第四十二話 二日後 暇潰しをがんばる
二日も経てばぐずぐずとした天気も去った。部屋やら船内にばっかり目が行っていてあんまり気づかなかったが、甲板にいると結構楽しい。
天気の悪くない日だと乗船者達は甲板に集まって、商人であれば布を広げて商品を並べたり、なにかしらの職人であれば、旅の中で壊れた物を修理する修理屋を簡易的に開業したり、旅人達はそれらの簡易的な店を覗きながら旅人同士で集まって情報交換をしたりしていた。
「あんたのその身に付けてるペンダント、聖地巡礼者だね。どこから来たんだい?」
「ルタール国の東に位置する小さな村だよ」
「ルタールか。確か魔大陸と海を挟んだ場所にある国だね。魔族は大丈夫かい?」
「海沿いのほうに村があったわけじゃないから詳しくはわからないけど、最近魔族がちょこちょこ出てきてて、ルタールも戦いの準備をさらに進めてるって聞いた」
「ということは、魔王が復活したって噂も本当かねー。近々戦があるかもしれないな」
「エネルレイアで勇者が召喚されたって話は本当みたいだし、そんで今その勇者様はルタール国に向かいながら修行中だとよ。となると、魔王復活も信憑性高いよな」
「あー、確かに教会のシスターが昔、勇者召喚が成功したときは魔王が復活したときだって言っていた気がするな。復活してないときはそもそも召喚すらできないとか」
「あー、俺もその話、村の司祭が話してた」
「てことはルタールは武器と食糧を集めはじめてるだろう。よく巡礼に出してもらえたな」
「まあね。俺が村を出たときはまだ俺の村まで食糧を差し出す王令は出てなかったから」
「そうか。しかし、ルタールに行くにはもう少し情報が必要だな。今年はコロシアムは開催されるのか?」
「今は万が一に備えている時期だから、むしろ闘技場は盛り上がってるよ。強い奴を集めるのに闘技場はもってこいだからな」
「なるほどな」
「そうそう。ギルドにも依頼を出して傭兵と魔法使いを集めているみたいだな。だけど、魔法使いの集まりが悪いらしい」
「まあ、傭兵よりは魔法使いは貴重だからな。わざわざ戦場に行かなくても金は稼げる。となると、リーブルにも魔法使いの派遣依頼行ってるんだろ?最近はどの国も派遣されてないみたいだが」
「そりゃ、あそこは優秀な魔法使いの宝庫だからな。ただ、あそこの校長が自分の生徒達を派遣するのを最近渋ってるらしくてな。それで全然派遣されないのよ」
「ええー、あそこって各国の寄付金で成り立ってる学校だろ?学生を派遣させるからそのためにいろんな国が寄付金出してんじゃねーの。なのに派遣しないとか、それ大丈夫なの?」
「さあなー。いずれ限界が来るんじゃないか?」
「まあリーブルのことはさておいて、次の巡礼はどこだ?」
「ここ、ゼファー海の下だよ」
「あー、そういやこの船、昔の戦場跡の上通るんだっけ?」
「ああ。まあ、本当にこの海の下に昔の勇者様が眠ってるとは限らないけどね」
「そだよなー」
「そっちのお姉さんはどこに?」
「次はフロジェッタに行こうと思ってるんだが、最近の街道はどこで魔物が湧き出てるかわからないからね」
「あー、フロジェッタならアマカドから終焉の谷を通らないとだしね。アマカドで護衛を雇ったほうがいいかも」
「やっぱりそうかい。懐もそんなに余裕があるわけじゃないんだけどねー」
というような会話が漏れ聞こえてきた。なんか耳慣れない言葉のオンパレードで理解できることは少ないが、おそらくたくさんの地名が出てきた。そして勇者という言葉も。
「あいつは、ルタール国とやらに向かってるってことか」
洋一の情報は、あいつが勇者である以上離れていてもどこにいるかくらい得られると安易に考えていたが、俺自身が人里から離れていたせいで入って来なかった。まあ、離れていたというか、それどころじゃなかったというのが正確な話なのだが。
とりあえず、今のところは無事と思ってもいいのか。
そして魔族とやらもルタール国にちょっかいをかけているのか、がっつりと戦っているのか……。だが、正確と考えてもいい情報としては、まだ魔王は復活していない。
「はあ、いったいどうなってるんだか」
「にゃー」
ぼーっとそれらの声を聞きながら、俺は目の前でやきとりの吐きだす火によって煮沸される水を見ていた。
この船の水を試しに一口飲むと、しばらくして腹がゴロゴロと言い出した。アランやお姫様であるエレノアが飲んでも問題なかったということは、やっぱり日本の水はとても綺麗な水だったということなのだろう。要するに俺に耐性がなかった。
というわけで、水蒸気があたる部分に磨いた平たい石を被せ、その周りを昆布?で覆って水蒸気を逃さないようにし、石にあたった水滴の下にコップをおいて蒸留水を集めていた。
非常にめんどくさい。そして時間がかかる。だが、腹をくだすよりはマシだろう。蒸留水が溜まるのを待つ間、甲板の観察もできるし、他にも考え事ができる。
甲板の端に片膝を立てて座っていると、先ほどまで商品を並べていた商人のオヤジが俺達を覗き込んだ。
「お前、さっきからなにしてるんだ?」
「あー、飲み水の確保」
「飲み水の?」
なにこいつ、なんでこんなめんどくさいことを?というような顔をされたので、慌てて俺は言葉を添える。
「あと、献立を考えてた」
「ああ、乗船者はみんな同じような食事に飽き飽きしてるからな。あんたの料理はありがたい」
「みたいだな。ちょっと調理法変えただけであの騒ぎだったわけだし」
先日のとんかつを作ったときの乗客達の興奮をみれば、その飽きや鬱憤がどれだけ溜まっていたかがわかる。乗客達の訴えによって夕飯も任された俺は肉をミンチにしてハンバーグ的なものを作ったが、食べた奴らはもはや味が変わればなんでもいいという様子だったように思う。
それにソースなども自分の手持ちの食材と薬草達でなんとか作り出したが、……作り出したといっても俺の良く知るウスターソースとかの味には程遠かったにしても、それらも無限にあるわけではないし、このまま無償で使うのも躊躇われる。なにせこれの採集には俺の労力を使っているのだ。
ちなみに、俺達三人のこの船に乗船する対価は労働力の提供だ。まあ、料理ならそこそこできるしいいかと引き受けた。
「まあ、バリエーションも問題だが、なにより栄養の偏りが大きいだろ」
「偏り?」
「肉とパンのみ。あっても豆だけ。確実に野菜が足りてない。とはいえ、野菜そのものがないしな。調達しようにもここは海の上。このままだと、栄養失調になるんじゃねーかな」
栄養失調ってのは、たとえ腹いっぱいにごはんを食べていてもなるらしいときいたことがある。まあ、聞きかじりで正しい知識とは限らないんだが。
「ついでにいうと塩分過多だよなー。これもあんま良くないんじゃね?」
「……途中から何言ってるかわかんねーが、お前まじめだなー」
「あ?」
オヤジがカカカと笑って俺の前に胡坐をかいた。
「別にそんなに真剣に考えなくてもいいだろー。別におめーはこの船のシェフじゃねーし、誰もそこまで全員の体調について気を配ってるわけでもない。そんでお前さん獣人のくせにご主人以外のことを考えて、自発的に行動している。全く奴隷らしくないし、普通の人間だってそこまでする筋合いはないだろー。食事のことは乗客達がわりと勝手にお前さんに押し付けたんだ」
「……頼まれたわけだし、俺もそれに了承したんだ。だったらできるかぎりのことをするのは、おかしいか?」
「……はっ!やっぱりお前まじめだなー。そんで、やっぱり獣人らしくない。お前を普通の、いや変わった人間を相手してるみてーだ!」
そりゃ、俺は獣人じゃないしな。そんで奴隷でもない。地球でだって日本人の性質はまじめだとかなんとか言われていたんだ。ここでそう言われたとしても、そういうもんか、としか俺には言えない。
「はは、まあ、お前が悩む分いい食事にありつけるというならオレっちはありがたいけどよー。そうなるとお前の負担が大きいわなー」
オレっちって、その見た目でいうと何歳だ?五十代か?それでオレっちって……。
と俺が内心動揺していると、オヤジはふむふむと頷いてにかっと笑った。
「よし、じゃあ食材はそれぞれが持ち寄るってのはどうだ?」
「は?」
「乗客にはオレっちが話つけといてやるよ。食材が足りないなら、みんなが持ってるものを持ち寄ったりすればなんとかなるかもしれないだろ。他の奴等も、普段とは違う食事ができるとなれば協力的になるはずだしな」
「そうなれば、まあありがたいっちゃー、ありがたいが……」
しかしなんでこのオヤジがそこまでする?
俺の訝しげな視線でなにを思っているのか察したらしいオヤジは苦笑した。
「そりゃ、俺もここの食事には飽き飽きしてるしな。それに、何日も同じ奴等と顔合わせて、暇つぶしも底をつきてきたんだ。そこにこういう話を持ち込めば、全体が気晴らしになるだろ。俺も手持無沙汰だからなー、もしかしたら盛り上がるかもしれない」
思いついちまったら試してみたくなるもんだろ?とオヤジはにっかり笑った。
そんなお祭りみたいな感じにされても俺からはなんとも言えないんだが、まあ確かに良い暇つぶしになるかもしれない。
逆に俺も珍しい食材をみれるかもしれないし、それはそれで楽しいかと思う。
「じゃあ、暇つぶしをがんばるかー」