第八十五話 契約
「アルディリア。あなたとの契約が切れるわ。もうすぐ冬がくるわよ」
「契約?冬がくる?」
「そう、冬よ。あなたが私と契約して、この場所に冬が来るのを止めたんじゃない」
春夏秋冬のある国にいた俺からすると、冬が来るのは普通だと思う。むしろそれを止めるほうが不自然じゃないのか。
「冬が来たら……いけないのか?」
「ん?いけないわけではないわよ?」
俺が首を傾げると、シルフも首を傾げる。なんだろう、この嚙み合わなさは。俺は次に言うべき言葉が見つからず、しばし口をつぐんでしまった。
いやいや、ここで諦めるな。頭を使え。契約がどんなものかは知らないが、そこまでして冬を来ないようにしたんだっていうなら、なにか理由があったはずだ。
「……あんたにとってはいけないわけではなくても、俺にとっては避けたい事態なんだな?」
シルフは口角を上げる。
「妾にとっては冬が来ることはなんの問題もなかった。でもそなたが望んだから妾は協力した。そなたが消えたあとも、妾は空気を読んで契約を続けた。しかしそれもここまでよ。不義理を働いたのは人間達。わざわざ妾の可愛い子を抑えつけてまで契約を続けてやる道理は無いのでな。しかし……」
シルフが愛おしそうに下を見ると、いつの間にかシルフに抱えられている少女がいた。そして、その少女には見覚えがあった。
「アルディリア。もしそなたが契約を続けたいというのなら、妾はやぶさかではない。しかしそなたから既にもらった対価以上の働きはすでにしたのでな。しかし代わりに、ゆえに新たに対価を要求する」
「……対価って?」
「妾のこの可愛い子を、笑顔にしておくれ。かつてそなたが、妾を笑わせてくれたように」
シルフの抱えている少女は、さっきアレクセイ達の前に座らされていた少女だった。
シルフは先ほどの少女を連れて、よく考えてねと言い残して姿を消した。
俺はどうするべきか悩む。
さくりと踵を返す音がして振り返れば、イゼキエルがその場を立ち去ろうとしていた。
「お、おい。どこ行くんだよ!」
「……こんな場所に長居するつもりはない」
「そりゃ、俺だって長居したいわけじゃないんだが……」
頭のどっかが、放置すべきじゃないって訴えてるような気がするんだよな。
「あら、あらあらあら?あなた達友達って話じゃなかったの?」
「うわぁ、急に現れんなよシルフ!」
「うふふ。そんなことよりも、友達ってこういうとき助け合ったりするんでしょ?前にアルディリアがそう言っていたもの」
ひょっこりと現れたシルフは俺とイゼキエルの間をふわふわと飛ぶ。
イゼキエルがギロリと俺をにらんだ。いやいや、それ言ったの俺じゃないって。
「い、いやぁ。友達みんながそうとは限らな……」
俺がごまかす前に、しゅるりと森の木の根が盛り上がり、イゼキエルの足首に巻き付いた。
「資格なきものと認識された瞬間即朽ち果てなのよ。杜が誤解しないよう、気を付けてね」
そう言いおいて、シルフは再び姿を消した。
「ちっ」
イゼキエルは舌打ちした後、俺の前に戻ってくる。確かにまた杜が襲ってきたら、イゼキエルでも切り抜けられないかもしれない。
「おい、早く解決させろ」
「そう言われても、俺も途方に暮れてる最中なんだよ。悪いんだけどさ、一度整理するのに付き合ってくれよ」
「……」
無言で続きを促され、現状わかることをイゼキエルに聞かせた。