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第三十八話 地域によって分別するものは違います



 バシャンと音がした。優人がドロドロの汚水の中に沈んだ瞬間、その汚水がボコボコと泡立ち始める。



「なんだ、誰か屁でもしたか?!」



 髭の男はそう叫んだが、今の様子は本当に水が発酵しているかのようにぶくぶくと音を立て、そしてザザザッと水が吸い上げられ立ち上がった。様々なゴミが中途半端に混ざり合い、泥になりかけ、腐った臭いを放つヘドロが浮き上がってはベチャッ……ベチャッと滴り落ちて飛沫(しぶき)をあげる。



 優人は虚ろな目でぶつぶつとなにか呟きながら、汚水を固めて浮かせている魔力を器用に操り、立ち上がった。



「にゃー、にゃにゃー」

「こけー、こけこけ」



『あー、あー、あー、あー』



 神はなにもできないまま、その様子を見守りつつ、優人が錯乱している今誰も気づくことのない声を上げる。優人は自分があのものすごく汚い水に全身突っ込んだことに拒絶反応を起こし、意識を半ば飛ばしたまま魔力を操っていた。もちろん優人の意思に沿って魔力を支えているのは月夜とやきとりだが、その様子はすさまじいの一言である。



 小さく呟く優人の声を耳を澄ませてきいてみると、



「月曜日は燃えるごみの日。火曜日は燃えないごみの日。水曜日は資源ごみの日。木曜日はペットボトル。金曜日はカンとビン」



 という言葉が漏れきこえてくる。そしてその言葉が発される度にその汚水に混じっていたごみが仕分けられていく。肉の骨や腐った魚、人、虫、ネズミの(ふん)とその他の雑多な虫の死骸やら髪やら木くずやらは燃えるごみとして。誰かが落とした鎖や金属片は一塊にまとめられる。そして仕分けられたごみたちはやきとりによって灰塵(かいじん)と化した。ヘドロは燃やされ土のようなものになり、泥岩のように固められる。



『火を使う時は船長とテレンスに許可もらわないといけないんじゃなかったっけ』



 といっても、今の優人にそんなことを気にしている余地はないだろう。常人ににはみえない【繋がり】という糸が優人と月夜、やきとりを繋いでいる。その糸があるおかげで月夜はいっそのこと決壊してしまいそうなほどの量の荒れる優人の魔力を鎮めつつ、やきとりが絶妙なコントロールで制御し方向修正されていることによって船が燃える心配はない。

 砂は砂に、泥は純粋な泥に、ごみは灰にまとめられ、それらによって水は透明に変わってゆく。そしてこの換気のできない淀んだ空気の船倉に風が渦巻き、濡れた床を乾かし、淀んだ空気は下り口から遡って外へ排出される。それと同時に黒いテカテカとしたあの果てしない生命力を持つ虫も風に引きずり出されて燃えていく。

 カビなどは削り取られ、船を安定させるために敷かれた石は変なぬめりやコケが覆っていたが、まるで磨きあげられたかのような輝きを取り戻した。



「掃除をしない悪い子は~、いねーがー」



 そう呟きを漏らした瞬間、優人はその場でくずおれて地面に頭をしたたか打ちつける。



「くっ!いって……」

「おまえ……おもしろい奴だなー……」

「は?」



 髭の男はなかば呆然としながらそう言った。優人は痛みで意識が戻ったようで、額をさする。



「おまえ獣人なのに魔法が使えるのか」

「んと、俺今なにかしたか?」


『特大のまだ名称のついてない魔法使ってたけど……』



「あれ、なんか臭いが……、それに綺麗になってる?」



 きょろきょろと周りを見回し、そして自分の綺麗になった体をみて優人は首を傾げた。その様子をみて、月夜とやきとりがはあ、とため息をつきそれぞれへたりこむ。少しだけお疲れのようだ。



「うー、にゃー」

「こけー、こけこけ……」

「なんだよ、なんか俺が悪いことしたみたいな視線だな」

「よくわかんねーが、よくがんばったよ、おめーら」



 がははと髭の男は笑う。そのとき、上から声が降ってきた。



「船長!船長どこですか?」



 誰かが誰かを探す声が聞こえたあと、船倉への下り口からひょっこり顔が出てくる。



「ああ、あなたはまたこんなところに。ちゃんと船長室にいて指示出ししてください」

「おおー、悪いなテレンス」



 テレンスに船長と髭の男は呼ばれた。



「船長が船酔いしてたのか……」

「まあな!」



 船長は優人の呟きに答えたあと、テレンスを見上げる。



「おい、今こいつのおかげでここは綺麗だ。また水が入ってくる前に補修しとけ」

「わかりました。補修係を呼んで来ます」



 テレンスはすぐに頭を引っ込め去っていく。あの状態から綺麗になったといわれて大した反応もなかった。



「さてと、んじゃ上に上がるか」



 船長はそのまま上に上がり、優人と月夜とやきとりはその後ろに続く。



「ふう……」

「ああ、雨が降ってきたな」



 船長の言葉通り、甲板に雨の打ちつける音が聞こえる。そのまま船長は甲板に進んでいった。



 甲板に出ると、その場は大騒ぎになっていた。



「おい、はやくバケツ!バケツ持って来い!」

「ああああ、バケツ足りないぞ!」

「おい、それおれのバケツだぞ」

「なにいってんだ!これは俺のバケツだ!」

「コップでも洗面器でもなんでもいいからとりあえず水入れられるものをはやく!」



 おそらく船に乗っていた旅人達であろう人間達が雨の水を得ようとあちらこちらにバケツを置いてまわっている。

 あ、旅人だけではないか。乗組員たちも右往左往しているようだ。



「おい、てめーら!雨もいいが帆を畳め!風が強くなりすぎると船が傾くぞ!ついでに雨避けの魔法また重ね掛けしとけぇ!」



 船長のその声にはっとしたように乗組員たちがバタバタと柱を上ったりロープをほどいたりして帆を畳む用意を始める。



 俺はそれを横目に、端でそいつらの様子をみているようなエレノアとアランに近寄った。



「おい、なにしてる」

「ああ、いや、甲板磨きしてたんだけど、磨いたあとすぐに雨降ってきたから、また汚れたなーと思って」

「ああ、なるほど」



 遠い目になるアランの様子で、甲板磨きがとても大変な作業だったことがうかがえる。彼の手には四角い石が握られていて、それが甲板を磨くものなんだろう。なるほど、なかなかその石も重そうだし、この広さだからやはり重労働だったんだろうな。



「んで、お前はどうした?」

「え、えっと……」



 アランの横でこちらには背を向けて座り込んでいたエレノアが振り返る。その目には涙を浮かべていた。



「おい、どうした」

「か、壁が……」

「壁が?」

「穴をあけてしまいました」

「は?」



 エレノアの前の壁をよくよくみると、たしかに木の壁に穴が開いている。というか、かんぜんな人型のくっきりとした穴が開いている。



「甲板磨きをしていたら勢い余って突っ込んでしまって……」

「だからって普通壁に穴は開かないだろ?!」

「ほら、雨が降り始めたところだったから滑りやすかったし、それで勢い余ったみたいで」

「だからってこんなくっきり人型がわかる滑り方するとか、どんな滑り方したんだよ」

「こう、雑巾がけの要領でやってたんですが……」



 いや、甲板磨きで雑巾がけするみたいにやるってできんのか?その穴はそれはもうみごとな人型だった。まるでその形にのこぎりで切り取られたみたいだ。



「すみません」

「謝るのは俺にじゃないしな。それより、壁に突っ込んだなら怪我はないか?どっか打ちつけたりとか」

「い、今のところはなんともないと思います」

「ならいいが、なにか異常があったらすぐ言えよ。あとで痛みが来ることもあるからな」



 打撲というのはそこそこ難しい怪我だと俺は思う。

 俺は実家の道場でよく投げ飛ばされて受け身がとれなかった奴が後で痛がったことを思い出しながら言った。



「は、はい。ありがとうございます」



 エレノアはしょんぼりと項垂れ、そして立ち上がり指示だしをしている船長のところに歩き出した。謝りにいくんだろうな。



「ユート、僕はもう少しここにいるよ。よかったら部屋に戻ってて。病み上がりだし、顔から疲れが滲み出てるよ」

「あー、わかった」



 確かに、体が疲れているのは感じていた。









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