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第三十九話 ココロノキョリカン

九月三日改稿


 部屋に戻るとそこには当然誰もいなかった。



「ふぅ……」

「にゃ~」

「こけ~」



 俺がベッドに腰掛けて息をつくと、同じように部屋に入った月夜とやきとりも疲れたように息を吐きだし伸びをした。



「お疲れさん。悪かったな、いろいろ迷惑かけて」

「にゃー」

「こけー、こけこけ」



『気にするな、だってさ』

「そうか」



 一羽と一匹はそれぞれ頷くと、指示を待つように俺の前に並んだ。



「ああそうか。もう休んでいいぞ。……そのまえに、お互い寝る準備が必要か」



 するとやきとりも月夜も心得たもので、月夜はテーブルの上に置いてあったタオルに向かって飛びあがり、タオルを(くわ)えて着地する。そして器用に口と手足を使って足裏を拭きだした。体の柔らかい猫ならではの動きだと感心する。



 やきとりはくちばしを使って毛繕いをはじめた。俺もマントと制服を脱ぎ、シャツだけの状態となる。

寝巻となるようなものは持ってきていないし、荷物になるので用意もしていないから、これからも寝るときはこの状態が続くかもしれない。とはいえ、同じ服を着続けるのも問題があるだろう。多少の汚れなどはいいとして、同じ服だけだと消耗が激しい。今まで着続けているシャツを着て、ますますどうにかしないとな、という思いが強くなる。



 学ランのインナーとして来ているシャツはすでによれよれになっていた。袖口はほつれはじめていて、先端の折れ目がぱっくりと口を開けている。

 この世界で違和感のない服を手に入れられればマントで隠す必要もないし、学ランを傷めずに済む。理性的に考えればそうだが、脱いでしまうのは少し躊躇(ためら)われた。学ランを着ていることが、俺はこの世界に流されたりしないという決意の表れだったのかもしれない。とはいえ、未だ帰る手がかりもほとんどなく、これは覚悟を決めて、それこそ一旦腰を据えて問題に向き合う必要があるのだろう。

 まあ、要するに意地という俺の気持ちの問題なのだが。



「これをそれこそ本当にボロボロにしてしまうわけにはいかないからな」



 若干手遅れな気もしないではないが、それこそ日本に戻ったとき制服が着られないととても困る。制服代だってタダではない。



 俺はとりあえずラフな格好になれたことでほっと息を吐いた。全身が軽くなったと感じると同時に、疲労感が増す。けだるい体に力を込め、月夜が体を拭いているタオルを手に取って水差しの水で濡らす。

 今のこの船の上で飲み水は貴重だが、正直まだ俺はここの水を飲むことに抵抗があった。なんというか、腹壊しそうで。さっき乗客たちが雨を必死に溜めていたが、俺はそのまま雨水を飲むことができない。手間でも最低煮沸させたい。なんとなく、やはり自分は恵まれていた国に住んでいたのだと実感する。蛇口を捻れば清潔な水が流れて、どこでも水が手に入る状況が【普通】であるということは、やはり【特別】なことなのだ。



 とりあえず一応飲み水として成立しているのだから、体を拭く分には抵抗はない。

 俺は月夜を膝の上にのせて足を拭ってやる。



「んにゃ~」



 月夜は気持ちよさそうに鳴いた。足の次は体、尻尾も拭いてやる。拭いてやるために少し力を入れる度に月夜はリラックスした様子で満足げに髭を揺らした。



「こ、ここここ」



 その様子を羨ましげにみていたやきとりに、俺は視線をやる。



「ほれ」



 月夜をベッドの上に移動させて、入れ替わるように膝に乗ったやきとりの足をぬぐってやる。鶏の足は細いのにゴツゴツしていて、やはり鉤爪は鋭い。爪と爪の間も拭いて、そのあと羽も拭いてやる。



「こここここけ~」

「ぷっ」



 その鳴き声の言い方がいい湯だ~と言っているように聞こえて思わず吹き出す。



『……』

「……」



 その様子をみて、俺は自分のことをこいつらに話すかどうか迷った。自分と契約した使い魔。おとぎ話でしか聞いたことのない存在だが、これから俺はこのよくわからない世界を旅するうえでこいつらを連れてまわすことになる。それなら自分がどういう目的で旅をしているのか、同じ旅の同行者として伝えておくべきなのかと頭に過った。もし自分がどこに向かっているかわからない状態で旅に連れて行かれたら不安とか、迷いとか生まれそうだと思うからだ。

だが同時に、所詮は月夜もやきとりもこの世界の借り物だ。いつかはこの世界に、誰とも知れない誰かに返す者達だとも思う。



「あんまりこの世界に未練になりそうなものは残したくないしな」



 いつの間にか月夜もやきとりも寝息をたてている。恐らく俺がなにも言わなくてもこいつらは文句も言わずついてくるのだろう。ある意味月夜とやきとりの寛容さに甘えている。だとしても……。



 俺はやきとりをそっとベッドの端におろし、寝転んだ。



『優人君。これからどうするの?』



 仰向けに寝転ぶとウィンドウ画面は目の前に現れた。今はこの部屋に俺の声を聞く者はいないから、声に出しても問題ないだろう。



「とりあえず、この魔導書が俺のところに来るときに聞いた、勇者の遺物って奴を探していこうと思う」



 どこまでも俺についてくるこの魔導書の、勇者の遺物があるという場所も書かれたページを開きながら、体勢を横に変える。



『その魔導書が言ってたの?』

「ああ、俺より何代か前の先輩勇者って言ってた。帰る方法を探すなら、今までの勇者について調べたらいいんじゃないかってな。その手がかりが勇者の遺物だろ」

『そうだね。確かに遺物は彼らが作ったものだし、その周囲には彼らの足跡が残っている。僕も彼らの旅路を詳細にみていたわけではないから何ともアドバイスとか言えないけど、帰る方法を研究していた人もいた気がするし、いいんじゃないかな』

「だとしたら、この方向性で間違ってないんだな」



 ぱらぱらとページをめくる。

 俺が普通に触れている分にはこの魔導書に変な文字が浮かび上がったり、浮き上がったりなど変な現象は起こらない。



 後ろのほうのページには、この魔導書の製作に関わった勇者がみつけたんだろう勇者達の遺物の名前と、それをみつけた場所が書かれている。

 俺が求めているのは勇者たちの足跡と、帰る方法に関わる情報だ。だから、そのいくつかある遺物の内一つに視線が止まる。



「十代目勇者の日記……か」

『十代目……ああ、彼か……』

「覚えているのか?」

『うん。とっても臆病な幼い子だった。長い時をこの世界で過ごして、ちゃんと魔王を封印してくれた勇者だよ』

「……」



 それ以上は神はなにも語らなかった。

 俺は目を閉じて眠りについた。







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