第八十七話 思い出して
「……。ならば今【冬】が来たとしたら、死ぬな」
「!そうか、それならそのアルディリアって人が止めようとしたのもわかるな」
そこまで話して、俺はふと気づく。
「あー俺、またろくでもないことに巻き込まれてる気がする……」
と、俺の呟きが終わるか終わらないかのところで、細かな地響きが足から伝わって来た。
「今度はなんだ、地震か?!」
揺れは段々と大きくなり、なにかがこちらに向かってきてるかがわかる。俺がそれが何か確定させる前に、イゼキエルがスッと俺を横切り走っていく。
「え、なに、なんで?!」
嫌な予感がして、俺もイゼキエルを追いかける。
走りながら微かに後ろを振り返ると、黒い粒粒が波のように迫ってくるのが見えた。
なんだあれ。
と、俺の頭がそれを理解する前に体は本能に従ってイゼキエルの後を追うように走り出した。
「なんだあれなんだあれなんだあれ!」
地面を覆いつくすほどの小さい何かが迫ってくる。それらから逃げているのは俺とイゼキエルだけではない。森にいる小動物たちも俺達に並んで逃げている。
ピコンピコン、ピコンピコンと、ウィンドウ画面の音がうるさい。スキル【逃げ足】のレベルがどんどん上がる音だ。
おの黒い奴の詳細も画面に表示されてるんだろうが、まともに読んでる時間と余裕がない。動体視力と息切れしない体力が切実に欲しい!
「なあ、あれなんなんだよ!」
イゼキエルにやっと走りながら並んだ。俺の問いにイゼキエルはちらりと視線を向けるだけだ。
これ、たぶん悪意ではなさそうなんだよな。いう必要性を感じてない、そういう考え方の奴にみえる。しかしそれがどういう性格や意図の結果だとしても、なんにも教えてもらえないのはイラつくし困るんだよな!
「あのさ、この状況を打破しなきゃいけないのは同じだろ?だったら協力しろよ!気づいたことがあるなら教えろ!それでアイディアが浮かぶこともあるし、状況の打破にもつながるかもしれないだろ!あんたからすれば俺はなんにも知らないアホかもしれないけど、アホはアホなりに考えてんだからさ!一人より二人の頭合わせたほうが生き残れるかもしれーじゃねーか!」
イゼキエルの目が微かに見開かれる。
「……あれはアーミーモス。肉食の苔だ」
「え、あれ苔なの?!」
「軍隊のように隊列を組み、規則正しい動きをしながら通るところにいる生き物を食い尽くす。人間も例外じゃない」
「なにそれ。軍隊アリみたいな奴だな。そんで、これいつまで逃げてたらよさげなんだ?」
「逃げ切れるまでだ。死ぬ気で逃げろ。追いつかれたら、食いちぎられるぞ。ついでに言うなら奴らに魔法は効かない。物理攻撃は効くが、見ての通り数が多いうえに苔の一つ一つは小さくてキリがない」
「はぁはぁはぁ…………」
いや、これ俺死んだよな。俺は瞬発力はあるが、持久力はない。今も息切れが酷くなって、体力も限界が近い。
俺が無言になってしまった時、ふふふ、と軽やかな声が風に運ばれてくる。横を見ればシルフが楽しそうに俺の横を並走するように飛んでいた。
「大変そうね、アルディリア。でも。あなたならどうしたらいいか、知ってるはずよ」
なんだよそれ。俺が知るわけないだろ。
そう思ったはずなのに、俺の頭に見知らぬ木が思い浮かべられる。そしてそれを探すべきだと、反射のように目が周囲を探した。
いや、探すだけじゃない。俺の体は、俺の意思に関係なくどこに向かえばいいのかがわかっているようだ。
「はぁ。イゼキエル、こっちだ……」
なぜわかるのか、そんなことは考えられない。けれど、まるで慣れ親しんだ道を歩くように、道がわかる。
獣道ですらないルートを進みながら、俺の目がその木を視界に入れた瞬間叫んだ。
「あの木の洞以外の部分に抱き着け!」
俺についてきていたイゼキエルと共に、俺はその巨木の幹に抱き着いた。するとこちらを追いかけていた苔も俺達に向かってくるが、その洞に苔が近づいた瞬間、洞がそれらを吸い込み飲み込んだ。吸引力の変わらないアレのように見事に、通る道にはなにも残らないと言われた苔が飲み込まれてしまった。
「……た、たすかった」
「……」
イゼキエルは幹から手を離し、見上げる。
「この木は……」
「これは、動くものは割となんでも食べる木の妖精。ドライアド」
「……」
「あれ、俺なんでそんなこと知ってるんだ?」