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第四十四話 お盆

 船長の許可を受けて簡易釜戸を甲板のあちこちに複数設置し、その上に鍋を置いていく。さすがに炊き出しみたいにするのはめんどうだったので、とにかく材料だけ切ってあとは自分達で好きな食材を入れていくセルフバイキング形式にした。そのため鍋がたくさん必要だったが足りず、中には鎧の兜を逆さまにして鍋の代わりにしているグループもある。



 あのカツヲドスに巻きついていた昆布で基本的な出汁をとった。そのまま水炊きにしてもいいし、他にも用意したスープを出汁に使ってもいいようにいくつか用意した。例えば乗船者達がかき集めてきた食材の中にはクルミっぽい種があったので、それをペースト状にして、エレノアが使った網についていた白いホヤのようなものを熱すると豆乳のような液体ができたのでそれを混ぜ合わせて豆乳鍋風のスープを作ったりした。クルミは旅人が保存のきく食料として持っていた物だがそのまま食べるのに飽きたそうでもって来たと言っていた。あ、白い液体はちゃんと食べられるらしい。あとは肉からとった出汁なども用意した。



 食材は魚介類や海藻やキノコだ。船の中にキノコが生えていたらしく、それを目の前に持ってこられた時は気絶しそうになったが、魔導書によるとちゃんと食べられるらしい。ナルスは明日の食事に使う予定だ。



 そして小麦粉はあったので塩と混ぜてうどんを作った。口に合うかはわからないが鍋のしめとして使えるだろう。



 俺の前にはエレノアとアランが箱に腰掛けて、俺が火加減をみている鍋にじいっと視線を注いでいる。



「……」

「……」



 アランの喉がこくりとなった。俺はこぽこぽと吹き始める鍋の中で、キノコが丁度良い煮え具合で()つカツヲドスの切り身が煮え過ぎない絶妙ところで火を弱める。何故かキノコから手っぽい部分が生えて煮え立つ出汁に合わせて踊っていたりするが気にしない。気にしたら負けだ。



《ステータス》



オドリマツタケ(魔物に非ず)


HP  3/3


MP  3/3

【職業】


一応キノコ



 たとえ魔物ではないって出てるにも関わらずステータスが表示されようと、気にしたら負けだ。うん。





「よし」

「も、もういいのかな?」

「い、いいんでしょうか?」

「ああ」



 俺が頷くと二人は手にもつ椀にフォークで煮えた食材をすくい、湯気を上げるそれに息を吹きかけて冷ます。そして口に入れた。



「は、は(あ)つい……!」

「でも美味しい!温かい旨味が体に染みる!」



 二人のたまらなさそうな笑顔をみて、俺は安堵した。そしてそれからしばらくはふはふと食べることに集中する。



「んにゃー」



 ああ、悪い悪い。

 不満げに声を上げた月夜の前にも鍋の中身を移した椀を置く。

熱いから気をつけろよ。



 一方やきとりはせっせとカマドの火加減の調整に全力を費やしているので、まだ食事に手を付けられない。



 俺達と同じような光景が、甲板の上では複数繰り広げられていた。あらかた鍋の中身が減ったとき、ようやく三人とも人心地がつく。



「ふはーっ!あったまるしいいねー、これ」

「そうですね。みんなで囲んで食べるのも楽しいです」

「夏に鍋はちょっと厳しいけどな」



 アランは曇ったメガネを外して布で拭いた。



「ユートの作る料理はあんまり見たことのない料理が多いけど美味しいね。どこで学んだの?」

「うーん、まあ俺の故郷の料理がベースだからな。確かに見慣れない料理が多いかもしれない」

「ユートさんの故郷はどこなんですか?」



 その質問に、俺は一瞬だけ答えに詰まった。



「ずーっと遠くだよ。ここら辺とは全然文化も違うしな」

「なるほど。確かにそれなら料理もこれだけ馴染がないのも納得だね。でもよくこれだけ作れるね。故郷ではコックだったとか?」

「いや、あくまでこれらは家庭料理の延長だ。俺がいつでも一人で生きていけるようにって、美都子さんが仕込んでくれた」

「ミツコ……さん?」



 エレノアが首を傾げる。



「美都子さんは俺の義理の母親。俺は養子だったからな。俺を引き取ってくれた時、美都子さんとその夫の敏和さんは俺の祖父母と言ってもいい年齢だったから、俺がいつ一人になっても生きていけるようにって、いろいろ仕込んでくれたんだ。料理はそのうちの一つな」

「そう……だったんですか」



 養子の話にアランとエレノアは視線を逸らす。



「そんな気にしてもらうことじゃない。実の親以上に親らしく俺を大事に二人は育ててくれたんだ。あの二人の子供であることは、俺の誇りだよ」

「そうかー」

「ユートさんは、ご両親のことをとても大切に思ってらっしゃるんですね」

「実の親はろくでもない奴だったからな」



 エレノアは微笑ましげに俺をみつめる。



「自分の両親を誇りに思えるってすごいことだと思うよ。僕の親はまあ、自分の役割をきちんと果たしていたと言えるんだろうけど、僕とは合わなかったから。誇りに思うとまで思うことはないしね」

「アランのとこは親と仲が悪いのか?」

「うーん。一応古くから伝わる家系だったからね。次男だったから見逃してもらえてるけど、今みたいな民俗学者でフィールドワークをしてるのは不満そうだったし、そもそも反対されてたしね。それでも抜け出して続けてるんだから、縁を切ったと思われてるんじゃないかな」

「そんなのほほんと言う内容じゃなくね?」

「いやいや、両親にとって僕は家督を継ぐ予備だったし、それは兄が健在な時点で僕の役割はそんなになかったんだ。だったら僕は両親に都合のいい存在じゃなくて、自分で決めた自分の役割を果たしたいと思う。それは僕の中で決定事項だからね。親不孝をしている罪悪感は確かにあるけれど、天秤にかければ自分の定めた生き方に傾くんだ。だからそんなに真剣に迷うほどのことでもないんだよ」



 のほほんとした雰囲気のアランからしっかりした覚悟を聞くと、さすが大人なんだなと思った。人は見た目に寄らないってのは本当だな。



「自分の役割を自分で定められるなんて、素晴らしいですね。私は、自分の役割を果たせない力不足の自身に、過ぎたる役割を定めたものにずっと悲しみを覚えていました」



 エレノアは笑顔を全く変えず、そう言った。



「生まれや能力は誰も選べないからね。確かに自分に求められるものに応えられない時は辛いよね」

「まあ、確かに選べないわな」



 エレノアは皇女と聖女という地位と役割、アランは貴族の地位と役割、俺は自分の生まれた場所をそれぞれ思い、同意する。



「でも、それはきっとどんな人にもあることで、それぞれ折り合いをつけて生きていくしかないんですよね。私の妹も、いろんな思惑や意思に翻弄されながら、流されまいと抗っている。そのやり方はかなり、いろんな方に迷惑をかけるものでしたけど……」



 そうだな。迷惑かけられたな。

 俺は心中で同意しながらでもそうか、と思った。リリアもいろいろあったんだろう。だが、俺にした仕打ちを許すつもりはないが。



「あの子はいずれ、自分のしたことを清算しなければなりません。……だからどうか、あの……をゆる……ないで……さい」

「ん?」



 最後のほうの言葉があまり聞き取れなかった。



「いえ、ちょっと妹に対して思うところがいくつかありまして」

「エレノアさんには妹さんがいるんだね」

「はい。たった一人の妹です。小さい時はよく私についてまわって可愛かったんですけど、もう何年もあまり話してないですね」

「ああ、年頃の妹さんだとそういう時期があるらしいね」



 ……あれはそういう時期とかいう問題なんだろうか?



「アランさんにはお兄さんの他にご兄弟はおられるんですか?」

「ああ、兄の他は弟が一人いるよ。男ばっかりだったからね。ユートは兄弟はいるの?」

「……まあ義理の兄は二人いるな。と言っても俺が引き取られたときは既に二人とも家を出てたからあんまり関わったことがない。むしろその長男の娘、俺の義理の姪か。そっちのほうが歳も近かったし関わることが多かったよ」

「へー。なるほどねー」



 ふと星の少ない空を見上げる。敏和さんと美都子さんは元気だろうか。この世界と地球の時間の流れが同じなのかはわからないが、心配をかけているかもしれない。

 あの二人に迷惑をかけるのは嫌だな。心配させるのも、嫌だな。



「そういえば、今夏の終わりくらいだよな」

「え、うんそうだね」

「ちょうどナスに近い野菜もあることだし……」



 俺は食材の入った箱から取り出したナルスに折った枝を四本さす。



「なんですか、それ。動物?」



 アランとエレノアが俺の手元を覗き込む。



「そうそう、これ、牛な。本当はキュウリもあればよかったんだけど」

「牛……ですか」



 夏の終わりのこの時期、お盆の季節に毎年敏和さんと美都子さんが作っていた。この時期に帰ってくる先祖の霊が早く帰ってくるように馬の乗り物としてキュウリに棒を刺して置いておき、そのあとあの世に戻るときはゆっくり帰ってもらえるようにナスに棒を刺して牛を作る。この場にはナルスしかないから、ゆっくり霊には帰ってもらうしかないが、まあそもそも異世界に俺のご先祖が帰ってきてしまったらなんかそれは違うってなってしまうしな。



「俺の故郷にはこの時期にそういう風習があるんだよ」

「へえー、興味深いね」



 アランは学者だけあって俺の話に興味があるようだが、俺が故郷の名を言わなかったことから詳しくは話したくないということは察しているんだろう。深く聞きはしなかった。



 とそんな話をしている時に、船長が甲板にやって来て声を張り上げた。



「みんな楽しんでるとこ悪いが連絡事項だ。明日補給船と落ち合うことになってて、荷物を出し入れするからあんまり部屋から出ないでくれ。一応予定では午前中に終わる予定だから、それまでよろしく頼むぜー」

「「「「はーい」」」」



 連絡事項を告げると船長はすぐに船室に戻って行った。



「補給船?」

「この船はマルシェンダに向かってるけど、マルシェンダ以外宛ての荷物だったりなくなった食糧の補給だったりをする船だよ。船と船を繋いで受け渡しをするから、ナースステーションがあるとこくらい波が穏やかな海域じゃないとできないんだ」

「だから明日なわけか」



 異世界の運送事情もなかなかおもしろいな。








本当はお盆にここまで更新したかったけど、間に合うとかそんな問題じゃないレベルで遅くなりました。

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