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第八十八話 カミ

「あれ、俺なんでそんなこと知ってるんだ?」

 すこし、頭の中をモヤがかかっているように感じた。

 震える自分の手を見つめても、まるでそれは自分の手ではないような。精神と体がズレたような、そんな感覚に襲われる。

 そんなのとき、ザクリ、ザクリと土を踏みしめる音がした。顔を上げるとこちらに近づいてくる影がある。それはだんだんと明確になり、それが黒い牡鹿に乗った、髪が植物の蔓でできている黒い服を着た女性であるということがわかる。

 マズイ、と全身が凍り付いた。なにがまずいのかわからない。だが、あれがこちらを認識する前に隠れなければということが頭の中でガンガンと響く。

 けれど俺が行動する前に、その女性と目が合ってしまった。

 その瞬間、金縛りになってしまったかのように動けなくなる。

「くっぐ!死……と冬の……カミ!」

 呼吸がしにくくなり、体が地面に押し付けられる目に見えない圧力が襲う。そんな中で声が紡いだのは自分では知らないはずのその女性の正体だった。

「ぐっ!」

 後ろでエリアスがうめく音がする。振り返ることもできないがたぶん、あいつも俺と同じ状態なんだろう。そんなことを考えているうちに、死と冬のカミは牡鹿の上から俺を見下ろせる目の前まで来ていた。そしてそのままにゅっと俺に顔を近づけて覗き込む。

 ぐるりと体温が死と冬のカミに吸い取られている感触がした。俺が体温だと感じているものは俺の命だ。このままだと命を吸い取られて死ぬ。

 その時、声が響いた。

「その子はダメよ!」

 声が響いた瞬間、呼吸ができるようになる。一気に楽になったことで思わず深く空気を吸い込み、俺は目の前の冬と死のカミのお腹が膨らんでいることに気づいた。

 もしかしたら、新たなカミが生まれるのか。

「その子はダメ。私の大事な子」

 微かに焦りを含んだ声が響いた。命を吸い取ろうとしていた冬と死のカミを止めたのはシルフだ。彼女が今までにない焦った顔で俺の前に庇うように浮かんでいる。だが、止めたのは俺に対してだけだったようで、冬と死のカミはエリアスに視線を向ける。

 だめだ、そのまま進めさせるわけにはいかない。対象から外れたことで強張りの解けた体で、ドライアドに近づいて見上げると、いつの間にやら見覚えのあるキラキラした小さな光達が舞い上がる。俺の欲しかったものを察した微精霊(小さな光)がそれを俺の手に落としてくれた。体を動かそうと抵抗しているエリアスを上から覗き込んだ死と冬のカミの横から、俺は手にある葉の塊のようなものを差し出した。すると、死と冬のカミはぴたりと動きを止め、俺の手から寄生木ヤドリギを受け取る。

 死と冬のカミはそれに頬ずりをすると目を細め、膨らむ自らの腹を一撫でして去っていった。

「……今のは、なんだ」

「俺にもわかんねーんだよ。それより大丈夫か?」

 エリアスが喉に手をやって問いかける。まだ呼吸がしにくいんだろうか。

 しかし俺の心配を意に介することなく、視線は今のがなんだったのかを問いかけている。

 いつの間にやらシルフもいなくなっているし、俺はどう説明したものかと頭をひねる。

「俺も、なんでそんなこと知ってるのかわからない。だけど、急に頭の中に対処法が浮かんだんだ」

 イゼキエルの目がすがめられる。

「……俺は、この世で一番嘘が嫌いだ」

「……」

 それは、遺跡の中でも聞いたな。

「俺は、嘘はついてない」

 口ではなんとでも言えると思われればそれまでだけど。今んとここいつに嘘をつく意味もないし、後ろめたいこともない。慎重なのは結構だが、そんだけ警戒されるとしんどいんだぜ。俺のそんな意思が伝わったのか、イゼキエルはその赤い目をとじて、続きを促した。

「……それで?」

 意外とグダグダこれ以上続けないんだな、と思いつつ俺は話を続けた。

「さっきの女の人は死と冬のカミ。それを乗っけてた牡鹿は灰と再生のカミ。神じゃない、カミと呼ばれるもの。あの二人は夫婦だ。昔から冬の森に入ると死と冬のカミに遭わないように気をつけろ。カミと呼ばれるものはなにをするか予想がつかない。遭ったら命を吸われるぞ。みたいな伝承もある……らしい。そんで死と冬のカミは身ごもっているようだった。その状態の死と冬のカミは動くものをみつけるとほぼ命を吸い取ろうとする……らしいな。今浮かんできた記憶だと」

「そんな伝承は聞いたことがない」

「……そうか」

「さっきのヤドリギはなんだ」

「あー、なんかヤドリギは死と冬のカミにとっては、根もないのに冬でも緑色だし生命力の塊らしくって、もし出遭ってしまったらヤドリギを渡すと命を吸い取られなくて済むんだと。悪いものから子供を守る魔除けでもあるから、今回みたいな身ごもったときに渡せば祝福にも思ってもらえたんじゃねーかな」

 まあ、俺の頭に勝手に浮かんだ知識なんだから、そういわれたら肩をすくめるしかない。だが、エリアスは言葉を続けた。

「シルフがお前をアルディリアと呼んでいた。お前には、その人物の記憶があるんじゃないのか」

「ええ?だからアルディリアって人は知らねーんだよ」

「お前の記憶じゃない。そのアルディリアという人物が持つ、お前からすると他人の記憶がお前の中にあるんじゃないのか」

「それは……」

 なぜか、違うという言葉が出てこなかった。突拍子もないことを言われているのに、否定できない。まあ、この世界でこれまでの経験みたいな状況を過ごしていれば、もうどんな突拍子もないことが起きても在り得るかもしれないと思ってしまうのは確かだが。

「あくまで仮説だ。だが、お前の記憶通りに動いて、あいつらが何もせずに立ち去ったというのなら、お前の記憶は間違った知識ではないといえる」

「俺の話を信じるってことか?」

「完全に信じたわけではない。が、確かにお前の言う通りお前の知恵も借りなければ、ここから抜け出すのは難しいだろう。暫定だがな。効率の問題だ」

「お前、理屈っぽいって言われねー?」

「……言われたことはないな」

「ほんとかよ」

 思わず笑いが漏れる。

「さて、俺に自覚があるかはさておいて、俺にこの森の記憶があるってんなら、見覚えのあるほうに行ってみるってのはどう思う?」

「好きにしろ。それ以外に手がかりもない」

「んじゃ、俺なんとなく進んでいくからさ、道覚えたりとか周囲の警戒とか頼んだぜ」

 なんか、思い出しているとボーっとしちゃうみたいだからさ。


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