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番外編 良いお年を そして今年もよろしくね

活動報告にてお知らせがございます。よろしければご覧ください。

「うー、さーむーいー!!!」

「うー、にゃー」

 石壁に囲まれた家の、いちばん温かい場所である暖炉の前にいてもまだ感じる寒さに俺は身もだえしていた。

時は地球でいうところの12月。異世界の暦でいうとサン・マーテルの月というらしい。日本における旧暦で師走という名が示す通り、みんな気忙しく忙しくなる時期だが、それは異世界では少し違うらしい。

 相変わらず地球に帰る方法を探して旅をしていた俺だが、冬が来て雪が降る時期になると旅を続けるのが難しくなった。というのも雪が降ると移動するのが困難になり、危険だからだ。この世界の旅人達も冬は最寄りの村や町で過ごし、雪解けを待つらしい。そんなことも露知らず旅を冬の直前まで続けていた俺は、雪が洒落にならないくらい降ってからはたと周りの状況に気が付いた。

 この世界の人々は秋が最も忙しい。家の中に引きこもるのが増える冬に向けての備えを始めるからだ。魔法があるといっても魔力で動く冷蔵庫なんかは一定の富裕層しか持っていない。食料自体も生産は減る。だから秋の間にせっせと保存食作りに精を出し、冬の寒さを乗り切るための燃料である薪をこれでもかと準備し、家に引きこもっている間に、春になったら売りに行くための商品を作る内職の用意をし、といったように備えをするのだ。

 一つ所に留まらない旅人達も例にもれず、冬の間の逗留先を見つけ冬に備える。ほとんどは地方の村や町などよりも食料の流通が滞りにくい都や大きな街に逗留先を探すようだ。だが、俺はそんな準備をなにもしていなかった。図らずもアリとキリギリスのキリギリス状態になってしまったわけだ。

 雪が降り始めたとき、俺は都や大きな街とは言えない、中規模の村にいた。そこから慌てて逗留先を探したが、そんなに差し迫った状態でいい住処がみつかるはずもなく、村のはずれの山に近い場所にある、家主が亡くなってから数年放置されていた家を紹介された。ぼけーっとしていた俺が悪いことは確かだし、雨や雪がしのげるだけでありがたいが、残念ながら冷気と風は防げていない。手入れをされていなかった家はボロボロで、隙間風が絶え間なく吹いていた。これでも必死で隙間をふさいだんだけどな。

「月夜、やきとり、お前らあったかいな」

「こけー」

 これだけ寒いと外に出る気も動く気にもなれず、しかし動かないから余計に寒いという悪循環。少しでも暖を求めて月夜とやきとりを抱えて震えていた。その時、バタンと背後で扉の開いた音とともに身に当たる風が強くなる。

 寒がる俺に配慮してか扉はすぐ閉められた。

「ただいま戻りました」

「ああ、おかえりエレノア」

「はい。いくつかのお家から薪を分けてもらえました。これでしばらくは大丈夫そうですね」

「そっか、よかった。任せて悪いな」

 振り返ると、もこもことしたコートから雪を払うエレノアがにっこりと笑った。情けない話、暖を取るための薪を用意していなかった俺達は冬を越えるための薪を村の人々から分けてもらうしかなく、かといって相変わらず呪いのせいで獣人の姿の俺が行っても芳しい反応が得られず、というわけで村を回り食料や薪を分けてもらう役割はエレノアに任せっぱなしになっていた。

 どこの家も備えを渡すのは心理的に抵抗があるはずだ。それも俺らのような迂闊なよそ者に対してならなおさらだろう。そんな中頭を下げて集めて回るのは精神的にも身体的にもきつい。それを任せきりにしていることに対して、俺の胸には罪悪感が降り積もっていた。

「一応あるものでスープを作った。食べるか!」

「はい!おいしそうなにおいがしていたので、楽しみにしてました!」

 エレノアがコートを脱いでいる間に食卓の用意をする。食卓といっても机はこの家にもともと置いてあったもので、ずっと放置されていたためか全体的に端々が痛んでいた。この家を紹介してくれた村人に、過ごしやすいように改造してもいいと許可はもらっているので痛んだ部分を切り落とすとちょうどちゃぶ台のような高さになってしまった。

 石床に毛布を絨毯代わりに敷いて、その上に座って食べる。

「はあ、あったかいです」

「そいつはよかった」

 月夜とやきとりもゆっくりとスープに口をつける。

「そういえば、もうすぐ新年なんだよな」

「そうですね」

「俺の故郷では年越しに蕎麦っていう麺類を食べて、年が明けるとお祝いするんだが、こっちはどんなことするんだ?」

「……そうですねぇ」

 なんだろうか、エレノアの眉が困ったように寄る。

「あ、年末から年明けにかけて、聖火分けの儀式をしますね」

「聖火分け?」

「毎年サンク・マーテルの月の25日、聖女がエレンティーネ教会に訪れ、教会に収められている聖火を聖女手ずから教会に訪れた人達に分け与えるんです。この時ばかりは全ての人分け隔てなく。聖火を受け取って人々は家に帰り、暖炉にその聖火をくべて、新年を迎えます。人々は聖女からの恩恵である聖火を年が明けるまで絶やさぬよう過ごすみたいですね」

「へえ、不思議な儀式だな」

 期間でいうとクリスマスと正月が一緒になったような儀式みたいだな。

「そうですね。名目上は三代目聖女のエレンティーネが灯した聖火を寒さに耐える人々に分け与えるっていう儀式ですが、本当はそれに伴って薪を人々に配るのが目的ですね。聖火を絶やさぬためにと薪も一緒に渡されるんです。どうしても冬は暖房の燃料が不足しがちですから」

「なるほどな。いい儀式だ」

「そうですね」

「……」

 なんとなく今の言い方に違和感があって、俺はエレノアの顔をうかがう。相変わらず笑みを浮かべながらスプーンでスープをすくっているが……。

「あとは、元旦の朝は家族と少し豪華な食事をするとか、あるらしいです」

「あー、それは俺のとこと同じなんだな」

「そうなんですか」

「そうそう、お節料理って言ってな。四角い一段から三段の弁当箱にそれぞれ意味を込めた料理を詰めて、家族で食べるんだよ。あとはお雑煮っていう汁物も食べるな」

「へえ、なんだか楽しそうですね!」

「楽しい……のかよくはわからんがな。まあ確かに普段会わない親戚とかと会ったりもするし楽しいのか?……いや、わずらわしいこともあるか」

「……そうでしょうね。私の親類縁者も元旦は集まって宴会をしていたようですし」

「……」

 俺の視線に気づいたのか、エレノアが苦笑した。

「ごめんなさい、聖火分けの儀も、皇族方との宴会もリリアに任せきりで、私はほとんど参加したことがないんです。なので知識で知っていることとか雰囲気しかお伝えできないんですけど……」

「――――……」

 エレノアは任せきりと言ったが、それはリリアが出しゃばったからじゃないのか……。とかいろんな想像が過ったが、まあそれは俺の想像にしか過ぎない。そこは置いといて、だ。

「そうか。じゃあ、お前はどう過ごしてたんだ?」

「侍女達も里帰りさせていましたし、ほとんど一人で過ごしてましたね。城の窓から町が見えるんですが、普段は夜になると明かりが落ちるんですけど、聖火分けの儀がある間は聖火を絶やさないためにずっと人々のお家に明かりがついていて綺麗なんですよ」

「ふーん」

 当時を振り返っているのか、寂し気なエレノアの表情。これまでもこの時期はそんな顔で過ごしてきたのか?

「ごちそうさまでした」

 エレノアが手を合わせてにっこり笑う。もうそこには寂し気な雰囲気など欠片もない。そういえば食べ終わったときに手を合わせるのは、俺がやるのをみて自然とエレノアもするようになったな。

「お粗末さまでした」

 うーん。なにか、やってみるか。

 エレノアが再び村に出かけている中、俺は一人今の手元にある荷物を広げ、そしてこれまでの旅の中でずっとくっついてきていた魔導書のページをめくっていた。この魔導書は俺の知りたいことの書かれたページを開いてくれるが、今の俺の知りたいことは明確にこれ、とあるわけではないので、最初のページからめくり続ける。国語辞典も知りたい単語を引いて意味を知ることはできても、こういう意味の単語を探す、となると難しくなるのと同じだ。

『さっきからなにやってるの、優人君』

「今手に入るものでお節料理を再現できないかと思ってな」

『ああ、お節料理ね。……ってお節料理?!あの田作りとかカズノコとか紅白かまぼことかがお重に詰まってるお節料理?!』

「そのお節料理だ……てか、なんで相変わらず地球の文化に詳しいんだよ」

『それは言わないお約束ってやつだよ』

「うぜぇ……」

「うにゃー?」

 突如現れたウィンドウにそのまま返してしまった。ヤバいヤバい。このウィンドウは俺以外にみえないんだった。突然一人で会話しだす変な奴になるところだった。

 さて、どこまで再現できるかな。

「行くぞ、月夜、やきとり」

「にゃー!」

「こけー!」

 扉を開けると、雪と共に風が吹きつけてくる。

「うー、さっむー!!」

 靴を雪用の長靴に変えていてよかった。こんな雪が降り積もってる中をローファーでは歩けない。

 俺が再現したいのは毎年美都子さんが作ってくれたお節料理だ。海老、数の子、栗きんとん、黒豆、紅白かまぼこ、紅白なます、昆布巻き、田作り、伊達巻、錦玉子、レンコンだ。お節料理とは違うが、鯛そうめんという料理もお節料理の隣に並んでいた。さすがにあれは鯛がなければどうしようもないので、今回はどうにもならなさそうだが……。

 ここは海から遠く離れた、どちらかというと山寄りの場所だ。ここからどう材料を集めるか……。

 俺は凍った湖、凍らず流れる小川、とある木の皮と根っこ、雪の下などを探した。



 エレノアは白い息を吐き出した。手には布に包まれたパイが抱えられている。

 必要に迫られて初めて訪れた村に春までの間の滞在を頼むことになった。極端に排他的ではなかったが、小さなコミュニティーの中の繋がりが強い村によそ者が住み着くというのはあまり歓迎されない。何の準備もしていなかった優人達に最低限でも居場所を与えてくれた村人達への感謝もあり、エレノアは薪や食料を分けてもらいながら、できるだけ多くの村人と話したり手伝いをするようにしていた。その甲斐もあってか年明けを待つ今晩は、これを食べて、とパイを村人から渡されたのだ。

 パイの中にはコインが入っていて、食べたパイの中にコインが入っている人は新しい年幸運に恵まれるという。

 そんな伝統があるなんて初めて知った。

 聖火分けの儀も幼い頃に行ったきりだが、人々の家の暖炉にちゃんと聖火があるのをみて安堵する。聖火は全世界の小さな教会まで分けられている。だからこそエレンティーネ教会に来られない人々にもいきわたる。どうやらリリアはちゃんと今年も役目を果たしたらしい。

「ただいま戻りましたー。村の皆さんがお祝いだからっていろいろ料理を分けてくださいました!」

 扉を開けると、いつもなら温かい空気が流れてくるのに冷たいままだった。何事かとみると、毛布を被って震えているなにかがいる。

「え、ユートさん?!なんで暖炉に火をつけてないんですか!」

「あ、帰ってきたか。よ、よかった……。エレノア、暖炉に火をつけてくれるか?」

「はい!」

 エレノアは慌てて暖炉に火をつける。しばらくして燃え上がる火にあたり、二人はほっと息をついた。

「なんで火をつけなかったんですか?ユートさんならつけられましたよね?もしかして体調が悪いとか……」

「いや、体調は大丈夫。それにほら、お前がつけたんだから、うちの暖炉は正真正銘聖火が灯った暖炉だ。こっちの年末の過ごし方に則ろうと思ってな」

「え……」

 エレノアは目を見開く。

「それで、料理をもらってきたんだって?助かった。さすがに年越しそばの再現まではできなかったからな」

「……」

「こーけー……」

「にゃ……にゃー……」

「二人とも付き合わせて悪かったな」

 暖炉の前にかじりつく月夜とやきとりを優人は撫でた。

「ユートさん……」

「よし、火もついたし湯を沸かすぞー」

雪を取りにヤカンを片手に外に出る優人を見送り、エレノアははたと机の上に置かれた大きな葉に包まれた物に気づく。

「あ、それな。さっきお前に話した、俺の故郷の祝いの料理だ。できるだけ再現してみた」

 部屋に戻った優人がヤカンを暖炉にかけて、葉を解く。

「俺の故郷のお節料理だ。それぞれ意味があってな」

「はい」

 エレノアは優人の説明がよく聞こえるように優人に身を寄せる。

「本当は海老、数の子、栗きんとん、黒豆、紅白かまぼこ、紅白なます、昆布巻き、田作り、伊達巻、錦玉子、レンコンってのを俺の義母ははは作ってくれてたんだがな、さすがに全部は無理だった。海老は腰が曲がってるだろ。だから腰が曲がるまで長生きするようにという長寿の願いが込められてるんだ。普通は海とかにいるでかい海老を使うんだがここでは手に入らないから小さい川海老を捕まえてかき揚げにしてみた。そんで紅白なますは大根も人参もなかったから、山で掘り返した芋を千切りにして、木の皮を剥いで湯で煮ると赤い色が出るから、千切りを半分一緒に茹でて染めた。あとは酢で和えて……まあマリネだな。かまぼこは川で釣った魚をすり身にして、さっきの木の皮で染めてな。あとは塩を入れて練って蒸した。俺の故郷は赤と白がおめでたい色とされてたからな。そんで昆布巻はよろこんぶって、まあダジャレなんだけどさ。田作りはほんとはイワシで作るんだが手に入らないから、川魚で代用してな……」

「いろんな意味が込められてるんですね」

「そう、これを食べた人が、いい年になりますようにって願いが込められてる。だからさ……」

「はい」

 優人がエレノアをまっすぐに見つめる。

「いつまで続くかわからないけど、来年もよろしくな」

「……はい!」


 自分を気遣ってくれたことが、その温かい心遣いゆえの行動がうれしい。

 翌日食べたお節料理は冷めていたが、エレノアは終始温かい笑みを浮かべていた。



久しぶりの投稿、申し訳ないです。ぎりぎりですが、皆様良いお年を。

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