短編 流しそうめんの夜
これは、ほぼ本編と関係ありません。今本編に出ている人達が、もし優人の家に来て数カ月くらい過ごしていたら、のIFのお話です。
本編に神の容姿はまだ出てきていないので、あえて描写しておりません。
「流しそうめんが食べたい!」
「は?」
ちりんと風鈴が揺れた。
扇風機からくる生ぬるい風が、額の汗を冷やす。
「だから、流しそうめんが食べたい!」
「普通のそうめんじゃダメなのかよ……」
「だって今日は七夕じゃない!お祭りしようよ!」
「異世界の神が七夕祭り、ねえ」
縁側に座ってのほほんと座っている男は、わくわくとした眼差しを俺に送っていた。この男は、少し前まで俺が召喚され、冒険した異世界の神だった。
頭おかしいんじゃないかって?
俺もそう思う。
「流しそうめんってなんですか?」
「竹製の樋で水と一緒にそうめんを流し、それを箸で掴んでめんつゆにつけて食べる、とウィキペディア先生は仰っているのである」
「大丈夫なんですの?あまり先生を信じすぎてはいけないと聞きましたけど」
「大丈夫。合ってるよー」
「鹿児島だとそうめん流しっていうらしいな」
「へえ!」
薄いピンクのエプロンをしたエレノアが、冷たい麦茶を乗せた盆を置いた。神はからんと氷の涼やかな音がする茶碗を受け取り、こくりと飲む。やきとり、月夜、コルネリウスはスマホ片手にウィキペディアを読み進めているようだ。
もう片手ではエレノアがもって来た、氷水に浸されたキュウリの一本刺しに手を伸ばす。
俺は暑い真夏の日差しを、手で影を作り見上げる。
大きな入道雲がゆっくりと動き、セミの声が俺達の間を通り抜ける。
「天気予報は夜が雨って言ってたけどな」
「大丈夫だよ」
神は穏やかな眼差しで空を見上げていた。
「今日は、大丈夫」
「……」
この奇特な異世界の神は、俺が思うよりも日本の文化に触れる生活を楽しんでいるらしい。
「優人さん」
「なんだ?」
「流しそうめん。みんなでやったらきっと楽しいでしょうね!」
エレノアの顔は、流しそうめんをする自分達の姿を思い描くようにほころんでいた。俺の頬の熱が上がった気がする。全く、今年の夏は本当に暑いったらねーな。
仕方がないと、俺は立ち上がった。
「七夕やるんだったら、笹いるだろ。やきとり、倉庫から笹持って来い。たぶん、敏和さん達が使ってたやつがまだ残ってるはずだ。ああとついでにのこぎりな」
「なにに使うんだよ?」
「決まってんだろ。竹切りに行くんだよ。ほら、行くぞコルネリウス」
「えー、オレかよ!」
「お前は体力だけは人一倍あんだろうが」
「体力だけってことはないと思うんだけどな」
よっこらせとコルネリウスも立ち上がり、サンダルを履いて玄関を出た。
エレノアと月夜はもはや慣れた土間の台所でそうめんを茹で、俺達はそこそこな広さの庭で竹の樋を組み立てていた。
紐で支える木の棒と樋を括り、ザルとホースの水を用意する。
いつもは日曜大工をするときに使っていた重い木の机を運びだし、上を綺麗に磨いた上で、皿や薬味などを並べた。
神とやきとりはせっせと短冊を作り、ついでに七夕飾りも折り紙で折っていた。
いつの間に、どこで覚えたんだか。
倉庫を探すと、いくつか灯篭も出てきた。たぶん、昔は敏和さん達がなにかに使っていたんだろう。
まだ使えそうだったからと、ろうそくを探し出してきて灯篭に火を灯す。
庭に飾ると、ほんのりと光が照らす。夜になれば、これで手元がみえるだろう。
「おーい。こっちは準備できたぞー!」
「ご主人様!」
夕暮れの日が沈み、夜を迎える時間。すっと縁側に姿を現したのは、青地に金魚の描かれた柄の浴衣をまとい、月夜は俺に飛びついてきた。
「おい、それどうした」
「優人さん」
月夜の次に姿を現したのは、白、薄青、青が順繰り返される布地に、笹の模様の浴衣を着たエレノアだった。下に組紐で括った月夜と違い、髪を結い上げている。藤の髪飾りがしゃらんと揺れた。
「僕が着付けしたんだよ」
「お前がかい!」
神がのほほんと庭に下りて来る。
「えー、僕いい仕事したと思うんだけどなー」
「否定はしない。だがなんか納得いかねー」
わくわくと俺に抱き着き見上げる月夜に視線をおろす。
華奢な体に、無邪気な浴衣がよく似合っていると思う。少し化粧を施した大人っぽさとのギャップが、なんともいえない可愛らしさを作っていた。
「ああ。似合ってる。良かったな」
「はい!」
月夜は嬉しそうに頷き、ちらりとエレノアに仕方ないな、というような大人の表情をして去ってった。
エレノアも庭に下り、そっと俺の横に立った。
「浴衣、着慣れてないとしんどいだろ。大丈夫か?」
「はい、今は大丈夫です」
手に持ったうちわで口元を隠し、エレノアははしゃいでそうめんを流すあいつらを見ていた。机の上にはめんつゆと器、生姜とねぎと錦糸卵と刻んだおくらが置かれている。
神は楽しそうに一番上で流されるそうめんを次々と取り、下にいるコルネリウスと月夜に文句を言われ、やきとりは一切食べることができずに、月夜に急かされてそうめんを流していた。
灯篭の淡い光が、この空気を包んでいる。
素直にいうのは癪だが、この場はとても楽しい。
「お前の言った通りだな」
「え?」
「みんなでやったら楽しいって奴だ」
俺は、いつだって人を拒絶していた気がする。あんまり深く踏み込むな、と。だから今まで友達がいなかったし、俺の世界は狭かった。
でも、たとえ踏み込まれたとしても、それに勝るなにかが人との関わりで生まれるってことを、実感している。
1人じゃ楽しくない。みんなでやるから楽しい。そんなこともある。
「似合ってるぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
エレノアは笑みを零しながらはにかんだ。白い肌と頬を染める紅。薄く塗られた口紅と、晒されたうなじから色香が漂う。なのに浴衣の淡い色と藤の髪飾りがこいつの純粋な雰囲気をそのままに、まとめあげていた。
「優人さんも、食べましょう?」
「そうだな」
そっとエレノアが俺の手を引く。
「ご主人様はこちらですわ!」
「おっと、いくら君でもここは譲らないからね」
「別に俺はどこでも……」
「いけませんわ。さっきからこの男に、全てのそうめんが奪われているのです!」
「大人気ねーなー。というか、あんたの箸使いが完璧すぎて引くんだが」
「あー、まだコルネリウス君もフォークだしねー」
「なにおー!オレだって箸ぐらい使えるわ!」
「やめておきなさい。フォークでも一本も口に入ってない状況で、箸に持ち替えるなんて自殺行為ですわよ」
「はー。お腹いっぱい」
「満たされたのならこちらにもそうめんを寄越しなさい!」
「それはそれ、これはこれ」
「はぁ」
「我もいい加減、そちらに参加してもいいであるか?」
月夜が竹の樋の、自分より上に俺をねじ込み、だが神は場所を譲らず月夜の眉間に皺が寄る。膨れた頬をコルネリウスに潰され、さらに不機嫌さを増した彼女はやきとりに八つ当たりし、やきとりは悲しく訴える腹の音に哀愁が漂っていた。
早く食えよ。
「今日は、本当に晴れたな」
「ね、僕の言ったとおりでしょ?」
「見上げる空には、天の川が流れていた」
「はい、ミルキーウェイにちなんで、牛乳だよ」
「なんでこんなものまで用意されてんだ」
神にミルクビンを渡され、蓋を開ける。
灯篭の火をけし、暗闇の中で眺める天の川は際立って、美しかった。
「今年は、織姫と彦星は会えたんですね」
「みたいだな」
既に短冊にはみな願い事を書き終え、笹に括りつけられていた。縁側に座り、じっと夜空をみつめる。
「優人君はなんて書いたの?短冊」
「は?神こそなんて書いたんだよ」
「僕はね、世界平和」
「そりゃ随分と壮大だな」
「そうだね。平和を作るのは、世界で生きる君たちの役割だ。君達がその役割を果たせるように、僕は君達が世界に存在できるようにする。それが僕の役割。だから、僕はこれを願うよ」
「なるほどな」
「月夜は?」
「あたくしは、スーパーの割引セールの回数が増えますように、ですわ」
「悪いな。いつもかつかつの家計事情で」
「いえ、やりくりするのもなかなか楽しいですわ」
「ありがたいです。やきとりは?」
「我は……もう少し丁寧に扱ってもらいたい、ということである。特に月夜殿に……」
「それは……、叶うのか?」
「星に願うしか、我に残された道はないのである」
「なるほど」
「エレノアは?」
「私は……、ずっと優人さんと一緒にいられますように、って……」
「……」
「なあユート、今お前どんな顔してる?赤くなってる?ちょっと明かりつけようぜみえないてっ!」
「……はっ!」
「ておい!俺の願いはきかねーのかよ!」
「どうせくだらないことなんだろ?」
「くだらなくねーよ!」
「じゃあ、なんて書いたんだよ」
「スタ○プ細胞がありますように!」
「やっぱくだらねーじゃねーか!」
「オレは真剣なんだよ!あったらすっごい便利じゃん!な、な、なっ?」
コルネリウスがわめき終わったところで、少し沈黙が落ちる。
「優人君はなんて書いたの?」
「俺は……平穏無事に過ごせますように、だ」
「……本当に?」
「なんだよ。疑ってんのか?」
「身長のこと書いたんじゃないんだ」
「おい、歯くいしばれ?」
そんな騒がしい、七夕の夜。隣に座ったエレノアが、俺の肩に頭を乗せた。俺も少し身を寄せた。
「ずっとこいつらの仲間でいられますように!」
「皆が幸せでありますように」
「最後まで、彼らの幸せを見守れますように」
「ずっとみんなと一緒にいられますように」
「こいつらと過ごすこの日々が、ずっと続きますように」
「彼らが幸せで、世界が平和でありますように」
七夕だったので、短編を投稿してみました。まにあわなかったんですけどね(笑)