第四十九話 宝物庫の絵
「大丈夫ですか!」
ミツハが列になって折れ重なるように倒れる俺達に駆け寄った。
「はぁ……」
俺はほっと安堵で寝転んでしまいそうになる心を抑え込んで立ち上がる。
「さて、追いかけるか」
「え、追いかけるですか?!」
「俺は赤クジラ……というか、勇者の残した宝に用がある」
「ええ?!」
ミツハがあわあわと動揺していると、同じように俺を支えてくれていた魚人達もやめときなはれ!と俺を止める。てかなんで関西弁。今までそんな言葉使ってなかっただろ。
「追いかけたとて、海の中では地上の人であるあなたはうまく身動きできないでしょう。そして確かにあなたは赤クジラを退けられはできるでしょうが、倒すことはできません。古戦場にはかなりの数の赤クジラがいるはずです。危険すぎます」
「危険だろうがなんだろうが、俺の目的のためには勇者の足跡を追うことが必須だ。なんとしてでも俺は行く」
こんな海底なんて、二度と来れないかもしれない。全く手がかりがなかった帰り道に一歩近づけるかもしれないのだ。この機会を逃してなるものか。
ミツハは両手を握りしめ、項垂れる。
「決意は固いのですね。せめてなにか助力などをしたいのはやまやまですが、我らにはその力やお渡しできるものがありません。ゆえに、どうぞこの子をお連れ下さい」
「きゅー」
ミツハが手渡したのはあの白イルカだった。
「お前は」
「きゅー、きゅきゅきゅー」
「にゃー、うにゃうにゃ」
「こけーこっこ」
白イルカがなにごとか話しかけ、月夜とやきとりがそれに答えている。
「この子が傍にいれば呼吸も移動も難なく行えるはずです」
「……いいのか?危ないんだろ」
「この子も、あなたについていくことを望んでいますから」
俺は改めて白イルカをみる。全身真っ白で小さくて、そして頬だけ薄紅色をしていた。つぶらな瞳がじいっとこちらを見つめている。
「……じゃあありがたく。俺を助けてくれるか?」
「きゅー!」
白イルカは嬉しそうに俺の周りを泳ぎ、そして月夜とやきとりを背に引っ付けて戯れはじめた。その様子をみていると、なんだか視線を感じる。そちらに視線を向けると、エレノアも俺のことをじいっと見つめていた。
「……なんだよ」
「私も一緒に行きます」
「は?」
エレノアが辛そうに眉を寄せながら言った。
「過去の勇者様方が関わった土地なら、私にも無関係ではないかもしれませんから。ことの真相を確かめることと、解決させることは私の役目の一つです」
「……」
そうか、エレノアは聖女だったな。だったら確かに勇者が関わっていた場所を気にするのも頷けるかもしれない。なにせ、勇者と聖女は並々ならぬ繋がりらしいし。
……そういえばエレノアが旅をしているのは俺を探してるんだったな。……まあそこは深く考えないことにして、俺が勇者の遺物を探すことをエレノアに見られて大丈夫だろうか。エレノアが俺が勇者だと知って悪用したりするような人間でないことはもうわかる。それに最初にエレノアが言っていた勇者を見つけて謝るとか、もしかしたらついていくとか言い出すかもしれないが、ここまで一緒にいればもはや共に旅をすることになったとしても不快にはならないだろう。だからと言って、まだ自分が勇者であると名乗る気にはならない。このまま何も知られず家に帰るのが俺の理想だ。そもそも俺が勇者だと名乗ったとして、世間に認められている勇者がいる以上自分が本物であると証明できるわけでもないし、できたとしても面倒なのはあの勇者パレードを見ていればわかる。絶対あんなのは嫌だ。となるとこのままたまたま行く先が同じなだけの旅人として付き合っていきたいのだが、この先どうするか。
『なんとなーく聖女の泥沼にハマり込んでる気がしないでもないうえにそれを後押しするみたいで微妙な気分なんだけどさ。勇者の遺物を探してるのは君だけじゃないよ。この世界の人間にとってはかなりレアで中には異世界の利器や発想を形にしたものもあるからね。トレジャーハンターやそれこそ海賊だったりが狙ったりするし、学者や研究者も探していたりするから、勇者の遺物を探すこと自体が直接君が勇者であるという結論に繋がるわけではないと思うよ』
なるほど。だったらむしろエレノアについてきてもられるのは安心と思っていいのか。流石に未だ不慣れな俺が一人で戦闘するのはキツいし、何より信用できるからな。
「わかった。俺もお前についてきてもらえれば助かる」
「はい!」
というわけで古戦場に行く方針は固まったわけだが、その前にツェツィーリエの様子とアラン達の様子をみるために水聖殿に戻ることにした。最初に案内された応接室に入ると、護衛兼監視として立っていた兵士と侍女が部屋で倒れていた。慌てて駆け寄って様子をみれば息はしている。気絶しただけの様だ。そしてその他には誰もいない。慌てて医務室へ向かうと今度は海賊の手下達もおらず、残りは未だ気絶している船の乗船客達と、これまでの赤クジラの襲来で怪我を負って療養している水聖殿の眷属兵士達だけだった。床に倒れていた医者以外は皆無事で胸をなで下ろす。医者も気絶していただけで、そうやら背後から頭を殴られて気絶していたらしい。
これはとんでもないと宮殿中あの女海賊を探してみればどこにも姿がなく、ミツハと共に部屋を回っていた俺達は最後に着いた宝物庫でミツハがあ、宝が減ってますねという言葉にそれぞれ悪い感情を抱いた。部屋には美術品らしきものや様々な道具、そして金貨や宝飾品が所狭しと並べられていた。最初がどのくらいあったかわからないが、ミツハが一目見てわかる程度は減っているのだろう。今でも多いと思うくらいだから、最初はどれほどあったのか。
「水妖の涙がなくなってますね」
「水妖の涙?」
「つければ水の中でも呼吸ができるようになる耳飾りです。あれはたくさんあったんですが、全部なくなってますね。城の外に出るのに使っているのかもしれませんね」
「あんのクソババア!」
「まあ、宝ぐらい構いません。命を取られなければなんとでもなりますし、この海底でこんな宝もそんなに役に立ちませんしね。それに、湧水道を使った様子もありませんでしたから、まだ地上には戻られてないと思います。ならばまたどこかで出会うでしょう」
「んなのんきな」
ミツハは気にした様子もなくふふふと笑う。
それにしても、この宝物庫の奥の壁に描かれた大きな壁画が気になった。黒く描かれた異形の者達と、その他の色彩で描かれた武器を持って戦う者達。その絵柄のせいか、どちらも顔が鬼のような形相にみえる。そしてその隣に黒以外の色彩の者が手を広げてなにか四角いものを作り出していた。そして更に隣ではおそらく男女だろうか。二人が花畑の中で手を取り合って立っている姿。
「あの壁画は遥か昔からここにあると伝え聞いております。ただ、なにを描いているのかはわからないのですが……。ただ私の母が幼い頃に、この絵は願いであると、申しておりました」
「願い……」
出がけにそんなすったもんだがあったが、ミツハ達に見送られて俺とエレノアは海の底をまるで地上を歩くように歩いていた。と言いつつも歩いているのは海底の柔らかい砂地で歩きにくい。歩くのがしんどいなら泳ごうと水をかけば浮遊できるが、慣れない泳ぎを続けるのもしんどくて普通に歩くことにした。呼吸に関しては白イルカの泡のおかげで不便はなく、イルカの力のためか水圧に押し潰されることもない。最初は気にならなかったが水聖殿の結界の外に出ると離れるほどにひんやりとした空気に包まれている感覚がする。確かに進めば進むほど深い場所に向かっているようで、だんだん日の光が届かなくなってきた。ひんやりとした感覚から段々肌がちくちくする程まで冷えてくる。俺はやきとりを腕に抱え、エレノアは月夜を抱きかかえて暖を取った。
おーい、月夜。エレノアを引っ掻こうとするなー。
薄暗いのを通り越して闇が濃くなってくると、進む先がみにくくなってくる。変な白い浮遊物がいくつも流れ、だんだん変な形の生物が増えてきた。それら生き物は泳いでいる様子が視界に入るが、近づいてくることはない。
『そりゃー、今の君は魔力全開になってるからね。危険物には動物は近づかないよね』
俺は危険物扱いかよ。というか、魔力全開って……。
『月夜ちゃんが抑えてるけど、君の魔力は器より過剰状態が続いてるんだよ。その魔力に押されるものは近づいて来ないと思うけど……』
……まさか逆に近づいてきた奴は強敵ってか?
『そうならないといいね』
そうして白イルカの案内で辿り着いたのは、まるで谷の底だった。切り立った崖の狭間の道を進んでいくと、これまでの地形とは全く違う場所に出た。
「なんだ、ここ」
谷を抜ければ明らかに人工の建造物のようなものが現れた。整然と並べられた石が組まれた小部屋のような空間があり、左右に道が続いている。そして異様なのが左の道だけをものすごい勢いの水流があり、その流れに乗って大量の魚が泳いでいた。いや、あれは泳いでいるというよりは流されていると言ってもいいのか?どこから湧いてくるのかその魚が途切れることはない。
「目的地は、ここより先なんですか?」
「きゅー」
エレノアが尋ねると白イルカは頷く。
するといつものウィンドウ画面が音と共に表示された。
『海底の古戦場 エンリケ』
なるほど、一応目的地には辿り着いたわけか。だが、この水流だと左の道には進めない。