第八十話 犯人2
「ちっ」
フードの男が舌打ちして戦う構えをとる。
俺もなにかしら動かなければと思ったところで、相変わらずおかしいらしい俺のアンダーテイカーは発動したままだった。
闇の沼からのっそりと這い出てきた闇人間達は俺になにがしかの手ぶりをしたあと、湧きあがっていた蟲毒にゆらゆらと向かっていく。蟲毒のほうも爪や尻尾を振り回したり噛みついたり、光線のようなものを近づいてくる闇人間に放ったりしていたが、闇人間達はそれらの攻撃が当たってもどろりと溶けるだけで再び形を成し、敵を千切っては闇の沼に放り込み、どろりとした触手のような腕を絡み付けては引きずり込んでいった。
なんだろう。あいつらなんか喜んでないか?顔がないから感情は読み取れないはずなのだが、体の動かし方がウキウキとしているように見える。なんというか、よし久しぶりの活躍だ!みたいに浮かれているような、そんな風に見える気がした。
先ほどの大きい奴はデカすぎて引き込めなかったが、今相手している蟲毒は小さめなので引き込めるのだろう。闇の沼に沈んでいった蟲毒は、二度と浮き上がってこなかった。
その場にいた蟲毒が全て沼に沈むと、闇人間達は自分達も沼に戻っていく。沈んでいく際に、手のような部分の親指を立てて沈んでいく。
いやいや、I'll Be Backじゃねーからな!頭ん中でダダンダンダダンってなんか流れたけども!
俺が心の中で突っ込んでいると、ぱんっという音が響いた。
今度はなんだと見てみれば、それまでとは違う、表情が抜け落ちたカーソスが、石化したタリスとイザベラを破壊していた。
「カーソスさん?!」
物陰に隠れていたノルが驚きの声を上げる。
すると頭上からきゅぽんと何かの栓が抜けるような音がした。
「くぇっくぇっくぇっ。いやあ、まさか蟲毒が全滅するとは、驚きですねぇ。まあそれはそれ、キメラよりも蟲毒を作るほうが容易いこともわかったし、収穫はあったということで納得すべきですか」
「いい加減にしたまえよ。ついでの実験に気を取られて、本来の目的が達成できなければ、私がお前の首をとる」
「おやおや、かなりお怒りで。でも仕方ないんですよ。次から次へと興味深い疑問が浮かぶんですからねぇ。たとえば、石化した人間を砕いたあとに、石化解除薬を振りかけるとどうなるのか、とかねぇ」
顔を上げると、瓦礫の上に二人の人物が立っていた。一人は、昔のヨーロッパの宮廷服のような装いに、深い紺の髪に金の目をもつ男。もう一人は白衣を着た、ボサボサの白髪の老人のような見た目の男だった。白衣の男はサーモンピンクの液体の入ったビンをゆらゆらと揺らしている。その液体を俺は見たことがあった。石化解除薬だ。
「お前ら、誰なんだ?」
「おや、これは申し遅れましたねぇ。私はファウスト・ゾム。こちらはアレクセイ。あなた方には私達の実験にご協力いただきまして感謝いたしますねぇ」
「私“達”ではない。お前だけだ」
「実験?」
アレクセイはファウストに視線も向けずバッサリと言葉で切り捨てた。
「ええ、最初はこの空間に用があったのですが、それには時間が必要でしてねぇ。準備がてら調べてみましたら、この空間のものを破壊しても、あの自動人形達が修復してしまうんですよ。あの自動人形も実に興味深い。私も真似て作ってみたのですがねぇ、あの自動人形のように自己判断ができる人形はついぞ作れなかった。まあ、その研究はまた持ち帰ってやりますが。この場を修復するなら、どれだけ破壊しても元に戻るということで、しかもここまでの道は閉鎖されている。ならば魔物をこの空間に閉じ込めたらどうなるのか、気になったんですよぉ。一度気になると実験してみたくなる性質でしてねぇ。結果はあなた達も見た通りですよ。食い合い混ざり合い、いい感じのねじれた魔力も生み出してくれた。あれは成功ですねぇ。キメラの研究もしていたんですが、俄然蟲毒のほうが効率がいいことがわかりました。ふぅぇっふぅぇっふぅぇっ。素晴らしい成果ですねぇ。当初の目的も準備が間もなく整うという時に、あなた方が来たのでね、今度は蟲毒の性能のほどが気になった。さらにこの閉鎖空間で殺人が起きれば人はどのように動くのかも、非常に興味深かったですよ。思ったほどこじれませんでしたが、それはあなた方が一般より理性的だったゆえでしょうしね」
「はあ?じゃあバッカスって奴を殺したのは、あんたなのか?」
「ええ、私ですよ。正確には私の作った人形が、ですがね」
「にん……ぎょう?」
「避けろ!」
フードの男が俺の頭を力いっぱい引き下げる。俺の首があったあたりに、ひゅっとカーソスの口から伸びる剣が掠めた。
「まさか……人形って……」
カーソスは白目で口から血を流しながら剣が生えている。カタカタと操り人形のような動きは、俺に衝撃を与えた。
「ええ、人形とはそれのことですよ!私の作った魔工に、人の皮を被せたのでね!見た目から反応まで人間なんですよー。なにせ心臓や脳もちゃんと動いているのですからねぇ!腐ることもない」
そう楽し気に語るファウストは紫の光がくるりと一周したかと思うと、カーソスそっくりの姿になる。
「同じ人間が二人いれば、あの状況も簡単なのですよ。ただ残念ながら私は頭脳派で肉体労働は向いていないのでね。人形のほうに任せることになってしまいましたが」
「つまり、お前は俺達の前にもいたのか」
「その通りですねぇ」
確かに同じ姿が二人いれば、アリバイなんか関係ない。あのフードの男の言葉が正解だったということだ。
「ところで、先ほどのあなたの魔法ですが、非常に興味深い。アンダーテイカーの発動がかなり不可思議でしたねぇ。術式にもおかしなところがないのに、発動が続くというのは一体……」
「いつまで待たせる気だ、ファウスト」
「おやおやおや、これは本気で怒っておられますね。もう準備は整っていますよ。では、始めましょうか」
アレクセイがじろりとファウストをにらむ。睨まれていない俺がすくむほどの眼力だった。
「さて、冥途の土産に真相はお話しましたのでね、あなた方も思い残すことはないでしょう」
ファウストがニヤリと笑うと、下から青白い光が放たれた。足元に巨大な魔法陣が浮かんでいる。
「なんだ、これは!」
おそらくこの地下空間全ての大きさの魔法陣は光をどんどん増し、体がふわりと浮くような感覚に襲われる。一方ファウストは驚くこともなく、手に水晶を持ち、いつの間にか彼らの傍らに表情の抜け落ちた少女がいた。
魔法陣の光と呼応するように水晶も光り、同じ光がその少女からも発される。一際激しく輝いたかと思うと、そのあとは光がだんだん弱まっていった。
「……ファウスト」
「おや、おやおや?これはまさか、失敗ですかねぇ」
「ファウスト」
「実験には失敗がつきものですよ、アレクセイ」
と、ファウストが肩をすくめた瞬間、どこからか聞き覚えのある声が降って来た。
「はぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
声の主であるエレノアが上からファウスト達に斬りかかった。アレクセイが素早く剣を抜き、エレノアの剣を受け止める。その瞬間、弱まりつつあった光が復活し、今度は光が溢れて視界が白く塗られる。
「おお、これは!」
水晶が激しく発光して光が収まると、その場にはアレクセイだけいなくなっていた。




