第九話 お姫様の悪巧み
今回はシリアス傾向?ギャグ少なめです。
11月1日 ギルド日報以降の内容を少し付け加えました。また、記事の内容について、リリアのセリフも付け加えました。リリアの髪色を変更しました。
11月13日 天体についての記述を増やしました。
「おっさんはさ、なんであいつに剣を売らないんだ?」
「ん、あいつってのは?」
「あの、毎日ここに来る冒険者だよ」
「ああ、あいつね」
おっさんは、また鉄を打ちながらいった。今は昼前。暇な時間帯だ。
「どうみてもあいつはまだ未熟だろ。俺が作ってるのは武器だ。俺の手を離れたら、俺が作った武器がどんな使われ方しようが俺には干渉できない。だったら、渡す相手くらい選びたいじゃねぇか」
「ふーん……」
「俺は鍛冶で食ってるわけじゃないしな。選り好みできるんだよ」
「……武器しか作らないのか?」
「ん?」
「包丁とか果物ナイフだったら、まあ武器として使えないこともないけど、基本的に誰かを傷つけるってことはないんじゃないかと思ったんだよ」
おっさんはきょとんとした顔で俺をみあげる。
「その手があったか」
おい。
俺が呆れた顔をすると、おっさんは悪戯っぽく笑った。
「なら、お前もいっちょ作ってみるか!」
「は?」
どうしてそうなる!
「もっと腕に力入れろ!」
「くっ」
「そうだ、そこでまた火に入れる!」
確かに興味はあったが、まさか本当に鍛冶をすることになるとは思わなかった。おっさんの厳しい指導のもと、付け焼刃でひたすら鉄を熱しては打つ。俺なりに集中して、必死に作った。そしてできあがったのは、すこし歪な形をした、ナイフといっても差支えのない小さな包丁だった。
「……」
「そんな拗ねんなって!初めてにしてはよくできてるよ」
そういっておっさんは俺の作った包丁をじっと観察した。するとだんだんその表情が厳しくなる。
「こいつは……」
「……?」
「お前、これどうやって作った?」
「え?」
それはおっさんが一番よく知ってるじゃないか。
おっさんは軽く包丁を振った。すると包丁の先から火の玉が飛び出して、すぐに消える。
「こいつは、魔剣だ」
「は?」
魔剣って、あの呪われてる剣か?
「俺も本物は一度しかみたことねぇ。魔剣ってのは、魔力が込められた剣だ。魔法陣を彫って、特定の魔法のみ使える魔法剣と違って、魔力が少ない者でも、剣に込められた魔力によって魔法が使える。そしてなにより、魔力をまとっているために切れ味が抜群にいい」
違うらしい。
「へぇ。じゃあ、もしそれがちゃんと打ててたら調理するとき便利だったのにな」
切れ味のいい包丁はほしいところだ。
「そんなもんで済むかよ。俺もまだ魔剣は作れねぇんだからな」
「どういうことだよ?」
「魔剣は作ろうと思っても作れるもんじゃねぇ。術じゃなく魔力自体を無機物に留めておくのは簡単じゃない。それどころか至難の技だ。魔導師どもが必死になって研究するくらいにな。俺が知るかぎり現在は世界を探しても魔剣が作れる鍛冶師はいない。有名どころでいうなら鍛冶師オズワルドが魔剣を作れたらしいが、それはもう300年前の話だしな」
「……」
俺の顔が引きつっていく。おっさんの手にある包丁は、歪んだ間抜けな姿のままだ。
「魔剣はその道を窮めた鍛冶師が最後に到達する域だといわれてる。この出来じゃ初心者ってことを疑いはしないが、お前、これどうやって作った?」
「……普通に、おっさんの指示通りに打っただけだ。ただ、夢中で打っただけで」
「……そうか」
おっさんは考え込むように、俺の作った包丁をみつめる。
俺は冷や汗をかきながら考えていた。
魔剣なんて大層なものを作ったらしいが、実感はあまりない。だが、魔力をまとっているという言葉に思い当たることがあった。俺は纏という技が使える。これは魔力を武器にまとわせて武器自体を強化する技だ。だからこそ、あの簡単に折れるような木の枝も、魔物を倒せるほどの武器になる。
あの技ができるようになってから、俺は魔力のコントロールは上達してきていると自負している。俺のスキル《索敵》も、あれは魔力を触手のように伸ばして周囲の敵を把握している。だから、魔力を物に宿らせるのは比較的俺にとって簡単なことだった。
今回のことは意図してやったわけじゃないが、必死にやっているうちに無意識に纏の技を使っていたんだろう。だからこそ、包丁があんなことに……。
「うーん、ま、できちまったことは仕方ないよな。だがユート。この魔剣のことは他言するな。お前は鍛冶職人としては未熟どころかド素人だが、世界で唯一魔剣が作れるとなりゃ、いろいろ厄介なことに巻き込まれるかもしれないからな」
とおっさんがいったそのとき、部屋の隅で寝ていた月夜がぴくりと起き上がった。そしてととと、とドアに近づく。
「どうした、月夜?」
「にゃー」
月夜はドアをカリカリとかく。俺はドアを開けた。だがそこに変わった様子はない。
「……誰かここにいたのか?」
「にゃー」
月夜は頷く。契約したためか、最近の俺は月夜の意思がなんとなくわかるようになっていた。
「客か?」
月夜は首を横に振った。わからないらしい。そんな俺達をみて、おっさんはぽんと手を叩いた。
「ああそうそう、明々後日はこの店休むからな」
「そうなのか?」
おっさんは既に散らかった鍛冶道具の片付けに入っていた。これから夕方売る分のパンを作らなきゃいけない時間だからな。
「おう。なんでも勇者様が無事召喚され、明々後日にお披露目のパレードがあるんだよ。みんなそっちの見物にまわっちまうだろうから、休みだ」
「ふーん」
勇者のお披露目パレード……ね。
「ま、これでしばらくはこの国も戦争はないだろうな」
「……戦争?」
「ああ。冒険者のお前なら知ってると思うが、この国の周りは魔物も強くないし比較的穏やかだ。気候も穏やかで他国からは喉から手が出るほど欲しい土地なのさ。そんな中で小国のこの国が何千年も存続できたのは、この国の皇族が勇者召喚の継承者であり管理者だからだ。世界を救う勇者の後見人をエネルレイア皇帝が歴代務めてきたからこそ、他国からの侵略はなかった。だがここ600年ほどは平和で勇者召喚もなかったし、そろそろ隣国あたりが手を伸ばしてきてる兆候があったのさ」
「ふーん。おっさん詳しいんだな」
「長くこの世界やってると、いろいろ情報を仕入れてくれる伝手ができるんだよ。だから今度のパレードは派手にやると思うぞ。勇者はこの国が握っている。自分の国も救ってほしければこの国に手を出すな、って他国に示すためにやるからな。戦争をしないこの国が攻められたら一発で国が消える。だから威嚇に必死なんだよ」
なるほどな。それで俺と聖は魔王が復活していないにも関わらず、召喚されたわけだ。
「この国も運よく首がつながったよなー。もし今魔王が復活していなかったら、この国は魔王が支配する前にお陀仏だ」
……。ちょっと待て、魔王は復活しているのか?
「つーわけで、そこらへんどうなんだよ」
『あー、この国の事情知っちゃったわけだね』
ソエルの森で火にあたりながら神にきいた。俺がバイトしている間、神は自分の仕事があるとかでまた不在で俺の魔剣事件云々は知らなかったわけだ。おかげで今日は朝から静かな1日を過ごせた。
月夜は夜の散歩にでかけている。
『前にもいったとおり、魔王はまだ復活してないよ』
「じゃあ聖はいったい誰を倒すんだよ?」
『たぶん、魔王(仮)だと思うよ』
「……?」
『基本的に人間と魔族って仲が悪いんだ。そして魔王がいないとき、むこうは固く国を閉ざしてるから情報が一切入ってこない。逆からいえば、魔王が復活すると魔族達が暴れ出すんだよ』
「うん、それで?」
『魔族って戦いを好む者が多いんだけど、魔王がいない間は魔王(仮)がきちんと統制して大人しくしてるんだ。だけど、今回の魔王(仮)は統制ができていないみたいでね、勝手に魔族が暴れてるの。だから世界は魔王の復活が近いんじゃないかって疑ってる。今回勇者召喚が成功したことによって、この憶測が確信として扱われるだろうね』
「……」
『間抜けな話だよねー。僕もそう思うよ』
つまり、魔王は復活していないが人間の国々は魔王(仮)が本物の魔王だと勘違いして、そいつを倒しに聖を向かわせるつもりってことか。
ああ、魔王魔王いいすぎでややこしい!
『そういうこと』
そういう事情がわかってくると、リリアがなぜあれほど聖に拘ったかがわかる。見目がいいほうが、民の期待を受けることができるだろう。そのほうが、彼らの目的では効果的なんだな。
「……ふぅ」
『ごめんね、優人君』
ある意味、くだらないことでこんな世界に呼ばれたことに嫌気がさす。俺は空をみあげた。この世界に星はない。ただ、太陽と月と北極星だけは存在している。その他の星は……ない。だから夜の空は月がとても明るく、そして闇は深い。
「なあ、魔王を倒す以外に俺と聖が帰る方法ってないのか?」
『あるよ』
「……。……。……は?」
あまりにもあっさりいわれすぎて唖然とする。
『あるよ。前にもちらっといったけど、僕の力なら君を元の世界へと送り返せる。だけど、今僕に力はほとんど残ってないんだ』
「…じゃあ、結局帰れないってことじゃねぇか」
『そうだね。だけど神とはいっても、僕は全知全能じゃない。だから、もしかしたら探したら他に方法があるかもしれない』
「……そうか」
俺は身を倒して寝ころんだ。しばらく静寂が流れる。
「なあ、あんたって男か?女か?」
『…神様に性別聞いちゃうの?』
なんとなく、神が苦笑している感じがする。
『うーん、一応男でも女でもないんだけど、姿かたちは男かな』
「あー、やっぱりそうなんだな」
夢で声をきいたとき、男性の声のような気はした。
「なんで俺に姿をみせないんだよ」
『あはは。ミステリアスなほうが神様っぽいでしょ?』
そんな理由かよ。
『……優人君が元の世界に帰るとき、僕の姿をみせてあげる』
「……」
俺はウィンドウ画面をみつめた。
『いくんでしょ?元の世界へ帰る方法を探しに』
「ああ」
いついくかはわからないが、多分あと1か月後くらいには出発するつもりでいようと思う。旅に出て、帰る方法を探して、そしてどうしてもみつからなかったら、魔王を倒す。
「だからもしかしたら、俺は魔王を倒さず元の世界へ帰るかもしれない」
俺は、神に頼りすぎている自覚はあった。そして俺が魔王を倒す勇者だから、神は俺を手助けするんじゃないかと考えた。ここで魔王を倒さないと宣言すれば、もう話しかけてはこないかもしれない。これまでのような手助けも望めないかもしれない。
それならそれで、生きていく覚悟ができた。
だからこそ、神の返答は俺の予想外だった。
『かまわないよ』
「え?」
『こちらの事情に巻き込んだのはこっちなんだ。君は君の望むとおりに生きればいい。僕は今まで通り、君を見守るだけさ』
「……そうか」
俺はほっとしているのだろうか。それとも自分を情けなく思っているのだろうか。よくわからないまま俺は、目を閉じた。
しばらくすると、温かい小さな生き物が俺の腹のあたりに乗るのを感じた。そしてそのまま意識は闇に溶けた。
その次の日、世界中、特に冒険者社会に激震が走った……らしい。まあ、大げさにいえば、だがな。というのも、ギルド日報には世界五大鍛冶師の1人、クロワルドが弟子をとったことと、その弟子がまだ若年でありながら魔剣を作ったという情報が掲載されたからだ。俺の名前まで載っている。
おっさん曰く、曜日ごとに書き手が異なるギルド日報で、水曜日である今日はゴシップや信憑性に欠ける記事をかく記者担当らしい。だからこれをみて信じるかは冒険者のうち半々というところだそうだ。話としてはおもしろいからすぐ広まるだろうというおっさんの見立て。
記事にはおっさんのいうとおり、魔剣は鍛冶師にとって究極の剣であり、今では生産不可能(作り手がいないため)で裏ルートで手に入れるか遺跡でみつけるかしかない代物であると書かれていた。
俺はギルドカードに表示されているその日報を厳しい目でみつめていた。
誰がこのネタを流したかは検討がついている。あのとき月夜が反応した、気配の持ち主。立ち聞きしていたんだろう。
おそらくいつもおっさんの剣を求めて通い詰めていたあの冒険者だ。あれほど通い詰めていたのに昨日は来なかったからおかしいと思ってた。ちなみに、あの俺が作った包丁は行方不明になった。このパン屋に保管されてたんだが、盗まれたらしい。おっさんは俺に平謝りした。俺は気にしていないが。
それにしてもおっさん、本当に有名な鍛冶師だったんだな。というか、万引きに家宅侵入。このパン屋の防犯をもっと考えたほうがいいぞ。
『優人君……これからは今まで以上に気を付けて』
急にどうしたんだよ。
『この世界は物騒だ。有名になったら、なっただけね。心してかからないと…死ぬよ』
「……」
『まあ、月夜ちゃんも僕もいるから、ある程度は大丈夫だと思うけど』
月夜はともかく、あんたがいて大丈夫な要素が見当たらないんだが?
『もう、ツンデレなんだから!』
ツンデレじゃねぇ!
……だが、おっさんもいってたことだし警戒しておいたほうがいいかもな。
「リリア様リリア様!大変でございます!」
「なによ、うるさいわね」
リリアは自室にて優雅にお茶を飲んでいた。自分が召喚したヒジリヨーイチは魔王戦のために今この国きっての剣士である騎士団長にしごいてもらっている。
ヨーイチのほうも順調で、「僕、なんか昔これやったことある気がする」といって、めきめきと実力をつけていた。
このままパレードまでいけば隣国への良い牽制になるし、周辺諸国に舐められまくっているこの国の威光も取り戻せるだろう。
そんないい気分のときに部屋に響いた大声。誰かと思えばロイドだった。
「我が国に、魔剣を作れる者がいるそうです」
「なんですって?それはどういうことなの」
「あのクロワルドの弟子が魔剣を作れるそうなのです」
クロワルドといえば、この国の皇都でパン屋をやっている鍛冶職人だったはずだ。魔剣といえば、歴史に残る名高い名剣。この国に作り手がいるのなら、利用価値は高い。
「そう。それで、その魔剣は本物なんでしょうね?」
「真偽は定かではありません。ですがこの情報は世界中にまわっています」
「もう?えらく早いじゃないの」
「出所が冒険者ギルドですので」
「……あいかわらず、早い情報伝達機器を使っているのね」
リリアは頬にかかったブロンドの髪を払った。
冒険者ギルドに所属するものだけが持てるギルドカード。あの情報伝達機能があれば、この国の軍もさらに強力になるだろうに、製作者がギルド員のみ使用可能という制限をかけているため手が出せない。
「とにかく、真偽を確かめるのよ」
「はっ!ってそうではなくて、この魔剣の作り手の名前が、ユート・オガタなのです!」
「ユート・オガタ?誰それ?」
「お忘れですか?ヨーイチ様が教えてくださったではありませんか。ご自分と一緒に召喚された男のことを」
「……あのちんちくりん?」
「はい!そのちんちくりんでございます!」
それは……
「まずいわね」
「はい!」
あのちんちくりんが有名になって、もしその名前がヨーイチ様の耳に入れば、会いたいなどと仰るかもしれない。それはいいが、もし2人を会わせて、私があのちんちくりんにしたことを告げ口されたらまずい。ごまかすこともできるが、私達のあずかり知らぬところで2人が会う可能性だってある。もうすぐ勇者は旅立つのだから。
ただでさえ今こちらはそこそこ危ない橋を渡っているのだ。今のこの状況でヨーイチ様に私達に対する悪感情を持たれては困る。とっくに野たれ死んでると思っていたのに。
「……。そうね。あのちんちくりんの居所はわかっているんでしょうね?」
「今探しております。今日中にはみつかるかと」
「なら見つかり次第捕まえて連れてきなさい。それができなければ始末しなさい。あれがいては邪魔だわ」
「承知いたしました」
ロイドはさっと立ち去る。魔法使いのくせに、こういう小間使いのほうが似合うのではないかとすら思う。
リリアは顔を歪めながら紅茶を飲んだ。
確かに魔剣は利用価値がある。だけど、あのちんちくりんにはどうしても関わりたくない。嫌いだ。嫌だ。城にいれたくない。一目みたときからそんな感情が体に走ったのだ。
だから捨てた。あのまま何事もなく死んでくれればよかったのに。
リリアはため息をつく。
美女のため息って、絵になるわね。
ふと、鏡に映る自分をみて、リリアはそう思った。
どうして最後が駆け足になるんだろう。すみません。
副題 勇者なのに、魔剣作れる