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第六十七話 交錯

 ドドン、ドン!っと次々倒れる木々をよけながらとにかく逃げる。スキル【逃げ足】が遺憾なく発揮されている。

「なんなんだよこれ!」

「……」

 突如現れたキメラとやらは一頭だけではなかった。二日前の魔物大量発生の原因は未だ解明されたと聞いていないが、それよりは軽度でも似たようにキメラが森から湧き出してくる。

 避けるだけの俺と違って、ばっさりと一太刀でキメラを切り捨てている聖は、時に俺に近づくキメラも倒してくれている。俺に見てる余裕はないんだが、ちらちらと視線を向けると、身軽な動作で剣を振るう聖はなにか考え込んでいる様子だ。なのにこんだけ戦えるって、本当にこいつは何なんだ。俺と同じ地球産の男子高校生に思えない。

「おい、聖!」

「……これは、この地で起きているのは魔力溜まりだけじゃないのか」

「はぁ?なんかわかってるなら説明しろよ!」

 ふいっと聖が手を止めず、不思議そうな視線を向ける。

「緒方がピンチなのに、彼女が来ないね。なんでだ?」

「彼女ぉ?……もしかしてまたエレノアの話をしてんのか?!」

「うん。彼女はそう作られてるから。だから緒方のところにいってもらったんだぜ。緒方を、守ってもらうために」

 カチリと、聖と視線が合って固定された感覚に陥る。一瞬思考が止まって、それどころじゃないと絞り出した声は口の中で唾が絡まった。

「なんだよ、守ってもらうって!」

「緒方も同じだったと思うんだけどな。俺になにも言わずに国を出たのは、自分のことで手一杯だったからだろ。俺も手一杯だったからさ。俺自身が緒方を守りながら動くのは難しかったから、彼女に任せたんだけど……」

 聖が突如、足を止めた。

「なんだよ!」

「あれ」

 聖の指したさきには、緑色の土管が土から生えていた。

「な……んでこんなところに、世界で一番有名な配管工が使うような土管があるんだよ……」

「なんでだろうな」

 一瞬のんきな雰囲気が流れるが、とびかかって来たキメラを視線も合わせず聖は切って捨てた。

「囲まれたな」

「え」

 聖は余裕そうな顔をしつつもため息をつく。

「いろいろ説明できなくて悪いな。でも元気そうで安心した。もし、もう一度会えてゆっくり話せる機会があったら話そうぜ」

「またって、お前……」

「さすがにこの数で緒方を庇って動くのはしんどいから、ここでお別れだ」

「は?この状況でどう別れるんだよ!」

 森の木々の間からはキメラのギラギラした目がそこかしこからこちらを覗いている。だが、聖は今しかないとばかりに早口で言葉を紡ぐ。

「緒方。入り口と出口は同じだ。あの魔法陣が使えるようになれば、帰ることができる。使えるようになれば、な。俺は、時間を稼ぐ。だから……」

「出口?魔法陣ってあの最初の……」

 俺が問いかけた瞬間、トンっと聖が俺の体を押す。

 あー、ちくしょう。こんな簡単に浮くからだが恨めしい。

 後ろにはあのおかしな緑色の土管で、俺の体はそこに吸い込まれていく。

「聖!」

「帰り道は、任せたよ」

 遠ざかる聖と空に手を伸ばしながら、俺の体は闇に吸い込まれていった。





 冒険者ギルド ルイン支部の、依頼掲示板の前で二人の男女がはたと再会を果たしていた。

エレノアが振り返ると、アランは割れた眼鏡をくいっと上げて微笑む。

「おや、エレノアさん。二日ぶりですね。まさかここでお会いすることになるとは」

「アランさん!ほんとですね。あ、海運ギルドには連絡つきましたか?」

「ええ、十日後に船で迎えに行ってくれるそうです」

「そうですか、よかったです」

 エレノアはほっと胸を撫でおろしつつ苦笑した。

「でも、十日後って遠いですね」

「そうですね。できるだけ早く、と交渉したんですが……。そもそも水聖殿の存在を信じてもらうのにも時間がかかりまして」

「確かに、今まで聞いたことがない場所ですもんね……。それで、アランさんはどうしてここに?」

「僕は例のものを届けるために、護衛を依頼しようかと」

「例のもの……」

 アランがぽんぽんと、自分の背負うカバンの他に肩からかけているカバンを叩く。エレノアが例のものがドラゴンの卵だと察した時、隣からえー、ごほんと!咳払いが聞こえた。見上げればたっぷり髭を蓄えた大男がエレノアとアランを迷惑そうに見ていた。人の集まる依頼掲示板の前という、話し込むには邪魔になる場所である。

「あ、すみません!」

「エレノアさん、あっちで話しませんか」

 ギルド利用者の邪魔をしていた二人は、アランの指した簡易的な机とイスの置かれた場所に移動した。

「エレノアさんはどうしてギルドに?たしか、探し人がいると言ってましたね」

「はい。それで、次の目的地をどうしようかと考えてまして。決め手がないのでとりあえずギルドに来てみたというだけなんですが……」

「なるほど。ということは、その探し人がどこにいるかという手がかりはないんですね?」

「はい。手がかりは、その人が黒髪に黒い目の、オガタ・ユウトという名前の人ということしかないんです」

「なるほど。名前がオガタ・ユウト……。ん、それって……」

「はぁ?!またあのお姫様は単独行動なの?!」

 アランの声を遮るように、高い声が突き刺さった。二人が声の元を辿ると、先ほどまで二人が立っていた依頼掲示板の前に、腰に手を当てた魔法使いらしき少女と、使い込まれた鎧に身を包んだ男性、そして神官の衣装に身を包んだ少女が言い争いをしていた。

「ああ、そのようだな。一応書き置きが残されていたから、進歩と言えば進歩なんだが」

「その書き置きだって『ヨ―イチ様のところにいきます』って一文だけなのよ!どこに行くか書いてなかったら意味がないって何度言えばわかるの、あのアホ姫は!」

「リリア様も成長はしておられると……」

 鎧の男性がまあまあと少女を落ち着かせようとするが、魔法使いの怒りは収まらないようだ。

「そもそもあんたの国の姫なのよ!成長ったって微々たるものじゃない。そもそも勇者の言うことしか聞かないんだから!どういう教育してきたのよ!」

「も、申し訳ない」

 魔法使いの少女よりはるかに上背のある男は少女の勢いにたじたじである。

「セイラムさん、落ち着きましょう。今から言っても詮無いことです。ヨ―イチ様はちゃんとご自身の行き先は告げてくださいましたし、ヨ―イチ様を追いかけたということはそこにいるのでしょう」

「あのアホ姫はその追いかけている途中で迷子になる可能性が高いって言ってんのよ!立場上ほっとくこともできないし、あーイライラする!そもそも、あの子のせいで旅費が足りなくなって、こっちはギルドに稼ぎに来させといて自分はのうのうと迷子なんて、そんな理不尽許さないのよ!!」

「えー、ごほん!」

「なに?!」「なんですか?!」

「ひぇ!」

 依頼掲示板の前で騒ぐ三人に、咳ばらいをした頭のつるっとした冒険者が女性二人に返り討ちに遭い、去っていく。そんな彼を気の毒そうに目だけで鎧の男性は見送った。大きな声を出して気まずくなったのか、神官の少女は軽く深呼吸したする。

「はぁ。ならば、迎えに行きますか?ヨ―イチ様は遺跡に向かうと仰っていましたね」

「遺跡と言ってもこの町は遺跡の町だ。どの遺跡に向かったらいいものか……」

「もういっそほっとくべきよ。あっちは勝手にさせといて、私達は依頼を受けましょ」

 神官の少女がヒートアップする魔法使いの少女に冷静に問いかける。魔法使いの少女も少し落ち着いたのか口調が冷静になり、鎧の男性がこっそり安堵の息をつくのをエレノアとアランはみた。

 その後もなんやかんやと相談していた三人は、結局ギルドを出ていくことにしたようだ。アランとエレノアは顔を見合わせた。

「は、激しい方たちでしたね」

「そうですね。あれが今話題の勇者パーティーメンバーですね。優秀な方たちをそろえていたのはさすがと言うべきですかね」

「そう……なんですか?」

「あの一番怒っていらした方はセイラム・ミュゲさんですね。冒険者ランクSの優秀な魔法使いです。男性はエネルレイア皇国の騎士団団長、ハンネス・リーゲルトさん。あの神官の方は全世界に点在する神殿の中でも総本山である中央神殿で活躍されていたネリエルさんだと思います」

「ほえー、そうなんですね。アランさん、お詳しいですね」

「まあ、ハンネスさんは昔から有名ですし、あとのお二人とはお会いしたことがありますからね。どちらとも一度少しだけお会いしただけなので、僕のことは覚えていないと思いますが」

 アランは内心首を傾げながら、ただひたすら感心しているエレノアを見つめた。

 その時、ギルドの扉がどんと激しく開く。

「ア~ラ~ン~!!!」

「おや、ノラさん。僕に御用ですかぐぇっ!」

「てめぇ、散々探し回っただろうが!おい、ギルドの調査依頼を断るってぇのはどういうことだあぁ?!」

「の、ノラさん!アランさんの首が締まってます!答えたくても答えられないですよ!」

 そういう問題でもないんだけどな、と一瞬遠のく意識でアランは思ったが、エレノアの言葉が効いたのかノラは胸倉を掴んでいた手を離す。

「げほっ。はあ、……ノラさん、というか冒険者ギルドには申し訳ありませんが、僕には優先しないといけない用事があるんです。正直、ここでのんびりしている場合でもないんですよ。僕の心づもりとしても冒険者ギルドの依頼はできる限り優先させようと思ってますが、今抱えている案件はそれより緊急性が高いんです」

 アランとしては一刻も早くこの町から出たいところだ。今持っているドラゴンの卵の親がいつ追いついてくるかもわからないうえに、様々な武具の素材としてや研究対象としても価値のある卵は、いつ誰に狙われるかもわからない。もちろんそれはアランの身の危険もあるということで、町を出る準備は念入りにしなければならないし、その準備の一つとしてギルドを訪れたのだ。

 だが、ノラもノラでアランを大人しく見送れる状況でもなかった。

「今回あたしらが頼んだ依頼も緊急なんだよ!ここ最近、世界規模で奇病が広がっている。人間が魔族になるっていうな。その奇病が流行る前には、魔物が暴走するんだ。もしかしたらこの町も同じ道を辿るかもしれない」

「それは……」

 アランが顔色を変えて言葉をつづけようとしたとき、ギルドの扉が乱暴に開いた。

「ノラ様ぁぁ!!」

「なんだ一体!」

「町に……魔族が現れました!!!」

 ノラは部下の報告に、ついにかと唇を噛んだ。







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