第四十六話 船上戦
「みんな起きろー!ドラゴンが襲ってきたー!!!!」
それはドラゴンの大群で、確実にこちらを目指してきていた。
黒い粒だったものはすぐにその姿形がはっきりわかるまで近づく。それは大きな翼を持ったドラゴンだった。
「うわ!いったい何事だ?」
「本当だ!本当にドラゴンがこっちに来てる!」
「おい、武器はどこだ!」
俺の叫び声に船長と乗船客達が外に出てきた。空の様子を目にした者からバタバタと動き出す。
「ユートさん!」
「エレノア、アラン!」
「んにゃー!」
「こけっ、こけっ」
エレノアは俺に傘と荷物を差し出した。月夜とやきとりも駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
「とりあえず服も持って来たよ」
「サンキュー、助かる!」
上半身裸の俺を見て、部屋に置いたままにしていた学ランを持ってきてくれていたアランから受け取りとりあえず羽織る。
エレノアは俺の足もとで倒れる獣人に気づきしゃがみこんだ。
「彼は……」
「そいつを診てやってくれ。俺をかばって切られたんだ」
「……。大丈夫です。肩を切られたんですか?傷も塞がりかけてますし、血も大丈夫そうです。安静にしていれば」
「そうか、よかった」
アランは船上の状況に目を走らせながら、空を見上げる。
「切られるっていったいなにが起こったの?それにブルードラゴンの群れ……。なんで生息地が森のドラゴンがこんなところに……」
「それに、とても怒ってますね。何に怒ってるの……?」
エレノアの呟きで俺は自然と海賊達が残していった荷物の箱に視線が行く。月夜とやきとりもその箱をかりかりと引っ掻いている。
「補給船が海賊船だったんだ。そんでこの船から荷物を運び出してた」
「あの箱?」
アランは俺の言葉に疑問を差し挟まず確認する。俺が頷くと箱の中を開けて中の白い球体を取り出した。
「これ、ドラゴンの卵だ」
「え?!」
アランの顔が青ざめる。
「卵を取り戻そうとドラゴンが来てるんだよ。だから怒ってるんだ!怒り狂ったドラゴンの大群が来たらこの船なんてひとたまりもないよ!」
「え、どうしましょう!」
その時、海賊船がゆっくりと動き始めた。この船見捨てて逃げる気か!
「逃がすかよ!やきとり、月夜、なんとかしろ!」
俺は助走をつけて積まれていた樽を踏み台に離れ行く海賊船に飛び移る。距離がだんだん開いていくために届かないかと思ったが、月夜が伸ばした影とやきとりが起こした風に支えられて、海賊船に転がり込んだ。
「おや、まさかこっちに来るとは」
ツェツィーリエは腕を組んで俺を見下した。いつの間にかテレンスもこちらの船に移動していたらしい。
海賊の手下どもは俺を囲みこんでいる。俺が転がり込んだのに遅れて月夜とやきとりが俺の前にとっと降り立った。
「魔法だけじゃなく魔獣も従えてるなんて、おかしな奴だね。捕まえたら、高く売れるかね?」
「お前らに捕まる気なんかさらさらねーよ!」
「これだけの人数に囲まれて、なんとかなると思ってるのか?」
「思ってなけりゃこっちに来たりしない」
嘘だ。ただ逃がしてはなるものかという衝動だけでここまで来た。だけどいろんなことのケジメはこいつらにつけてもらわないと、俺の怒りも収まらない。それに、あのドラゴンの卵とやらを返してもらわないと。それで向こうの船を襲っているドラゴンの怒りが収まるかはわからないが、やらないよりはマシだ。
先手必勝。俺の意思を正確に汲み取り、月夜は一気に影を伸ばして手下達の足をすくい上げた。
「うわああ!」
「ああああ!」
「うーにゃっ!」
ざわざわと影が地から湧き起こり、俺から敵を隔てるように気を遣っているようだ。だがすくい上げる影や壁となる影をすり抜け、気づけば俺の目の前にツェツィーリエが迫り寄ってきた。咄嗟に傘をかざすとがきんっと音をたてて刀が交差した。だがツェツィーリエの力に押し負ける。なんとか傘でしのぐが、一撃一撃が重い。本当に女か!
ツェツィーリエは押し負ける俺ににやりと笑い、足払いをかけた。
「くっ!」
体幹がよくないどころかへろへろの俺は簡単に浮かび上がり、頭を床板に打ちつけた。しかしやきとりが吐きだした炎にツェツィーリエは焼かれる。
「ちっ!」
渦巻く風が炎を振り払い、軽く焦げただけでツェツィーリエは立ち上がった。先で結んでいた髪がほどける。
「動きはド素人同然なのに、厄介だね!」
ツェツィーリエが腕を振るうと風の刃が飛んできた。やきとりは翼をバサバサと羽ばたかせて自分の羽を飛ばし風を弾く。
すげー、今のどうなってんだ。
だが風の刃に混じって小さな竜巻が混ざると、やきとりの攻撃を抜けて俺に迫る。耐えきれるか疑わしかったが咄嗟に傘で迎え撃つと竜巻は消失する。
今のこれ、もしかして……。
俺はふと横目で客船とこの船の距離をみて一瞬考えた。船は完全にドラゴンに襲われている。そして海賊船は戦っている間にも動き続けていた。
「さて、あんたが一人で頑張ってる間に船は離れた。まだ離れきったわけじゃないが、あんたが戻れないことは変わらない」
「……」
俺ははんっと鼻で笑ってやる。
「どうでもいい」
「なんだと?」
「帰りのことはあとで考える。今はどうでもいーんだよ」
「へえー。あんたは逃げ道を考えたから行動する男だと思ったけどね。私の目も狂ったかね」
「そうなんじゃねーの、おばさん」
と答えたが、まあ、いざとなればやきとりに踏ん張ってもらえばいいしな。
そう俺が考えた瞬間、後ろからがきんっと音がした。海賊の手下その1が俺に斬りかかっていたのを月夜が弾いた音だった。そのあとは前から手下達が一斉に飛びかかってくる。それらをかがんで避けたその先に白い布が俺をがばっと包み込んだ。
「そのまま押さえろ!」
ツェツィーリエの声が飛ぶとそのままいろんな手がその布でぐるぐる巻きにされる。布越しに拘束されて嫌悪感がぶわりと肌にわいた。なんだ、吹き飛ばすか?!
「とーーーーーりゃーーーーーー!」
聞き覚えのある声が聞こえた瞬間ドガッという音と共に船が揺れた。
「な、なんで碇が?!」
「えええええ」
「ふ、船が、船がああああ!!!」
困惑する野太い声が聞こえるが、俺の視界は真っ白だ。いったいなにが起きてる?!
「ユートさん、動かないでくださいね!」
やはりその声は、エレノアだった。彼女の言うとおり動かずにいると、布に亀裂が入り視界が開ける。目の前には剣を抜いて手下達の足を狙い確実に戦力を減らしているエレノアの姿があった。
「はあああ!」
「エレノア、お前どうやってここに……」
「てめえら!それでも海賊で海の男か!情けない姿さらしてるんじゃないよ!あたしの仕置きを受けたいのか!」
「お頭、それは勘弁して!」
ツェツィーリエは襲い来る影を風で弾き飛ばし、素早い斬撃を月夜は尻尾で弾き返していた。その中でも手下達への檄は飛んでいる。すごい女だ。そして血をだらだら流して動けなかった手下達も立ち上がりだした。
というか、この船の縁にどかんと食い込んでいる碇はなんだ。
『エレノアちゃんが投げて、その鎖の上を渡ってきたんだよ……』
「あいつは曲芸師か何かか?!」
『激しく同意だけど、今回気にするとこはそこじゃなくない?!あのでかい碇を投げたんだよ!?』
「まあ、エレノアだしな」
『それで済んじゃうんだ?!まあ確かに、これで船がこれ以上離れることはないけども!』
『エレノアは、火事場の怪力娘の称号を得ました』
その称号は女子として、大丈夫なんか。まあ俺が気にすることじゃないけど。
『いやいや、そもそもウィンドウ画面が見えるのは優人君くらいなんだから、君が気にしてくれないとスルー案件になっちゃうんだけど』
ぱたぱたとウィンドウ画面が浮かびだす。どうやら神もこの戦いの観戦に戻ってきたようだ。
「今話すことじゃないが、仕事は終わったのか?」
『終わってないよー。優人君もすやすや寝てたからしばらく目を離しても大丈夫かなーと思って世界の管理に戻ってたのに、ふと海の上に目を向けたら戦ってるんだもん。油断も隙もあったもんじゃない』
「あんたがこっちに味方したって、この状況を覆せる助けとか期待できないんだが?」
『確かにその期待には応えられないけど、でも解説くらいはできるよ。ツェツィーリエの腕輪が厄介なんだ。あれは魔法剣と性質は同じ魔法道具だよ。魔法を無詠唱で使うには高度な技術が必要だけど、あの腕輪は魔力を通すだけで魔法が顕現する。とにかく発動が早いから使いやすい』
「てことはあの腕輪を壊せばいいんだな?」
『少なくともあの風は止められるね』
「やきとり!」
俺はだっと駆け出し、月夜が相手をしているツェツィーリエに斬りかかる。流石に注意が逸れていたのか、俺の刀は避けられたがツェツィーリエの髪を切り裂いた。そして彼女が驚愕している隙をついてやきとりが小さな体を生かしてツェツィーリエの腕輪を嘴で砕く。
俺は素早く身を引いてツェツィーリエから離れた。
「お前、よくもやってくれたね」
「髪だけで済んだのを感謝しろよ」
「髪だけじゃないさ」
ツェツィーリエが押さえている首筋からは血が流れている。どうやら俺の刀は首にとどいていたらしい。月夜の影に拘束されながら、ツェツィーリエは瞳孔を開いて俺をみた。ひゅんっと、何かが縮む心地がする。女海賊から立ち上る怒気が違う。
「取引きを邪魔されたことも、船を壊されたことも、女に恥をかかせたことも」
「いや、恥はかかせてないから」
つい言葉を挟んでしまったが、ツェツィーリエはそれには反応しない。
「責任、とってもらうよ」
ごうっとツェツィーリエから陽炎と風が立ち上った。それはだんだん強くなり、小さな台風が圧縮されたようになる。
「な、なんですかあれ!」
『いけない、この場所で魔力暴走されたら!』
「月夜!」
魔力暴走。俺が以前やりかけたあれだ。あの時は月夜がいたから抑えられた。だからこそ俺は月夜を呼んだのだが、月夜は首を横に振る。
どうする、どうする?!
頭を働かせても何も思いつかない。だが、気が付けばそれはぽっかりと口を開けていた。
「赤……くじら?」
ばしゃんっとその巨体に似合わないくらい小さな音で海から飛び出したその赤い生物は、目の前でツェツィーリエを船の半分と共に呑み込んだ。
「え……」
くじらに呑み込まれる生きた人形のお話ありましたよね。