第三十六話 船の上の食事事情
投稿遅くなってすみません。ちょっと難産だったうえ短いです。
7月10日加筆修正
本日TOブックス様より書籍発売しました!
「ほれ次、E定食六つ!」
「E定食六つな!」
俺はキャベツ?の酢漬けと硬いパン、そして塩漬けで香辛料をまぶしまくった臭い肉を煮たスープとを皿の上に並べ、のせてラム酒とともに差し出す。
「E定食六つお待ち!」
それをエレノアは受け取り、注文した客のもとへと持って行った。
「なあ、もうこの食事何日目だよ……」
「バカ数えるな。余計辛くなるだろ」
「だけどよー、毎日毎日おんなじ食事でさ、このかったいパンもだんだん変な味のするスープももう飽きたぜ。極めつけはこのキャベツの酢漬けだよ。まずい!」
「文句言うなよ。自分達が持って来た食料は尽きたし、船で提供される食事があるだけマシだろ。そりゃ航海が長くなるにつれて食べ物が危なくなるのは仕方ないしよ。前なんかウジのわいたビスケットでも食わなきゃ餓死する旅だったんだぞ。今回は恵まれてるほうだ」
「でもさー、もう食事は諦めたから真水が飲みてーよ。俺あんま酒得意じゃないしさ」
「それも我慢しろよ。水なんか貴重すぎてみんな我慢してるんだし。酒でも飲んでなきゃ干からびて死ぬぞ」
「だよなー」
という客の嘆きが聞こえてきた。
今俺がいるのはこの船の食堂部分で、一応この船の乗組員と乗客たちに食事が振る舞われる場所ということらしい。とりあえず俺は今の状況をアランとエレノアに聞きたかったんだが、二人共忙しそうで話が聞ける状態ではなさそうだったので、俺も手伝うことにした。
……したのはいいんだが、このいかにもうまくなさそうな食事と、それを食べる客たちのさえない顔が気になる。厨房をみても、この食事以外材料はなさそうか。
振り返れば奴がいる、というわけではないが、厨房の端には色の悪い塩漬けにされた肉が詰め込まれた箱と、大量のキャベツらしき野菜の酢漬けが詰め込まれた壺、そして積み上げられる固まりきったパンが山のようになっていた。それ以外の材料がおかれている様子はない。それになんかこう……異臭がする。
そしてそれを調理する料理人は一人。その料理人は料理がうまそうというよりも、太い上腕二頭筋と鋭い眼光から腕っぷしが強そうというイメージを与える。無口な男で、まだ一度も話したことがない。それなのに俺が手伝うことに関してなにも言わず、まるで監視するように俺達の働きをみていた。
『いやいや、眼光しかわからないからね!なんで目の部分しか開いてない袋かぶってんの?!どこの殺人鬼ですか?!』
おい、あえて言わないようにしてたんだぞ!なんでほじくりかえすかな!
『だって包丁持ってるもの!全然動かないし食事の用意している雰囲気でもないのに腕組みながら包丁持ってるもの!臨戦態勢にしかみえないし!
とはいえ、船の食事事情はよくないからね。単純に料理がうまいよりも、限られた食材でどう使いまわすかと、いかに食糧を盗まれないかってのが重要だからさ。必然的にそうなるよね』
ふーん。だからって、なんで顔隠すんだよ。
『人にはさ、いろいろ事情があるんだよ』
なにか知ってそうな雰囲気醸し出してるけど、おまえ絶対なにも知らないだろ。それらしいこと言ってるだけだろ。
『あれ、バレた?』
このやろう。
もはや驚きもしない神のコメントを読み、考える。
明らかに俺が船と聞かれて思い浮かべる日本の現代の船とは構造が違う。あのテレビでみるような豪華客船でもなければ、島に行くためのフェリーでもない。この食事の様子をみるに冷蔵施設もなさそうだ。航海期間がどのくらいかは今の俺にはわからないが、食べ物は保存食で補っているんだろう。塩漬けの肉も、キャベツの酢漬けも確かに保存食だ。だが、保存食もちゃんと保存しないと悪くなっていくし、確実にこの船の衛生状態はよろしくない。
といろいろ考察しているうちに客が去り、エレノアが駆け寄ってくる。
「ユートさん!体の調子はいかがですか?」
「ああ、もう普通に動ける。俺はどれくらい眠ってた?」
エレノアとアランがそれぞれエプロンと割烹着を脱いでやってきた。
てかさ、割烹着についてはつっこまなくていいよな?まだなんかすこーし体がだるい気がするから、激しいつっこみとかは遠慮したいんだが。
『というか、優人君すっかりつっこみが板についちゃって……。(ほろり)』
うるせー。
アランが俺の問いに答えるために窓の外の日の様子をみる。
「一度目覚めてからちょうど六時間ってとこかな」
「はい、ご自分であと六時間くらいの休息が必要だと仰ってましたもんね」
「……は、一度目覚めてから?」
「はい。体の痺れは毒のせいで、あと六時間体の休息が必要だと仰ってましたよ?」
「……そんなこといった記憶は……ないんだけどな……」
俺が覚えていないだけか……?
それに毒って……。
「あ、あともう一つ仰っていたことが」
「もう一つ?」
「はい。この船に気をつけろって」
なんだよそれ。なんでそんな意味深なことを、俺が?
ぐるぐると考え込んでいると、頭の上から声が落ちてきた。
「仕事は終わりましたか」
「あ、はい。終わりました」
「次はなにをしたらいいのかな?一等航海士テランス」
見上げると背が高く、細めの鋭い眼光の男が、俺を見下していた。
白を基調とした制服っぽいものを着たその男は、なかなかの無表情らしい。視線は俺やエレノア達をみて動くのに、表情筋がまったく動いていない。
「船長からの指示を伝えに参りました。客室は空いているので二部屋提供しましょう。最初に案内した部屋とその右隣です。あとそれがどちらの持ち物かは存じ上げませんが、自室にて管理していただくように」
それ、と持ち物だと?
その言葉のときに視線がこちらに向けられる。
「ユートさんはものではありませんし、彼は私達を助けてくれた恩人です。もう一部屋空いていませんか?」
「は?」
エレノアが柔らかい笑みを浮かべて言ったその言葉に、無表情だと思っていたその男は表情を微かに動かした。一瞬理解できないものをみるような目をして、そして瞬き一つで感情の波が消える。
「ということは、その獣人は所持者不明ということですか」
「……」
エレノアが微かにむっと眉を寄せる。
ああなるほど。そういうことか。
「俺の主人はそこのメガネの男だ。部屋はそちらに行く。他になにかありますか?」
「……。前にも説明しましたが、客船というのはその行程が長ければ長いほど食料の分配が厳しくなります。既にお乗りいただいているお客様の分しか基本的に用意しておりません。自前で食事を用意できるのなら構いませんが、そうでないのなら我々の作業を手伝っていただきます」
俺達を助ける対価が労働力ね。まあ、普通のことだな。
テレンスはアランをみた。
「それでよろしいか」
「元より、助けてもらっていてタダ乗りするつもりはないよ。だから今も食堂で働いていたわけだしね」
「ご理解いただけたようでなによりです。そこの獣人も労働力に期待しておりますので、よろしくお願いいたします」
そう言ってテレンスは背を向けて去って行った。
「そう膨らむなよ、エレノア」
「でも……」
「確かに言われた俺もムカついたけど、向こうは俺を獣人だと思ってんだろ?だとしても、ここではそれが一般的な反応なんだよな?俺の気持ちとしては獣人に対してのあの言葉は腹立つけど助けてもらってるのは事実なんだ。コトを荒立てないにこしたことはない。な、アラン」
「うん。ちょっと心苦しくはあるけど、とりあえずユートは僕に仕える獣人ってことにしておこう。下手に所属を決めていないと、誘拐とか酷い目に遭うかもしれないしね」
「それだけの商品価値が獣人にはあるってことか。皮肉だな」
俺は軽く自分の耳を触ってため息をついた。
やきとりと月夜どこいったんだろ。




