第八十二話 黒竜
「さて、こちらの依頼を聞いてもらうぞ」
「話は聞きますが、助力できるかはわかりませんよ。ノラさんだから話しますけど、今ここにブラックドラゴンの卵があるんです。一刻も早く親に返さないと、大変なことになる」
ギルドの中の個室でノラと向かい合いながら、アランは自分の持つカバンの膨らみを撫でた。
ノラはなるほどと納得しつつ、フンと鼻を鳴らした。
「だとしても、アタシの話のほうが最優先だ。最近世界各国で、人間が魔族に変わるという現象が起きている」
「それは!」
「そいつらは突然苦しみだし、体が魔族の姿に変化して理性を失い暴走する。今のところ一部の地域でぽつぽつとそれが起こり、伝染病のように広がる様子はないが、便宜上狂魔病と呼ばれている。現時点では現象が起きた原因も不明。場所や人間に共通点もなし。教会や一部のお偉方は魔族の攻撃であると認識し始めている。そして、アタシの管轄であるこのルインでも3人それが起きた。一応気絶させることに成功したからそのままで置いてある。これ、お前の真の研究対象だろあと、お前に依頼するのはあの人のご指名だ」
「……そうなんですか」
アランは俯き思考を巡らせる。確かにそれはアランにとっても優先したい依頼だ。自分の研究は魔物の研究と表向きは答えているが、専門は魔族だ。人間が魔族化しているというのは、確かに自分が役に立てるかもしれない。とはいえ、だ。今自分が持っているものも放置はできないのだ。なぜなら、ブラックドラゴンとは、他のドラゴンよりも仲間意識が強く、さらに卵のためならずっと追いかけてくる。たとえ親を倒したとしても、その仲間たちが卵を取り戻すまで追いかけてくるのだ。さらに、ブラックドラゴンは怒ると非常に狂暴化する。つい1年前には、ブラックドラゴンの卵を奪った冒険者を追いかけて、冒険者の訪ねた町を3つほど壊滅させている。だからアランが一つ所に長くいるのは望ましくないのだ。
それに単純に追いかけてきたブラックドラゴンに卵を返せばいいという話でもない。返した瞬間喰われる。卵を割ったり隠したりしても同じことだ。ブラックドラゴンは知能が高く、臭いなどですぐにバレる。自分が喰われず、卵を返すには、元の巣に返す方法以外にない。巣に戻すという行為は、ある意味ブラックドラゴンに、敵意や悪意はないと伝える行為なのだ。
なので、ブラックドラゴンの巣にたどり着くまでの護衛を早く雇わなくてはいかないのだが……。
「わかりました。では、僕はその依頼を受けましょう。ただし、この町にいるのは3日に限ります。そしてその間に、僕の護衛を依頼できそうな冒険者を見繕ってください」
「わかった。3日だろうが、調査してくれんなら、あの人も納得すんだろ。それに、その依頼を任せられるような奴を見繕うのも時間がかかるだろうしな」
「お願いしますね。非常にデリケートな依頼なので」
「わーってるよ」
「それじゃ、まずはその魔族になってしまったという人達に会わせてもらえますか」
「案内する」
アランはノラの背を追った。
「やっと来てくれたのね、アルディリア!」
「えーっと」
白い髪に、葉っぱのようなものが頭についていて、ガラスのような翡翠の瞳を持っている。上半身は人のように見えなくもないが、腕から先と、下半身が羽毛に包まれていた。
シルフ(大精霊)
HP 7777777/77777777
MP 800/800(風属性の場合無限)
TA 99/123
LV 200
【魔法】 風属性魔法の全て
俺がどう答えたらいいか戸惑っていると、シルフはすっと俺の隣のフードの男に視線を移した。
「なんで、招いていないものがいるのだか」
シルフが目を眇めると、巨大な風の刃がフードの男に襲い掛かった。