第三十三話 魔法使いの宅配人
「ぐううううううっ!」
「アランさん、がんばって!」
「ありがとう、その期待に応えるようがんばるよっ!」
いや、よくそういう余裕あるな!
傘を空中に浮かばせてさらにそれに乗るという未知の挑戦中な俺の実力はへなちょこで、どんだけがんばってもこれ以上水面から上に離れることができない。そしてそんな状況で傘の長さはそこまで長くない。にも関わらず男子高校生が一人またがり、少女が横座りしている。そこに成人男性の座る隙間はわずかだ。結果、アランは傘の柄の部分に捕まりぶらさがっている状態だった。
絵を掴む手がぷるぷるしてるが、本当に大丈夫か?
「ふしゃー!」
「ここここ」
俺の肩に乗る月夜が警戒するような声をあげる。
あの赤クジラとやらはまだ海の中だ。だが俺達の下を執拗に追ってきてるな。くそ、もうちょっと上に上がりたいが、どうすりゃいいんだこれ。もしこのままアランが落ちたり、傘が高度を下げたらまた攻撃されるかもしれない。
それにあのみつめると吸い込まれそうなぽっかり開いた口が常に俺達に向けられてるのも気持ち悪い。
「ううっ、もう手が……」
おおおおい!まだどうしたらいいか固まってないんだよ!もう少しがんばれ!
そのときエレノアが懐から手拭いを取り出した。
「これでアランさんを支えるとか、できないでしょうか?」
「ちょっと難しいんじゃないか?」
紐の代わりに使えそうだが、無駄に縦が長いアランを支えるのは長さが足りない。あ、そうか。
「月夜、陰でアランを包んでぶら下げられないか?」
「にゃー」
月夜はひゅんっと尻尾を振り、影を伸ばす。そして風呂敷で包むように影を伸ばしてアランの全身をつつみ、傘に結び付ける。格好だけみればちょっとした魔法使いの宅配人だ。運んでるのは人だけど。
「ふぅ、助かった」
アランの安堵の声が聞こえた。そして冷静にあれの説明をはじめる。
「あの赤いのはたぶん、巷で赤クジラと呼ばれてる魔物だね。魔物と言ってもその正体は不明なんだけど、よく船があれに襲われて沈められてるって話を聞くよ」
「あれ、船まで襲うのか」
ということはいつまたどんな風に襲われるかわからない。のろのろとほぼ前には進めない状況だ。この状態は非常にめんどくさい。
そのとき、あたりが急激に暗くなった。空は厚い雲に覆われ、やがてぽつぽつと雨が降り始めた。それと同時に体に異常が現れ始める。
「やべ、なんか痺れる!」
体が足から徐々に痺れ始めた。動けない。傘の高度も下がり始める。マジでまずい!
するとピロリンと音がしてステータス画面が現れる。
《隠しステータス》
緒方優人 オガタユウト(呪)(マヒ)
HP 10/44
MP 3452000/344980(危)
TA 300/328
LV 43
途中略
【剣技】 《纏まとい》
【魔法】 アンダーテイカ―(地闇/攻撃)
ゲリール(治/回復)
ファイヤーボール(火/攻撃)
フレアテンペスト(火風/攻撃)
【魔法属性】 地水火風光闇治 以降増可
【称号】 異世界の旅人・〔本当の〕勇者・捨てられた勇者・神に加護されし者・乞食になった勇者・勇者になった勇者・旅立つ勇者・ホラーメイカー・半沢勇者・料理人・ちんちくりん・魂の記憶の探索者・獏人・呪われし者
【スキル】
直感 LV22 逃げ足 LV8 索敵 LV16 鍛冶 LV3 魔力吸収 LV測定不能
【職業】
《勇者》《魔法使い》《鍛冶師》《薬師》《ジェネラルコック》《治癒術師ヒーラー》
麻痺?!なんでだ!
『ユート君!体は麻痺してても魔力はまだ動かせるよね?風の魔力だけだと浮力に限界があるんだよ。火の属性も混ぜると、推進力がでるはずだ!』
「ち……きしょ……」
「ユートさん!?大丈夫ですか!」
だんだん背を丸める俺にエレノアが背を撫でる。あー、無理!火の魔力がなんだって?
俺が体の痺れに耐えつつ、神のコメントを必死に読んで体の内を探っていると、それを待っていたかのように赤クジラは水面をジャンプした。くそっ!間に合うか?
「はっ!」
真正面から大きく開いた口が迫っていたところに、俺の後ろから剣が叩き込まれる。バランスのとりづらいこの状況で器用に傘の上に立ち、更に迫る赤クジラに剣を叩き込んで弾き返したエレノアの、一閃の際の踏込に押さえつけられた傘が揺れる。そのとき俺の魔力がうまく混ざりあい、急激に傘に推進力が加わって急上昇始めた。
車のアクセルを深く踏み込んだように前に進み始めた傘に俺は必死にしがみつく。その場から猛スピードで離れる際に、エレノアが再び座り直したのを確認したやきとりは口から炎を数発飛ばし、海に落ちた赤クジラに追撃する。
激しい水しぶきが上がる中、周囲が激しい雨に降られ、その中をがむしゃらに傘は進む。
「ユートさん?大丈夫ですか?!」
「ユート!」
悪いけど今答える余裕はねーんだよ。
傘にしがみつく力もなくなってきた頃、めちゃくちゃに進んでいた先に船がみえた。
「ユートさん、船があります!」
「ユート、がんばって!」
わかってるよ!
視界も悪くなる中船が徐々に近づき、そして辿り着いた時一気に力が抜けて船の甲板の上に転がり落ちる。
「くっ!」
「おい、大丈夫か?」
わらわらと甲板に現れる人を確認する間もなく、俺の体はぴくりとも動けなくなった。




