第四十話 朝日が目にしみる
なんか、こう狭い!
そんな思いで目をぱちりと開けると、俺の足に絡みついている足と、顔の横に顔、腹の上に猫、脇の下に鶏がいた。
「いや、確かにシングルベットにこんだけいるとそうなるだろうけども!」
狭い一人用のベッドで俺とアランと月夜とやきとりが寝るとどうなるか。とんでもない絡み合いになるということがわかった。男と絡み合ってなにが楽しいよ。これがエレノアとかだったら男冥利につきるんだろうが……いや、それも問題だな。
それにしても息苦しい。身動きがとれない。
「おい、とにかく離せ!」
『とか言いながら小声の優人君にお人好しの匂いを感じずにはいられない、神様なのでした』
なに朝っぱらから話が終わるような言い方してんだよ!一日はこれからはじまるんだよ!
なんとか絡みから抜け出し息をつく。窓の外をみればまだそれは薄闇だ。あと少しで日が昇るだろう。
昨日は疲れて後回しにした荷物の整理でもするかと、俺は鞄に手をかけた。
海水に浸かってぬれてしまったが、教会から持ち出した地図は広げてみると、表示される地図の部分が増えていた。全体からみるとちょうど真ん中あたりの海の地形が増え、自分の現在地が矢印で表示されている。
水に濡れて滲んでいないか心配だったが、その点は大丈夫そうだった。これも勇者が作ったものだからなんだろうか。
その他の多めに買っていたビンに詰めた薬草や種、実などはちゃんと封をしていたからかこれらも無事そうだ。
「それ、君が作ったのかい?」
「うおっ!」
後ろからアランがメガネに手をかけて興味深げに覗き込んでいた。
「ああ、これか。俺が作った」
「この実と一緒に入ってる液体は?」
「ああ、油だ。油漬けにしてちょっと保存がきくようにしてある」
「へえ!この実は?」
「実自体は確か、ベルーの実……だったか?」
『ベルーの実……油分を多く持つ実。同質の油を浸けると周囲の油も吸い取り実の内側に溜めこむ性質を持つ。種を土に植えると七年かけて芽吹き、芽吹いたあとは一日で大樹に成長する希少な植物である』
と、採取したときと同じウィンドウ画面が現れる。この実を見つけたときこの画面の説明をみて油に浸してみると、みるみる油を吸った。そしてそれを絞ると、どこにそんなに蓄えていたのかと思うほどの油が出てくる。これは油の保存にいいと思い、実自体に油を吸わせるのと、実自体の保存のために油漬けにしてみた代物だ。
「へえ、はじめて知ったなー」
研究者であるアランはその気質からか興味深げに俺の荷物をみて、いちいち質問を始めた。さすがに俺も全部に答えるのはしんどくて、いつの間にか朝日が差し込み始めている頃に扉がこんこんとノックされてほっと息をついた。
「あの、すみません!」
「あ、エレノアさんだね」
アランが立ち上がり扉を開けると身支度を整えたエレノアが立っていた。
「あ、おはようございます!朝ご飯、食べに行きませんか?」
「あ、そうだね!」
「こっけこっこー!!!」
「んにゃーー!!!」
「んごげっ!」
朝日を浴びたやきとりが朝の声を上げると、それまでまだ眠っていた月夜が目を覚まし、やきとりを殴り飛ばした。とても華麗な猫パンチだ。
「ははは、まだ眠たかったみたいだねぇ」
「だな」
食堂につき、そしてまだ他の人がいない時間に朝食を食べる。相変わらずな塩漬けの肉と、今度は豆のスープ、そして硬いパン。
そういえば昨日はなにも食べずにいたから、これがこの船で初めて食べる食事だ。まずは豆のスープに口をつける。
うーん。かなりの薄味だ。そしてなんともいえない草っぽい臭いがする。なんというか、ああそうだ。パクチーに近い味がする。俺はあまり好きではない味だ。
そして今度は肉に口をつける。
「くっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか?」
思わずせき込んだ。辛い。塩辛すぎる。喉を通るときになんともいえない塩味の引っかかりがあって呑み込みづらい。
「くっそ……!」
出された物はちゃんと完食したいが、これは厳しいぞ。
ふと顔を上げるとアランは普通に食べていた。俺がじいっとみていると、苦笑して答える。
「僕はほら、旅も長いからこういうの食べるのも慣れちゃったんだ。好んで食べたいとは思わないけどね」
エレノアをみると、彼女も涼しい顔で食べている。そしてよくみるとナイフとフォークの使い方が美しい。確実に皿とナイフが触れているのにカチャカチャとかこすれるキーという音が一切しない。
「お前、食べ方綺麗だな」
「えっ?!」
エレノアが思ってもみないことを言われたような顔で頬を染めた。
「そ、そうでしょうか。初めて言われました」
「味は……大丈夫なのか?」
「え?ああ、そうですね。ちょっと食べにくい……ですね」
エレノアを苦笑を浮かべる。
うーん、やっぱりかなりキツイんだよな、これは……。
この肉、防腐のために塩漬けにしてあるが、やっぱり時間が経っていて何とも言えない臭みがある。そのうえにこの塩分量と考えると……。
「腹壊すうえに高血圧になりそう」
塩分の排出にはカリウムがいいんだったか。だけどカリウムが多く含まれているのは野菜で、それこそすぐ腐るからこういう長旅には向いていないんだろう。冷蔵庫があれば話は別だったんだろうが、この船にそういう物がある様子はなかった。
「ユート?どうかした?」
考え込む俺の様子を訝しみアランが声をかける。
とにかく、目の前のものを食べられる状態にするのが最優先か。ふと、エレノアをみつめる。そういやこいつ、昨日きのう壁にぶつかって壁を粉々にしていたな。粉々……か。
粉々という単語で、硬くてかなりの唾液を必要とするパンに視線を移す。そして飲めないが受け取ってしまった酒。今回はエール、要するにビールだ。この世界では十六歳が成人らしく、俺も酒を飲めるらしいが、俺の法律は日本なのでまだ成人はしていない。だが、酒はあるわけだ。
「うーん」
「ユートさん?」
『優人君?』
俺は立ち上がり、食堂のカウンターに向かう。そしてそこで仁王立ちしているシェフを見上げた。シェフは無感動に俺を見下し、逆にそれが威圧感を与えている。
「なあ、他のお客さんが来るまで厨房貸してくれないか?」
「……火を扱うなら、そして食材を使うなら船長の許可がいる」
「なるほど、そっか」
俺はわかったと頷き、くるりと背を向けて食堂を出ようとする。
「ちょっと船長のとこ行ってくるわ!」
「え、ユートさん?!」
「ユート?!」
「こっけー」
「にゃにゃー」
困惑するエレノアとアラン、そして行ってらっしゃいと声を投げるやきとりと月夜に手を振り、俺はおそらくまた吐いているんだろう船長の元へと向かった。