第六十二話 そもそもの話
「さてと、とりあえず落ち着ける場所に行きたいですね」
冒険者ギルドを出ると、アランがぐったりする俺の様子をみて言った。
「そうですね、体が冷え切ってます。温かい場所がいいですね」
「あ、なら私がいい場所知ってるよー」
俺のもう片側を支えるエレノアがきょろきょろと周囲を見まわした時に、聞き覚えのある声がかけられた。
「あれ、テルマ?」
「うん、なんか怒涛の展開過ぎて置いてけぼりになってたテルマさんですよー」
テルマは片手を敬礼のようにやって、苦笑を浮かべていた。
「彼女が僕に声をかけてくれて、ユートのことを教えてくれたんですよ」
「そうそうー。君がギルドに連れてかれたあと、ギルドの前でうろうろしている人を見かけてー、その人が君のお連れさんの特徴と似てるなぁと思って声をかけたんだー」
「あー、そっか。結果的にそれで俺は助かったのか……」
「それよりも、早く落ち着けるところに行きましょう」
エレノアが心配するように眉を下げて促した。
「そうだね。テルマさん、そのいい場所に案内してもらえますか?」
「うん、こっちに来て」
テルマは慣れた足取りで進み始めた。
テルマについて案内されたのは、遺跡の風情を残した食堂だった。石造りの壁に水聖殿でみた壁画のような、なにかの一場面の描かれたタペストリーが飾られている。火の入らない暖炉があり、人はまばらだ。
なんとなく食堂の一番奥の目立たない場所に座る。
やっと落ち着けるところにたどり着けて、ほっと息をついた。
「ユート、まずはこれを飲んで。体内の傷を治そう」
「これって、もしかして魔法薬……か?」
「そう。たぶん体力もかなり消耗してると思うから、魔法水より魔法薬のほうがいい」
「でもこれ確か高いんじゃなかったか?」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。君にはたくさん助けられたからね」
やわらかい笑顔のアランの言葉に俺は甘えることにする。
ピンク色の液体の入ったビンを渡され、俺はそれを一気に流し込んだ。ピンクの色をしているくせに、無味無臭で逆にびっくりする。
「うー、無味無臭ー」
「あはは。まあ、苦いよりはいいんじゃないかな」
「確かに」
さっそく効果があったのか、体がぽかぽかと温まり体の節々の痛みや傷のジクジクした痛みはなくなったが、ほっとして気が抜けたのか一気に体がだる重くなった。
「さてと、それじゃあなにか注文しようか。話は注文が済んでからにしよう。テルマさん……だったかな?なにかおすすめとかある?」
「ここはバルスカがおいしいんだよー。あと、ユート君はあったかいもの飲まないとねー。メモアとかいいんじゃないかなー」
テルマがテーブルに置かれたメニュー表を指しながら言ってくれるが、そのメニュー表にはどんな料理なのかは全く書かれていない。
「ごめん、どっちもどんな料理かさっぱりわからないんだけど」
「え、そうなんだー。どっちもよくある家庭料理なんだよー。一回食べてみてー」
「へえ、そうなのか」
「エレノアさん……とアランさんはどうする?」
「あ、僕もバルスカにします。飲み物はスルカにしようかな」
「私はユートさんと同じもので」
「りょーかいしましたぁ」
テルマが店員を呼び、ささっと全員分の注文をしてくれた。
「さて、あとは待つだけなんだけど……」
テルマが伺うように俺達を見る。
「そうだね。どこから話そうか……」
「あ、ではまずは私から話します」
エレノアは地下水脈の出口がなんと井戸の底だったらしい。呼びかけても誰も答えず、周りには人がいなかったようなので困ったが、井戸の幅はなんとか足と手を突っ張れる大きさだったので、よじ登って脱出したのだという。この話には俺達全員びっくりした。狭くて暗い場所は精神をやられるし、濡れた井戸の壁では滑るだろう。それを濡れて重たくなった服と金属でできた鎧を着たまま登るなんて、信じられない。
ふと、エレノアの手を見れば爪が激しく欠け、ボロボロになっていた。かさぶたもできている。俺がそれを指摘すると、エレノアはごめんなさい、みっともなくて、と言って笑った。いやいやそういう話じゃねーだろ。俺はアランに視線を向けると心得たと頷いて魔法水を出してくれた。目に見える傷は治ったが、地下水脈を通るということがどれだけ危険なのかと再認識した。壁からとはいえ安全な場所に出られた俺は幸運だったんだろう。
アランのほうはルインの町の外の近くの川に出たようだ。フィールドワークのために世界中を旅しているだけあって、そこの最寄りの町がルインだということに気づき、俺達がいるかもしれないとルインに入り、そこでテルマが言っていたように暗黙の了解としてまずは冒険者ギルドに行ってみようと行ったところでテルマと出会い、俺の話を聞いてギルドに乗り込んでくれたのだという。
「そういえばあのノラって人が、ルインの町に入るには許可がいるって言ってたが、アランは入れたんだな?」
「ああ、そうだよ。ルインは学術的にも経済的にも重要な場所だからね。入るには許可証がいるんだ。僕のはこれ」
そう言ってアランが出したのは、細かい金の字が彫り込まれた、透明のガラス板に金の縁取りがされた皮ひもの首飾りだった。
「え、透明?」
「うん。僕のは透明」
アランの許可証を見て、テルマが首を傾げる。テルマの疑問の意味がわかっているのか、アランは頷いて許可証を懐にしまった。
「僕の許可証は特別なんだ。世界でも8人しか持ってないんだよ」
「世界で8人?!」
よくわかってない俺がきいても、なんかすごそうだとわかる」
「許可証は基本的に滞在期間と許可の範囲によって色が違うんだ。観光客は最大滞在期間二週間の黄色のガラス。立ち入りが許されるのはもちろん観光が認められている場所のみ。研究者は基本的に緑色のガラスで、縁取りが金、銀、銅の三種類。金が一番長い期間滞在できて、最大一年間滞在を許される。銀は半年、銅は三か月。探索範囲は人によって違うけど、大抵金は広い範囲の探索を許可されてるね。それぞれ銀、銅に下がるほど探索範囲は狭まる。冒険者は青のガラスで探索範囲と滞在時間は研究者と同じ。ルインに住んでる地元の人は許可証はないけど観光客と同じ範囲しか行けない」
「……ちなみに、アランの持ってるそれは?」
「僕の持っている、透明に金の縁取りは滞在期間無制限、探索範囲も無制限なんだ」
「「「えええええ」」」
アランは変わらずニコニコしているが、そんな落ち着いた態度のできる話じゃないんじゃないか?
「それ、だいぶんすごいやつだよな。俺の語彙力がなさ過ぎてちょっと泣きそうだけど」
「そうだね。ほんとに時々所有者が変わるから全員は把握してないんだけど、8人のうち5人はエリアマスターとギルドマスターだね。だからさっき会ったノラさんも持っているはずだよ」
「うわぁ」
「……エリアマスター?」
テルマの反応をみると、たぶんそれはすっごい権限だなぁと思っている反応なんだろうけど、俺は聞きなれない単語に首を傾げる。エレノアをみると、彼女もにっこり笑って首を傾げた。
「エリアマスターっていうのは、各地にある冒険者ギルドの支部をまとめている人だよ。……ユートは、ギルド証を持ってたね。そのあたり説明されなかった?」
「うーん、説明されたかもしれないが、がーっと言われただけで終わったしなぁ。ギルド証は取るだけ取ってほぼ使わずに来たから」
「なるほど」
「そもそも、冒険者ギルドって……なんだ?」
「……」