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第九十話 生かされている

「シルフ……」

 これまでにないほどの喜色を滲ませたシルフとは真逆で、優人の姿をしたアルディリアは厳しい目をしていた。その瞳の色が、黒から緑石色に変化していることに、イゼキエルは気づく。アルディリアは拳をキュッっと握りこんだ。

「なぜ、私を呼んだんだ。私はもうすでに死んだ。生きてるものを、今ある生を必死で生きている者を押しのけてまで、私を表に引きずり出した。その弁明を聞こうか?」

 その声は固さを滲ませているのに、シルフは首を傾げる。

「弁明?そんなものするつもりはないわ。だって、あなたしかどうにもできないと思ったんだもの。あなたは妾の【トモダチ】でしょう?どうしても、あなたの助けが必要なの!」

 見た目はその瞳の色以外に変わっていないのに、優人がアルディリアと呼ばれていた存在に変化した。考えられるのは多重人格説だが、これまでの言動を考えるとそういうわけではないらしい。が、とにかく人格のようなものが変わったのだろう。そしてなぜ、という部分は別の場所に置いておくしかない現実に直面したイゼキエルでも、もはやアルディリアと仮定せざるをえない存在がとてもとても怒っているということは察せられた。

 アルディリアの目がすっと細められる。

「シルフ。私はとても怒っている。死んですでに亡く、土に還って眠りにつき、新しい生をはじめた魂をいたずらに揺さぶって過去の人格たる私を呼び起こした。君は、魂に干渉したのだよ」

 魂への干渉。その言葉に、それまで悪びれることもなかったシルフの顔に気まずさが浮かぶ。今まで身を乗り出すように浮いていた身を引いた。

「わかっているわ。さすがの妾も本来ならせぬし、また魂の記憶を呼び覚ますなんてことはしない。そもそも前世の人格は魂の裏側に固く閉ざされて、引っ張り出すことなんてできないもの。だけど、その子は違う。魂に隙があった。一目でアルディリアあなたの魂だと私が見抜けるくらいに」

「隙があればそこにつけこんでいいのか?それにそれは彼が、深く傷つけられた人生を送っているからだ。本来は綺麗な球体をしているはずの魂が、擦り切れひび割れて、傷つくほどに。自分のことを大事に【思えず】、無頓着で、自分がボロボロで傷ついていることにも、痛みにも鈍感になり気づけないほど。それでも彼にとって大切なもののために、自分を愛する心と、他を愛する心を拾い集めて、魂の傷を癒しながら進もうとしている人間の魂を砕こうとした。特にこの子は、ただでさえ過去の因縁に巻き込まれてしまっているというのに。そこにはシルフ、おまえが母と呼んでいる者も関わっているはずなのだよ」

「母は母だもの。妾も言いなりになっているわけではないわ。それに、確かに魂への干渉は大精霊たる私も分を超えたこと。そこに手を出したのはごめんなさい。あなたの眠りを妨げたのも悪かったわ」

 考え方の違いというのは、価値観の違いというものはもどかしい。アルディリアはこの短時間で言葉を重ねても通じ合うことはないと知りながら、無力感に嘆息する。

「シルフ。私はそこを怒っているわけではないのだよ。精霊たる君と、人間である私と根本的に考え方が違うのは理解しているし、精霊とは人とは違う倫理と掟で生きている。そういうものだ。私が君に怒っても、それは君に通じないことだろう。だからといって、よりによってシルフ、私を【友達】と呼んだ君が、人にとって蔑ろにされたくない部分を蔑ろにしたことが腹立たしく、とても悔しい」

「アルディリア……」

「それに、優人は悪くない。魂がここまで傷ついたのは可哀そうだが、多くいる人間の中ではとても珍しいことでもない。問題は、【私】の我が強すぎたということだ。だが、それは死んでも治らなかったのだから今更治ることはないだろう」

 アルディリアはスッと視線をイゼキエルにずらし、静かな眼差しを向けた。

「君も、その容姿だとこれまで苦労しただろう。それは、人間の生理現象だ。私の生きた時代からどれだけ過ぎていたとしても、人間が本能的に恐怖を感じてしまうのはどうしようもない」

 白い髪と赤い目を持つ者は、魔力に対する耐性が一般的な人間よりある。だからこそ生来から体内に留めて置ける魔力量が平均と比べると桁違いなのだ。そして普通の人間は、相手と自分の持つ魔力量との差が大きければ大きいほど本能的に危機感を抱き、恐れる。ある意味では敏感に危機を感じ取っているとも言えるが、悲しいことに魔力量が多いだけで相手も人間だ。人の社会で生まれ育ち、人として生きる。だからこそ、魔力量という『差』において、少数派となってしまう。社会に沿おうと努めれば努めるほど、生きにくさに雁字搦めになることだろう。

 だが、それに同情するのは違うとアルディリアは考える。正確には生前に考えていて、今も変わらない。

 生まれる環境は選べない。ならば、自分の持つ手札で勝負するしかないのだ。

 イゼキエルのほうも、アルディリアの言葉からはなにも感じられなかった。哀れみも同情も恐怖もなく、ただ淡々と予想を語っただけのように聞こえた。

 ゆえに、シルフの時とは違い、イゼキエルの心は凪いだままだ。 つまり、シルフの「あらあら、魔力に愛された子。でも我ら精霊には愛されていない」という言葉はイゼキエルにとっての地雷だったのだ。人からは魔族に近いと恐怖と軽蔑と差別を受け、精霊からは魔力は多いけど人間だから大した存在ではないと侮られる。どいつもこいつも好き勝手言いやがって怒って当然だろう。

 アルディリアは目を閉じた。

「申し訳ないが、私は名乗れない。私は~だと名乗ってしまうと、それで存在が固定されてしまう。言葉は言霊。特に名に関する言葉は力が強い。だからこそ、魂の裏側にこびりついていた私を揺さぶり、呼び起こすためにあれが何度も私の名を呼んだのだから。存在を確定させてしまうと、優人が戻れなくなってしまう」

 イゼキエルはそういえば、やたらとアルディリアという名をシルフが連呼していたな、と思い出す。

「それに、私が何者かは察しているだろう?」

 アルディリアは目を開けて、胸に手をあてイゼキエルの視線をからめとった。強い眼差しをイゼキエルは受け止める。

「だからこそ君に頼みたい。彼の名は優人という。私が奥に引っ込んだら、名を呼んでやってくれ。できるだけ、存在がさらに揺さぶられることがないように」

 名前が存在を固定するというのは、抽象的だがなんとなくわかる気がする。だとしても。

「俺がその頼みをきく道理はない」

「そのとおりだな。警戒心があることはいいことだ。だが、今は君に頼むしかない。もし頼まれてくれるのなら、これも伝えてほしい。もっと自愛せよと。君は寛容だが、自分には薄情だ。けれど君が今生きているのは、生かされているからだ。生かされるからだけでなく、自分の価値を認め強く生きろ、と」

 気が向いたらでいい、とアルディリアは空を見上げた。

「さて、ではそろそろいく」

「待って!」

 アルディリアが表から去ろうとしたところで、シルフは必死に呼び止めた。

「あなたしか、頼る人がいないの!」

 今までの余裕など無かったかのような、懇願という名の悲鳴だった。

「どうかこの子を、助けて!」

 シルフは目を開いたままぴくりとも動かない少女の肩を抱いて、切実な表情で叫ぶ。


副題 神「僕の出番は?」

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