第七十九話 蟲毒2
正直、ウィンドウ画面を見るまでもなく蟲毒は強い。巨大な体に似合わず俊敏な動きだし、これまで冒険者として活動してきたタリス達も動けないほどの戦いだ。俺もなにか動こうにも、フードの男の邪魔になるばかりか命を落とすのも目に見えている。
「すー、はー」
深く深呼吸をする。
蟲毒は尾を器用に使って俊敏に動いているようだ。
口から吐き出す石化光線と溶解液、鋭い爪の両手、自在に動く三本の尾、耳障りな叫びと共に発動する攻撃魔法、蟲毒の攻撃の手は多い。フードの男の攻撃も、まともに当たればもっと効くのだろうが、尾を器用に降ってバランスをとったり、地に叩きつけて体の軌道を変えたりしているせいで当たり切らない。
つまり、足止めや相手の動きを拘束できればいいアシストになるはずだ。
近づいたら死しかない中で、蟲毒とは距離を取りつつフードの男を手助けする方法。
俺は、一つだけ確実に使える魔法があった。
だが、蟲毒に使うには今まで使った時よりももっと広範囲に広げなければいけない。
魔力を編み込む布をもっと広げ、術式を拡大するイメージを持つ。目の前に上げた手のひらには魔導書がふわりと浮かび、俺の思うページが開かれていた。
初めて使ったときは、月夜がいたから魔力が安定した。だが今は月夜はそばにいない。いけるか?と体内の血が沸騰するような感覚に怖気づくが、誰かが背をふわりと撫でた気がした。
傍にはいないけど、繋がっている。なぜならあいつは俺の使い魔だからだ。
それに確信を持ち、俺は叫んだ。
「深淵よりいでしもの。暗黒の使者。嘆きを刻む魂の導くままその手を伸ばし、腕で抱け!アンダーテイカー!」
蟲毒の足元にドロリと闇の沼が現れた。そこから無数の闇の手が蟲毒の体に絡みつき、動きを止める。
蟲毒は振りほどこうともがくが、もがけばもがくほどその沼に沈んでいく。その機会を逃すことなく、フードの男はいつの間にか宙にその身を躍らせ、バチバチとそれまで以上に激しい音を発する雷の刃を蟲毒に振り下ろした。
ぱっくりと二つに割れた蟲毒は耳を覆いたくなるような声を上げ倒れる。分割した体も修復しようとしているのか、それ独自でプラナリアのように動き出そうとしているのかはわからないがもぞもぞと動くが、未だに弾け続ける電気が肉塊を燃やす。
「や、やった?」
ちょっと離れたところにいたタリスが呟いた。彼は安堵の息を吐きかけたところで、軽く振り返ったフードの男の赤い目を見てしまい、再び息を詰める。
「ま、魔王……」
イザベラが震える声でそう言った。
今、魔王って言ったか?
俺が口を開きかけたところで、さっきの蟲毒が暴れたよりは軽いボンっという音がしたと思うと、目の前に見覚えのある光線がイザベラとタリスを焼いた。
「う、うわあ!」
「いやぁ!」
二人は一瞬で石像と化してしまう。
「は?!」
俺が声を上げるまでもなく、再び先ほど蟲毒が倒れた地点から土煙が上がった。
「マジかよ……」
そこには、さっきの蟲毒ほどではないが、様々な魔物が混ざった姿の、小さめ蟲毒が数十体湧きあがっていた。




