第二十八話 強風注意報にはご注意を
ステンドグラスが完成したということで、アランは教会の修復を実行した。基本的にはあの食糧庫の修復と同じ作業だ。
次々に積みあがっていく白煉瓦。そして窓枠の辺りになると子供達と山賊が作ったステンドグラスがはめ込まれ、その周りにまた壁が作られていく。
天のアーチも、光差し込む窓も、壊れた扉も階段も、すべて元通りになった。
「できた……な」
「そうだね……」
俺とアランとエレノア三人は、アウローラさんをみた。
アウローラさんは子供達の手を握り、ゆっくりと中へ入る。
「あ、わたしたちの窓がちゃんとある!」
自分達でデザインしたステンドグラスだ。子供達が嬉しそうにそれらをみあげる。
アウローラさんはキョロキョロと周りを見回していた。まだ椅子などは運び入れていないが、それら以外は元通りのはずだ。
「よかった……」
彼女の頬から一筋の滴が流れた。
「この場所が、失われなくてよかった……」
「もう、人間は泣き虫だなぁ」
アレクが苦笑しながらいった。人間の子供達はアウローラさんと同じく涙を流している。だけど、彼らは獣人の子供達にどうして泣かないのか、なんてことは言わない。ただ、考え方が違うとわかっているからだ。彼らと過ごした三か月は、とても重要な3ヶ月だったらしい。
「さて、教会が直ったということもありますし、延期していた祝福をしましょうか」
「「「「「「はい」」」」」
涙を拭い彼女がそういうと、子供達は祭壇の前に並んだ。
「ああ、ここでは本来の教え通り、毎月やっているんですね」
アランがにこやかにいう。
祝福ってなんだ?なんとなく儀式っぽいものか、と俺が内心首を傾げていると、エレノアも首を傾げていた。
「祝福って、あの祝福ですよね?」
「そうですよ」
「それって、年に一回の新年のお祭りにやるものではないんですか?」
「ああ、今はそうですね。都市部だと人が多いですし、毎月人が大勢集まるのは難しいですから、だんだんと回数が減らされ、今では年に一度やるというのが普通になったんですよ。本来は毎月やるのが正式なものなんです」
「そうだったんですか」
アランの解説にエレノアが頷いたあと、その場にぺちんっという音が響いた。視線をそちらに戻すと、アウローラさんが子供達一人一人の頬を軽く叩いている。
「え?」
幼児虐待……とかではないようだ。
「あの……祝福ってなんで頬を叩くんだ?」
「えっと、神の所作の一つといわれているからです。神は誰かを祝福するとき、相手から厄を払うために相手の頬を叩いた、というエピソードがありまして、そこから祝福というサクラメントが生まれ頬を叩くという厄落としを祝福というようになったんです。その際必ず右手で相手の左頬を叩かなければなりませんが」
「その逆だったらどうなる?」
「え?ええと、その場合は祝福ではありません。その場の空気とか、相手の意図によって意味合いはかわります……ね」
きっとこの世界では当たり前のことを俺はきいたんだろう。だが、エレノアは少し困惑をみせたものの、教えてくれた。
そして俺は内心心臓が冷える感覚を味わっていた。
俺は、リリアの頬を打って国を出てきた。だがそのとき使ったのは俺の右手で、そして叩いたのはリリアの左頬じゃなかったか。
ということはつまり、あいつの頬を打った行為は俺としては怒りゆえのものだったわけだが、世間一般からみればあれは祝福だったわけだ。
怒りゆえの行動が、相手の厄落としをしていたとかふざけんな、という話である。
だが、リリアは俺が叩いたあと怒っていた。
あいつは俺が異世界からきていることを知っているわけだし、きっとあの行為が祝福なんてものじゃないことは理解してたってことだろう。おそらく、の話だが。
滞在最終日
俺とエレノアとアランは今日、この教会を出発する。
「お世話になりました」
「いえ、結局、こちらのほうがお世話になってしまって」
俺達は首を横に振る。
「とても楽しかったです」
エレノアはそういうと、アウローラさんの手を固く握った。
「私がいえることではないかもしれませんが、どうかこの場所を守ってください」
「……はい。命にかえましても」
そんな彼女らを蚊帳の外でみてから、俺は霧の壁のギリギリ近くまでいた。この、ニールの木が立つ場所がいつも道が開ける場所だという。
あの山賊達は、この場所に残ることになった。アウローラさんが大丈夫だと自信をもっていっていたので、まあ、あとは任せるとしよう。あの白蛇もいることだし、子供達は大丈夫な気がする。
「にゃー」
月夜は俺の足に顔を擦りつけた。
「……」
あの魔導書と地図は、ここに置いていくことにした。もともとこの場所にあったものだし、俺以外に害を与えるとは思えなかったからだ。その存在は奇天烈でも、勇者の持ち物であるなら彼らに危ないものではないだろう。
俺がきいたあの声も、そんな悪そうな奴ではなかったように思えたし。
そんなふうに考えていると、目の前の霧の壁が開かれはじめた。
「おお」
なにかに穿たれように霧が押し開けられ、それをみつめていると足元に衝撃が来た。
「おにいちゃん!」
抱き着いてきたのはサラとアレクと、ケビンだった。
「あのね、あの……これ、もっていって」
サラが差し出したのは、ミサンガだった。
「これは……」
「おにいちゃんたびをするんでしょう?これ、おまもり!」
「……ありがとな」
俺はサラの頭をなでる。
「また、あいにこいよな!ぜったいに!」
「ふっ」
下から睨みあげるアレクを抱き上げ、片側の肩に乗せた。
「あんたが俺の身長抜かしたら、来てやるよ」
「じゃあすぐだな!」
輝く笑顔をみせたアレクに、俺はデコピンする。
残念だな。俺はまだまだ伸びる予定だから、しばらくは会えないぞ。
『伸びるといいねぇ』
ぎゅっと俺の袖を引っ張ったのは、ケビンだった。
「また、あえるよね?」
「……気が向いたらな」
俺がそう答えると、ケビンは涙目で眉を寄せる。
「大丈夫よ、ケビン!もしおにいちゃんがこなくても、わたしたちがあいにいけばいいのよ」
サラの言葉に俺は少しびっくりした。
「そうだな!」
それに顔をぱぁっと輝かせて元気よくケビンが答える。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
アランが俺の荷物を手渡した。
「そうだな」
それを受け取った瞬間、獣人の子供達が一斉に開けた霧の道をみる。
「……くる」
耳元でアレクの言葉が落ちる。
その瞬間、道の先からこちらに空気の塊がむかってきた。
「くっ!」
飛んでくる木の葉や砂から目を庇った瞬間、アランと俺は下からなにかに突き上げられ、空中に舞い飛ぶ。
「おわっ!」
「ユートさん!」
エレノアが俺の腕を掴むが、体の上昇は止まらない。それもそのはず。下から突き上げたのは、巨大な鷹のような鳥だった。
「コケー!」
横から飛んできたやきとりが俺の肩を鷲掴み、その巨鳥から引き離す。
エレノアの手をしっかりと掴んだそのとき、巨鳥が巨大な羽を羽ばたかせ、強風を作り出した。そしてそれを受けた俺達は、そのまま吹き飛ばされる。
「こんのっ!またこれかよーーーー!」
俺は叫びながら、背にある仕込み刀に手を伸ばした。