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第七十六話 フードの男2

 ざっと遊園地の中を歩いた男は、この場にある様々な建造物の配置が気になった。おそらく多くの人間が楽しむためのアトラクション装置が用意された公園のようなものと理解した男は、園内の見取り図が書かれた看板の前でじいっと考え込む。

 さらに、園内に小規模だが不自然な破壊のあとがあること、あまり見たことのない恐らく魔法で動いている自動人形がこの園内の維持をしていることに気づく。

 男が園内をうろうろしていると、いつの間にか冒険者の一人であるタリスと解除師であるノルがついてきていた。

 どこまでも周りをうろうろするので、そろそろ鬱陶しい。そんな中、園内に響いた叫び声に、聞こえた方向を辿ってむかってみれば、迷路の中で血を流している男と、残りの冒険者のパーティーであるイザベラとカーソス、そして優人が死体の周りで声を荒げている場に出くわす。話の流れに興味はないが、確かバッカスという男を殺したのが優人だと疑われている状態のようだ。

 男は彼らのやり取りは耳半分に聞いていて、もう半分の注意はバッカスの死体に注がれている。

男はバッカスの体に近づき上から順に確認していった。

傷は頸動脈けいどうみゃくを切られている。頸椎けいついまでは折られていないようで、死因はおそらく失血死。周りが血だまりになっていため死因はそれで間違いないだろう。傷の形状からして鋭い刃物で切られている。凶器の可能性のあるものとしてぱっと考え付くのは魔物の鎌や尻尾。魔法や剣などの武器だ。

まず魔物の鎌や尻尾ならもっと肉がえぐれているはずだ。もしくは魔物が魔法を使った可能性もあるが、試薬の結果でそれは消える。

男は普段から持ち歩いているシャムの試薬という魔法道具マジックアイテムを使用した。その結果、たとえばヴェント・ラムのような風の刃の魔法で攻撃されたとするば、よっぽどの使い手でなければ必ず周りに魔法の残骸が残る。だがシャムの試薬で反応するものがないということは、魔法を使った痕跡がないということだ。つまり、凶器は刃物で間違いない。

 剣やナイフといった武器の可能性が一番高い。

 死体のあった場所は迷路の中で、周囲を通路を構成するための壁で囲まれている。死体のある場所は多少広さがあるとはいえ、血しぶきが壁に残るほどには狭い場所だ。その血飛沫が斜めに真っすぐの線で壁に残っている。

 バッカスの身長はおおよそ193センチほどだろう。もし被害者が立っているときに首を切られたのなら、たとえば優人の身長であれば首の傷はもっと下から上にかけて鋭い角度で刃が入っているはずだ。逆に被害者が中腰や座っている状態であれば、壁の血飛沫はもっと低い位置に残るはずだ。

 ということは優人が犯人の可能性は低い。それにその動きから武器の扱いに精通しているとも思えない。彼の身のこなしに、戦いの出来る者が持つ動作が欠片も見受けられないからだ。

 もう一つ気づいたことは、被害者の傷は右後ろから前に向かって切られている。ということは犯人は左利きの可能性が高い。

 身長から考えると、タリスとカーソス、男の判断の多少の誤差を加味してもイザベラが容疑者だが、タリスは剣を左に佩いていて右利きのようだ。イザベラもナイフを左に納めているため右利きの可能性が高い。カーソスは魔法杖を右に手に持っているが、同職である男からすれば利き手の扱いは魔法使いの主義による。利き手のほうが使いやすいものは杖もそちらに持つし、魔法をかけているときに触媒や別の攻撃に備える者は利き手は開けておいて反対の手で杖を持ったりする。ゆえにカーソスの利き手はよくわからない。だが少なくとも目に見えるところには刃物は持っていない。

 どの人物も決定打に欠ける。

 まあ、もしこの中に犯人がいるとすれば、だが。

 男は一度目を閉じ、そして開いた。

「アリバイがないのはあんただけじゃない!あんたしかバッカスを殺せた奴はいないのよ!」

「だからって俺がなんでその人を殺さなきゃなんねーんだよ!今日初めて会った奴を!そもそもあんたらだって四六時中一緒にいたわけじゃないだろ。目を離したりはぐれたりとかあったかもしれねーじゃねーか!」

「私もカーソスもずっと一緒だった!離れたことはなかったわ!」

 優人とイザベラが相変わらず言い争いをしている。確かに彼らからしてみれば、アリバイだけで考えると優人しか犯人はいなくなるのだろう。優人を主に攻め立てているのはイザベラだが、概ね同じ意見だからこそ、タリスやカーソスは口を出さない。

「いい加減にしろ。うるさいぞ。現時点での特定は不可能だ。今はそんなことにかまっている暇はない」

 今まであまり声を出さなかった男の言葉に、イザベラはぐっと言葉を一度飲み込んだ。しかし納得できない彼女は今度は男に反論をぶつける。

「特定できないって、こいつしかいないじゃない!それに、こんないつ出られるかわからない状況だからこそ、仲間を殺した奴を野放しにしておくなんてできないわ!次は私かもしれないのよ」

「ここにいる者の中に犯人がいるならな」

「え?」

 男のこれまでの考えは何も口にしていないのでその場の人間は知らないが、彼らなりに話し合ったうえでバッカスは人間に殺された疑いが高いという結論になっていた。人間ならこの場にいる者しか考えていなかった彼らは、男の言葉に混乱が生じる。

「それ、どういうこと?私達の他にまだ誰かいるというの?」

「いるとは限らないが、【いない】と断言もできないだろう」

 男の視線はちらりと優人に向けられていた。男もタリス達も、出入りを制限されているこの遺跡で自分たちの知らない者がこの遺跡に入ることができるとは思っていなかった。優人自身が、この場ではイレギュラーな存在なのだ。だからこそ余計に、この場に自分たちの把握していない誰かが、【いない】と証明することはできない。未知の領域たるここならばなおさらだ。

「だから特定は不可能だと言った。現状お前たちの中でそいつが犯人の可能性が高いとしても、断定することはできない。決定的な証拠がない。それに今は議論をしている時間はない」

 男を含めてこの場にいる者は、遺跡に閉じ込められている状態なのだ。早く脱出する方法や手段を見つけなければ、食料も無限ではないし敵もいる。死はゆっくりと近づいている。

 その場は沈黙に包まれた。不満、不安、悲しみと恐れ、そして閉鎖された空間。人間を精神的に追い詰める状況がそろいつつある。

 だが、男の言葉が、とはいえないがきっかけで、タリス達の現状考えなければならない優先順位が切り替わった。言い争いがやみ、現状打破のほうに思考が向く。

 男は静かになったことを確認して、再び歩き出した。もうこの場ですることはない。

 ふと優人を見れば、優人も男を見ていた。彼はちらりとカーソスに視線をむけたあと、男の後ろに続いた。

 男は最初、言葉を発するつもりはなかった。死んだ人間は己に関係ないもので、自分に容疑がかかっているわけでもない。だがいったんこの場を納めるきっかけとなるような言葉を発したのは、優人を助けようとか、疑心暗鬼に陥りつつあるタリス達を落ち着かせようとしたわけではない。

 なんとなくだが、悪意の気配がしたからだった。それがどこにあるのかは、まだ男もわかってはいなかったけれど。



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