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第八十九話 裏返る

 体が導くまま、既視感を覚えるものを辿って進み続ける。それは例えば木であったり、巨大な岩の形であったり、川であったり。視界を過ぎるものが時々なぜか懐かしく、穏やかな心地をもたらす。

 微精霊達が遊ぶようにキラキラという光が舞う。カミに遭遇した以降は脅威もなく、木漏れ日が差し込む美しい森の中で、耳が癒される風が葉を揺らす音があたりを満たしていた。森の湿ったにおい。川のせせらぎが行く先を示し、やがて滝に辿り着く。その滝から樋で作られた水路がどこかに伸びていた。

 急に出てきた人工物。

だが俺はそれに驚くこともなく、その樋による水路を辿って足を進める。

イゼキエルはそれに何も言わず、大人しくついてきていた。

そして辿り着いた先では、他は朽ちて石壁だけが残ったようにみえる家が、そこに佇んでいた。家の側面には軸のような木が突き出している。ここには、水車があった。木でできていたから長い年月で風化して、今は軸しか残っていないが、滝から引いた水をここで屋根の上まで運んでいた。そういう機能の家であったのだと、確信があった。

「ここは……」

 吸い寄せられるように、その家に入る。

 中は、普通の家のようだった。石で出来た窯がある部分はおそらく調理スペースだった場所だろう。家の中にも水受けがあり、水は流れていないが、外にあった水受けから壁に開けられた穴を通って家中に水を引いていた。使わないときは穴を塞げばいい。

 中央部分にある、木粉とかろうじて木片とわかるものが撒かれている部分には、机と椅子が置かれていた。

 そして何よりも目が吸い寄せられるもの。家の一番奥の壁一面にあった、升目状の引き出し。目の前にあるのは半分崩れているが、そこに何が入っていたのかまでわかる。

「ここがなにかわかるのか?」

「ここは……家だ」

 この家が、どういうものだったのかわかる。

「そこは、調理台だった。そこには机と椅子があった。椅子は二つ。そしてこの壁には、一つ一つ薬の材料になるものが入ってた。薬箪笥くすりだんすだったんだ」

「ほう」

「この家の屋根の上、水車で水を上げてたんだが、それで薬草を育てていた。姉と、私の二人で」

 それを聞くと、イゼキエルは家を出て側面に回ったようだ。足音から、側面に組み上げられてた石階段を上って確認しに行ったんだろう。

 俺は、見なくてもわかる。

 屋根の上は平面で、屋上のような作りになっている。石で作られたプランターに沿うように水を流し、常に水が絶えないように作られた、薬草畑があるはずだ。長年手入れをするものがいなかっただろうから、もはやなにも植えられてはいないだろうが。水も与えすぎては根が腐るし、水に問題がなかったとしても土を入れ替えなければ枯れるだけだ。

 俺は、周囲を見回して、その一つ一つを記憶と照らし合わせていく。

 そうしていくうちに俺が俺でなくなるのを感じていながら、それを止めることができなかった。このままでは【俺】は消えてしまうのに、なぜか。今まで感じたことがないほどの郷愁と懐かしさに突き動かされて、視線は巡る。

 今はもうないが、よく乾燥させた薬草を梁からつるしていた。

 あそこには、軟膏をつくるための、ヒノカミダイコンの根から作った粉が入った壺があった。皮膚の乾燥を守る薬に使うシルフィンの穂はいつも吊るされ、まじないと呼んで隠した、我ら一族の魔法の痕跡も残っている。

 魂が、震える。まるで、包んでいた布が裏返ってしまうかのように。

 俺は、私は、かつてここに住んでいた。

 トントンと階段を下りる音がした。

「確かに、上には栽培の跡があった」

 下の階に下りたイゼキエルはそう言いながら、こちらを見て、そしてすぐに身構えた。

「おまえは、誰だ?」

「君には、誰にみえる?」

 俺が話そうとしたわけでもない言葉が口から飛び出た。

 俺の精神というのか、人格といっていいものかは、度重なる過去の魂の記憶に揺り動かされるのに負けて、ぐるりと彼女と入れ替わる。

「アルディリア!ああ、やっと!」

 シルフの、待ち焦がれたような声が響いた。



副題 神「勇者なのに消えちゃう」

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