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第五十三話 過去の記憶

扉を抜けるとその先には、涼しい風が吹いていた。空気の動きがあることは馴染んだ感覚なのに、今まで水の中にいたからだろうかそれだけで体が軽くなったように感じる。

 そして一面に風に揺れる白い花と、ボロボロに突き刺さった剣や弓などの武器、朽ちた鎧、そして屍が広がっていた。



「戦場……あとか?」

「そう……みたいですね」



 確かにここは古戦場と聞いていた。でもこんな様子が広がっているとは思わなかった。戦場というには神秘的で、花畑というには物悲しい。ツェツィーリエ達の姿はない。



 踏み出せばサクッと草を踏みしめる音がする。まるで地上に戻ったかのようだ。広い広い戦場だ。ここにいるだけでは果てが見えない。そのまましばらく進んでいると、人型をした陽炎のようなものが漂っているのが見えた。

 その陽炎は近づく度に、揺らめきが激しくなる。



「ここから先に進むな」

「無理だ」



 陽炎から声が発せられたことへの疑問やその言葉の内容を理解するより早くその言葉が響いた。



「来るな」



 何度も来るなと繰り返されるが、俺は歩みを止めない。とうとう陽炎との距離は一歩分というところまで近づくと、俺は手を伸ばして陽炎に触れた。そして陽炎が消えた瞬間、映像が頭の中へ流れてくる。







「はじめまして、勇者様」



 俺も見覚えのある魔法陣の上に立つ男に、水色の髪に金の瞳の女性が手を差し出した。そして場面は移り変わり、勇者となった男と聖女であった女は長い旅路を歩く。たくさんの街を訪れ、人と出会い、仲間が増え、何度も命の危機に直面した。

 度重なる魔族の襲撃に疲弊する街を救うために、へっぴり腰ながら剣を握り戦いに挑む男と、そんな男を女性が魔法による結界で守り、やがて街を守りきれずに恐怖と無力さに涙を流す男に何も言わず女性が寄り添う場面。

魔物に追われる中雨で滑りやすい崖から落ちて足を怪我した男を女性が必死に守りながら助けが来るのを待つ場面。

聖女に手を取られて町の中を歩き、その中で共に戦う仲間と出会う場面。よくよく見るとその仲間の二人はあの仕掛けを解いた時に見かけた男女だった。

幾度も戦い、戦い、戦って、つかの間の休息を仲間と共に大事に分け合って、だんだん強くなって、それに従って敵も強くなる。仲間との絆が強まるにつれて、互いを守るために体の傷が増えていく。出会う人の人生に触れる。心を寄せた人に裏切られる。敵の事情を知る。その中で生まれる葛藤も悩みも全部全部抱え込んで、その四人でいるから笑っていられる。互いを支え合って、旅を進めていける。



 そう思って、辿り着いた終着点。それがこの戦場だった。






  映像と、断片的な男の残した意思が、俺の中に残った。俺の手の中にも残った。

 俺の手には金色の、四つの小さな緑の石がついた小さな鍵があった。

 ぴろりんと、ステータスウィンドウが開かれる。



『プリムラの鍵……鍵穴のあるもの錠ならどんなものも開けることができる魔法の鍵』



 どんなものも開ける鍵……か。



「ユートさん、その鍵は?」

「まだわからない。先に進もう」



 そのまま先に進むとプリムラの花畑の中にポツンと、先ほど見た宝箱と同じ箱が置かれていた。その箱に近づいて、俺が箱に触れた瞬間映像が頭の中に再び流れ始める。



「この世界には、プリムラの花はないんだな」

「プリムラの花……ですか?」



 空に近い、森の中の崖の上で世界を見下ろしながら勇者と聖女は語り合う。



「そう。俺の故郷の花なんだけど、母が好きだったんだ。家の庭でいつも母が丁寧に世話をしていて、毎年春に花を咲かせる、鍵の花と呼ばれる花なんだ」

「その花を、あなた様もお好きなんですね」

「そうだな。うん、好きだった。この世界では俺の世界と似たようなものもちょくちょく見かけるからもしかしたらないかな、と思ってたけど、今のところ見つけられてないんだ」

「そうですか。あなたの好きな花なら、私も見たかったですね」

「……。いつか、この旅が終わったら、一緒にプリムラの花を見ないか」

「え?」

「魔王も倒して、全部片付いて、ゆっくりできるようになったら、それまでに俺がリラにプリムラの花を見せられるように、なんとか考えておくからさ。一緒に花を見よう」

「……。はい、約束ですよ」




 そう言って二人は約束をした。そんな穏やかな日々の映像が火の粉が舞い上がる戦場の映像に流れていく。

 圧倒的な数の異形の集団、恐らく魔族と呼ばれている者達が四人を押しつぶそうしていた。魔族の数は恐らく万単位の数。そしてそれに鎧を着た人間達も武器を持ち、魔法を放って戦っている。だが、劣勢なのは人間達のほうだった。



 どちらの陣営も返り血を浴びて、転がる死体の血にまみれて地面は赤黒く変色している。



「オスカー、ここはいい!俺とカズハに任せて城へ行け!」

「だけど!」

「魔王を倒さなきゃ戦いは終わらないのよ!魔王を倒して、そして私達を助けに来て。あなた達が戻ってくるまで、必ず持ちこたえてみせるから」

「カズハ……」

「その代わり、オスカーもリラも二人で戻ってこなかったら承知しないからね!」

「……わかった、リラ、いこう!」

「はい!」



 勇者と聖女が走る魔王城までの道を二人は切り開く。そんな二人の前に、魔族の大男が立ちはだかった。



「よう、ダン。やっぱりここで会っちまったな」

「ヴィルクリフト……。あんたとは、いや俺達はあんたら魔族とはあんまり戦いたくないんだがな」

「お前らはな。だが他の人間は違う。そして俺達もな。俺達は人間への、そして人間達は俺達への憎しみが消えない。それに、どんな理由であれ魔王様を殺そうとする奴等は敵だ」

「そうだ。だから魔王さえ倒せれば、もう戦う理由はひとまずなくなる」

「そうは、させねーよ」



 ミツハの祖先であろうカズハという女性と、そしてもう一人の仲間であるダンという男は辛そうに、魔族であっても知り合いらしいヴィルクリフトという男と対峙する。



 そこでさらに場面は切り替わり、今度は暗い恐らく城の中で、勇者が膝をつき、聖女が床に倒れ伏していた。



「オスカー……様」

「リラ……」



 その部屋は赤い絨毯が敷かれ、高座に置かれたイスに三角座りして縮こまっている魔族がいた。何故か怯えているように見える。



「くそ、今の俺達でも魔王には届かないのか!」



 勇者達の視線の先にあるのはその縮こまった男だ。予想と違う魔王の姿だが、そんな魔王に殺されかけているのは勇者と聖女のほうだった。

 勇者は再び力を振り絞り、最後に体の中に残った魔力を全て剣に込めて魔王に切りかかった。魔王は、一歩も動かなかった。虚ろな目を動かすこともなく蹲り、勇者の剣を受け止める。だがその剣が魔王に届く直前、剣と魔王との間に闇の渦が発生し、そして剣が弾かれただけでなく闇の渦があっという間に広がって二人を押しつぶした。



 城の床がクレーターのようにへこみ、全身の骨が折れた勇者が淡い光に包まれた状態でその底に倒れていた。



「けほっ」



 口から血を漏らしながらも勇者はまだ生きていた。恐らくそれは倒れ伏していた聖女による結界のおかげだったんだろう。だが、その聖女も死の時は近い。彼女の顔は蒼白で、死相が出ている。腹から流れ出る血は止まらず、それでも彼女は言葉を紡いだ。



「封印……を」



 その言葉が耳に届いたのか、勇者は吐息に混じるような声で何かを唱えると、勇者と聖女の体から金の光が溢れ出し、魔王の体を光る鎖が拘束する。そんな時でさえ、魔王はぴくりとも動かず、そして光となって聖女の体に吸い込まれた。

魔王が聖女の体に収まった瞬間、死にかけていた彼女の口から耳を塞ぎたくなるような絶叫が響いた。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 めちゃくちゃな叫びだった。その声を聞いて、勇者は動かない体で目だけを見開いた。彼の顔は驚愕と疑問に彩られ、必死に聖女の名を呼ぶ。

聖女はぴくりとも動けないと思われた体の背を反らせ、目を見開きながらやがて叫び声が消えるとともに絶命した



「り……ら?ど……し?」

「りら!」

「リラ!」



 勇者が聖女の名を呼び続けて何日か過ぎたのだろうか。倒れ伏してピクリとも動かなかった勇者が淡い緑の光に包まれて体を起こす。恐らく時間が経って回復した魔力で体を治したのだろう。それでも体を引きずる様子は見せて、聖女の亡骸に辿り着いた。穏やかとは決して言えない表情で絶命した彼女の姿をみて、勇者の表情は驚いた顔のままで固まった。

 その表情が変わることはなく、そっと彼女に触れる。



「知らなかった……」

「知らなかったんだ……」

「封印したら、君がそんなに苦しむことになるなんて、知らなかったんだ。こんな……こんな、君を失うなんて」

「君は……こうなることを知っていたのか?」

「知っていて、それでも何も言わずに、俺に……」

「うううううううう、うあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」



 勇者は独白の後、自分の命を燃やして暴走した悲しみを吐き出した。それは実際に爆発を伴って、戦場を敵味方区別なく殲滅させる。



 生きている者は彼と残された仲間しかいないその場所で、勇者は箱を眺め続ける。



「……それは?」

「リラの日記が入った箱。旅に出てからずっとつけて、いつもこの箱に鍵をかけてしまっていた」



 ダンの問いに勇者は答える。勇者の容貌はそれまでとは変わっていた。目は濃い隈があり、何も食べていないのか体は痩せ細っている。




「新しい聖女が生まれたそうだ。お前が、魔王と戦った日に」

「……」

「オスカー……」

「俺のせいだ。俺のせいでリラは死んだんだ」

「お前のせいじゃない」

「彼女は……一体どんな気持ちで……」



 勇者は一度ぐっとこぶしを握り、未だたくさんの骸の残るその地に手を当てる。そして巨大な魔法陣が生まれると、たくさんのプリムラの花が咲き乱れ、その花で地面の悲しみを覆い隠してしまう。



「彼女のために作った魔法だ。約束したから。いつか俺の故郷のこの花を一緒に見ようって俺が絶対見せてやるって」

「……」

「間に合わなかったけどね」

「オスカー」



 そんな悲しみ暮れる男がいる場所で、花に埋もれた死体達はのそりと起き上がり、気力を失った勇者の背に切りかかった。それをダンは大剣で薙ぎ払う。



この場の死体達は命が失われてなお未だその体を動かし魔王を守るため、人間達への恨みのため、いや、この状態を作り出した勇者に復讐するために、意思なき魔物となって起き上がり、武器を振り回す。



「この場所は、魔族の人への恨みと、人の魔族への恨みと、そして生にしがみつく未練のために転生を拒む大量の魂がこの土地にこびりついてしまった。その痛みが癒えるまで、魂達がちゃんと転生の輪に戻ることはないでしょう。そうなったら、さらに取り返しのつかないことになってしまう。だからこの場を野放しにはするわけにはいかなくなったわ」



 カズハは一度目を閉じて、言葉を紡ぐ。



「この場所を、封印するわ。私達の自分勝手と罪の象徴。きっと、時間しか解決してはくれそうにないから」




 そんな場面で映像が途切れる。




「それが、この場所……」



 今の穏やかさを見ていると、とても同じ場所とは思えない。ふと、なにも反応がないことが気になって横を見ると、エレノアが箱に触れたまま体をくの字にして歯を食いしばり、額から大量の汗を流していた。



「おい、エレノア?」



 俺がエレノアの肩に触れると、とんでもない激痛が体を襲った。



「うぐぅっ!」

「ユー……トさん……はな……れて」



 これは、この激痛は……!



「っ!」



 俺はあの映像の中の聖女と同じようになりふり構わず叫んでしまいそうだった。だが、俺も唇を噛み締めて、手で口を押えてこらえる。

 全身を何十本もの槍で突き刺されるような痛み。痛みだけで死んでしまいそうだ。だが、それにエレノアは耐えている。声一つ漏らさずに。



 永遠にも思える痛みが治まり始めると、エレノアも痛みから解放されたのか強張った体が弛緩した。



「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」



 二人で荒い呼吸をしながらその場に倒れ伏した。何となく、この痛みが魔王を封印した時聖女を襲った痛みだとわかる。死ぬまでこの痛みに晒されたのだとしたら……これ以上言葉がない。



 よく、俺達も気を失わずにいられたものだ。



「エレノア……、大丈夫か……?」

「は……い……。ユートさんが、半分痛みを請け負って下さったおかげで……なんとか」

「……マジか」



 あの痛みが半分だったのだとすると、あの昔の聖女は……。



「それにしても、何で俺達まで痛みが……」

「この箱の中身が、あの聖女様の物で、私が聖女だったからでしょう。私の力に反応したみたいです」

「なるほど」

「こーけー」

「うにゃ~」



 俺の痛みは月夜とやきとりにも伝わっていたようだ。うろうろと俺達を心配そうにのぞき込む白イルカ以外が全員ゆっくりと深呼吸しながら回復につとめていると、俺の腹にキツイ衝撃が加わり、エレノアの首筋にナイフが押し当てられる。



「いい眺めだね」

「またあんたか!」


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