第六話 バイトしようぜ!
俺は早速今日から仕事をすることになった。精算台の前に座り、客が来るのを待つ。だが今は昼食の少し前ぐらいの時間だから、客は少ないらしい。一番混むのは早朝と夕方だとおっさんから聞いていたからな。
「……暇」
『暇はいいことじゃない』
まあ、そうなんだけどな。
『ゆ~うしゃ~のぼうけ~ん~。たのしいこと~はいまだこーずー。ふこうなこと~はきっとくるーきっとくるー』
なんだその気の抜ける……というか不吉な歌は。
『ん?暇だっていうから、歌でも歌ってあげようかと』
ウィンドウ画面で歌うたったところでなんも楽しくねぇよ!なにせ音もなけりゃ声もない。
「はぁ……」
と俺がため息をついたとき、店のガラス戸が開いた。
入ってきたのは一人の女の子。8歳くらいか?街の人と同じような服を着ていたが、少し布地が多い服だ。その子は置いてあるパンをゆっくり見回りながら一周回ると、一つだけもって俺の前に立った。
「これください」
「6シギンです」
女の子は首から下げていた袋から6シギンだして、台においた。安いのを買ったな。このパン屋はだいたい60シギンが平均のパンを売っている。俺は渡されたパンを紙袋にいれて渡す。
「ありがとうございましたー」
そして、女の子がガラス戸を開けて外に一歩踏み出した。よし、でたな。
俺はさっと近づくとそいつの首根っこを掴んだ。
「万引きは犯罪です、お客様」
「え、なにを…」
女の子は慌てたように俺をみあげる。俺はその女の子の必要以上に膨らんだ服の下から、隠されていたパンを4つ取り出した。
「おい、奥で話を聞こうか」
女の子は悔しげに唇をかむ。そして俺はガラス戸をしめて、おっさんのところに女の子を連れて行く、とみせかけて、再びガラス戸を開いた。
もしかして、とふと思ったんだ。
「う、わ!」
すると案の定店の前ではボロを着た少年3人いた。中を窺おうとしていたそいつらは驚いた顔で俺をみている。
『おや』
「俺が店の奥に引っ込んだ隙に盗むつもりだったんだろ。仲間をおとりに使うとか、その頭もっと他に使えよな」
「みんな逃げろ!」
今までおとなしく俺に首根っこを掴まれていた女の子がそう叫んで暴れ出す。そのあと少年たちは一目散に逃げた。
『追わなくていいの?』
俺の腕は二本しかないんだよ。しかも片方は既にふさがってる。
『そう。でもよくわかったね。女の子が万引きしてるって』
コンビニのバイトでいつも目を光らせてたからな。この程度なら問題ない。
『女の子を囮にして仲間がいたってのは?』
あー、それは勘。
『スキル《索敵》を習得しました。スキル《直感》のレベルがあがりました』
《隠しステータス》
緒方優人 オガタユウト
HP 26/29
MP 5970/8900
TA 82/150
LV 5
EXP 40
NEXT 15
金 0
途中略
【称号】 異世界の旅人・〔本当の〕勇者・捨てられた勇者・神に加護されし者・乞食になった勇者
【スキル】
直感 LV3 逃げ足 LV1 索敵 LV1
【職業】
《勇者》
「……」
もうなにもつっこむまい。
スキルは使えば使うほどレベルがあがるみたいだな。
俺は未だにぎゃーぎゃー叫びながら暴れる女の子を連れて、おっさんの前に突き出した。
「万引き犯を捕まえました」
おっさんは刀を打っていた手を止めて振り返ると、なんでもないことのようにいった。
「お?なんだまたお前パン盗みにきたのか」
「また?」
俺どころか女の子までその言葉にきょとんとしている。
「俺が店の奥に引っ込んでるのが悪いんだがよ、毎回パンが減ってるなーとは思ってたんだ。そんで一回こっそり見張ってたら、こいつらパンを引っ掴んで出ていくのをみたわけさ」
「なんだ、バレてたのか」
ちっと舌打ちする女の子は、暴れるのをやめた。首根っこを掴まれてぶらーとぶら下がりながら今はおとなしくしている。
「それで、放っておいたんですか」
するとおっさんは気まずそうに頬をかきながら立ち上がる。
「まあ、こいつらも生きるのに必死だからなー。俺はそこそこ稼いでるから余裕はあるし、なにより……」
「……」
「こいつらがうまそうに俺のパン食ってるとこみかけたことがあってよ。ちょっとそれが嬉しかったんだ。まあ、放置するのは店にとってもこいつらにとってもいいことじゃないことはわかってたんだけどな……」
ふーん。このおっさんも甘いな。
見下ろすと、女の子は睨みつけるようにおっさんをみていた。憐みはいらない!って顔だな。
「……で、どうするんですか?」
「うーん、捕まえちまったからなー…」
……もしかして俺、まずいことをしたか?
『捕まえちゃったら、城に引き渡さなきゃいけないもんね。それをしないために、今まで見逃してたんだろうし』
そんなことを思っていると、下からぐるるる、と音がなった。
「腹減ったのか?」
女の子が顔を赤くしていた。
「はっはっはっは!そうだな。どんなときでも腹はすくわな」
おっさんは愉快そうに笑い、女の子の頭を撫でた。
「よし、お前も昼飯くってけ」
「…え?」
「ちょうど昼飯の時間だろ。なぁ、ユート」
「そうですね」
「俺が腕によりをかけて今日は昼食を作ってやる。だからもう、店の物盗むんじゃないぞ」
「…」
それは見逃すという意味を含んでることは明白だ。俺は女の子を地におろした。
常習犯はこんなことで盗みをやめたりしない。たぶんそれはこのおっさんもわかってるだろう。俺よりも長生きしてるんだしな。
なにか考えがあるのかもしれないし、ただ単に甘いだけなのかもしれない。だがまあ、それが店長の判断なら、俺は口を噤む。解雇されたくはない。
おっさんはうきうきした足取りで厨房のほうにむかった。俺は女の子の背をおして、椅子に座らせる。事前に聞いていた場所から食器を取り出し机において、隣に座る。
女の子は戸惑うような表情を浮かべていた。
「靴」
俺は一言だけそういった。女の子は訝しげな顔で俺をみる。だが俺はそれ以上なにもいわなかった。
あの子供たちは、俺が酷い目に遭った浮浪児たちの一部だろう。あの少年たちはボロを着てたからな。この女の子はこの世界では普通の服を着てる。たぶん怪しまれないように用意した服だったんだろう。
だけど靴だけはボロのままだった。それをみて、俺は彼女を疑ったわけだ。
『優人君も優しいよね。いくら乞食の一件で彼らの生活を垣間見たからって、君のほうが大変なんだから、情をかける必要ないのに』
そんなんじゃない。俺はこの世界に来たばかりで、この世界ではなにが善でなにが悪なのかわからない。だからただ、結論が出せなかっただけだ。
郷に入っては郷に従えっていうだろ。それに、見逃すだけなのは優しさじゃない。
『……。そう……だね』
なんとなく、神が困った顔をしているような気がした。
「ほいおまちどうさん」
俺は神の様子が気になったが、おっさんが持ってきたできあがった料理をみて、そんなことは吹き飛んだ。
「クロワさん特製、チーズスープだ!たんと食べてくれ」
これは特製じゃなくて毒性だろ!
目の前に出されたスープ皿には、既に盛りつけられたあとなのに沸騰しているようにポコポコと泡が浮かび、色はなんともいえない黒緑。ときどきこのスープに浮かぶ波紋が、ムンクの『叫び』のようなあの顔の形にみえるのは俺の錯覚か?
強烈な臭いの中には、なんとなくチーズっぽい匂いがしないでもないが、その他の臭いの原因はなんなのか。もしやこれがこの世界の料理の標準なのか。
ふと横の女の子の様子をみてみると、ヤバい、泣きそうな顔してる。
やっぱりこれ標準じゃないんだな!
『キャー!』
神が悲鳴を上げるって相当だぞ。この神の場合はそうでもないかもしれないけど。
もしかしたら、おっさんは女の子を許していなかったんじゃないのか?!むしろここで殺る気で…。じゃあなんで俺はそれに巻き込まれてるんだ!
「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしないから!もうしないから殺さないで……」
女の子ががたがた震えながら呟いている。身を引こうとした動きをみて、俺はがしっと彼女の腕をつかんだ。1人だけ逃げるなんて許さない。
「ん?なにいってるんだよ。普通にうまいぞ?」
だったらあんたが先に食えよ!
だがおっさんは俺らが口をつけない限り、自分は食べる気はないようだ。
このとき俺はなんで逃げ出さなかったんだろうと、のちのちにまで思う。だがなぜか、ここから逃げ出しちゃいけねぇような……いや、逃げ出せないようなプレッシャーを感じていたんだ。それが誰からのプレッシャーなのかは言わずもがな。
意を決して、俺はスプーンを手に取り、すくった。
『ダメだよ優人君!死んじゃうよ!』
おっさんは期待の籠った眼差しで俺をみつめる。俺は、それを一口飲み込んだ。
もちろん俺はぶっ倒れた。
『ゆうとくーん!!』
「え、おいユート!大丈夫か?!」
おっさんが慌てる姿がみえる。
大丈夫なわけあるか!
俺はそのまま気絶した。
《隠しステータス》
緒方優人 オガタユウト
HP 1/29
MP 8000/8900
TA 3/150
LV 5
EXP 40
NEXT 15
金 0
途中略
【剣技】 《纏》
【魔法】 覚えていません。
【魔法属性】 地水火風光闇 以降増可
【称号】 異世界の旅人・〔本当の〕勇者・捨てられた勇者・神に加護されし者・乞食になった勇者・勇者になった勇者
【スキル】
直感 LV3 逃げ足 LV1 索敵 LV1
【職業】
《勇者》
MPが回復している不思議(笑)
称号詳細
『異世界の旅人』 異世界から召喚されてきたあなたに贈る称号
『〔本当の〕勇者』 真の勇者。そんなあなたに贈る称号
『捨てられた勇者』 異世界にぽいっと捨てられてしまったあなたに贈る称号。苦難が待ち構えています。
『神に加護されし者』 神様の全力サポートを受けられる、そんなあなたに贈る称号。もしかしたらウザいだけかもね。
『乞食になった勇者』 一瞬だけでも乞食になった勇者。そんなあなたに贈る称号。
『勇者になった勇者』 どんな危険にも勇気をもって突き進む。それがたとえ死へのストレートロードだったとしても。そんなあなたに贈る称号。勇気と無謀は紙一重です。
副題 勇者なのに、バイトで瀕死