第六十話 言いたいことはわかる。だって理不尽だから
俺の目の前には戦場があった。たくさんの冒険者らしき者達が、奥にある森から溢れてくる魔物と戦っている。たくさん並び立つ広葉樹の隙間から鳥らしきもの、巨大な虫らしきもの、前にみたワイルドボアみたいなものが全て血走った目で、津波のように押し寄せて来ていたからだ。それを何人もの冒険者達が手に武器を持ってこれ以上進まないよう魔物を防いでいる。ところどころ上がる炎や水や風や氷は魔法なんだろうか。焦げた臭いと飛び散る血で地面が汚れていく様は、初めて見る大規模な戦闘だ。その中に、ノラがいた。後ろを振り返れば門があり、もしやここはルインの入口なんじゃなかろうか。
「ノラさーーーん!!!」
聞き覚えのある声に俺はびっくりした。なんで、エレノアがここにいる?
「ユートさんを、牢から出してください!!」
「あーもううるせーな!今それどころじゃねーんだよ!」
「納得してくださるまで、私は諦めませんよ!!」
次々と溢れてくる魔物を斬っては投げ、斬っては捨てをしているノラの近くで、エレノアも剣を振って奮戦していた。というか、戦いながら食い下がっている。
「ここが落ち着けばお話は聞いてくださるんですよね!!約束してください!」
「はあ?できるもんなんらやってみろ。ここの事態をお前が収めたら話を聞いてやる!」
「その言葉忘れないでくださいよ!」
どうやら俺のためにノラを追いかけていたらしい。だが、収めるったってここには数十人の冒険者が居ても目一杯にみえる戦場だ。俺の場所はちょうど戦線の手前で事態の把握ができるような小さな安全地帯だが、それもいつまでもつかわからない。そもそもなんでこの魔物達は湯水のように溢れてきて止まらないんだ。このままじゃじり貧になるのは目に見えている。
なにかないのか、今俺にできることは?
なんでこんな場所にいきなり移動してしまったとか、そういうことは一旦頭の片隅に置いておいて、自分にできることを探す。
俺の持つ数少ない知識で、魔物の異常に関して考えられる原因は魔力だ。なら、魔力に関する異常を見つけたらいいってことだろうか。あー、でも俺にそんなの見つけられるのか?アランみたいな頭いいやつならともかくさ!
『優人君、君は既に持ってる技能があるでしょ』
急に出てきたウィンドウ画面に浮かぶアドバイス。
俺が今持ってるのは、〈直感〉〈逃げ足〉〈索敵〉〈鍛冶〉〈魔力吸収〉〈解析〉。
この中で使えそうなのは……そうか、索敵か!
結局これは敵を探るのに今まで使って来たが、なにも探るのは敵に限らなくったっていいはずだ。
俺は目を閉じ集中する。魔力を伸ばして伸ばして、魔物の溢れる森の奥に意識を伸ばすよう、イメージする。
木々の森を抜け、川や丘も越えたところ。これはどこだ。地面の下か。なにかそこに、大きな物が埋まっている?
魔物が此方に向かいだしている最初の地点はそこだ。そこから魔物が何らかの意思を持つように町に向かって走り出しているようだ。そして魔力を伸ばせば伸ばすほど、なにかはわからないが同じ大きなものが、今俺が立っている遥か地下からも感じる。
そこからなにか、漏れだしている……?
さらに深く探ろうと意識を沈めていたその時、エレノアの叫びに目を開けた。
「ユートさん!横!」
はっと右を見れば横からも魔物の津波が近づいてきていた。しまった!集中しすぎて近くの敵に意識を向けられていなかった。
その直後からは周りがスローモーションにみえた。
「やばっ!」
成すすべもなく魔物の波に飲み込まれるかと思った瞬間、時間が止まった。よく物語である走馬灯とかそういうことではない。文字通り、周りのものすべてが止まった。魔物も冒険者もぴたりと。その代わり、俺の周りを小さな光がふよふよとたくさん飛んでいた。
「わーい、アルディリアだ!アルディリア、アルディリア」
「アルディリア、アルディリア。ひさしぶりー」
「ふふふ。あの方も喜ぶ」
さっき牢屋でみた小さなそのふよふよした光の粒から声が聞こえた。アルディリアってなんだ。もしかして、俺に話しかけているのか?
俺の名前が呼ばれているわけではないのに、それら光の注意は俺に注がれていることがわかる。
「でも、なんでここにいるの?」
「他の精霊たちが、シルフ様のとこに連れていこうとしてたのに」
「だれか邪魔した?」
「だれか邪魔した」
「ひっぱってここに落としたんだって」
「だれだろう、だれだろう」
「でも仕方ない。いまはもう連れていけない」
「なにかが引っぱってて、わたしたちじゃ連れていけない」
「アルディリア、困ってる?」
「戸惑ってる気持ちが伝わってくるよ」
「変、変。アルディリアが動揺することって、ほとんどないのにね」
「うん、だからこそシルフ様のお気に入り」
「あ、もしかしてあの魔物達が戸惑わせてるの?」
「それならなんとかしてあげようか」
「アルディリアはどうしてほしい?」
「どうしてほしい?」
「助けてあげるよ」
「助けてあげる」
「その代わり、私達に会いに来てね」
「会いに来てね」
「ずーっと待ってるからね」
「まっているよ」
様々なささやきのような声が次々に紡がれて、ぐわんぐわんと反響している。俺が何も言えないままぽかんとしていると、その光達は勝手に納得したのかぱっとこの町全体に散らばった。
そして時間が動き出す。
だが、魔物達は押し寄せて来なかった。
「は?」
俺の間近に迫っていた魔物は足を止め、あの濁った赤い目に理性が戻る。
突如落ち着いた魔物達は何事もなかったかのように、徐々に森に戻り始めた。
「なんだ?」
俺の戸惑いは少し離れた場所にいた冒険者達達も同様で、ぽかんとした表情でその魔物達を見送る。
「今のは、なんだったんだ?」
動く気力もなくして尻餅をついた俺の傍で、ザクっと土を踏む音がする。
「さてね。それはあとでじっくり説明してもらおうか」
「げっ」
「なーんーで、てめーがここにいんだよ」
いつ間にやら近づいていたノラに、再び首根っこを掴まれてしまったのだった。