第三十四話 ついてきました
ある意味別人視点
ふと、意識が浮上して私は目を開けた。目の前は天井で、木目がみえる。顔をわずかに横に向けると、ふかふかとは言い難いが白いベットの上に寝かせれていたようだ。どれだけ眠っていたのか、窓の外は曇天と黒い海が広がっている。まだ夜にはなっていないようだ。手足のしびれはまだ残っている。
自分の状態を確認したところで、扉を叩く音が聞こえ、そして開いた。
「あ、ユートさん!目覚められたんですか!」
エレノアがほっとした笑みを浮かべて、手に持っていた水差しをサイドテーブルに置いた。
「調子はいかがですか?」
「……」
私は答えず、感覚を取り戻すようにゆっくりと足を動かし、手を握ったり開いたりしてから上体をあげた。エレノアがすかさず背に手をあてて補助する。
「毒……だな」
手の痺れから、あの赤クジラが毒を持っていて、それを摂取してしまったのだろうと推測する。時間差で痺れが広がったのをみるとやや遅行性の全身に広がる可能性のある毒だ。心臓までこの毒が達していれば心停止も有り得たかもしれないが、毒の量が少量だったため全身に回るよりも体が毒を排出する機能のほうが勝っているらしい。
結果的に、あのエレノアが即座に赤クジラを弾き飛ばして遠ざけたのがよかったのだといえそうだ。こういう毒を使うああいう生物は一定範囲近くにいるのは危険なタイプが多い。
そしてここは海の上。解毒薬は作れなくもないが、材料を集めるのは無理だろうな。海で採取できるもので作れるが、またあの赤クジラに遭遇することもあり得るし、なによりこの体の表層に私が出ていることが問題だ。
ふと視線をずらすと、枕元に見覚えのある本が置いてあった。教会でユートを呪った魔導書だ。たしか、教会に置いたままだったはずだが。
「なるほど。ついてきた、いや。憑いてきたのか」
私がそれを手に取って中をめくると、なるほど確かに様々な種類の魔法が書かれている。そしてうまくこの本自体に紛れ込ませて術式を埋め込んでいるのがすぐにわかった。すぐにと言っても、私でなくてはおそらくほとんどの人間が気づかないであろう巧妙さで、綺麗に隠している。
私は魔法陣に手を翳して振ると、この本の魔法陣が光って浮かび上がった。ユートが以前習得した【解析】スキルと呼べるものだ。この本に埋め込まれている魔法陣に、少し書き足していく。
「これで、少しはヒントになればいいがな」
「……」
ふう、と息をつくと、私の様子をじっとなにも言わず見守っていたエレノアに、私は目を眇めた。
「なぜ、なにも言わない?」
「え?えっと……」
「お前は、とっくに私がユートではないと気づいているはずだ」
「え、ユートさんじゃない?」
驚きに目を見張るエレノアの様子に、私はなるほどと頷いた。
「そうか。気づいていないのは素か。だが、それはその鈍さを真実とするために、元来の力を封じているからだな」
この娘はちょっとおかしいくらいに鈍感なときがある。もちろん生来の天然さもあるのだろうが、この娘は賢い。エルフの血を引いているし、なにより私の様子に騒がない。頭の隅のどこかで理解しているのだろう。私が何者であるかということを。
私は【索敵】を発動し、この船の中を探る。なるほど、この能力はなかなか便利だ。使い方を工夫すれば、更に得られる情報量が増えることだろう。だがその方法は、ユート自身がみつけることが望ましい。
そしてこの船、ちと厄介だな。
「おい、エレノア。お前、この船は警戒しておけと、次に目覚めたとき俺に言え」
「え、警戒ですか?」
「ああ、厄介なものを乗せている。それと、今の体の状態はあと6時間ほど休息が必要だ。解毒薬がない以上、体が自然と異物を排出する機能に頼るしかない」
「あ、では魔法で解毒を……」
「ばかもの。今の俺に魔法をかけたら、俺の中にぎりぎり収めている魔力がどうなるかわからない。とにかく落ち着いて寝かせろ」
「はい、わかりました」
「もし困ったときはこの魔導書を開け。多少手助けはできるはずだ」
「え、えっと……」
そこまで一方的に伝えた私は、再び目を閉じて横になった。
副題 魔導書がね