第八十三話 無詠唱<詠唱短縮<詠唱
「やっと来てくれたのね、アルディリア!」
「えーっと」
俺を迎えるように両手?腕にも見えるし翼にもみえる部分を広げた、恐らく女性のような存在が目に飛び込んだ。それは白い髪に、葉っぱのようなものが頭についていて、ガラスのような翡翠の瞳。上半身は人のように見えなくもないが、腕から先と、下半身が羽毛に包まれていた。
シルフ(大精霊)
HP 7777777/77777777
MP 800/800(風属性の場合無限)
TA 99/123
LV 200
【魔法】 風属性魔法の全て
俺がどう答えたらいいか戸惑っていると、シルフはすっと俺の隣のフードの男に視線を移した。
「なぜ、招いていないものがここにいるのだか」
シルフが目を眇めると、巨大な風の刃がフードの男に襲い掛かった。予備動作もなにもなく起きた現象だった。フードの男は顔を反らして風刃を避ける。
「いきなり何をする」
「あら、すばしっこいわね。そーれ!」
男の冷静な問いかけを気にすることなく、まるでシーツを物干し竿にかける時のような気の抜ける声にも拘わらず、さっきより威力の強い風の刃が二本に増えて男に襲い掛かる。
フードの男は舌打ちしながらいくつかを避け、残りは軽く走る電撃が打ち消している。無詠唱ではなく、小さな声で軽く呪文を唱えているようだ。
その動きから、素人の俺でも男が戦い慣れていることがわかる。
そもそも魔法使いというのは戦闘において後衛を務めることが多い。数の多い敵や、龍などの硬い皮膚を持って物理攻撃に強い敵を倒すのには、爆発的な威力を生み出すことができる魔法が有効だからだ。
ところがその魔法というのは驚異的な威力を生み出すことができる代わりに、発動までに時間がかかる。威力が大きければ大きいほど消費する魔力は多いし、呪文も長い。だからこそこと戦闘においては後衛で魔力を練り、敵を一掃する魔法をつかう、もしくは味方の回復を担う。
ところで、今の説明は魔法使いがパーティーを組んでいた場合の話だ。目の前の男が一人なのに強い敵と対等以上に戦えているのは、もちろん保有する魔力量とかの生まれ持った才能もあるのだろうが、魔法の性質をうまいこと使いこなしているかららしい。
まず無詠唱での魔法は、同じ魔法でも呪文を唱えたりするより威力は落ちるが、その名の通り呪文を唱えず魔法を生み出す。つまりラグがないのだ。さらに詠唱短縮というものもある。本来の呪文を一部省略することで、無詠唱より威力は上がるが、詠唱分発動までの時間は必要というものだ。もちろんちゃんと詠唱するよりは威力が落ちる。
つまり無詠唱<詠唱短縮<詠唱ということらしい。らしいってのは、こんな魔法の知識なんかを俺が知ってるわけないので、混乱する俺に解説文を見せてくれた魔導書に載ってたんだけどな。
要するに男は無詠唱と詠唱短縮をうまいこと使って戦っているってことだ。だが、大精霊というからにはシルフは強いようで、小さくとも威力はある竜巻で男を地面に縫い留めた。
そのまま竜巻の根本かドリルのようにとどめを刺そうとしているように見えて、俺は慌てて止める。
「待て待て待て!シルフ、なんで攻撃するんだよ!」
「だって人間なのだもの」
だって人間なのだもの?!
「俺も人間なんだけど?!」
「だって、あなたはアルディリアなんだもの」
どゆことなの、それ!答えになってねーよ。
と、俺が爆風の余波でふらつきながらどう止めようか頭を働かせていると、ブチリとなにかが切れるような音がした。俺が見回しても、何か切れた様子のものはない。
「なんだ?」
「……どいつもこいつも」
低い低い声が聞こえた。後ろを振り返ると、フードの男の目が爛々と怒りに燃えている。
「好き勝手なこと言いやがって」
風に押しつぶされていたのに、男がそれに抗いゆらりと立ち上がる。男の周囲には湯気のように黒い陽炎が立ち上っている。彼の白い髪がそれに煽られるようになびき、フードははずれ、目は赤く光っていた。
その陽炎が魔力であるとなんとなく察しつつ、これまずいんじゃないかと背筋が凍る。なぜなら、その赤い目の光が、魔物と相対したときに見た目と似ているような気がしたからだ。
立ち上る魔力がだんだんと激しさを増し、押しつぶされるような威圧がぶつけられる。
「ぐっ!」
これたぶんあれだ。教会にいた時に俺がやったのと同じだ。魔力が多すぎて、周りに威圧を与えるんだ。
あの時は俺が与える側だったが、受けたほうはこんなにきつかったのかと身をもって体験する。
俺が膝をつきそうになるのに必死に抗っているのに、同じように威圧を受けているはずのシルフは涼しい顔だ。
「あらあら、魔力に愛された子。でも我ら精霊には愛されていない」
ふわりと、暖
かい風が俺を優しく取り巻いた。その瞬間威圧から解放され、ざわざわと風の気配があたり一面に満ちていることに気づく。
この場を支配しているのはシルフなんだ。
ある意味当然とも言えることに今更ながら気づく。その証拠に、俺を守るように優しく包む風は、男にのみ風の縄となって、まるで蛇が巻き付くように男を絞め殺そうとしているからだ。
「おい、やめろ!」
俺はまとわりつく風を振り払い、男の圧縮された空気の縄をほどこうと手を伸ばす。
「なぜ、それを助けようとするの、アルディリア」
「そんなの、目の前で死にそうだったら助けるだろ!それに、俺はこの人にいろいろ助けてもらったんだ」
「そうなの。でもダメなのよ。ここは、招かれていない者が入ってはいけないの。入っていいのは、妾達が招いた者と、縁が深きものしか入れない」
「縁が深きもの?」
「そう。我ら、もしくは我らが招いた客人の、家族、友、仲間、そういう縁深きものしかいられない。妾がなにもしなくとも、そやつはここにいる限り朽ちて消える。精霊の杜とはそういう場所。だからこそアルディリア。あなたはこの場所を住処として選んだのに、忘れてしまったの?」
忘れてしまったといわれても、そもそもそんな記憶はないんだが。いや、今はそんなことどうでもいい。シルフの話が本当なら、ここでシルフを諫めようとも男が死んでしまうことに変わらないじゃねーか。
どうすればいい。




