第三十五話 あ、この世界割烹着ってあるんですね
ぱちりと目を開けると、木目の天井がみえた。窓からは眩しい光が射しこんで、俺は目を瞬かせた。
上体を起こすと比較的滑らかに起き上がれる。うん、手足の痺れはもうないな。さて、どれくらい時間が経ったのか。とりあえず状況把握のためにベッドから降りる。なんとなく地面がゆらゆら揺れているし、窓から海が見えることから考えると、ここは船の中か。
船室の中は俺の寝ていた白いシーツのかかったベッドと窓が一つ、そしてサイドテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。サイドテーブルには水差しが置いてあり、その水に俺の顔が映る。
ああ、そういえば俺獏の耳が生えてるんだっけか。そしてその隣にあるのは……あれ、これって……。
俺は教会に置いてきたはずの魔導書を手に取った。
なんでこれがここにある?
パラパラとめくっていくと、なにも書かれていない白いページに辿りつく。そしてそこに急に黒い文字が浮かび始めた。
『ずっとあなたについてゆく』
「こわっ!」
慌てて魔導書から手を離すが、床に落ちた魔導書は白いページが開かれたままで、さっき浮き出た文字が消えて再び新たな文章が浮かび上がる。
『あなたへのレシピ』
ええー、これ中扉か?
おっかなびっくり、そっと手を伸ばして次のページをめくるとその先には解毒薬と書かれていて、ずらりとその解毒薬のレシピが書かれていた。
「これって……」
読み進めていくと、解毒薬だけではなく様々な薬関係の内容からその発展したものまで書かれている。例えば解毒薬の材料の採集方法や生息地などだ。更にページを進めれば、また白紙になるがじっとみつめるとまたなにがしかのレシピが浮かびだした。その中にはあのクロワのおっさんに使った石化解除薬もあった。
これ……。
なんか、頭の中から何かが吸い取られているような、でも正常なような、不思議な感覚がした。ページを戻ればまた白紙になり、何か知りたいと思うとそれに関連する項目がまた浮かび上がる。
一度そういう形になると、いままで魔法について書かれていたページも白紙になっていた。だが知りたいと思えば浮かび上がる。
「これ、検索機能のついた百科事典みたいだな」
魔導書の後半になれば俺の持っているスキルに関する内容も書かれているし、これは俺がステータス画面でみていた内容と同じようだ。俺のステータスの称号詳細も魔導書でみることができる。
「なんか、進化してるな」
まあ、便利といえば便利だし、とりあえず持ってはおこうか。とはいえ、ちょっとこれから船内を探索したいのにこの本を持ち歩くのは重い。というわけでサイドテーブルに再び置いて部屋を出た。
部屋を出るとそこは廊下だった。途中にいくつかの扉が同じ距離感であるところをみると、ここは客室じゃないかとあたりをつける。廊下の端に辿り着いて階段を上ろうとしたところで、その階段の一段に本が置いてあった。
「まさか」
その本は案の定あの魔導書で、中を開くとまた白紙のページに文字が浮かび上がる。
『置いていくとか酷い』
「いや、憑いてくるとか怖い」
なんだこれ。俺、この姿になった以上に呪いは続いているってことか?マジで勘弁してくれよ。
まあ、ついてくるならついてくるといいと思いつつ、そのまま本を放置して階段を上った。階段の上は甲板があり、何人か旅装をした人達が海風に吹かれながらそれぞれ思い思いに過ごしている。中には布の上に商品らしきものを置いて商売しているらしき奴もいた。
うーん、ここにあいつらはいないか。
甲板とは反対側にいって、客室とは違う風体の扉を進んでいくと、食堂に出た。簡素な食堂の中で、エプロン姿のエレノアが客から注文を受けている。
「えーと、E定食が三つですね!」
「いや、この食堂E定食しかないから」
「じゃあAとBとCDはどこいったんだよ」
客につっこまれ、俺もぼそりとツッコミを呟いた。エレノアは俺に気づかずくるくるとテーブルを縫い歩いている。ていうか、あれ本当に目を回してないか?目がぐるぐるしてるんだが。ちゃんと注文覚えてるか?
「いらっしゃいませー」
そしてなんでお前は割烹着来てるんだよ、アラン。
アランの挨拶を聞きながら、俺は半眼になった。
副題 魔導書の呪い、忘れないでね