第六十六話 再会
久しぶりのあの人ですー。ちょっと雰囲気変わりましたね。なんででしょうね。
確かに、俺自身がエレノアに忠告した。聖とリリアがこの町に来るらしいと。だけど、まさかこんなにすぐに、しかもこんな場所で鉢合わせするとは思ってなかったな。
俺と聖は、ルインの町を出てしばらく行った先の森の中で、互いに無表情で向き合っていた。
「……」
「……」
互いに無言。
なんでこんなことになったんだっけ、と思い返してみれば、これもめぐり合わせか?と頭を抱えたくなった。
エレノアとアランと別れた後、俺は初心に戻って元の世界に帰るための方法の手がかりをみつけようと動き出した。これまでもその目的が揺らいだことはないが、いろいろ巻き込まれすぎて横道に逸れていたようだということは否めない。だが、その中でもわかったことはもちろんある。
まず、俺を呪う魔導書……というより過去の勇者の残留思念との交流によって得られた、過去の勇者について調べろということ。そして、勇者は遺物という残したものが存在するということ。
次に、過去にいた勇者の一人は自分の世界に帰っていない。この世界の、今では海に沈んでしまった場所で生涯を終えている。……帰れなかっただけかもしれないが。
ここまでで帰れる直接的な手掛かりは手に入ってはいないが、勇者について調べたり、痕跡を辿るくらいしかできないという結論は変わらなかった。俺としてはルインの町を出ても良かったんだが、まずはこの町が勇者に関係しているものがないかと調べることにした。町をうろうろしていると、もはやただの観光みたいになっていたがな。だが、町をまわってみて正解だった。
さて、話は一度脱線するが、旅券機能のついた俺のギルドカードは旅行情報も受信するようになった。ますますスマホに似てきているような気がするんだが。ルインも元から観光地だったということで、その説明もされていた。その中に見逃せない一文があったのだ。
『ルインの町の特徴は、なんといっても未だ解明されていない水道技術である。約1000年もの間町を支える水道が壊れたこともなく、さらにどのような技術によってそれが成されているのか未だに解明されていない。おそらく魔法や魔術によって維持されているのは、魔法術式盤を表示することができることから推察できるが、その術式が未知の言語によって組まれているため解明できないのである。未知の言語はその他に手がかりが一切なく、これらの水道技術並びにこの町を、35代目勇者、イネス・エルランジェが作ったという逸話が残っている』
昔の勇者が作ったかもしれない町。そういうことであれば、調べなくちゃならないと、町の中をうろうろと調べていた。そして、俺はこの町に勇者が関わっているということに半ば確信を持っている。なぜなら、この町の水道に手をかざして、【解析】スキルを発動させると、魔法陣のような模様のホログラムが浮かび上がる。それこそが魔法術式盤と呼ばれるものであるってことは、魔導書で調べたら出てきた。そしてその魔法術式盤の文字が、俺には読めたんだ。
これまで見つけた勇者の遺物。この魔導書とプリムラの鍵と、地図。勇者の残した文字は、同じ勇者なら読むことができると俺は知っている。たとえそれぞれの勇者の出身地が違っていたとしてもだ。
魔法術式盤が読めたということは、これは昔の勇者の文字であるという可能性が高い。魔法陣自体の意味はさっぱりだったけどな。
そんなわけで聖がこの町に向かっていると知っていても、ほいほいと町を出るわけにはいかなくなったんだよな。それに、勇者って目立つイメージだったから避けていられると思っていたし、まさか鉢合わせすることはないだろうとタカをくくっていた。特に、俺がいるのはルインの町の周りに点在する、森の中に埋まった遺跡の近くだ。そんなピンポイントで会うとは思わなかった。テルマの言葉に従ったのが運のつきってやつか。
ルインの町を調べるといってもどこを探したらいいのかわからなかった俺は、とにかく町をうろうろしていたんだが、そんな中でテルマと再会したんだよな。それで俺がうろうろしてた理由を勇者云々の話を抜いて説明すれば、私に任せてーとテルマはルイン含む周辺の地図を用意し、ダウジングをはじめた。その結果、「ユート君の求めるものはここにあるよー」と言われた場所がここだったわけだ。他に手がかりもなかったしここに来たわけだが、確かに勇者の関わりのある場所といったが、勇者本人に会う場所ってのは困る。
そんな回想を終えたところで遭遇してしまったものは仕方ないが、何を言っていいかわからないのは変わらない。最後に会ってからまだ二か月ほどだ。それなのに、聖の雰囲気はだいぶ変わった気がする。どこをどう、とは言えないんだが……。
明確に変わったところといえば、まず服装が違う。俺のような軽装ではなく、きちんと鎧のような防具を身に着けている。
背には長い剣を担ぎ、佇まいもどっしりしている気がする。そして聖の背負う剣には、なぜか目が引き付けられるような気がした。
だが、観察していたのは俺だけではなかったらしい。すっと俺の周囲に視線を走らせて、聖は口を開いた。
「彼女は……いないのか」
「彼女?」
「いや、まだ会ってないならいいんだ」
まだ。その言葉に引っかかる。
「……エレノアのことか?」
そういえばと思いその名を紡げば、聖はほっとしたように笑った。
「あ、やっぱりもう会ってるんだ。……彼女がいたのに、呪われたのか?」
「え、ああ、これか」
そろそろ触り心地すら違和感もなくなりつつある短毛に覆われた耳に触れた。
「……聖、もしかしてめっちゃこの世界に馴染んでる?そんな一目みてこれが呪いだってわかるくらいに」
「……そうだね。魔法とかも勉強してるんだよ」
「それとも、お前もしかしていろいろ知ってるのか?」
「……」
俺の問いに、聖は目を見開いた。
「知ってるって、なにを?」
「いろいろだよ。例えば、お前が勇者じゃないとか、俺が勇者であるとか」
「なんでそう思う?」
聖は、底の知れない表情で笑みを浮かべていた。地球で平和に高校に通っていた同級生とは思えない。
「エレノアは、勇者は他にいると言われて、勇者を探すために城を出たと言ってた。それを言ったのは、お前だともな」
「なるほど。でも今の言葉は正確じゃないな。彼女がどういったかはわからないけど、俺は君の勇者は俺じゃない、他にいるって言ったんだ」
「それ、どういう意味だ?」
「俺が勇者であるってのも、間違いではないってことさ」
「……は?」
さらに質問をしようとしたとき、突然木がなぎ倒れてきた。
「うえ?!」
あわてて避けると、木をなぎ倒したのはトラの顔と鳥の翼、蛇の尾を持つ魔物だった。その魔物は俺にとびかかってくるが、すらりと剣を抜いた聖が魔物を弾き飛ばす。
「なんでこんなところにキメラが?」
その様子だけで、聖が戦い慣れているということをひしひしと感じた。