第七十五話 フードの男
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緒方優人が突如地から生えていた緑の土管の先にたどり着いた遺跡の中。そこには暗い中でも目元を隠し、周りに誰もいない中でもフードを被り続ける男がいた。
彼は、名の知れた学び舎であるデルトナ学園の学生であり、魔法に関することを研究する研究者でもあった。遺跡の中に潜って一ヵ月。その期間、単独で遺跡に潜る許可を得られるほどの優秀な学生であった。そんな彼は遺跡の中で奇妙な存在と出会う。出入りを制限されているはずのこの遺跡に、同時に遺跡に潜っている人物として記憶している者とは違う姿をしていた存在。しかも気配が奇妙であり、男が警戒するのも当然だった。
アカマダラキュウケツコウモリに腕を噛まれたまま騒いでいた少年は、無詠唱で手を振るだけで魔法を使用し消え去る魔物にびっくりした次の瞬間、首筋に指を突きつけられる。魔物を消した手が突き付けられたということは、ナイフが突きつけられているのと同じことだ。
ざっと見てみると、少年の頭には耳が生えていた。頭に耳が生えているのは人間の標準装備だが、その少年は頭の上に生えていた。一見すると獣人だ。だが男には、その少年が魔力を持っていることが感じられた。獣人は基本的に魔力を持たない。さらに言えば突きつけた手から、まるでマグマのように燃え滾り、今にも噴火しそうなイメージが伝わった。今のイメージはなんだったのだろうか。一見すると何とも弱そうで、なぜこの遺跡に潜り込めたのか謎なほど、取り押さえた体は貧相で細く、弱い。にも拘わらず、勘が油断することを許さない。しかもどこにあるのか定かではないが、非常に複雑な術式の気配もする。
得体のしれない存在。
魔法に携わる時間が長ければ長いほど、見た目でおおよその魔力量を量ることができるようになる。だが見た目から受ける印象と、肌感がズレるという奇妙な感覚がある。
さらに言えば少年の言葉にも気になる点が存在した。地上でキメラに遭遇したという。キメラとは人工生物だ。そんなものがなぜこの遺跡の近くに。
そんな風に考えを巡らせていたが、男の少年への警戒は彼の言葉で収まった。この少年は、町でダウジングを扱う女に言われてこの遺跡に来たという。
男は振り子を使いダウジングを行う女に心当たりがあった。しかもダウジングを占いのように使うのは恐らくその女に間違いない。
あの女は迂闊なお人よしだが、自分のその能力を他者に使うことはめったに無い。それを見せたということは、この少年は信頼できると判断したからだ。不本意だが、動物的勘によるものなのか、あの女は人をみる目はあるし、あの能力によって、男がこの遺跡にいることを女が知らなかったとしても、彼のもとに導かれたということは、男にとって敵ではないということなのだろう。認めたくはないが、彼女の能力は、信頼できる。
とりあえず敵や盗賊ではないということを結論付け、男は少年を放置することにした。敵でないのならこれ以上の接触は不要だ。関わる義理もない。男は少年への興味を失うと、身をひるがえして遺跡の探索を続けた。
気になることは次から次へと湧いて出る。昨日からこの遺跡の中も奇妙な気配がしている。ざわりと、魔力の流れがこの一月感じていたものと違っているのだ。
魔力の流れが異常を訴える先、それを追って遺跡の中の道を進む。遺跡の道は先に進むのを阻むように仕掛けがいくつも施されていた。歩を進めるほど、突如開いた穴に人の腕ほどもある針が上を向いて敷き詰められていたり、矢が飛んできたり、魔法が飛んできたり、猫が飛んできたり、魔物が現れたりとせわしない。なぜこんなところに猫がいたのかは謎だ。しかし男はまるで罠の位置や内容がわかっているかのようにすいすいと避けて進む。後ろを追いかけていた少年である優人が必死で彼を追いかける中、目的地手前の広間のような空間で巨大な竜の魔物に襲われる優人をおとりにして先に進んだ男は、その小さな部屋ほどの空間に隠された入り口があることを見つけた。この先はさらに地下に続いているようで、未だ報告されていない未知の領域だ。この先に進む前に、ギルドへの報告が必要だった。そう判断した男はヘロヘロになって竜から逃れた優人に目もくれず横を通り、何度もここを通るたびに相手をするのが面倒だと判断して、再び無詠唱で雷撃の魔法を竜に浴びせ倒したあと、地上へ向かう道を辿った。
上階にあがる階段があったはずの場所につくと、そこには先客がいた。同じ時期に遺跡に潜った冒険者だろう。四人の男女のパーティーが遺跡に潜っていたのは知っている。彼らが立ち往生している理由はすぐに分かった。男も目指していた上階への階段が無くなり、周りと同じ石壁になっていたからだ。おそらく魔法的要素で隠されたと推測を立てた男は手をかざし、魔法盤を表示させる。解析してみると、結界魔法が使われている痕跡がある。解析しているのに痕跡程度しかわからないのは、よほど高度な魔法が使われているということだ。しかも、かなり強固の。
冒険者の中の魔法使いも魔法をぶつけたが、びくともしていない。男の力量なら無理やり砕くこともできなくはないだろうが、そうするとこの遺跡は崩れて生き埋めになる。そうなっても自分の身は守れるうえ、他人を巻き込むことはどうでもいいが、遺跡自体が崩れるのは避けたいところだ。まだ研究途中なのだから。となると、この結界魔法の源の元へ行くしかないという結論にたどり着いた男は、先ほど通ったのと同じ道を再び通ることになった。
魔法の源は、先ほど見つけた地下へと続いていたからだ。
来た道を戻るのに冒険者達と優人がついてきていたが、邪魔にさえならなければと好きにさせて、たどり着いた小部屋のような空間にある地下への隠し扉が解除師によって開けられる。その際冒険者達はその穴を下りることにためらいを見せた。ここから先は未知のエリアだ。なにがあるかわからない。それを恐れたのは一目瞭然だった。冒険者達は獣人の姿をした優人を先に行かせようとした。その情けなさに呆れて男は言葉がついて出た。
「そいつ素人だぞ。冒険者が危険な先行を素人にさせていいのか?」
得体の知れないことは変わりないが、これまでついてきた動作や様子を見るに、優人がこういう探索や戦闘が不慣れであり素人同然なのは明らかだ。そんな人間に押し付けるのは、腐ってもそういう仕事をしている冒険者がすることではない。
男の言葉に乗せられた冒険者達は地下に下りていった。
下りた先では、ぽっかりと開いた地下空洞に何やら建造物が立ち並んでいた。優人が遊園地と判断したそこは、男がどう理解したのかわからないがそのまま迷うことなく進んでいく。