第五十一話 過去の幻視
《ステータス》
鉄仮面 (欲しい物 笑顔になれたあの日々)
LV 41
HP 0/0
MP 5563/5563
以下略
鉄仮面のくせにとんでもないもの取り戻したがってるぞ!てか鉄仮面のくせに笑顔になれたことがあんのかよ!
俺を襲ったのは全身鉄の鎧と鉄の仮面を被った魔物だった。……被ったというか、顔のありそうな位置に浮いているというか。
「とうあっ!」
「ががっ!」
エレノアがすらりと剣を抜き、俺がつっこみを入れているうちに切り伏した。
『エレノアのレベルが1上がった』
「ユートさん大丈夫ですか?!」
「俺は大丈夫だが……」
エレノアが一太刀浴びせただけなのに、バラバラに崩れて鎧鉄仮面は散らばった。エレノアは自分が倒した鉄仮面に近づくとバラバラになった欠片を持って振り返った。
「ユートさん、これすごいですね!板が正方形です」
「そう……だな」
バラバラになった鉄仮面の欠片は全て正方形の鉄板だった。
「これ、何かに使うのか?」
「え?」
「だって、こんなに見事な正方形になるなんておかしいだろ」
この板が使える場所って、あるのか?と思って周りを見てみると、さっき水球から解放された魚達が水路の近くの珊瑚や海藻の中に潜っていくのが見えた。
「そうか、あれはあの魚たちの棲みかなんだ」
「あ、じゃあお家に帰れたってことですね」
「……そうだな」
うらやましいことだ。
水路の方に探索を変えると、水路の淵に小さな溝があった。もしかして……。
「エレノア、板をここにはめてみろ」
「え、あここですか?」
エレノアが持っていた鉄板はその溝にぴたりとハマり、水路の水を堰き止める。だが、なにも起こらない。
「なにも起こらないか。だが、ここまでぴったりだったらこの板で水を止めるのは間違ってないと思うんだが」
「あ、ここのお魚は黄色いんですね」
「……そうか!」
水路のそばの小さな珊瑚礁に戻った魚の色をみて気づく。壁にあった色の羅列はこの魚の色のことだ。確認してみれば、他の魚も壁にあった色の種類だった。この水路のそばの珊瑚礁やら海藻やらイソギンチャクは魚を留めるためのものだったわけだ。
「ということは最初は赤、次に緑、以降青、紫、黄色、橙、白黒の魚がいるそばの水路をこの順番に堰き止めればいいのか」
「なるほど!」
俺達はそれぞれの水路に鉄板をはめ込んで、最後の鉄板をはめ込んだ瞬間、ゴゴゴゴという音と共に噴水の水が止まった。
「……変化はあったが、ここからどうすればいいんだ?」
水が止まってしまった以外は変化がない。
「この水って、どこに繋がってるんでしょうね?」
「そうだな」
エレノアと同じように、壁の向こうに繋がる水路を見つめる。
その瞬間、その場が急にセピア色になった。そしてエレノアや月夜とやきとりと白イルカの存在が消える。
「急になんだ?!」
場所は変わってないのに、先ほど止まった水が再び復活してる。そのとき、この空間に二人の影が入ってきた。
〈ここに来るのも久しぶりだな〉
〈そうね。ほとんどここに来る人もいないし、でもときどきメンテナンスしとかないとね〉
〈まあな、いつかここを訪れる誰かが、俺達の願いを叶えてくれることを祈って〉
〈他力本願になって申し訳ないけれどね。いつか、この場所にこの先召喚される勇者が来てくれれば。そして彼の思いを解放してくれれば嬉しいわ〉
〈まあ、勇者とは限らないが〉
〈そうね。勇者であろうとなかろうと、解放してくれるなら誰でもいいわ。でも、たぶん彼の心に触れられるのは、勇者だけかもしれないけれど〉
〈そうだな。同じ立場の奴しかわからないからな。それまでここは、中の魂を外に逃がすわけにはいかない〉
〈これ以上、魔王の元に魂を向かわせるわけにはいかないものね〉
そんな会話をしつつ、その二人はまるで俺が見えないかのように横を素通りしていく。いや、これは本当に見えていないんじゃないか?なんとなく、二人の内一人の女性にはミツハの面影があるような気がした。
〈それにしても、この文言これでいいのか?この場を最も良く知るものって、あの魚達のことだろ?〉
〈そりゃ、長年この場所に住んでる魚が一番この場所を良く知っているのは当たり前じゃない。嘘は書いてないわ〉
そう答えた女性は壁のヒントを見ることなく、天井の水球を壊すこともなく、自分達でもって来た板で水路を正しい順番で塞ぎ、水の流れを止める。
〈それに、私がいる場合は私に聞けばいいのよ。だってここは私が作ったんだもの。この場所を一番よく知っているのは私だわ〉
〈違いないな〉
〈さ、これで向こうの水流が止まったはず。先に進みましょう。儀式の準備もあるし〉
〈ああ。できるだけこの場所を長くもたせるために、鎮魂はかかせないからな〉
〈本来の黄泉路にあの魂達をおくってあげられないのは申し訳ないけれど、せめてもできることを、ね〉
〈ああ、じゃあ行こう〉
そう言って二人の男女は入ってきた道を戻って行く。そして姿が見えなくなった瞬間、色が戻ってきた。エレノア達もちゃんといる。
「ユートさん、大丈夫ですか?」
「きゅー」
「こけっ?」
「……あ、ああ」
今のは、過去の記憶……なのか?
「いや、何でもない。ここはこれで良いらしい。さっきの道に戻ってみよう」
「あ、はい。わかりました」
通った道の記述が増えた地図と睨みあえば、いくつか潰した迷路の道を除外してあの水路の仕掛けの部屋以外に行こうとすれば水流で通れなかった道を通るしかないという結論に辿り着く。
そんなわけで最初の分岐がある道に戻ってみれば、水流によって進めなかった道が通れるようになっていた。
「あ、通れるようになってますね!」
「そうだな。あの水路、ここに繋がってたのかもな」
「んにゃー」
魚をみてから月夜がずっとそわそわしている。猫って意外に生魚食べないんじゃなかったっけ?
『月夜ちゃんは精霊だからねー』
精霊は生魚が好きなワケ?
『いや、そういうのは聞いたことないかな』
じゃあ精霊うんぬん関係ないじゃねーか。
「んで、あの壁の文言で最後に残ってた一文は……」
「黒は最後の導き手って仰ってましたね。黒ってなんのことでしょう?」
「黒と言われて最初に思いつくのは……」
「うーにゃー」
「まあ、月夜じゃないわな」
「そうですね」
さっきは魚をヒントにした仕掛けだった。黒は最後の導き手という部分だけ切り取れば意味不明だが、前文の文脈的にまた魚を使ったしかけじゃないか?となると、黒ってのは黒い魚……。
とそこまで考えたところで俺の目の前を黒い物体がすいーっと泳ぐ。
「って黒い魚!」
「んにゃあーっっ!!」
「だから喰うなっつってんだろ!」
「こっけー!!!」
黒い魚に飛びかかる月夜をやきとりががんばって押しとどめる。
あー、まるで俺がちゃんと食事やってないみたいじゃねーか。
「ってそんなことしてる場合じゃなかった。あの黒い魚を追いかけるぞ!」
「ええっ!」
俺達が黒い魚を追いかけるとその魚は急に泳ぐ速度を上げた。
「おい!なんか速くなったぞ!」
「み、見失ってしまいます!」
ここは水の中だ。足で魚に追いつけるわけがない。ヒレがほし……くはない。もうこの獣人の姿だけで手一杯だ。
「きゅー!」
その時白イルカが前に出て黒い魚を追いかける。咄嗟に月夜が影の糸を白イルカにくっつけた。なるほど、同じ海の生き物である白イルカならあの魚を見失うことはないだろう。俺達はその糸を追って地図を片手に道を進む。何度か角を曲がってぐるぐるとしているうちに、俺は首根っこを掴まれて後ろに引かれた。
「ユートさん危ない!」
目の前で銀の剣が振り下ろされた。このまま進んでいたら首が飛んでいたと理解した瞬間、心臓がバクバクなる。
俺を救ったエレノアは剣を抜き、俺に剣を振り下ろした存在に間髪入れず切り払った。ガチャガチャと音を立てて崩れたのは人の骨だった。ああ、骨だ。骨が鎧を着たまま襲ってきた。
ぴろりんと遅ればせながら表示されたステータス画面はこれまでと違う表記がされていた。
【 恨 】
LV 怨念執念妄執
HP 恨恨恨恨恨恨恨
MP 悔恨嫉妬リア従爆発
もはやステータスの役割を果たしていない!てかなんなんだこれ、アンデット系の魔物?みたいなのはわかるが、説明が説明になっていないので全く正体がわからない。一部なんか違う言葉が入ってる気がするけども!
さらにステータスウィンドウがだんだん恨みとか怨念とかそういう字で埋め尽くされ始める。
過去見た話と違う。全然鎮魂できてないじゃん!
「ここに来てなんだこれ、ヤバいだろ」
エレノアに切られた鎧骸骨は動かなかったが、道の先で我先にと剣を持ち、盾を持ち、弓を構えた骸骨たちがガシャガシャと近づいてくる。
「きゅー!」
そして武器を振り回す骸骨たちに、俺達の道標である黒い魚がザンッと切られてしまった。
「んにゃー!」
月夜、お前今の叫びはどういう叫びだ?道標を失った悲しみか?それとも見事な三枚おろしになってしまった魚に感動してるのか?後者じゃないよな?食べる気じゃないよな?
『月夜ちゃん、気をつけないと食いしん坊キャラになっちゃうよ……』
と俺達がそんなこんなしている間にもエレノアは素早い動きで骸骨たちを倒していく。が、湧いてくる数にキリがない。俺も魔導書を用意するが、ファイヤーボール以外に大技しかないことにふと気づく。こんな狭い場所であんな広範囲大規模な魔法をぶっ放したらこの場が危ないんじゃないか?かと言って水の中で火の魔法を使うのもどうだろうか。いや、こんなこと考えている場合じゃないか。
と俺が呪文を唱えようと身構えた時、とんっと背中を叩かれた。
「お困りの様だね、坊や」
耳元で囁かれてはっと振り向くと、ツェツィーリエが部下を従え立っていた。
「お前……!」
「おい、やっちまいな!」
「「「「へい、お頭!」」」」
海賊の手下達がエレノアと共に湧き出てくる骸骨を切り伏せていく。あっという間に足元は骨だらけになってしまう。誰かが動くたびに落ちた骨は踏まれて砕けで跳ね飛んだ。
そうこうしている内に一通りの骸骨は片付く。
「さ、て。あらかた片付いたようだね」
「……」
俺はツェツィーリエに肩を抱かれて硬直していた。やきとり達は俺のせいで唸り声を上げるだけで動かない。だが、いつでも動けるように身構えている。
ツェツィーリエは再び俺の耳元に口を寄せて囁いた。
「あんた、獣人じゃないね?」
「なんでそう思う?」
「行動の全てが獣人らしくないのさ。さっきの部屋で聖語が読めたことも、魔法が使えることも、この魔導書を持っていることも」
彼女はつつつと、俺の前に浮かぶ魔導書に指を滑らせる。
「世の中は広いんだぜ。こういう獣人がいることだってあるだろ」
「確かに一つ一つを見ればあるかもしれないが、全部を合わせるとやっぱり獣人らしくない。あたしはお宝を見る目はあるんだ。経験則でだいたいこれがどういうものかわかるときがある。これ、かなりのレアものだろ?」
俺がちらりとツェツィーリアを横目で見上げる。そういえばこいつ、鑑定スキルを持ってたな。
「獣人は普通魔力を持たない。学もないから聖語も読めない。人間に対してそんなに平気そうなツラはしない。そしてこの魔導書、こういう奴は持ち主を呪うことがある。相当あんたを気に入っているようだしね。だったら、あんたのその姿は呪いの結果だと思う方があたしはしっくりくるのさ」
「そうだったとして、あんたが俺の呪いを解いてくれるのか?」
「いいや、あたしはお宝がどんなものかわかるだけ。呪いに詳しいのは魔法使い……よりは魔術師に聞きな。もちはもち屋ってね。ただ、呪いに関して詳しい連中は大体地下の連中だ。なかなか会えないだろう。いや、デルトナに通っている奴ならわかるかもしれないか……」
「デルトナ?」
「そう、魔法の研究をしている奴等が多い学園さ。地下にいる奴等よりは公の存在だからね。変な見返りを要求されたりするリスクは低いかもしれない」
「……なんで俺にそんなことを教える?」
「そう、ここからが本題さ」
ツェツィーリエは俺の首に指を這わせる。
「あたしはこの先にあるっていう勇者のお宝が欲しい。だが、ここの仕掛けをあたしは解けなかった。まだあんたの方が先に辿り着く可能性が高そうだ。だから、途中まで協力しないかい?」
「……は?」
俺は信じられない思いで目を見開いた。
あれだけのことをしておいて、更に水聖殿から宝を盗んでおいて、そんな信頼もなにもない状況で協力?
「あんた、俺達が仕掛けを解くのを見てたんだろ」
「ああ、そうだよ」
「俺達が全く進めなければ、さっき俺達が死にそうになったとしてもこうして出てくることはなかったってことだよな?」
「そうだね」
「それに、あんたはこの先の勇者の宝に興味があると言った。俺達の目的もそれだ。目的の物が同じ奴、いわば敵だ」
「なるほど、それは困ったね」
「そんな奴と誰が協力すると思う?」
「ああ、言葉が悪かったね。これは取引だよ」
「……」
「坊やの言う通りさ。あたし達はあんた達にとっては信用できない。その通りだろう。だが、あんた達はあたし達が潜んでいたことに全く気付かなかっただろう」
「……」
「あたしはこの先に進みたい。だけど進むにはあんた達のほうが適任だ。逆にあんた達はこの先に進めるが、いつあたし達から襲われるかわからない。それにさっきみたいな状況のとき、あたし達ならあんた達を守ってやれる」
「要は野放しにして不意打ちされるよりも、目の届くところにいさせて監視しつつ互いを利用しようって話か」
なるほど。ツェツィーリエの提案も一理ある。敵意がある場合ステータス画面が表示されるとはいえ多勢に無勢で待ち伏せや不意打ちをされて襲われたらひとたまりもないだろう。だとしたら目に届く範囲にいてもらうほうがいいのかもしれない。だが、俺は普通の人間じゃない。異世界人だ。それに勇者でもある。勇者という役割のせいでこんな目に遭っているが、逆からいうと勇者であるがゆえにステータス画面や神の存在など優遇されている部分もある。要は、もしかしたら俺の持ち得る手持ち札の中で他から見れば切り札となりうるものを俺が気づかず持っているかもしれない。それを明らかに敵だとわかっている奴に晒すことになるのは良くないだろう。近くにいれば会話することもある。その中から拾われても面倒だ。
それに、この場には聖女であるエレノアもいるのだ。そしてこの場所は勇者に関わりのある場所。聖女と勇者には浅からぬ因縁があるらしいし、普通の人間が探索するよりも特殊な奴が揃っている。
この勇者と聖女のもろもろって、あんまり知られるのは良くない気がするんだよな。なんとなく。
たとえ断ったとしても先に進みたいのなら今すぐ殺されることはないだろう。離れたところから監視はされるかもしれないが。
「……断る」
「ほう」
ツェツィーリエはにやりと笑った。
「ならば、せいぜい背中に気をつけることだな」
そう言ってツェツィーリエは手下を連れて先に進んでいった。




