第二十九話 神のひとりごと part2
加筆中
白い壁と、パルテノン神殿を思わせる柱が規則正しく並んでいる。祭壇を抜け、奥へ奥へと進むほどに天井が低くなり、また地下にも潜っているはずなので窓などの明かりとりはない。だけどなぜか、薄暗くはあるものの、光源がなくても先を見通せるほどの明るさがあった。
ここは、神の住まう場所、神殿。しかし、今ここには神がいない。あるのは、神が残したもの。神殿とはいっても半分は遺跡みたいなもので、ここを管理する人はおらず、周期的に僕みたいな人間が訪れるのみだ。
周囲から勇者と呼ばれる僕は、そのままどんどん先に進む。
この場所は、勇者しか入ることを許されていないという。それゆえに、僕の旅の仲間となった人達やリリアは神殿の入口で待っている。
リリアは、あの取り乱したときのことを覚えていなかった。意識を取り戻した彼女はきょとんと僕をみあげて、そして、彼女が眠っている間に取り決められたことを城の人間から聞いた。それは、彼女が次代の聖女になったというもの。
きっかけは彼女の首筋に現れたあの円形の印だそうだ。あれは聖女の証らしい。
彼女が気絶している間にその報告を受けて自分の目でその印をみたエネルレイア皇帝は、正式に、第一皇女であるエレノア姫の逝去を発表し、リリアが次代の聖女であると公表した。もともとエレノア姫は、表向き病弱ということで公には姿を現したことがなく、その代役をずっとリリアが務めていたため、そして多少の辻褄合わせも行って、それほど大騒ぎにはならなかった。まあならないよう様々な手が打たれたんだろう。
エレンティーネ教会以外は、だけど。
そこまで思い至って僕はため息をつく。この神殿は魔法によって空間がねじ曲がっているから、気を抜くと迷子になって外へは出られない。慎重に慎重に、でも歩く速さは変えずに進む。
話を戻すと、最初エレンティーネ教会はリリアが次代の聖女であるということに関して猜疑的だったようだ。この教会は聖書に書かれた神を信仰しているが、それには聖女崇拝も含まれる。長年その聖女の座所をどこに置くかでエネルレイアと対立していた、そんないがみ合いもあるし、もっと複雑な理由もあり、エレンティーネ教会は聖女エレノアの死と次代の聖女の承認を拒んでいた。
まあ、結果を話してしまえば結局それは認められた。なぜならリリアの項の証は本物だったし、聖女はこの世界に1人しか存在せず、また聖女が死ななければ次代の聖女は生まれないというのが、この世界の常識だったからだ。
それは確かに事実だった。聖女は聖女の証である、エレノアの胸、リリアの項にある円形の印を持つ者が聖女であり、基本的に聖女の血筋を継ぐ者にその証が現れる。
ときどき血筋以外から証をもつ者が生まれることもあるが、それは稀なこと。
エレノア以外に先代の聖女の血を継いでいるのはリリアのみだ。その彼女に証が現れたとなれば、エレノアは死んだと判断されるのは当然の流れだとは思う。彼女が城を飛び出したのは事実だし、その後彼女が亡くなったとしてもエネルレイアの皇室ではあまり問題視されない。
むしろリリアに印が現れたのは好都合とでも思われた節がある。それがなぜかは……まあ、これらをみれば聖女でありながらこの国の彼女に対する扱いが透けてみえるということだ。だがそれはまた、別の話。
とにかく、勇者の旅には聖女もついてくるのが慣例で、そのためリリアも行く先々の宿が汚い狭い、野宿は嫌だ、料理は不味いと文句を言いながら、それでもここまでついてきた。ちなみにパーティーは皇女、騎士団長、神官、魔法使いとテンプレートなものだ。頼りにはしているけどな。
現在の僕たちの旅の目的は、魔族の討伐。
皇帝から正式に魔王討伐、手始めに魔族討伐の要請が来たからだ。もちろん僕がそれに逆らえるはずもなく、さらにその旅にはいろいろ形式に沿うことが必要だった。その一つが、この神殿に訪れ、かつて神が残したものに触れること。
目的地は魔族の襲撃に悩まされているルテール国。そしてこの神殿はルテール国へ向かうルートの途中……というよりはわざわざ経由している形になる。
神官からきいた昔語りでは、かつて魔王がこの世界を支配しようとしたとき、神は地上に降臨した。そして神は人々に教えを説き、最後には魔王を倒して天へ帰ったという。
これがこの世界の神の顕現を伝える物語。
そしてそのとき神が地上に残したものが、この神殿に納められている。
僕は、足を止めた。視線の先には、石の台に刺さった剣があった。そしてそれに近づくと、それに触れる。
本来は、これに触れて終わりのはずだった。
そもそもこの世界における勇者とは、神が倒したはずの魔王が再び復活したとき、神が魔王を倒すための人物を遣わした、その人物のことを勇者というらしい。裏側を知ってる僕から言わせれば、遣わすというよりも無理やり召喚されたわけなんだけど。
そしてその勇者は神にその任務を遂行するという受諾の意志を伝える行為をしなければならない。それが、この神殿に納められる神の剣に触れることだ、とリリアにいわれてここまで来た。この代々行われた儀式をするためだけに、わざわざこの神殿を経由しているんだな、これが。
だけど僕は、この剣の柄に軽く触れていた手を動かし、それを握って引き抜いた。すると石の台からするりと剣は抜ける。
もちろん、触れるだけ、とはいったものの、今僕がやったように試しにこの剣を抜こうとするのは歴代の勇者もやってきたことだろう。この場に残る歴代の勇者達の記憶が幻視となり、浮かんでは消えてその様子をみせる。
この剣は魔王を倒した剣でもある。だから勇者達が抜こうとしたのはわかる。興味本位や玉砕覚悟だったようだけど。だけど、この剣は正しい持ち主のいうことしかきかない。
うん。手に馴染む。
「久しぶりだね、ラグナリオン」
この神剣の名を呼ぶと、剣が淡く光り、抜き身だった剣がいつの間にか鞘に収まっていた。それと同時に幻視もおさまる。
そしてここでの用事は終わったわけだし、僕は踵を返して歩き出した。再び現実に思いを馳せる。
エレノア姫は、ちゃんと緒方に会えただろうか。
彼女は死んでいないだろう。というか、送り出した身としては死んでもらってはもらっては困るしな。
そしてなぜリリアに証が現れたのかも、確心ではないけれど思い当たる節はある。
エレノア姫が勇者に出会うこと自体は心配していない。ただ、出会ったとしてもそれが勇者だと気づけるかどうかは別の話だ。それでも、自然と彼女は悟るに違いない。歴代の聖女達はみなそうであったみたいだし。
そして聖女は勇者の守護役でもある。彼女達は命をかけて勇者を守る。それを知ってしまったからこそ、僕は打算的にも彼女を外へ送り出した。
それに、緒方の帰還を阻むのは、状況だけじゃない。ある大きな目的を持ったものが、本当に静かに、みえない場所でつなぎ止めようとしている。
緒方は気づくだろうか。僕達が召喚された魔法陣の魔法。あれが今発動したという意味を。
まあ、あの召喚陣を観察する暇はなかった彼には無理だろうけど。せめて神あたりがヒントでも出してくれていればいいんだけどな。と思いつつ、その可能性も低いとみてる。
それでも、巻き込んでしまったからにはちゃんと責任とらねーとな。
未だに神とはコンタクトが取れないから確信はないが、彼の性格上同じように考えているはずだ。
「さぁ、反逆の狼煙をあげようか」
こっそりと静かに。でも確実に。世界を騙すんだ。いくらでも道化を演じようじゃないか。
なんてな。
「ごほっげほっ!」
僕はしろーいしろーいこの世界でせんべい布団に横になりながら、優人君のことについて考えていた。
「まずいなぁ。魂の過去と現在が、混ざり過ぎてる」
本来は一生思い出すことのない前世の記憶。それが現世に過度に干渉し始めている。きっかけはリリアとの邂逅かな。
このままでは、優人君は前世の人格に飲み込まれてしまうかもしれない。このままこの状態が進行すれば、だけど。
「とはいえ、これも今の僕の力じゃどうしようもないしなー」
なにをするにしても、僕の力が回復しなければ話にならない。このまま力が失われ続ければ、僕の人格自体も消えるだろう。そうしたら、優人君の手助けをすることすらできなくなる。
優人君がクランティアル洞窟に入ろうとしたとき、光源を彼に渡したけれど、あれはあのとき言った通り、文字通り出血大サービスだった。人間でいうところの大出血起こして瀕死の三歩手前にいくようなものだった。
ただでさえない力を振り絞ってあの光源を作り、また振り絞って彼のもとまでそれを送った。そんな死に掛けるくらいならやるな、といわれそうだけど、でもどうしても彼の力になりたかった。彼が今こんな目に遭っているのは僕のせいだからね。まあ、洋一君が僕の代わりにいろいろ動いてくれているようだから、しばらくは彼に任せるしかなさそうだ。彼は僕が把握できない聖女の事情にも通じているようだし。
それに、優人君のもとには聖女がいる。聖獣たる僕の従魔もいる。魔獣であり精霊であるものも、彼の傍にいる。
どうしても、彼はなかなか不幸な星の下に生まれたようで、すべてが順調に進むわけではないけれど、切り抜けるだけの力と運は持っているはずだ。なにせ、彼はあの魔法陣が選んだ勇者なのだから。
彼の行く末に干渉するのはあくまで彼の“元の世界の運命”だ。この世界の運命がでしゃばることじゃない。とはいえ、僕もなかなかどうして干渉しているのだけどね。
「なんとしてでも、君を無事に元の世界へ帰す。五体満足で、必ず」
そのためには、僕は力を取り戻さないと。
まあ、とにかく優人君にはこの世界で自由に生きてほしい。君が帰る、その日までは……。
なんか二人ともとーっても大それたこといってますが、大丈夫かな。それをちゃんと実行できるのか、とても心配です。
ただ、二人がこれほど優人に対して心を砕くのはちゃんとわけがありますので、ご安心を。
副題 反逆の狼煙を上げよ 雪