第二十五話 水はどこから流れるか
滞在7日目。
俺はぱちりと目を覚ました。窓の外は少し明るく、日の出前のようだ。
胸糞悪い夢と、心地いい夢を両方見ていた気がする。どんな夢だったか覚えてないが。
俺は軽く身支度を整える。そして再びベッドに腰掛けた。
『優人君、おはよう!』
俺は目の前に出たウィンドウ画面に目を丸くした。そして半眼になる。
「おい、今までどうしてた、あんた?」
『ごめんごめん。僕のほうもいろいろあって……ごほっけほっ』
「ん?」
「……それよりもけほっ、大変だったねごほっ。呪われたり、とか山賊のこととかぐはっ」
「おい、大丈夫か?!今血吐くような表記じゃなかったか?」
『大丈夫大丈夫。ちょっと体調悪いだけだから。たぶん……うぉほっげほっげほっ』
「どうみてもちょっとじゃねぇだろ!なんだ、風邪か?」
『やだな。神が風邪ひくわけないじゃない。ちょっと熱っぽくて、鼻水と咳がとまらないだけだよ』
「風邪じゃねえか!もしくはインフルエンザかノロウィルス!手洗いうがいは徹底しろよ!ノロはアルコール消毒でも死なねぇんだからな!」
『えーこほっ。別に僕外に出たとかこほっ、ないし。パン作っているわけでもないし。どちらかというと朝食はごはん派だし』
「なんの話だよ!とりあえず、わきの下冷やせ。寝ろ!」
『大丈夫。今横にはなってるから。それよりも、昨夜は随分魔力が荒れてたよ。一度落ち着いたけど、夜中にまた荒れ始めたから心配した』
「……なんか、夢をみた気がするんだ。胸糞悪い夢な」
『なるほどねぇ。魔力は精神状態に多分に影響されるから、きちんと制御しておかないとね。自分の心が周囲に筒抜けってことでもあるし、気を付けたほうがいいよ。ごほごほっ』
「……おいおい」
魔力が荒れたのか。
くしゃっと髪をなでると、いつもより高い位置の耳に軽く触れる。
『まあ、荒れたのは君の精神状態の問題だけが理由けほっじゃないよ。自分の中の魔力を育てるんじゃなく、いきなり吸収したから、体と精神に負荷がかかったんだよ』
「ああ、あれか」
狂化した白蛇を元に戻すために、あいつの中にあった魔力を吸収した。
『普通ならまだ荒れてても仕方ないけど、馴染むのが早かったね。なにかあったのかな?』
「さあ、なんだろうな?歌を……きいた気がするんだが」
『歌……ね。まあいいや。それと、早く扉の前にいる一人と一匹を部屋に戻してあげなよ。ちょっと気の毒』
「は?」
俺はドアを開けた。するとそこには、毛布に包まり座りながら眠るエレノアと、エレノアの膝で眠る月夜がいた。
『魔力が荒れるくらい不安定な君を心配して、ずっとここにいたんだよ』
「起こせばよかったのに……」
こんな体勢で寝てると、絶対体が痛くなるぞ。まあそうなれば、俺のせいでもあるのか。
「……魔力が荒れないようにするにはどうしたらいい?」
『ひたすら修行だね。けほっ』
「そうか」
俺はエレノアの肩をとんっと叩いた。
「おい、寝るなら自分の部屋で寝ろ」
「う、う~ん」
エレノアの黒い瞳が少し開かれる。
「ふにゅ。ユートさん?……大丈夫ですか?」
「ああ。心配かけたな」
エレノアは寝ぼけた目で俺の顔をぺたぺた触ると、嬉しそうに笑った。
「よかった……」
するとエレノアは腕を伸ばし、俺の頭を抱えこんだ。すなわち。
「おい!」
俺は抱きしめられていた。甘い香りが鼻をくすぐる。その体は柔らかく、温かい。
ふと下をみると、目を覚ました月夜がにやにやと笑っていた。
「おい、離せ!」
「く~」
俺は目が点になる。
エレノアは再び眠りの世界にいた。
俺はエレノアをなんとか、彼女に与えられた部屋に連れていったあと、崩れた礼拝堂に向かった。瓦礫は脇に寄せられ、床は箒で掃かれて、細かい瓦礫や砂もなくなっていた。
天井は徐々に明るくなる朝空がみえる。
破壊された壁を通り抜け中庭にでると、井戸や食糧庫も破壊されていた。
そして礼拝堂のまだ残っている壁際に、山賊の3人が固まって眠り、そしてその傍にぽつんと1人の闇人間が立っていた。
「監視していてくれたのか」
俺が声をかけると、闇人間は頷く。そのとき、朝陽が射しはじめた。それとともに、もともと薄かった闇人間の体も薄まっていく。
闇は光によって薄まるものだから、道理だろう。
「ご苦労だったな」
そういうと、闇人間は完全に消えた。
「コケコッコ~!」
瓦礫の上に立つやきとりが、朝射す光を身に受けて、金の羽を輝かせながら朝を告げた。
「おまえもずっと起きてたのか、やきとり?」
「コケッ」
「そうか。サンキューな」
俺は山賊達のほうをみる。未だに彼らは眠りこけている。
「おい、起きろ」
俺は彼らの尻を蹴とばした。
「うっうーん」
「なんだぁ?」
「母ちゃんあと5分」
誰が母ちゃんだ!そして足を掴むなすり寄るな離せ!
「あんた達は寝てる暇なんてねぇぞ!さっさと起きろ今すぐ起きろ。十秒で仕度しろ。そして働け」
「「「えぇ?!」」」
まだ頭が起きていない山賊達に、とりあえず今できる礼拝堂の椅子の修理などを指示しつつ、礼拝堂の中をみて回った。
『派手に壊れたねぇ』
そうだな。
「ユートさーん!」
エレノアが駆け寄ってくる。
「なんだ。もう起きたのか?」
「は、はい。それで、アウローラさんが朝食にしましょう、と。そしてそのあと、あの宝箱を開けようというお話です」
「ああ、あれか。わかった」
「そ、それで、あの……今朝は、その……」
そこまでいったエレノアはそこでボンっと顔を赤くした。
「す、すみませんでした……」
「気にするな。寝惚けてたんだしな」
「そ、そうなんですけど……。ほんとに、すみませんでした」
声がだんだんと小さくなって俯く。俺は少し考え、軽くデコピンした。
「いたっ」
そんな痛くしたつもりはねぇけど、こういうとき自然にいたっていっちまうよな。
「お仕置き」
俺はにやりと笑う。彼女は額を押さえたまま、頷いた。まだ顔赤いけど、大丈夫か?
「今日の朝食はどうしたんだ?」
「えっと、アウローラさんが作ったそうです。食糧庫のほうが一部ですが破壊されていて、まだ使える食糧と使えないものと選別ができてないみたいですが……」
「わかった。それはあとでだな。とりあえず食堂にいくか」
朝食をとったあと、俺とエレノアとアウローラさん、そしてアランはあの宝箱を広間に運び、顔を寄せ合っていた。ちなみに山賊達は朝食抜きだ。当然だ。
「危険なもの……が入っていたりしないでしょうか?」
「どうなんでしょうか。中からいきなりバネとか飛び出したりして……」
「それはただのびっくり箱だろうが」
「そうだったらおもしろいね~」
「でも、もし害あるものだったら……」
「冒険者ならみんな開けるものだから、まあ大丈夫じゃないかな?」
「じゃあ、開けるか」
「ときどきその箱自体が魔物だったりするときもあるってきいたこともあるけど……」
「……開けちゃったんですが?」
「そういうことはもっと早くいえ!」
エレノアはあっさりと、机の上の宝箱を開ける。すると中には、ダイヤモンドのような形の透明な石と、一枚の巻紙が入っていた。
「これは……?」
「魔石……かな」
アランが透明な石を手に取る。
「しかも、これ中身が空だね。魔力が入ってたら、色がついているはずだし」
アランの言葉から推測すると。魔石ってのは、魔力が込められた石のことらしい。
「これだけの量があれば、売ればそれなりの価値があったでしょうね」
「でも、今は空ですから、この石は使えませんね」
アウローラさんがため息をつく。
「この巻紙はなんでしょう?」
エレノアの手には、古びた巻紙があった。紐でくくられている。
「開けてみろよ」
「はい」
開けると、それは白紙だった。
「なにも書かれていない?」
「ただの紙なのか?」
エレノアが紙面を撫でると、なにかが浮き出てくる。
「これは……地図みたい」
「地図?」
紙面の右下あたりに島のように線が浮き出た。
「これは、この教会周辺ですね。回帰の霧の溜まり場の地図です」
「全体の大きさの割合をみると、世界地図みたいな感じだけど……」
「この教会周辺しか書かれていませんね」
周囲の森が緑色で描かれ、この教会は赤い点で示されているみたいだ。
「貴重なものなのか?」
「今のところなんともいえないなぁ」
アランが目をキラキラさせながら地図をみる。
「宝の地図とか?」
エレノアがぱんっと手を打った。
「ならこんなちんまい書き方しないだろ」
「そうですよね……」
彼女は項垂れる。
俺達は再び、顔を寄せ合って頭を悩ませる。
「それで、あのー、ユートさんのそのお姿は、いったいどうされたんでしょうか?」
「ああ、これな」
アウローラさんが恐る恐るきく。
「拾っておいたけど、これが原因?」
「あ、そうそう。その魔導書使ったらなんか呪われた」
「呪い?!」
アランが机の上に出したのは、あの勇者の遺物の一つ、魔導書だった。
「え、ユートさん大丈夫なんですか?」
「いまのところはな」
エレノアの視線が俺の耳に移動する。
「まあ、違和感はあるが」
考えてもみろ。耳が頭の上にあるんだぞ!つまりはいつもあった顔の横の耳は消えたってことだ。気持ち悪いだろ!?
『それ、考えたことなかったなぁ……。髪で隠せてよかったね』
髪で隠せなかったら俺ひきこもる。自宅警備員になる。
『自宅ないじゃん……』
「ご、ごごごごごめんなさいぃぃぃぃ!」
アウローラさんは勢いよく頭を下げた。
おい、今机がゴンッて鳴ったぞ。
「そんな危険なものを、客人がすぐ手に取れるような場所に置いておくなど、なんたる失態!申し訳ございませんんんんん」
「とりあえず落ち着け。アウローラさんはこの本が呪いの本って知っていたのか?」
「いえ、存じ上げませんでした。ですが、それはこの教会の司祭としての責務を果たせていなかったということです。これは死んでお詫びを……」
「まてまてまて!早まるな!知らなかったなら仕方ないだろ!」
「そうですよ!」
「それに、この本もって来たの、俺の従魔の月夜だしな」
「そういえば……」
アウローラさんが少し落ち着くと、アランが魔導書を手に取る。ときどきこの人暴走するんだな。
「この本、なんなんだろうね?」
アウローラさんは知っていることを説明する。
「その本は、この教会の図書室にずっと置いてあった魔導書です。この教会の図書室に置かれた本は全ていつ頃の年代に書かれたかなどの記録が存在するのですが、この魔導書に関しては記録がないんです」
「記録に残ってないほど昔にあったのか、最近書かれたのか……どちらかかな」
「昔に書かれたものだと思います。この教会自体がとても古いものですし、建てられた当初からこの本があったと思われます。私もこの教会に赴任したのは四か月前なので、詳しいことはわかりませんが、最近書かれたものであれば私が把握していないはずはありません」
「でもこの本、なぜか紙が黄ばんでないし、表紙も新品に近いほど綺麗なんですよ。状態保存の魔法がかけられてる様子もないし」
アランが上から下から本を観察する。パラパラと内容をみるが、違和感はない。
ん?違和感がない?
魔導書は最初から最後までなにかが書かれているようにみえた。だが俺が最初にこれをみたとき、確か後半は白紙じゃなかったか?
「専門家じゃないから迂闊なことはいえないけど、僕がみるかぎり呪いを発動するような魔法陣とか、魔法とかは書かれてないと思うな」
「そうか」
「ただ、ここに書かれている魔法、一つ一つはそんなに珍しい魔法じゃないんだけど、なんか共通点がある気がする。なんだろう?」
「共通点……ですか?」
アウローラさんが首を傾げる。
「うーん、なにか引っかかるんです」
「……」
「そもそも、どうしてユートはそれが呪いってわかったの?」
アランが問う。
さて、どの程度まで話すべきか。
「声がきこえたんだ。その魔導書の力を借りたときにな。それで、気づいたらこの姿になってた。呪いの可能性が高いかと思ってそういっただけだ」
ほんとはステータスに書かれていたんだが、話さない。説明自体も面倒だし、俺がそれをみえる証拠もない。
「力を借りる……か。その時点でこの魔導書がただの魔法について書かれたものじゃないのは明白だね。それを考えると確かに、姿が変わるっていうのは魔法によるものだろうし、呪いっていってもいいかもね」
「……」
「ユートさんは、獣人になってしまったんでしょうか?」
「どうなんだろうな?」
エレノアに視線をむけられて、俺の耳がぴくぴく動く。
「ちょっと触るよ」
アランが耳を触る。
「っ!」
「あ、ごめんね。痛覚はあるみたいだね」
「……ああ」
「この耳、バク?」
「バク……ですか?」
「うん。バク人なんて獣人はみたことないけど、たぶん。普通のバクならいるんだけどね」
「いるのか?!」
俺は身を乗り出す。
「いるよ。魔力を食べる珍しい種として、生物学会では注目の的みたい。数が少ないし、生息地もよくわかってないから研究はあんまり進んでないけどね」
「魔力を、食べる……」
俺の魔力吸収は、そういうことなのか?
「「「「……」」」」
再び考え込む時間が訪れる。
「俺のことはあとでいい。今のとこ別に命に関わるようなことじゃなさそうだしな。それよりも、この教会どうするんだ?」
「それなんだけど、僕もいろいろ考えてみたんだ。あと四日、実質三日でユートとエレノアさんはこの教会を出発するわけだから、人手が必要なことを先にやったほうがいいと思うんだ」
「確かにな」
一度俺の霧からの脱出を見送れば、再び一か月身動きの取れない状態になる。それはあんまり喜ばしいことじゃねぇ。
「最優先は水の確保」
「……そういえば、朝食はスープだったし、水も出てたけど、確か井戸は壊れて使えないんじゃなかったか。水はどこから?」
「ああ、それは……」
アウローラさんが視線を落とすと、ひょこっと白蛇が顔を出した。
「おまえ、起きてたのか!もう体はいいのか?」
白蛇は頷く。そして蛇はそっと机の上のコップに近づくと、口から水を出した。
「というわけで、彼女に水を提供してもらってました」
「なるほど!」
「いや、毒とか大丈夫なのか?蛇だぞ?」
「一応朝のは回復魔法をかけておきましたよ?」
アランが感心してうんうん頷いている。エレノアよくやった。そこで俺ははっと気づく。
つか蛇口か!これがほんとの蛇口ってオチか?!
『山田くーん!座布団一枚!』
おあとがよろしいようで。
「……」
エレノアはなにを考えているのか、無表情で地図と魔導書を見比べていた。
副題 神なのに体調不良