、気が付くと地下水の道に流されていた。気づくと言っても水の中から水に移っただけなので、異変に気付いたのは呼吸ができなくなったからだった。
水聖殿から地上に戻るための湧水道を通っている間は呼吸ができたのだ。水中から飛び出た先も水中という地獄に対処が遅れた二匹は、水の中でこそ真価を発揮する新たな仲間である白イルカの白桜が二匹を救い岸に導かなければ、溺死していたかもしれない。幸いなことに水面はちゃんと存在し、二匹は思い切り息を吸い込もうとするが今度は急流に巻き込まれ流される。白桜は二匹を背にのせ、石を積み重ねてできた岸におろされた。
「うぅぅぅぅ。うにゃ、うにゃうにゃ」
「こけー、こっこ」
「きゅー」
ぜぇぜぇと荒い呼吸を整えながら、二匹はぶるぶると身を震わせ水を飛ばした後、白桜が気遣うように鳴いた。周囲を見渡せば明かりはなく、夜目のきく月夜はここが人工的に整備された暗渠だと気づいた。
やきとりはぶわりと身を震わせると光を放つ。やきとり自身が発光すると、石で積み上げられた先が遠くまで伸びていることがわかった。
「うーにゃ。うにゃにゃ」
「こけこけ」
「きゅっ」
三匹はそのまま先に進むことを相談した。月夜とやきとりは岸沿いに、白桜はそれを追いかけながら下水道を進む。
一刻も早く主である優人と合流しなければならない。それが共通見解だった。
三匹は使い魔の契約で優人と繋がっている。まだ優人自身の実力と知識が魔獣達と釣り合っていないために、繋がり自体は薄く明確に居場所がわかるわけではないが、互いのいる方向はなんとなく感じ取れる。しかしそれはしばらくすると位置が変わり、何度も方向が変わるところをみると優人が移動しているだろうことが察せられた。かと言ってこちらを目指しているわけでもなさそうなので、迷子の時のお約束のように合流できるまであまり動かない、という選択肢は除外する。
「んにゃっ!」
「こーこけ!」
「きゅー!」
月夜が身の回りに影をゆらめかせながら、鞭のように影を振るう。すると一気に先を阻んでいた、数百の目玉を混ぜ込んだ餅のような姿のタイサイや、下半身が蛇のナーガといった魔物が薙ぎ払われていく。やきとりは風を起こして吹き飛ばし、白桜は水を操って押し流す。
しかし、何十もの赤い目が、やきとりの光の届かない暗闇の中からこちらをのぞいていた。
次から次へと魔物が湧き出てくる。しかもこちらを襲う魔物の中にはワイルドボアやマンティコラといった、本来森に生息する魔物までがここにいる。
しかも最初に人工物であると結論付けたこの場所なのに、一向に人が出入りするための入り口や梯子などが見つからず、地上に出ることができない。
「んーにゃ。うにゃうにゃ。にゃーう」
「こけ!」
「きゅ!」
月夜が提案すると、他の二匹は了承したと頷いた。白桜が月夜を水の籠で包み、やきとりがゴォッと炎を吐き出すと、その火は波状に地面を伝って魔物達を燃やし尽くす。そのまま押し出せる限り道の先まで炎を押し出し、魔物が再び湧き出るまでの時間を稼いだ後、月夜が水の籠から出て、触手を伸ばすようにとろりと溶けたように滴る闇を四方に伸ばした。
急速に魔力が消費されるのを感じながら、月夜が伸ばした闇は周囲の状況を探る。そして、闇が届かないほどさらに奥から魔物が湧きだしていることと、ここが恐らくかなり深い場所に埋まっている場所だということがわかる。だが、これだけではここから抜け出すヒントは拾えない。月夜はぐぅっと力を込めて限界まで探った闇の先端で微かに、見知った気配が二つ触れたことに気づいた。
「……にゃー」
不本意そうな声に、やきとりと白桜が首をかしげる。
「んにゃんやにゃー。にゃ」
「こけこけ」
「……。きゅっ!」
ここから出ることを優先するのならば、月夜が発見した気配を追いかけるべきだ。しかし、その方向には水道が伸びていない。
月夜とやきとりがどうするか白桜に問う。
水がなければ白桜は移動できない。それを聞いた白桜は、自分はこのまま水道を進んで出口を探すと決意した。誰か一匹でも優人と合流できれば、あとはなんとでもなる。
三匹は二匹と一頭で別れ、月夜達は先ほどの気配を目指して走り出した。道中には相変わらず魔物があふれていたのをできる限り避けるため、一歩当たりの移動距離は小さくなるが体は小さいまま移動し、戦闘による体力の消費を抑えた。
そして辿り着いたのは、これまでとは違う、十二畳ほどの部屋のような空間に出る。そこはこれまで通ってきた道とは違い、青白い光で照らされ、優人がいればモニターだとわかったであろう画面が複数あり、操作盤のようなものがある不思議な部屋だった。そして、そこで月夜の感じた気配の元が嬉しそうに、もう画面を見ていた一人の男に抱き着いた。
「ようやくお会いできました!ヨーイチ様!」
「リリア」
鈍い紅色の髪と黒い瞳を持つ少女、リリア。月夜にとっては約三か月ぶりの邂逅だった。
とは言え、リリアは月夜とやきとりには気づいていない。
洋一は苦笑してリリアを受け止める。
「ついてきちゃったのか」
「はい!聖女たるわたくしが、ヨーイチ様をお一人にしてしまうわけにはいきませんわ!」
「……よく、ここまで一人で来れたね」
「ええ、途中までは魔物に襲われたのですが、途中から全く現れなくなりましたので、ここまで来れましたのよ」
「……そっか」
なら、彼女も来てるんだね。
「ヨーイチ様?」
「ううん。それよりも、地上は大変なことになってるっぽいな」
笑みを刻んだ口の中だけで呟いたヨーイチは一瞬で笑みを消して、彼を見上げるリリアに首を振って真剣な表情をモニターに向けた。操作盤を慣れたようにポチポチと押すと、モニターにルインの町が写される。まるで防犯カメラで監視しているかのように、町のいたるところがそれぞれ映し出され、何人かの人間がのたうち回り、しかも今は夏で、ルインの夏は暑い季節のはずなのに吹雪いている。
「これは……」
リリアは身を乗り出して映像を見る。
「さっき一瞬地響きがあったけど、リリアも感じた?」
「あ、はい。そんなにひどい揺れとは思いませんでしたが、確かに揺れましたね」
「そのあとから、吹雪始めたみたいだ。俺が映像を見る限り、だけど」
「では、この遺跡がこの現象に関係しているのですね」
「完全には断定はできないけど、この遺跡の成り立ちからすると、十中八九そうだろうなぁ」
洋一が遠い目をして宙を見上げる。
「ヨーイチ様は、この遺跡について詳しくご存知なのですか?」
「うーん。大体はなぁ、理解できてると思うんだよな。推測にはなっちゃうんだが」
「まあ、さすがわたくしの勇者様です、ヨーイチ様!」
リリアはにこにこと手を胸の前で握り、キラキラとした瞳を洋一に向ける。洋一は操作盤で操作しながら説明した。
「この遺跡と、ルインて町は同じ人物によって作られてる。根拠は建築様式が同じことと、町の形や遺跡の形で大きな魔法陣を作ろうとしているとこが一緒なんだよな。地図で見てもらえればわかると思うんだけどさ」
洋一がぱちんと一際大きな音でキーを叩くと、正面のこの部屋で一番大きな画面に遺跡とルインの地図が表示される。
「ほんとですね。とても美しい、魔法陣に見えます。けれど、なんの魔法陣なんでしょう」
「だよね。無駄が一個もないやつだよ。よく考えられてる。しかもこれ実は何層にも渡って作られてるんだよね」
「層……ですか?」
洋一が再びパチンとキーを叩くと、今まで重なって表示されていた地図が二つに分解される。
「これ、上下水道の経路なんだけど、みんながこの町でそのまま使ってる機能。どこから水が来てるかわからないって言ってたけど、これ遺跡の地下で流れてる地下水を使ってるんだよね。実際に見てはいないけど、地図上ではそうなってる。それでそれが約2000年ももってるのは、ルインと上下水道で作られた魔法陣のおかげ」
「しかし、これまでの研究者がいくらルインや周囲の遺跡を調べてもわからなかったのは、なぜでしょう?」
「やー、たぶんルイン自体が魔法陣を形成してて、それが上下水道の維持に関係しているってのは気づいていた人はいたと思うよ。俺でもそれくらいはルインに来た時点でわかったし。ただ、あくまで予測止まりにしかできなかったと思う。崩れて砂に埋まってたりしていたこの遺跡とルインの完全な地図を見れたのは俺もここに来てからだし、俺がこの遺跡とルインが繋がってるって確信を持てたのは、ルインの上下水道の魔法操作盤で読み解けたから。そして、研究者たちがいくら研究しても読み解けなかったのは、使われてた魔語が未知の言語が使われてたから」
「未知の言語、ですか?」
「そうそう。この世界とは違う世界の言語だよ。つまり、違う世界から来た人物が作った」
「それは、もしや……」
「元からある伝説通り、ルインとこの遺跡はかつての勇者が作った。幸いなことに、同じ勇者は昔の勇者の言語を読めるんだよね。まあ、読むことしかできないんだけど」
「まあ、それだけで充分素晴らしいことですわ!けれど、そこまで巨大で複雑な魔法陣はなんのために機能しているのでしょう。町の機能として上下水道をずっと使っていくためだけなのでしょうか?」
「いいところに気が付くね」
「っ!」
洋一が褒めると、リリアは抑えきれなかったかのように喜びに軽く跳ねる。
「町の形で封印を、上下水道の形で機能の維持を、そしてその二つを重ねることで封印の維持を担う魔法陣にしている。なにか大きなものか、大きな力かを封印しているんだ。場所的に後者かな。あ、機能の維持ってのは、その後ろで積み重なってるヒューマノイドを動かすってことだよ」
リリアが振り返ると、部屋の隅に白い人形のようなものが確かにたくさん折り重なって積みあがっている。
「ひゅーまのいど?」
「聞きなじみがないみたいだね。この世界ではあまり浸透してないやつなんだな。俺の世界だと映画とか、漫画アニメによく出てきてるんだけど、この世界の奴は、魔法で動く人形って感じかな」
「えいが……まんが、あにめ……」
リリアの戸惑った様子に、洋一は苦笑する。
「あー、また時間のある時に説明するな」
「はい!楽しみにお待ちしております。でも、魔法で動く人形とは……。ホムンクルスとは違うのですよね?」
「あー、あれとはまた成り立ちが違うと思うんだよなぁ。ホムンクルスってたしか人形とは言えなかったんじゃなかったけ」
「なるほど。人造人間ですものね」
「そうそう。どうやらこのヒューマノイドは魔力を注入すると動くみたいでね、このヒューマノイドが基本的に魔法陣の劣化による損傷を修復し、そして健全に保たれた上下水道の魔法陣によってヒューマノイドも整備されて動くっていう、半永久的に動かせるようになってるっぽい」
「半永久的!なんだか、わくわくするお話ですね!では、このヒューマノイド達も魔力を入れればまた動くということですね!」
「いや、そこにあるのは、もう動かないよ」
「え、ですが半永久的に動くのですよね?」
「魔法陣との相互関係がうまくいけばね。そこに第三者の介入があれば、その均衡が崩れる。そこに積みあがってるのは、なにか魔力以外のものを入れようとして、故障しちゃった子達だともう」
「魔力以外のもの、ですか?一体何を……」
「わかんないけど、キメラとかに会っちゃったしなぁ。この場所であるというと、この町が封じてるもの……かもしれないなぁ、なんて」
『……やぁすご……なぁ。そこまでわかるなんて』
「っ!」
ジジっと無線が繋がるような音がしたあと、声が流れてきた。音はどうやら天井のスピーカーから流れているようだ。
「えっと。君は誰?」
『さっき、話題に上ってただろ。俺は、イネス。確か35代目勇者なんで、よろ~』
副題 会話が鳴き声