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第三十話 獣人解放団体

暗い話です

 アウローラは自分の腕に抱えられるだけの子供たちを庇いながら、ユート達が大きな鳥に吹き飛ばされるのをみていた。木々のざわつきはそのまま子供達とアウローラの動揺のように激しく揺れる。

彼らを吹き飛ばした大きな鳥はすぐさま地上に下り、それは人型となってアレクに駆け寄った。



「大丈夫だったか?アレク!」



 人型になったとはいっても大きな翼は背に生えているその青年は、アレクと同じ鳶色の目をしていて、羽の色も同じだった。



「……兄ちゃんのバカ!」

「え……?」


 アレクは涙目で自分の兄を見上げた。思っていた反応と違った兄は、アレクに触れようとしていた手をとめる。アウローラもまた、唇を噛みしめて彼らをみていた。

 わけがわからないと目を白黒させているアレクの兄に、なんともいえない眼差しを子供達が送るその場に、本来ユートが通る筈だった霧の裂け目の道を駆け足で通る二つの影が到着した。



「敵……どこ?」

「いや、そんな雰囲気じゃないでしょ、これは」



 2人のうち一人がさっと顔を隠していたフードをとると、鮮やかな青い髪が零れ落ちた。緩やかに結われたそれは少し癖があって、背にするりと流れている。



「ギリーさん」



 普段ならギリーの美しい顔立ちに見とれるところだが、アウローラは軽い非難の目をむけた。



「ハロー、アウローラ。久しぶりに子供達の顔をみにきたのに、この微妙な雰囲気はなぁに?」

「すみません。私も動揺していて……」



 ギリーが背負っていた巨大な荷物を地におろした。中にはたくさんの食糧が入っている。



「兄ちゃんがユートをふきとばしちゃったんだよ!……ユートはサラがミサンガを渡した相手だったんだぞ」



 兄ほど気軽に話せる相手ではないのか、アレクは少し口ごもった。



「あらま。それは……」



 獣人達の腕にはみなミサンガを結んでいる。その紐の色や編み方によって模様が変わる綾紐は、ここにいる獣人達全員が、アレクと兄以外違う模様をしている。そしてそれは彼らにとって特別な意味をもち、それを渡した相手は特別なことを示す。

 ギリーはその言葉をうけて、未だに顔を出さないもう1人を振り返った。



「だそうよ、ユリア」

「……でも臭いは人間だった」

「だって、おにいちゃんはにんげんだもの」



 サラのこそっと落とされた呟きに、ユリアの鋭い視線が突き刺さる。



「人間は、敵。どうして渡したの?」

「おにいちゃんはてきじゃないもん」

「そうだよ。おれたちのことたすけてくれたし、めいれいもしなかったぞ!」



 そうだそうだ、と同意がさざめく。



「おまえたち、子供。まだ人間の怖さ、知らないでしょ。だから、そんなことがいえる」

「でも、これをわたすいみはしってるもん。わたしは、おにいちゃんいがいのひとにはわたさない」



 サラは、自分の腕のミサンガをさすりながらいう。



「ユートおにいちゃんは、わたしたちがおそわれたとき、本気でおこってくれたもん」

「まもってくれたしな!」

「いっしょにあそんでくれたし」

「ごはんもおいしかった!司祭さまとおなじで、おれたちにひどいことしなかった」

「いろんなこと、りょうりのつくりかたも、あそび方もおしえてくれたもん!」

「アランはべんきょーおしえてくれたし」

「エレノアねえちゃんもいろんなことおしえてくれたぞ!」

「こわれた教会もなおしてくれたんだぞ!」



 ふーん、といってちょこっとアウローラに近寄ったギリーが声を小さくして言葉を落とす。



「ちょっと聞き捨てならないことが複数聞こえたんだけど、あとで説明してね」

「はい」



 アウローラが困った表情で頷く。



「あと、悪いことしたら、叱ってくれた!」

「怒るのと、叱るのはちがうってアランさんがいってたもんね!」



 獣人の子供達、そして人間の子供達までもが訴える。



「人間如きがっ!」

「ユリア、動くな!」



 ユリアの振り上げた手の先には、伸びた爪が凶器の光を放ち、それをむけられた人間の子供達の前に、アウローラが体を滑り込ませた。



「ギリー!」



 自分をとめたギリーに非難の眼差しで見上げたそのとき、彼女のフードがはらりと落ちた。現れたのは蜂蜜色の髪と、笑えば愛嬌のあるだろう可愛い顔と、エメラルドグリーンの大きな瞳。そしてその頭には、犬の耳がついていた。

 ギリーは目元を和ませる。



「あらそう。とてもいいひと達だったのね」

「「「「「「うん!」」」」」」



 子供達にむけていた優しい顔を変え、厳しい表情でユリアを見下ろす。



「ユリア、ここの子供達はすべて守るべき存在でしょ。人間も獣人も関係なく。そう約束して、アウローラに協力してもらってるんだから」

「でも、子供達を預かるって申し出てきたのは、アウローラのほう。人間の孤児も一緒に暮らすのは、反対した。譲歩したのはこちら側」

「なにいってんのよ。もともと子供達の住処を探してたのはこっちでしょ。あたしたちが困ってたのを、アウローラは助けてくれたんじゃない。それに、散々疑って、試して、アウローラは味方だって判断したじゃない」

「でも、そのときの約束。この教会に住む人間以外との接触はさせないって約束、守ってない」

「完全に人間との接触を阻むのは難しいっていうのは、この地理の特性上難しいってわかってたでしょう?限りなく接触が少ないから、この場所を選んだんだし、少ないだけで完全にないわけじゃないんだから」

「それだけじゃない。まだ人間、この敷地内にいる。姿見せない。匿ってる。これは裏切り」



 ユリアはまっすぐとアウローラを睨みつける。



「そうなの?」

「……はい」



 ギリーの問いにアウローラは頷く。



ユリアはすたすたと教会の中に入り、何人かの叫び声がきこえた後、気絶した山賊三人を引きずってきた。



「こいつら、ここ襲った人間。違う?」

「そうです」

「なのに、生かしたままここにいる。裏切り」

「……」


 アウローラはなにかいおうとして、そしてどういっていいいか戸惑い口を閉じる。それをみたユリアが再び手を振り上げた。


「だから、排除!」

「やめなさい」

「っ!」

止めなさい(・・・・・)



 一度の制止で手をとめなかったユリアも、ギリーの二度目の言葉に込められた力に気づいて手をとめた。



「いつもいっているでしょう。先走るなって」

「でも!」

「アレンもユリアも、人間の臭いがするってだけで飛び出して、起こした結末が子供達の恩人を吹き飛ばしたことだったんでしょ?これは2人が先走った結果。反省しなさい」



アレクの兄であるアレンはしゅんっと項垂れ、ユリアは拳を握りしめた。アレクはそんな兄の背をぽんぽんと叩く。ギリーは軽く息を吐いた。



「ごめんなさいね。ここに来ようと霧の外で待ってたら、人間の臭いを感じ取ったユリアが道が開けた瞬間走り出しちゃったの。止めようと思ったんだけど、あたしじゃ追いつかなくてね。能力的にアレンのほうが速かったからあんなことになったの。ユリアが先に着いていたら流血沙汰だったろうから、それを思うとマシな結果だったとは思うんだけど……それでも、ねぇ?」

「そうでしたか」

「で、本当にアウローラが裏切ってはいないにしても、約束を違えていたのなら、あたしはあなたにこれまで通りの接し方はできないんだけど、そこんとこどうなの?」

「それは……」



 少し視線を彷徨わせたあと、アウローラは背筋を伸ばし、ギリーをみつめる。



「彼らは確かに、子供達を攫おうとこの場所を襲撃しました。この教会から解き放てば、子供達のことが外で広まるかもしれない。そう思い、ここに留まらせました」

「なら、殺せばいい」

「それでは根本的な解決になりません」



 いきり立つユリアを視線で抑え込み、アウローラは続ける。



「ユリアさんのその人間への警戒は、人間への恐怖と不信からくるものでしょう?ここにいる子供達も多かれ少なかれその気持ちをもっています。そのまま、人間に対して怯えたままでいいのですか?ここで自分にとって不利をもたらす者を簡単に殺すということは、これからずっとそれを子供達はみていくことになります。子供達に、簡単に命は奪っていいものだと、他ならぬ、そんな扱いから抜け出そうと志すあなた達が勧めるのですか?」

「なら、どうする?これから、ここの秘密を知った人間をここに留め置く?その人間、子供達を害そうとするかもしれないし、何十年もこの場所に縛り付けること、難しい」



 ユリアの視線は敵意に満ちている。



「そこにいる方々においては、根はいい方達だと思うのです。子供達との融和を図れないか、試してみたいのです。子供達の安全に関しては、私も万全を期しますが、この方の協力も仰ごうと思っています」



 アウローラはこの地に住まう白蛇を指した。ギリーはその白蛇を腕に這わせ、なにごとか話しはじめる。



「そんな小さな白蛇に、なにができる?」

「大丈夫よ。この方は、昔からこの地を治める方。そこで気絶している人間程度、どうってことないわ」

「……ギリーがそういうなら、そうなんだろう」


 ユリアが一歩引く。



「んじゃ、融和が図れなかったときは?」



 アレンの眼差しを受け止め、アウローラは教会を見上げる。



「そのときは、その方達を解放します。この場所の現状が知られても、私が命をかけて子供達を守ります。そのための仕掛けを、ユートさんとアランさんに作っていただきましたし、私もいくつか案があります。殺さないまでも、軟禁するのですから、それなりに非人道的なことはします」

「あくまで殺さない、と」

「私はこの教会で預かった子供達の親代わりと自負しています。親の経験はありませんが、できるだけ、健やかに育ってほしい。その妨げになりそうなことは、あまりしたくありません」

「なるほど」

「……」

「人への恐怖の克服は、必要よね」



 アウローラの話をきいて頷いて少し考えたあと、ぽつりとこぼれたギリーの呟きに、アレンとユリアは身を固めた。



「焼印を押された獣人の大半は、人間に逆らえない。戦場に駆り出された獣人は、否応なく命じられれば女子供を殺すし、相手は同族ってときも多い。役立たずはボロ切れのように酷使された後捨てられ、野たれ死ぬこともある。同じく敵国に使われていて刃を交わした獣人が自分の子供ってこともあるし、食事も与えられないまま農作業に駆り出されて眠る時間もないときもある。貴族どもには夜の相手をさせられて、精神を壊せば奴隷商のもとに戻され娼館に売られる。その身から便利な素材が取れるものは生きながらに爪を剥がされ、鱗を剥がされ、足を切られ、髪を切られ、目をくり抜かれ、腹を割かれる。そしてそもそも心が嫌がっても体が拒否できない苦痛。自分の体なのに他に支配される恐怖。あたしたちが植え付けられたものは、簡単には拭えない」



 アウローラのいうとおり、ユリアの警戒は人間への恐怖からきている。これまで受けた人間からの扱いが、ユリアやアレンを焦らせる。



「でもあたしたちの目的は、そんな獣人達の解放。目指すべきは、支配から逃れ、少なくとも獣人達の逃げ場所を作ること。人への恐怖を取り除かないままいることは、それは本当に解放というのかしら?人間と立ち向かわなきゃいけないあたしたちが、そして未来を担う子供達が、トラウマに呑み込まれてちゃいけないわ」



 ギリーの眼差しは強い。



「いいわ。彼らのことは、アウローラに任せる。ただし、その仕掛けや案についてはしっかりときくわよ」

「はい」



 ユリアはぎゅっとめを閉じたあと、諦めたように頭を振った。



「道が閉じる前に、詳しい話、きく」

「はい」



アウローラはほっと、息をついた。



「兄ちゃん、はなしきいて!たくさん、あそんでもらったんだ!」



 アレクにまとわりつかれ、アレンも嬉しそうにそれにこたえる。ただ、いろんな思いは隠して。



「とりあえず、一か月分の食糧持って来たから、これ運ぶわ」

「いつもありがとうございます」



 ふと、アウローラはその場に残るサラをみる。彼女はユート達が飛ばされた方向の空を見上げていた。恩を仇で返すようなことをして申し訳ないが、今自分にできることはない。

 アウローラは、ギリーと食糧庫へむかいながら、不安を胸にしまい込んだ。もちろん、ユート達の無事も気になる。しかし、もう一つ、気になることがあった。













 ギリーさん、人間への復讐は、考えていませんか。











次は小話をいれようと思っています。考えていたけどいれられなかった話や、短すぎる話、それと、ユートとエレノアの子供達とのふれあいなどの、いつもとは違う幕間的なものを次は投稿したいです。

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