第二十七話 いのちの輝き
俺にとって、卵とは至高の存在といってもよい食材だった。
神や仏よりも上の存在。太陽と肩を並べるほどの存在だと俺は思っている。
卵という一つの食材から、スクランブルエッグ、卵焼き、目玉焼き、ゆで卵、具なしのオムレツが作れる。さらに油と酢があればマヨネーズにもなる。メインにもなれば調味料にもなり、丼やうどんに添えればそれらの引き立て役になり、プリンなどの甘味にもなる。卵かけごはんなる、最強の料理も存在する。
時短を求める主婦の味方。料理が苦手な男も作れる簡単卵料理の数々。
まさに、あの黄身は命の輝きそのものの色であり、その周りの白身は後光だった。暗闇の中に射す一条の光だった。まさしく太陽だった。
食べ物がなかった幼少時代に、この卵一つで俺がどれだけ救われたか……。
ああ、それなのに……。
『割れちゃったね。卵(笑)』
「(笑)ってなんだ!(笑)って!笑い事じゃねぇんだぞ!」
調理台の上に山盛りと乗せてある食材の処理をしながら、俺は叫んだ。
ケビンがまだ食べられると判断した食材たちは一旦厨房に運ばれた。そのため今ここは緑や赤、白など、様々な色に溢れている。
チーズは周りを削れば食べられるし、小麦粉ももともと貯蔵していたものの半分は無事だった。パンは焼けばなんとかなる。クロワのおっさんに教えてもらったことを生かせるだろう。
それを焼く窯は、アランとやきとりがいればなんとかなる。
「そうだ、やきとりがいるじゃないか」
卵はどこから生まれるのかといえば、鶏から生まれる。
「ユートー!始めるよ」
ひょっこりと入口から顔を出したアランは、手招きした。
「ああ、行く」
とりあえず作業は中断するしかなさそうだ。俺は、地下貯蔵庫にむかった。
「それじゃ、いくよ」
アランが魔法陣のうえに両手を置く。すると、魔法陣が茶色に光り出した。まるで光を放つ水が魔法陣を描く溝に沿って流れていくような光景。
実際は溝ではなくただの線なんだがな。
それらの光の線がすべて繋がると、地響きが起こった。そして、ガタガタっと音をたてながら、地上から見えるぶんには、階段がきちんと修復されていく。土が階段の形に盛られ固められ、それらを木の板が支える。
「くっ!」
アランが顔を歪めた。
「アラン、代わる」
「うん、あとは仕上げだけだから」
全身から脂汗が噴き出すアランに代わり、俺と月夜が魔法陣の上に立つ。そしてそのまま一気に魔力を流し込んだ。下から吹き上げる風が、髪を揺らす。
魔法陣に流れ込む魔力は、まずその性質を土属性に変え、様々な術式の複合体である魔法陣を通過することによって、魔法という術になる。魔法陣とは、魔法の設計図のようなものだ。
術式は図形と文字によって、砂・固まる・横90cm・幅30cm・高さ5cm、というように魔法への指示出しであり、その術式を魔力が通ると、魔力がその指示通りに動く。それを俺達は、魔法と呼ぶ。
「最後の仕上げって?」
同じく貯蔵庫の修復を見守っていたアウローラさんが首を傾げた。
アランがにっこりと笑う。
「すぐ、わかりますよ」
魔法陣が光りを失ったとき、吹き上げていた風も止まった。
「下へ、降りてみてください」
「はい」
俺達はぞろぞろと貯蔵庫下へ降りる。そこは、すっかり元通りになっていた。地面はしっかりと石畳が組まれ、水が染み出していた部分も修復されて漏れていない。あとは、ここにまた食糧を運び込むだけだ。
そして、今までなかったものがもう一つ。
「なにも……変わっていません……よね?」
俺はエレノアの背をぽんっと叩いた。そして指差す。
指差した先には、なんの変哲もない棚があった。
「これ、動かせるんだよ」
棚を横にずらすと、再び地下への階段が現れる。
「……これは」
「なあ、アウローラさんは、この教会に俺達みたいな迷い人が来たら、躊躇いはしても教会に入れるだろう?」
「……ええ。それが本来のこの教会の役目です。それを曲げることは、私はしたくありません」
「だけど、それだと子供達が危険だよな?もし、招き入れた俺達があの山賊みたいな奴等だったら、困るだろう」
「……」
否定はできないはずだ。子供達を隠そうとしても、これはすでに失敗していたことだからな。
「だから、俺とアランがこの部屋を作ったんだ」
更に地下へ降りると、扉がある。そしてその扉を開けると……。
「これは……」
「うわぁ!」
とても広いワンルームの部屋。エレノアが軽やかに奥へ歩き出す。キッチンなどもちゃんと設備されている。家具などはまだないが、あとで運び込めばいい。
「迷い人の滞在は最長一か月ってところだろ。その間、生活できるようにここを整えれば、子供達を隠すことができる。貯蔵庫と道を結んだのは、外に出ずに食糧調達ができると思ったからだ。水は井戸作った時にまた考えるとして、ちゃんと通気口もある。そんで、奥には出入り口がもう一つ」
今使用した扉の反対側にはまた動く棚が設置されている。こちらは教会とは離れた場所に繋がっていて、いざというときの脱出に使える。もちろん、その入り口も隠してある。
さすがに太陽光を取り入れる窓とかは作れなかったが、燭台や暖炉などの光源は多めに作ってある。
「必要ないなら、埋めます。どうですか?」
アランは小さな魔法陣が書かれた紙を手に取った。その紙を破るとこの部屋も元通り、土に埋まるようになっている。
この部屋のことが、アランと俺が企んでやったことだった。
「埋めるなんてとんでもない!ありがとう、ございます!」
くずおれて顔を覆う彼女の背を、エレノアは撫でた。
「……」
内心、ため息を吐く。
アウローラさんが喜んでくれたのは嬉しい。だけど、泣くほど喜ぶことなのだろうか。アランはそこに疑問をもった様子はない。俺がしたことは、それほど人を喜ばせるものなのだろうか。
それが理解できない俺は……どこまでこの世界に干渉してもいいのだろうか。
魔法を使い、魂の記憶だかなんだかはわからないが、この世界の理を思い出し、この世界の常人にはない能力を身につけて……、そしてこの世界の人間と関わったりしたら……。
きっと俺はそれらを投げだせなくなる。投げ出してはいけない責任が生じる。そうなれば、俺はさらに元の世界に帰れなくなる。
元の世界に帰るということは、この世界で得たものを置いていくことだろうと、予測できるから。
だけど、力は身に着けておかなければならないだろう。でなければ、生き残れない。
「あ、そうそう。教会の修復のほうなんだけど、あとはガラスが必要なんだ」
「ガラス……ですか?」
「そうだよ、エレノアさん」
「ステンドグラス……ですね」
アウローラさんが涙をぬぐい、立ち上がる。
「そう。それさえあれば、あとは魔力を込めるだけなんだけど……」
「ステンドグラスの予備はありませんわ。それに、材料も設備も……」
「おーい!」
上から声が降ってきた。俺達は慌てて外に出る。この場所を知られるわけにはいかない。
「おーい!井戸直ったぜー!」
外へ出ると、山賊の兄貴が顔を泥だらけにして立っていた。
「そうか。ご苦労さん。じゃあ、次は教会の修復の手伝いな」
「おう」
「ああ、それでステンドグラスの件なんだが、材料はなにが必要なんだ?」
「ああ、ごめん。あんまりガラスに詳しくないんだ」
「おいおい」
肝心のアランがなにもできないとなると……どうする?
「ガラス自体は……けっこう頑張れば材料集められると思うぜ?」
話を蚊帳の外できいていた、太い腕で重い箱を抱えた山賊の兄貴はそういった。
「そうなのか?」
「このあたりの山には石灰岩があるだろ?それと、海藻を燃やした灰と、そこらの砂の中にあるケイシャっつー砂が原料だ」
「マジか」
海藻なら貯蔵庫にあった、今は厨房にあるやつ使えばいいし、石灰岩が近くにあるなら好都合。
「でも、ガラスの色付けする粉がいるのではなかったでしょうか?」
「俺持ってるぞ?」
「「「「「え?!」」」」」
みんなの視線が一斉に山賊の兄貴のもとに集まる。
「い、いや……俺実家がガラス工房だったから……」
「てことはなにか?あんたはステンドグラス作れんのか?」
詰め寄ると、兄貴はおたおたする。
「え、あーいや、作れないことはないが……しばらくやってねぇしなぁ。それに、窯ないだろ?」
「窯……か」
ガラスを作れるぐらいの高温が出せる窯なんて、確かにないな。
そのとき、ぽてぽてと歩み寄ってくるやきとりをみつけた。
「おまえだぁ!」
「コケー?!」
「おい、やきとり!おまえ高温の火、出せるだろ?!」
「コ、コケー?」
「なんだって?『出せるが、それがどうかしたかって?』その火が必要なんだよ!」
『おお!なんとなく意思が伝わるようになってごほっきたね!』
夜、自室に戻る。
俺は、アランが持っていた紙と同じものをポケットから取り出す。
そして、その紙から魔法陣を浮かせた。
『スキル【解析】を習得しました』
そう、これは魔法陣を解析する基本的なスキル。基本的に魔法陣は一度書くと修正はきかない。正確に言えば、消すことができない。できるのは、術式を書き加えて別の魔法陣にするか、打消しの術式を書き加えて発動しないようにするか、だ。
だが、この【解析】を使えば、書き加えるのではなく、術式の書き換えができるようになる。
だがこのスキル、なんとなく特別なスキルのような気がした。
それはともかく、俺はあの宝箱から出てきた地図と、魔導書に目を落とした。
この魔導書には、勇者の遺物のリストがある、とあの声はいっていた。たしかに、リストのようなページは存在するが、それはあの魔法について書かれたページの後ろ、アラン達が白紙のページだといっていたところに書かれていた。
俺も最初にみたときは確かに白紙であったし、今見ているこのページは俺以外にはみえないらしい。
そしてこのリストのなかに、[繋がりの地図]と書かれたものがあった。そしてそのあとに、チェスター・エルスントと書かれていた。
また、地図の裏にも“17 チェスター・エルスント”と書かれ、そしてこの文字はこの世界の文字ではなかった。
この名前が読めるようになったのは、俺がこの地図に触れてからだ。おそらく、このチェスターという勇者の故郷の文字なのだろう。ちょうど俺にとってのひらがなや漢字のような。
そしてこの17という数字。考えられるのは何代目の勇者なのか。今のところはこのチェースターが17代目勇者だとすれば、18代目勇者製作のこの魔導書の中に書かれていたのも頷ける。
「ちなみに俺は何代目なんだろうな」
『君はね、44代目だよ』
「なんだよその不吉な数字!」
死がならんでるじゃねぇか!
『あははー、語呂なんて気にしない!げほっ』
次の日、無理やり山賊の兄貴に作らせた試作品のステンドグラスは、いいできだった。
「デザインは、子供達にやってもらいました!」
アウローラさんは嬉しそうに笑い、それをみつめる。
もちろん絵のテーマは紅の書の一場面なのだが、それだけは伝えて子供達に書いてもらった絵でステンドグラスを作ってもらった。
「あ、これはアウローラさんだね。こっちはエレノアさんに、これはユートか」
アランが指差す先には縹色の人物と、金色の人物と、赤の人物、そして黒の、それぞれの髪色をもつ人物が描かれ、子供達自身も描かれていた。
子供達のつたない絵を、うまく取り入れながら細かいところまで表現されている、素人の俺から見ても、素晴らしいステンドグラスだ。
だから、だからこそいいたい!
「おいあんた、山賊から転職しろ!今すぐ!」
「「「ええ?!」」」
山賊の兄貴含め三人は、いやいやと首を横に振る。
『子供みたい』
副題 切実に転職をおすすめします